25 / 28
25
しおりを挟む
王都へと逃げ帰ったアルフレッド王子は、怒りに震えながら執務室の机を叩きつけていた。
「おのれ、おのれミューめ! あんな野蛮な辺境伯の腕に抱かれて、あんなにツヤツヤした顔で僕を馬鹿にするとは!」
「そうですわ、アルフレッド様! わたくし、あんなに怖い顔の人、初めて見ましたわ。あんな野蛮な土地、今すぐ干上がらせてしまえばよろしいのです!」
リリィが真っ赤な顔で同調すると、王子は邪悪な笑みを浮かべ、即座に命令書を作成させた。
「そうだ、その通りだ。北の地は冬の間、王都からの穀物や塩の供給がなければ立ち行かないはず。全ての街道を封鎖しろ! 一粒の麦も、一舐めの塩も、北へは運ばせるな!」
――数日後。その「宣戦布告」とも取れる命令書が、北の城へと届けられた。
「……ヴォルグ様、どうしました? そんなに殺気立って、せっかくのニシンパイが凍ってしまいますわよ」
私は、食堂で眉間に深い皺を刻んでいるヴォルグ様を覗き込んだ。
ヴォルグ様の手には、王宮の紋章が入った書状が握られていたが、その力で紙はミシミシと音を立て、今にも発火しそうなほどの熱量を帯びている。
「……ミュー。アルフレッド王子が、北への物流を完全に遮断したそうだ」
「物流の遮断? 具体的には、何が来なくなるんですの?」
「穀類、調味料、そして王都経由の生活物資の全てだ。俺たちを飢えさせて、泣きつかせようという魂胆だろう」
ヴォルグ様の声は、地響きのように低く、鋭かった。背後に立つ騎士たちも、怒りで顔を強張らせている。
「はぁ……。あのおバカ様、まだそんなことを。……で、ヴォルグ様。それで何か困ることはありますの?」
「……え?」
私のあまりに平然とした問いに、ヴォルグ様が毒気を抜かれたようにこちらを見た。
「困るって、食料が……」
「ヴォルグ様。よく考えてちょうだい。今のこの城の貯蔵庫、どうなっています?」
私は指を折って数え始めた。
「主食は、私が近隣の村で改良させた耐寒ジャガイモが山のようにありますわ。タンパク質は、騎士様たちが獲ってきた魔物のお肉と、私がブランド化したニシンの加工品が溢れています。ビタミンは、私が温泉熱で育て始めた温室野菜が芽吹いていますし……」
「……あ」
「塩? 王都からわざわざ運ばなくても、北の海から美味しい塩が精製できるって、先週証明したばかりじゃありませんか。むしろ、王都の精製塩よりミネラルたっぷりで美味しいですわよ?」
食堂に沈黙が流れた。
ヴォルグ様も、騎士たちも、自分たちの足元に積み上げられた「豊かさ」に、今さらながら気づいたようだった。
「……つまり、物流を止められて困るのは」
「困るのは、私たちが納めていた『極上ニシン缶詰』と『魔法のルームシューズ』が届かなくなる王都の方ですわ。あちらの経済、今リリィ様のせいでボロボロなんでしょう? 特産品が入らなくなったら、貴族たちの不満が爆発しますわよ」
私はパイを一口食べて、くすりと笑った。
「殿下は、自分で自分の首を絞めているだけですわ。私たちはここで、美味しいものを食べて温泉に入っていればいいんです」
だが、ヴォルグ様の怒りは収まらなかった。
「……いや、許せん」
ヴォルグ様がゆっくりと立ち上がった。その体から、これまで見たこともないような漆黒のオーラが立ち上る。
「ミュー。俺一人のことなら、貴様の言う通り笑って流しただろう。だが、あいつは……貴様がこの地を愛し、必死に築き上げたこの『天国』を、汚そうとしたのだ」
ヴォルグ様の眼光が、王都がある南の空へと向けられた。
「この地に住む民の食を、貴様が丹精込めたキッチンを、あいつの私怨で脅かすことは、万死に値する。……ミュー、しばらく城を留守にするぞ」
「あら、ヴォルグ様。どちらへ?」
ヴォルグ様は、壁に掛けられた巨大な大剣を手に取り、不敵な、そして最高に恐ろしい「死神の微笑」を浮かべた。
「少し、王都まで『ご挨拶』にな。封鎖されている街道を、俺が直々に『掃除』してきてやる」
「まあ! それはいい運動になりますわね。ヴォルグ様、ついでにお土産に、王都の最新のスパイスを根こそぎ奪って……いえ、買ってきてくださいな!」
「……ああ。期待して待っていろ」
ヴォルグ様は私の頭を一撫ですると、地響きのような足音を立てて広間を出て行った。
「野郎ども! 辺境伯様に続け! 俺たちのメシの邪魔をする奴らに、北の厳しさを教えてやるんだ!」
騎士たちが、戦場へ向かうとは思えないほど楽しそうな……いや、狂暴な歓喜の声を上げて続いた。
「お嬢様、本当によろしいのですか? 辺境伯様、本気で王宮を半壊させてきそうな勢いでしたけど」
アンナが心配そうに窓の外を眺める。
「いいのよ。ヴォルグ様も、たまには羽目を外さないと肩が凝ってしまいますわ。それに……」
私は、最後の一口のパイを贅沢に頬張った。
「死神様を本気で怒らせたらどうなるか、あのトウモロコシ……殿下も、一度知っておいたほうが今後のためですもの」
北の地の王者が、ついにその牙を剥いた。
それは、悪役令嬢が守り抜いた「天国」を脅かす者への、容赦ない断罪の始まりだった。
「おのれ、おのれミューめ! あんな野蛮な辺境伯の腕に抱かれて、あんなにツヤツヤした顔で僕を馬鹿にするとは!」
「そうですわ、アルフレッド様! わたくし、あんなに怖い顔の人、初めて見ましたわ。あんな野蛮な土地、今すぐ干上がらせてしまえばよろしいのです!」
リリィが真っ赤な顔で同調すると、王子は邪悪な笑みを浮かべ、即座に命令書を作成させた。
「そうだ、その通りだ。北の地は冬の間、王都からの穀物や塩の供給がなければ立ち行かないはず。全ての街道を封鎖しろ! 一粒の麦も、一舐めの塩も、北へは運ばせるな!」
――数日後。その「宣戦布告」とも取れる命令書が、北の城へと届けられた。
「……ヴォルグ様、どうしました? そんなに殺気立って、せっかくのニシンパイが凍ってしまいますわよ」
私は、食堂で眉間に深い皺を刻んでいるヴォルグ様を覗き込んだ。
ヴォルグ様の手には、王宮の紋章が入った書状が握られていたが、その力で紙はミシミシと音を立て、今にも発火しそうなほどの熱量を帯びている。
「……ミュー。アルフレッド王子が、北への物流を完全に遮断したそうだ」
「物流の遮断? 具体的には、何が来なくなるんですの?」
「穀類、調味料、そして王都経由の生活物資の全てだ。俺たちを飢えさせて、泣きつかせようという魂胆だろう」
ヴォルグ様の声は、地響きのように低く、鋭かった。背後に立つ騎士たちも、怒りで顔を強張らせている。
「はぁ……。あのおバカ様、まだそんなことを。……で、ヴォルグ様。それで何か困ることはありますの?」
「……え?」
私のあまりに平然とした問いに、ヴォルグ様が毒気を抜かれたようにこちらを見た。
「困るって、食料が……」
「ヴォルグ様。よく考えてちょうだい。今のこの城の貯蔵庫、どうなっています?」
私は指を折って数え始めた。
「主食は、私が近隣の村で改良させた耐寒ジャガイモが山のようにありますわ。タンパク質は、騎士様たちが獲ってきた魔物のお肉と、私がブランド化したニシンの加工品が溢れています。ビタミンは、私が温泉熱で育て始めた温室野菜が芽吹いていますし……」
「……あ」
「塩? 王都からわざわざ運ばなくても、北の海から美味しい塩が精製できるって、先週証明したばかりじゃありませんか。むしろ、王都の精製塩よりミネラルたっぷりで美味しいですわよ?」
食堂に沈黙が流れた。
ヴォルグ様も、騎士たちも、自分たちの足元に積み上げられた「豊かさ」に、今さらながら気づいたようだった。
「……つまり、物流を止められて困るのは」
「困るのは、私たちが納めていた『極上ニシン缶詰』と『魔法のルームシューズ』が届かなくなる王都の方ですわ。あちらの経済、今リリィ様のせいでボロボロなんでしょう? 特産品が入らなくなったら、貴族たちの不満が爆発しますわよ」
私はパイを一口食べて、くすりと笑った。
「殿下は、自分で自分の首を絞めているだけですわ。私たちはここで、美味しいものを食べて温泉に入っていればいいんです」
だが、ヴォルグ様の怒りは収まらなかった。
「……いや、許せん」
ヴォルグ様がゆっくりと立ち上がった。その体から、これまで見たこともないような漆黒のオーラが立ち上る。
「ミュー。俺一人のことなら、貴様の言う通り笑って流しただろう。だが、あいつは……貴様がこの地を愛し、必死に築き上げたこの『天国』を、汚そうとしたのだ」
ヴォルグ様の眼光が、王都がある南の空へと向けられた。
「この地に住む民の食を、貴様が丹精込めたキッチンを、あいつの私怨で脅かすことは、万死に値する。……ミュー、しばらく城を留守にするぞ」
「あら、ヴォルグ様。どちらへ?」
ヴォルグ様は、壁に掛けられた巨大な大剣を手に取り、不敵な、そして最高に恐ろしい「死神の微笑」を浮かべた。
「少し、王都まで『ご挨拶』にな。封鎖されている街道を、俺が直々に『掃除』してきてやる」
「まあ! それはいい運動になりますわね。ヴォルグ様、ついでにお土産に、王都の最新のスパイスを根こそぎ奪って……いえ、買ってきてくださいな!」
「……ああ。期待して待っていろ」
ヴォルグ様は私の頭を一撫ですると、地響きのような足音を立てて広間を出て行った。
「野郎ども! 辺境伯様に続け! 俺たちのメシの邪魔をする奴らに、北の厳しさを教えてやるんだ!」
騎士たちが、戦場へ向かうとは思えないほど楽しそうな……いや、狂暴な歓喜の声を上げて続いた。
「お嬢様、本当によろしいのですか? 辺境伯様、本気で王宮を半壊させてきそうな勢いでしたけど」
アンナが心配そうに窓の外を眺める。
「いいのよ。ヴォルグ様も、たまには羽目を外さないと肩が凝ってしまいますわ。それに……」
私は、最後の一口のパイを贅沢に頬張った。
「死神様を本気で怒らせたらどうなるか、あのトウモロコシ……殿下も、一度知っておいたほうが今後のためですもの」
北の地の王者が、ついにその牙を剥いた。
それは、悪役令嬢が守り抜いた「天国」を脅かす者への、容赦ない断罪の始まりだった。
0
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
悪女と呼ばれた王妃
アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。
処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。
まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。
私一人処刑すれば済む話なのに。
それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。
目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。
私はただ、
貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。
貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、
ただ護りたかっただけ…。
だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるい設定です。
❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?
3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。
相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。
あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。
それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。
だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。
その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。
その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。
だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法
本見りん
恋愛
メラニー アイスナー子爵令嬢はある日婚約者ディートマーから『婚約破棄』を言い渡される。
ショックで落ち込み、彼と婚約者として過ごした日々を思い出して涙していた───が。
……あれ? 私ってずっと虐げられてない? 彼からはずっと嫌な目にあった思い出しかないんだけど!?
やっと自分が虐げられていたと気付き目が覚めたメラニー。
しかも両親も昔からディートマーに騙されている為、両親の説得から始めなければならない。
そしてこの王国ではかつて王子がやらかした『婚約破棄騒動』の為に、世間では『婚約破棄、ダメ、絶対』な風潮がある。
自分の思うようにする為に手段を選ばないだろう元婚約者ディートマーから、メラニーは無事自由を勝ち取る事が出来るのだろうか……。
恋の締め切りには注意しましょう
石里 唯
恋愛
侯爵令嬢シルヴィアは、ウィンデリア国で2番目に強い魔力の持ち主。
幼馴染の公爵家嫡男セドリックを幼いころから慕っている。成長につれ彼女の魔力が強くなった結果、困った副作用が生じ、魔法学園に入学することになる。
最短で学園を卒業し、再びセドリックと会えるようになったものの、二人の仲に進展は見られない。
そうこうしているうちに、幼い頃にシルヴィアが魔力で命を救った王太子リチャードから、
「あと半年でセドリックを落とせなかったら、自分の婚約者になってもらう」と告げられる。
その後、王太子の暗殺計画が予知されセドリックもシルヴィアも忙殺される中、シルヴィアは半年で想いを成就させられるのか…。
「小説家になろう」サイトで完結済みです。なろうサイトでは番外編・後日談をシリーズとして投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる