断罪された悪役令嬢、「地獄へ落ちろ」と言われました。

ちゅんりー

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王都へと逃げ帰ったアルフレッド王子は、怒りに震えながら執務室の机を叩きつけていた。


「おのれ、おのれミューめ! あんな野蛮な辺境伯の腕に抱かれて、あんなにツヤツヤした顔で僕を馬鹿にするとは!」


「そうですわ、アルフレッド様! わたくし、あんなに怖い顔の人、初めて見ましたわ。あんな野蛮な土地、今すぐ干上がらせてしまえばよろしいのです!」


リリィが真っ赤な顔で同調すると、王子は邪悪な笑みを浮かべ、即座に命令書を作成させた。


「そうだ、その通りだ。北の地は冬の間、王都からの穀物や塩の供給がなければ立ち行かないはず。全ての街道を封鎖しろ! 一粒の麦も、一舐めの塩も、北へは運ばせるな!」


――数日後。その「宣戦布告」とも取れる命令書が、北の城へと届けられた。


「……ヴォルグ様、どうしました? そんなに殺気立って、せっかくのニシンパイが凍ってしまいますわよ」


私は、食堂で眉間に深い皺を刻んでいるヴォルグ様を覗き込んだ。


ヴォルグ様の手には、王宮の紋章が入った書状が握られていたが、その力で紙はミシミシと音を立て、今にも発火しそうなほどの熱量を帯びている。


「……ミュー。アルフレッド王子が、北への物流を完全に遮断したそうだ」


「物流の遮断? 具体的には、何が来なくなるんですの?」


「穀類、調味料、そして王都経由の生活物資の全てだ。俺たちを飢えさせて、泣きつかせようという魂胆だろう」


ヴォルグ様の声は、地響きのように低く、鋭かった。背後に立つ騎士たちも、怒りで顔を強張らせている。


「はぁ……。あのおバカ様、まだそんなことを。……で、ヴォルグ様。それで何か困ることはありますの?」


「……え?」


私のあまりに平然とした問いに、ヴォルグ様が毒気を抜かれたようにこちらを見た。


「困るって、食料が……」


「ヴォルグ様。よく考えてちょうだい。今のこの城の貯蔵庫、どうなっています?」


私は指を折って数え始めた。


「主食は、私が近隣の村で改良させた耐寒ジャガイモが山のようにありますわ。タンパク質は、騎士様たちが獲ってきた魔物のお肉と、私がブランド化したニシンの加工品が溢れています。ビタミンは、私が温泉熱で育て始めた温室野菜が芽吹いていますし……」


「……あ」


「塩? 王都からわざわざ運ばなくても、北の海から美味しい塩が精製できるって、先週証明したばかりじゃありませんか。むしろ、王都の精製塩よりミネラルたっぷりで美味しいですわよ?」


食堂に沈黙が流れた。


ヴォルグ様も、騎士たちも、自分たちの足元に積み上げられた「豊かさ」に、今さらながら気づいたようだった。


「……つまり、物流を止められて困るのは」


「困るのは、私たちが納めていた『極上ニシン缶詰』と『魔法のルームシューズ』が届かなくなる王都の方ですわ。あちらの経済、今リリィ様のせいでボロボロなんでしょう? 特産品が入らなくなったら、貴族たちの不満が爆発しますわよ」


私はパイを一口食べて、くすりと笑った。


「殿下は、自分で自分の首を絞めているだけですわ。私たちはここで、美味しいものを食べて温泉に入っていればいいんです」


だが、ヴォルグ様の怒りは収まらなかった。


「……いや、許せん」


ヴォルグ様がゆっくりと立ち上がった。その体から、これまで見たこともないような漆黒のオーラが立ち上る。


「ミュー。俺一人のことなら、貴様の言う通り笑って流しただろう。だが、あいつは……貴様がこの地を愛し、必死に築き上げたこの『天国』を、汚そうとしたのだ」


ヴォルグ様の眼光が、王都がある南の空へと向けられた。


「この地に住む民の食を、貴様が丹精込めたキッチンを、あいつの私怨で脅かすことは、万死に値する。……ミュー、しばらく城を留守にするぞ」


「あら、ヴォルグ様。どちらへ?」


ヴォルグ様は、壁に掛けられた巨大な大剣を手に取り、不敵な、そして最高に恐ろしい「死神の微笑」を浮かべた。


「少し、王都まで『ご挨拶』にな。封鎖されている街道を、俺が直々に『掃除』してきてやる」


「まあ! それはいい運動になりますわね。ヴォルグ様、ついでにお土産に、王都の最新のスパイスを根こそぎ奪って……いえ、買ってきてくださいな!」


「……ああ。期待して待っていろ」


ヴォルグ様は私の頭を一撫ですると、地響きのような足音を立てて広間を出て行った。


「野郎ども! 辺境伯様に続け! 俺たちのメシの邪魔をする奴らに、北の厳しさを教えてやるんだ!」


騎士たちが、戦場へ向かうとは思えないほど楽しそうな……いや、狂暴な歓喜の声を上げて続いた。


「お嬢様、本当によろしいのですか? 辺境伯様、本気で王宮を半壊させてきそうな勢いでしたけど」


アンナが心配そうに窓の外を眺める。


「いいのよ。ヴォルグ様も、たまには羽目を外さないと肩が凝ってしまいますわ。それに……」


私は、最後の一口のパイを贅沢に頬張った。


「死神様を本気で怒らせたらどうなるか、あのトウモロコシ……殿下も、一度知っておいたほうが今後のためですもの」


北の地の王者が、ついにその牙を剥いた。


それは、悪役令嬢が守り抜いた「天国」を脅かす者への、容赦ない断罪の始まりだった。
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