「戻ってきてもいいぞ?」という傲慢――許せませんわ。

ちゅんりー

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工房の中に、シャリ、シャリ、という小気味よい音が響き続けていた。
私は公爵閣下の告白を受けてからというもの、無言で、かつてないスピードでオレンジの皮を剥き続けていた。


山のように積み上がるオレンジの皮。剥いても剥いても、この顔の熱さは引いてくれない。


「……マーマレード。もうその辺にしておけ。そのオレンジはすでに、皮を剥かれすぎて身が露出しすぎている」


背後から、呆れたような、しかし慈しむような公爵閣下の声がした。


「うるさいですわ! 私、こうしていないと心臓が爆発して、中からオレンジ果汁が噴き出してしまいそうですのよ!」


「……それは新種の人間だな。……それで、返事を聞かせてもらえないだろうか。私はこう見えて、君の言葉一つで明日からのパンが喉を通らなくなるほど繊細なのだぞ」


「嘘をおっしゃい! 閣下なら、絶望しながらでも『やけ食い』と言って三斤は平らげるはずですわ!」


私はバッと振り返り、右手に持ったピーラーを閣下の鼻先に突きつけた。
閣下は眉一つ動かさず、ただ静かに、私の瞳の奥を覗き込んでいる。


「……いいでしょう。閣下のその無駄に熱烈な想い、しかと受け止めましたわ。ですが、私と婚約し、公爵夫人にするというのなら、一つ……いえ、とてつもなく重い条件がございますの」


「条件? 何なりと言え。隣国の王都をオレンジ色に塗れと言うなら、今すぐペンキの手配をさせよう」


「そんな無駄な労働はさせませんわ。……条件は、これです!」


私は調理台の下から、昨日書き上げたばかりの『将来的な経営計画書兼・私に関する取扱説明書』を叩きつけた。


「一つ! 私は結婚しても、一生ジャムを煮続け、パンを捏ね続けます。公爵夫人としてのお茶会よりも、工房の火加減を優先しますわ!」


「……認めよう。むしろ、毎日焼きたてが食べられるなら望むところだ」


「二つ! 閣下は一生、私の作るジャムを食べ続けなければなりません。風邪を引いた日も、歯が抜けたおじい様になった日も、私の『苦味』を拒むことは許しませんわよ!」


「……それは報酬であって条件ではないな。一生分と言わず、来世まで予約したいくらいだ」


「三つ! ……これが一番重要ですわ。……閣下は、私のジャムを食べる時、必ず世界で一番幸せそうな顔をすること。……私が、この道を選んでよかったと、毎日確信させてくださること。……これができないなら、私は公爵夫人にはなりません!」


言い切った瞬間、また顔が火照るのを感じた。
何を生意気なことを言っているのかしら、私。


しかし、公爵閣下は、私の予想に反して、ふっと深く、優雅に微笑んだ。
そして私の手からピーラーを取り上げると、その手を両手で包み込んだ。


「……たったそれだけか?」


「たった、ですって? 一生、毎日幸せな顔をするなんて、並大抵の努力ではできませんわよ」


「いや。君のジャムを一口食べれば、私は勝手にそんな顔になってしまう。……君は、自分の才能を過小評価しすぎだ、マーマレード」


閣下は私の指先に、誓いを立てるように唇を寄せた。


「一生分のジャム……。私がすべて買い占めよう。代価は、私の地位も、財産も、そしてこの心臓の鼓動すべてだ。……これで契約成立だな?」


「……ええ。契約成立ですわ。……ただし、返品は一切受け付けませんからね」


「返品など、考えるだけでも恐ろしい。……さて、婚約が決まったとなれば、まずは祝杯を上げなくてはな。……マーマレード、さっそく『婚約お祝いジャム』の製作に取り掛かってくれ」


「閣下、展開が早すぎますわよ! 少しは余韻に浸らせてくださいな!」


「余韻より実益だ。お腹が空いてきた」


公爵閣下は、私の腰に手を回し、そのまま工房の中へとエスコートした。
冷徹な公爵が、一人の令嬢を「一生分の食料」として独占することを決めた瞬間だった。


そこへ、いつものように間の悪いタイミングでダージリン様が乱入してきた。


「お嬢さーん! 婚約おめでとうございます! ……というわけで、公爵夫人ブランドとしての『ロイヤル・ブライダル・マーマレード』の独占販売権を僕に……って、うわっ! 閣下、そんな殺意の込もった目で僕を見ないでください!」


「ダージリン。……貴様には、ジャムの瓶の蓋を開ける権利すら与えん。外へ出ろ」


「そんなぁ! ビジネスチャンスを逃すなんて、僕の心臓が止まってしまいますよ!」


賑やかすぎる、私の新しい人生。
婚約破棄され、泥にまみれたあの日から、まさかこんな「甘酸っぱい」結末が待っているなんて。


「ふふっ。……閣下、まずはオレンジの皮むきから手伝っていただきますわよ。……『一生分』の始まりですもの!」


「……喜んで。君の下僕であり、夫である私の初仕事だな」


私たちは、黄金色の夕陽が差し込む工房で、笑い合いながら新しいオレンジを手に取った。
私の「リベンジ」は、いつの間にか、世界で一番贅沢な「幸せの味」へと変わっていたのである。
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