「戻ってきてもいいぞ?」という傲慢――許せませんわ。

ちゅんりー

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「……ああ、胃が。胃が燃えるように熱い。誰か、冷たい水を……いや、酸っぱいレモン水を……」


王宮へ帰り着いたレモン殿下は、自室のベッドに倒れ込み、うわ言のように繰り返していた。
森での拒絶、そしてマーマレードに叩きつけられた「失敗作のパン生地」という言葉が、呪いのように彼の脳裏にこびりついて離れない。


しかし、その安眠を妨げるような、甲高い叫び声が廊下に響き渡った。


「キーィィィ!! 許せませんわぁ! あのマーマレードとかいう女! 泥臭いオレンジの皮を煮ているだけの分際で、このシュガーに恥をかかせるなんてぇぇ!」


バァン!! と乱暴に扉が開け放たれ、シュガー・シロップが転がり込んできた。
彼女の顔は怒りと、長旅による食生活の乱れで、さらにパンパンに膨れ上がっている。


「シュ、シュガー……。静かにしてくれ……。私の頭の中にまで、マシュマロが詰まってしまいそうだ……」


「殿下! 寝ている場合じゃありませんわぁ! 今すぐ騎士団を派遣して、あの森を焼き払うのですわぉ! ついでに、あの生意気なアールグレイ公爵の領地も全部お砂糖で埋め立ててやりましょうぉ!」


「……無茶を言うな。隣国の公爵領を攻撃するなど、戦争になる。……第一、今の私に、剣を握る力など残っていない……」


レモン殿下は、震える手で自分の腹部を押さえた。
もはや、重度の糖分過多により、彼の筋肉は飴細工のように柔らかくなってしまっていた。


「殿下が頼りにならないなら、シュガーが自分でやりますわぁ! 見てなさい、マーマレード! 本物の『甘い世界』がどういうものか、王宮全体に見せつけてやりますわぉ!」


シュガーは、瞳に狂気的な光を宿し、翻したドレスの裾で殿下の顔をはたきながら部屋を飛び出していった。


それから数時間後。
王宮の厨房は、地獄のような光景へと変貌していた。


「さあ、もっとですわぁ! すべての料理にシロップを! スープにはコンデンスミルクを! ステーキにはチョコソースをたっぷり塗りたくるのですわぉ!」


「し、しかしシュガー様! 今夜は国王陛下も出席される、大事な晩餐会なのです。このようなメニューでは、陛下のお体が……!」


「黙りなさい! お父様……じゃなかった、国王陛下も、最近はお疲れのはずですわぉ。甘いものこそが、最高の滋養強壮なんですのぉ!」


シュガーは、巨大な泡立て器を剣のように振り回し、料理人たちを脅しつけた。
彼女は今、極度のストレスにより、「すべての問題を砂糖で解決できる」という深刻な錯覚に陥っていたのである。


そして、運命の晩餐会。
着席した国王陛下と王妃様の前には、信じられない光景が広がっていた。


「……これは、何だ? 今日のメインディッシュは、確か牛フィレ肉のグリルだと聞いていたが」


国王が、目の前の皿を指差して震える声で尋ねた。
そこには、肉の形が見えないほど厚く塗られたピンク色の生クリームと、その上に無造作に散らされたカラースプレーチョコが鎮座していた。


「ふふふぅ。陛下、召し上がれぇ! シュガーが考案した『ドリーム・ピンク・ミート・ケーキ』ですわぉ!」


シュガーが、頬を赤らめて誇らしげに胸を張る。
王妃様は、その料理を一目見ただけで、扇子で口元を押さえて顔を背けた。


「……お、重い。……見ただけで、胃が……」


「何を仰いますのぉ! さあ、陛下、一口どうぞぉ!」


国王は、覚悟を決めてフォークを突き立てた。
生クリームの下から現れたのは、半生の状態に砂糖がまぶされた肉の塊。
それを口に運んだ瞬間、国王の顔面は一気に土気色へと変わった。


「……ごふっ……!!」


「陛下!? 陛下、しっかりしてください!」


「こ、これは……食べ物ではない……。……甘い、甘すぎて……魂が抜けていく……」


国王が、椅子から転げ落ちるように崩れ落ちた。
会場内は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
他の貴族たちも、一口食べた瞬間に次々と口を押さえて席を立ち、トイレへと全力疾走していく。


「あらぁ? 皆様、お代わりはいかがですのぉ? デザートには、お砂糖を揚げたものにお砂糖をかけた『シュガー・オン・シュガー』をご用意していますわよぉ!」


「止めろ! 誰か、その女を止めろぉぉ!!」


国王の叫びが響き渡る中、シュガーはなおも笑顔で砂糖の袋を振り回していた。
彼女のヒステリーは、もはや誰にも止められない領域に達していたのだ。


「……ひどい。ひどすぎる……」


遅れて会場に現れたレモン殿下は、その凄惨な光景を目の当たりにし、ついに膝をついた。
そこにあるのは、彼が「甘くて可愛い」と信じていた世界の、成れの果てだった。


「……マーマレード……。助けてくれ……。……酸っぱいものを……、苦いものを……。……私を、この砂糖の地獄から救い出してくれ……」


王子の祈りは、甘ったるい空気の中に溶けて消えた。
シュガーの暴走により、王宮の威信は文字通り「溶解」し、崩壊へのカウントダウンが始まったのである。
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