断罪された悪役令嬢、「地獄へ落ちろ」と言われました。

ちゅんりー

文字の大きさ
23 / 28

23

しおりを挟む
「……ちょっと、アルフレッド様。本当にここでよろしいの? わたくしの、わたくしの繊細な肌が、この寒さでひび割れてしまいそうですわ!」


北の地の入り口、厚い雪に覆われた街道を、一台の豪華な馬車がガタガタと揺れながら進んでいた。


車内では、王都から持ってきた薄い絹のドレスに身を包んだリリィが、ガタガタと歯を鳴らしながらアルフレッド王子の腕にしがみついている。


「我慢しろ、リリィ。ミューのような強欲な女が、たった数ヶ月で音を上げるはずだ。今頃は、煤だらけの顔で凍ったパンを齧りながら、我々の助けを待っているに違いない」


アルフレッド王子も、王宮の財政難を隠すために必死だった。ミューを連れ戻し、再びあの鉄徹な予算管理をさせなければ、王宮のワインセラーが空になってしまう。


「ふん、僕が直々に迎えに来てやったのだ。あの女、感激のあまり泣いて縋り付いてくるだろうな」


やがて馬車がヴォルグ辺境伯の城門に到着した。


だが、彼らが目にしたのは、彼らが想像していた「死の城」ではなかった。


「……あら? あそこから上がっているのは、狼煙(のろし)かしら? それとも火事?」


リリィが指差した先、城の裏手からは、白く巨大な湯気がモクモクと立ち上っていた。


さらに、城門を守る騎士たちは、以前のような殺伐とした雰囲気ではなく、何やら「カニの足」のようなものを片手に、ホクホクとした顔で談笑しているではないか。


「おい、貴様ら! 第一王子アルフレッドである! ミューを……ミュー・ド・ラ・パンをここへ出せ!」


アルフレッドが馬車の窓から叫ぶと、騎士の一人が面倒臭そうにこちらを振り返った。


「ああ、王都からのトウモロコシ……じゃなくて、王子様ですか。お嬢様なら今、露天風呂の温度調節で忙しいですよ」


「ろてんぶろ……? 温度調節……?」


わけがわからないまま、アルフレッドたちは城の中へと通された。


案内された広間で彼らを待っていたのは、煌びやかな毛皮に身を包み、ツヤツヤと輝く肌をしたミューだった。


彼女の前には、銀色の皿に盛られた「極厚のジビエステーキ」と、黄金色に輝く「ニシンのパイ包み」が並んでいる。


「あら、殿下。リリィ様。わざわざこんな辺境まで、お食事の残飯整理に来てくださったんですか?」


ミューは優雅にフォークを置き、口元を最高級のナプキンで拭った。


「なっ……! 貴様、その姿は何だ! 追放された身でありながら、なぜそんなに肥えて……いや、血色が良いのだ!」


アルフレッドが絶句する。彼の知っているミューは、いつも眉間に皺を寄せ、疲れた顔をしていたはずだ。


「肥えたなんて失礼ね。これは『幸せ太り』の一歩手前、いわゆる『充実』というものですわ。見てください、この毛皮。王都の最高級品よりもずっと暖かいんですから。あ、リリィ様。そんな薄着で大丈夫? 鼻の頭が真っ赤で、まるでトナカイさんみたいですわよ」


「な、な……っ!? わたくし、わたくしは聖女として……!」


リリィは震えながらミューを睨んだが、あまりの暖かそうな格好と、漂ってくる暴力的なまでに美味しそうな匂いに、お腹が「グゥ~」と情けない音を立てた。


「ミュー! ふざけるな! 僕は慈悲を与えに来てやったのだ。戻れ、王都へ! 今すぐ貴様のこれまでの不敬を許し、再び事務官として雇ってやろうと言っているんだ!」


「事務官? ふふっ、殿下。私、今この領地の『最高経営責任者』なんですのよ。誰がそんな、ブラックな職場に戻ると思います?」


「ぶらっく……? なんだそれは! いいから来い! これは王子の命令だ!」


アルフレッドがミューの手を掴もうと一歩踏み出した、その時。


背後の扉が、地響きのような音を立てて開いた。


「……俺の客に、無作法な真似をするな」


現れたのは、漆黒の毛皮を纏い、凄まじい殺気を放つヴォルグ辺境伯だった。


「ひっ……! し、死神……!」


リリィが腰を抜かし、アルフレッドも恐怖で足がすくみ、数歩後ずさった。


「ヴォルグ様! ちょうどいいところに。このトウモロコシ……殿下が、私を事務作業の奴隷に戻したいんですって」


ミューがヴォルグの腕に甘えるように寄り添うと、ヴォルグはアルフレッドを氷のような眼光で射抜いた。


「……ミューは、俺の大事な……パートナーだ。貴様のような、食の価値も女の価値も分からぬ男に渡す道理はない。……死にたくなければ、今すぐその薄っぺらな箱に乗って帰れ」


「な、なな……なんだその態度は! 僕は王子だぞ!」


「ここでは、俺が法だ」


ヴォルグが一歩踏み出すたびに、床が震える。


アルフレッドはあまりの威圧感に、もはや言葉を失い、リリィの手を引いて脱兎のごとく逃げ出した。


「あ、殿下! お土産にカニの殻、いりますかー!?」


ミューの朗らかな叫びが、雪の中に消えていく馬車の音に虚しく響いた。


「ふふ、ヴォルグ様。今のエスコート、百点満点ですわ!」


「……。あいつの顔を見るだけで、胃がもたれそうだった。早く、口直しのデザートを持ってきてくれ」


「お任せください! 特製のベリータルト、たっぷり用意してありますから!」


追い払われた王子たちが去った後、城の中には再び、平和で食欲をそそる香りが満ち溢れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。 処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。 まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。 私一人処刑すれば済む話なのに。 それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。 目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。 私はただ、 貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。 貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、 ただ護りたかっただけ…。 だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。  ❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?

3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。 相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。 あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。 それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。 だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。 その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。 その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。 だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法

本見りん
恋愛
メラニー アイスナー子爵令嬢はある日婚約者ディートマーから『婚約破棄』を言い渡される。  ショックで落ち込み、彼と婚約者として過ごした日々を思い出して涙していた───が。  ……あれ? 私ってずっと虐げられてない? 彼からはずっと嫌な目にあった思い出しかないんだけど!?  やっと自分が虐げられていたと気付き目が覚めたメラニー。  しかも両親も昔からディートマーに騙されている為、両親の説得から始めなければならない。  そしてこの王国ではかつて王子がやらかした『婚約破棄騒動』の為に、世間では『婚約破棄、ダメ、絶対』な風潮がある。    自分の思うようにする為に手段を選ばないだろう元婚約者ディートマーから、メラニーは無事自由を勝ち取る事が出来るのだろうか……。

恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯
恋愛
 侯爵令嬢シルヴィアは、ウィンデリア国で2番目に強い魔力の持ち主。  幼馴染の公爵家嫡男セドリックを幼いころから慕っている。成長につれ彼女の魔力が強くなった結果、困った副作用が生じ、魔法学園に入学することになる。  最短で学園を卒業し、再びセドリックと会えるようになったものの、二人の仲に進展は見られない。  そうこうしているうちに、幼い頃にシルヴィアが魔力で命を救った王太子リチャードから、 「あと半年でセドリックを落とせなかったら、自分の婚約者になってもらう」と告げられる。  その後、王太子の暗殺計画が予知されセドリックもシルヴィアも忙殺される中、シルヴィアは半年で想いを成就させられるのか…。  「小説家になろう」サイトで完結済みです。なろうサイトでは番外編・後日談をシリーズとして投稿しています。

処理中です...