27 / 28
27
しおりを挟む
王都での「死神による断罪劇」から数日後。
北の城の門前に、今度は王宮の紋章が刻まれた、金ピカの……けれどどこかボロボロの馬車が到着した。
「……お嬢様。今度は国王陛下からの、本当の『親書』を持った使者だそうですよ」
アンナが、完成したばかりの露天風呂の脇で、温泉卵を剥いている私に報告しに来た。
「あら、陛下から? トウモロコシ……じゃなくて、アルフレッド殿下の使いとは格が違うわね。どれどれ、今回はどんなおもしろ……いえ、神妙な内容かしら」
私は温泉卵を一口でパクリと平らげ、指先を拭うと、応接間へと向かった。
そこには、震える手で羊皮紙を抱えた、老練な公爵(父の友人だったはずだ)が、借りてきた猫のように小さくなって座っていた。
「……ミュー・ド・ラ・パン公爵令嬢。この度は、我が愚息が多大なるご迷惑を……」
「あら、おじ様。お久しぶりですわ。謝罪なら、もうヴォルグ様が王都でたっぷり受け取ってきたと聞いておりますけど?」
私はふかふかのソファに深々と腰掛け、優雅に足を組んだ。
「い、いや。これは国王陛下からの正式な決定事項を伝えに来たのだ。……心して聞いてほしい」
老公爵は、ゴホンと咳払いをすると、震える声で読み上げ始めた。
「『第一王子アルフレッドは、その数々の不徳と無能、および独断による街道封鎖という国家反逆にも等しい行為を鑑み、王位継承権を剥奪。本日をもって、リリィ男爵令嬢との婚約を破棄し、北の地よりもさらに過酷な「絶海の孤島」にある修道院へ終身送りとする』……だそうだ」
「……ぷっ。婚約破棄、ブーメランですわね!」
私は思わず吹き出した。
「自分から私に突きつけた言葉を、今度は陛下から突きつけられるなんて。最高のエンターテインメントじゃありませんこと?」
「……さらに、リリィ男爵令嬢は、王家に対する詐欺的行為と予算の横領により、平民へ降格。王都の公共施設での『一生無償の清掃奉仕』を命じられた」
「掃除! あの方、あんなにひらひらしたドレスが好きだったのに、一生雑巾がけなんて……。まあ、私のキッチンを掃除してくれた騎士様たちに比べれば、楽な仕事かもしれませんわね」
私は満足げに頷いた。まさに、因果応報。
「……そして、ミュー殿。陛下は貴殿に対しても、多大なる謝罪と、名誉回復を望んでおられる。王都に戻り、公爵家を継ぐ意思があれば……」
「お断りしますわ」
私は食い気味に即答した。
「えっ……。し、しかし、王都の名誉が……」
「おじ様。見てください、このツヤツヤの肌。そして、窓の外に見えるあの広大な土地。私、ここでの『終身雇用』をヴォルグ様と契約済みなんです。今さら、味のしない王都の社交界に戻るなんて、腐ったリンゴを食べるより嫌ですわ」
「……。そ、そうか。ヴォルグ辺境伯が、そこまで貴殿を……」
老公爵が呆然としていると、背後の重厚な扉が勢いよく開いた。
「……ただいま戻ったぞ。ミュー、土産のスパイスは全部確保してきた」
王都から帰還したばかりのヴォルグ様が、旅の埃を払う間も惜しんで部屋に入ってきた。
その手には、王都の最高級スパイスが詰まった巨大な袋がいくつも握られている。
「ヴォルグ様! おかえりなさい! 最高のお土産ですわ!」
私は跳ねるように駆け寄り、ヴォルグ様の逞しい腕に飛びついた。
「……。ミュー、使者が来ているようだが。……また、貴様を連れ戻そうという話か?」
ヴォルグ様が、老公爵を「死神」の眼光で射抜く。
「ひ、ひぃっ! い、いえ! 名誉回復のお話でして……!」
「名誉なら、俺がこの地で保障している。……ミューはもう、どこへも行かん。な、ミュー」
ヴォルグ様が、少しだけ照れ臭そうに、けれど力強く私を引き寄せた。
「もちろんですわ! さあ、おじ様。陛下にはこうお伝えください。『ミュー・ド・ラ・パンは、死神の地をパラダイスに変えるのに忙しいので、王都の面倒はそちらで勝手に見てください』ってね!」
私はヴォルグ様の胸に顔を埋め、最高の幸せを噛み締めた。
「……。分かった。陛下には、貴殿が……恐ろしく逞しく、そして幸せそうだと伝えておこう」
老公爵は、逃げるように部屋を後にした。
「ふふ、これで本当に、邪魔者は誰もいなくなりましたわね、ヴォルグ様」
「……ああ。長旅で腹が減った。ミュー、貴様の料理を腹一杯食わせてくれ」
「お任せください! 今夜は特製スパイスを全部使った、豪華フルコースですわよ!」
私たちは、かつての「婚約破棄」がもたらした、最高の結果を喜び合い、共に調理場へと向かった。
私の悪役令嬢としての物語は、ここで一旦幕を閉じる。
けれど、美味しいものに囲まれた私たちの「パラダイス」は、これからが本当のメインディッシュなのだ。
北の城の門前に、今度は王宮の紋章が刻まれた、金ピカの……けれどどこかボロボロの馬車が到着した。
「……お嬢様。今度は国王陛下からの、本当の『親書』を持った使者だそうですよ」
アンナが、完成したばかりの露天風呂の脇で、温泉卵を剥いている私に報告しに来た。
「あら、陛下から? トウモロコシ……じゃなくて、アルフレッド殿下の使いとは格が違うわね。どれどれ、今回はどんなおもしろ……いえ、神妙な内容かしら」
私は温泉卵を一口でパクリと平らげ、指先を拭うと、応接間へと向かった。
そこには、震える手で羊皮紙を抱えた、老練な公爵(父の友人だったはずだ)が、借りてきた猫のように小さくなって座っていた。
「……ミュー・ド・ラ・パン公爵令嬢。この度は、我が愚息が多大なるご迷惑を……」
「あら、おじ様。お久しぶりですわ。謝罪なら、もうヴォルグ様が王都でたっぷり受け取ってきたと聞いておりますけど?」
私はふかふかのソファに深々と腰掛け、優雅に足を組んだ。
「い、いや。これは国王陛下からの正式な決定事項を伝えに来たのだ。……心して聞いてほしい」
老公爵は、ゴホンと咳払いをすると、震える声で読み上げ始めた。
「『第一王子アルフレッドは、その数々の不徳と無能、および独断による街道封鎖という国家反逆にも等しい行為を鑑み、王位継承権を剥奪。本日をもって、リリィ男爵令嬢との婚約を破棄し、北の地よりもさらに過酷な「絶海の孤島」にある修道院へ終身送りとする』……だそうだ」
「……ぷっ。婚約破棄、ブーメランですわね!」
私は思わず吹き出した。
「自分から私に突きつけた言葉を、今度は陛下から突きつけられるなんて。最高のエンターテインメントじゃありませんこと?」
「……さらに、リリィ男爵令嬢は、王家に対する詐欺的行為と予算の横領により、平民へ降格。王都の公共施設での『一生無償の清掃奉仕』を命じられた」
「掃除! あの方、あんなにひらひらしたドレスが好きだったのに、一生雑巾がけなんて……。まあ、私のキッチンを掃除してくれた騎士様たちに比べれば、楽な仕事かもしれませんわね」
私は満足げに頷いた。まさに、因果応報。
「……そして、ミュー殿。陛下は貴殿に対しても、多大なる謝罪と、名誉回復を望んでおられる。王都に戻り、公爵家を継ぐ意思があれば……」
「お断りしますわ」
私は食い気味に即答した。
「えっ……。し、しかし、王都の名誉が……」
「おじ様。見てください、このツヤツヤの肌。そして、窓の外に見えるあの広大な土地。私、ここでの『終身雇用』をヴォルグ様と契約済みなんです。今さら、味のしない王都の社交界に戻るなんて、腐ったリンゴを食べるより嫌ですわ」
「……。そ、そうか。ヴォルグ辺境伯が、そこまで貴殿を……」
老公爵が呆然としていると、背後の重厚な扉が勢いよく開いた。
「……ただいま戻ったぞ。ミュー、土産のスパイスは全部確保してきた」
王都から帰還したばかりのヴォルグ様が、旅の埃を払う間も惜しんで部屋に入ってきた。
その手には、王都の最高級スパイスが詰まった巨大な袋がいくつも握られている。
「ヴォルグ様! おかえりなさい! 最高のお土産ですわ!」
私は跳ねるように駆け寄り、ヴォルグ様の逞しい腕に飛びついた。
「……。ミュー、使者が来ているようだが。……また、貴様を連れ戻そうという話か?」
ヴォルグ様が、老公爵を「死神」の眼光で射抜く。
「ひ、ひぃっ! い、いえ! 名誉回復のお話でして……!」
「名誉なら、俺がこの地で保障している。……ミューはもう、どこへも行かん。な、ミュー」
ヴォルグ様が、少しだけ照れ臭そうに、けれど力強く私を引き寄せた。
「もちろんですわ! さあ、おじ様。陛下にはこうお伝えください。『ミュー・ド・ラ・パンは、死神の地をパラダイスに変えるのに忙しいので、王都の面倒はそちらで勝手に見てください』ってね!」
私はヴォルグ様の胸に顔を埋め、最高の幸せを噛み締めた。
「……。分かった。陛下には、貴殿が……恐ろしく逞しく、そして幸せそうだと伝えておこう」
老公爵は、逃げるように部屋を後にした。
「ふふ、これで本当に、邪魔者は誰もいなくなりましたわね、ヴォルグ様」
「……ああ。長旅で腹が減った。ミュー、貴様の料理を腹一杯食わせてくれ」
「お任せください! 今夜は特製スパイスを全部使った、豪華フルコースですわよ!」
私たちは、かつての「婚約破棄」がもたらした、最高の結果を喜び合い、共に調理場へと向かった。
私の悪役令嬢としての物語は、ここで一旦幕を閉じる。
けれど、美味しいものに囲まれた私たちの「パラダイス」は、これからが本当のメインディッシュなのだ。
0
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
悪女と呼ばれた王妃
アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。
処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。
まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。
私一人処刑すれば済む話なのに。
それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。
目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。
私はただ、
貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。
貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、
ただ護りたかっただけ…。
だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるい設定です。
❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?
3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。
相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。
あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。
それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。
だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。
その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。
その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。
だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法
本見りん
恋愛
メラニー アイスナー子爵令嬢はある日婚約者ディートマーから『婚約破棄』を言い渡される。
ショックで落ち込み、彼と婚約者として過ごした日々を思い出して涙していた───が。
……あれ? 私ってずっと虐げられてない? 彼からはずっと嫌な目にあった思い出しかないんだけど!?
やっと自分が虐げられていたと気付き目が覚めたメラニー。
しかも両親も昔からディートマーに騙されている為、両親の説得から始めなければならない。
そしてこの王国ではかつて王子がやらかした『婚約破棄騒動』の為に、世間では『婚約破棄、ダメ、絶対』な風潮がある。
自分の思うようにする為に手段を選ばないだろう元婚約者ディートマーから、メラニーは無事自由を勝ち取る事が出来るのだろうか……。
恋の締め切りには注意しましょう
石里 唯
恋愛
侯爵令嬢シルヴィアは、ウィンデリア国で2番目に強い魔力の持ち主。
幼馴染の公爵家嫡男セドリックを幼いころから慕っている。成長につれ彼女の魔力が強くなった結果、困った副作用が生じ、魔法学園に入学することになる。
最短で学園を卒業し、再びセドリックと会えるようになったものの、二人の仲に進展は見られない。
そうこうしているうちに、幼い頃にシルヴィアが魔力で命を救った王太子リチャードから、
「あと半年でセドリックを落とせなかったら、自分の婚約者になってもらう」と告げられる。
その後、王太子の暗殺計画が予知されセドリックもシルヴィアも忙殺される中、シルヴィアは半年で想いを成就させられるのか…。
「小説家になろう」サイトで完結済みです。なろうサイトでは番外編・後日談をシリーズとして投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる