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嵐のような王子たちの襲来が去り、城内には再び、薪が爆ぜる音だけが響く静寂が戻ってきた。
応接間の暖炉の前で、ヴォルグ様は深々と椅子に腰掛け、どこか遠い目をして揺れる炎を見つめている。
「……ミュー。本当に良かったのか」
重々しく、けれどどこか不安げな声が、彼の唇から漏れた。
「あら、何がですの? あのお土産のニシン、やっぱり一匹じゃ足りなかったかしら?」
私は温かいココアにたっぷりのマシュマロを浮かべながら、首を傾げた。
「そうではない。……王都だ。あいつは一応、この国の王子だ。あいつと一緒に帰れば、貴様は再び『公爵令嬢』としての華やかな暮らしに戻れた。汚れ仕事も、雪かきも、魔物の解体も必要ない、温室のような生活にな」
ヴォルグ様が私を真っ直ぐに見つめる。その瞳の奥には、自分のような「死神」が、私の未来を縛り付けているのではないかという、彼らしい不器用な懸念が透けて見えた。
「……温室、ねぇ」
私はマシュマロをスプーンでつつき、ふっと笑った。
「ヴォルグ様。私にとって王都の生活は、温室どころか『味のしない透明な箱』の中に閉じ込められているようなものでしたわ」
「味のしない……箱?」
「ええ。毎日、決められた時間に、決められた量の、お洒落だけど食べ応えのない料理を口にする。誰かに後ろ指を指されないように、胃袋の声を押し殺して淑女の振りをし続ける……。それがどれほど空虚なことか、あなたには分かりますか?」
私は立ち上がり、窓の外に広がる、月明かりに照らされた銀世界を指差した。
「見てください。ここには、私が自分で見つけ、自分で調理し、そして心の底から『美味しい』と笑い合える仲間がいます。キンキンに冷えた空気の中で食べる熱々のスープが、どれほど五臓六腑に染み渡るか。凍った湖で釣り上げた魚が、どれほど命の輝きを放っているか!」
「ミュー……」
「王都の人々は、ここを『最果ての地獄』と呼びますけれど、私にとってはここが『天国』なんです。食べ物が美味しくて、温泉があって、そして……」
私は一歩、ヴォルグ様の方へ歩み寄った。
「……私の『食い意地』を、微笑ましく見てくれるあなたがいてくれる。これ以上の贅沢が、この世のどこにあると言うんですの?」
私は、ヴォルグ様の大きな、傷だらけの手をそっと握りしめた。
「私は悪役令嬢として断罪され、ここへ追放されました。けれど、あの時あのおバカな王子が私を捨ててくれなければ、私は一生、この最高のカニの味を知らずに死んでいたでしょう。そう思えば、殿下には感謝しかありませんわ」
「……貴様という女は、本当に……」
ヴォルグ様は呆れたように吐息をついたが、その顔には、先ほどまでの不安は微塵も残っていなかった。
彼は握り返した私の手に、少しだけ力を込めた。
「……ならば、もう迷わん。ここがお前の天国だと言うのなら、俺が死ぬ気でその平穏を守り抜こう。魔物からも、王都のくだらん権力争いからもな」
「あら、頼もしい! じゃあヴォルグ様、その決意を新たにするために……夜食の『厚切りベーコンエッグ』、作ってもよろしいかしら?」
「……。今の感動的な流れで、なぜすぐに腹が減るんだ、貴様は」
「感動でお腹が空くのは、生命の神秘ですわよ!」
私はクスクスと笑い、ヴォルグ様の腕を引いてキッチンへと向かった。
背後でヴォルグ様が「……。卵は二つにしてくれ」と小さく呟くのが聞こえて、私はさらに深く、この場所を選んだ幸せを噛み締めた。
外は氷点下の世界。けれど、私の心とこのキッチンは、どんな王宮の広間よりも温かく、幸せな匂いに満ちていた。
私、ミュー・ド・ラ・パン。
追放された先で見つけたのは、世界一美味しくて、世界一愛おしい、私の居場所(パラダイス)でした。
応接間の暖炉の前で、ヴォルグ様は深々と椅子に腰掛け、どこか遠い目をして揺れる炎を見つめている。
「……ミュー。本当に良かったのか」
重々しく、けれどどこか不安げな声が、彼の唇から漏れた。
「あら、何がですの? あのお土産のニシン、やっぱり一匹じゃ足りなかったかしら?」
私は温かいココアにたっぷりのマシュマロを浮かべながら、首を傾げた。
「そうではない。……王都だ。あいつは一応、この国の王子だ。あいつと一緒に帰れば、貴様は再び『公爵令嬢』としての華やかな暮らしに戻れた。汚れ仕事も、雪かきも、魔物の解体も必要ない、温室のような生活にな」
ヴォルグ様が私を真っ直ぐに見つめる。その瞳の奥には、自分のような「死神」が、私の未来を縛り付けているのではないかという、彼らしい不器用な懸念が透けて見えた。
「……温室、ねぇ」
私はマシュマロをスプーンでつつき、ふっと笑った。
「ヴォルグ様。私にとって王都の生活は、温室どころか『味のしない透明な箱』の中に閉じ込められているようなものでしたわ」
「味のしない……箱?」
「ええ。毎日、決められた時間に、決められた量の、お洒落だけど食べ応えのない料理を口にする。誰かに後ろ指を指されないように、胃袋の声を押し殺して淑女の振りをし続ける……。それがどれほど空虚なことか、あなたには分かりますか?」
私は立ち上がり、窓の外に広がる、月明かりに照らされた銀世界を指差した。
「見てください。ここには、私が自分で見つけ、自分で調理し、そして心の底から『美味しい』と笑い合える仲間がいます。キンキンに冷えた空気の中で食べる熱々のスープが、どれほど五臓六腑に染み渡るか。凍った湖で釣り上げた魚が、どれほど命の輝きを放っているか!」
「ミュー……」
「王都の人々は、ここを『最果ての地獄』と呼びますけれど、私にとってはここが『天国』なんです。食べ物が美味しくて、温泉があって、そして……」
私は一歩、ヴォルグ様の方へ歩み寄った。
「……私の『食い意地』を、微笑ましく見てくれるあなたがいてくれる。これ以上の贅沢が、この世のどこにあると言うんですの?」
私は、ヴォルグ様の大きな、傷だらけの手をそっと握りしめた。
「私は悪役令嬢として断罪され、ここへ追放されました。けれど、あの時あのおバカな王子が私を捨ててくれなければ、私は一生、この最高のカニの味を知らずに死んでいたでしょう。そう思えば、殿下には感謝しかありませんわ」
「……貴様という女は、本当に……」
ヴォルグ様は呆れたように吐息をついたが、その顔には、先ほどまでの不安は微塵も残っていなかった。
彼は握り返した私の手に、少しだけ力を込めた。
「……ならば、もう迷わん。ここがお前の天国だと言うのなら、俺が死ぬ気でその平穏を守り抜こう。魔物からも、王都のくだらん権力争いからもな」
「あら、頼もしい! じゃあヴォルグ様、その決意を新たにするために……夜食の『厚切りベーコンエッグ』、作ってもよろしいかしら?」
「……。今の感動的な流れで、なぜすぐに腹が減るんだ、貴様は」
「感動でお腹が空くのは、生命の神秘ですわよ!」
私はクスクスと笑い、ヴォルグ様の腕を引いてキッチンへと向かった。
背後でヴォルグ様が「……。卵は二つにしてくれ」と小さく呟くのが聞こえて、私はさらに深く、この場所を選んだ幸せを噛み締めた。
外は氷点下の世界。けれど、私の心とこのキッチンは、どんな王宮の広間よりも温かく、幸せな匂いに満ちていた。
私、ミュー・ド・ラ・パン。
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