「戻ってきてもいいぞ?」という傲慢――許せませんわ。

ちゅんりー

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王都の地下深く、冷たい湿気が立ち込める独房。
かつて第一王子として、黄金の光に包まれていたレモン殿下の姿は、今や見る影もなかった。

「……腹が、減った……。……何か、何かまともなものを……」

鉄格子の向こうから、カツン、カツンと小気味よい靴音が響いてきた。
現れたのは、淡いオレンジ色のドレスを纏い、最高に艶やかな肌をした私、マーマレード・オレンジである。

「ご機嫌よう、レモン元殿下。……あら、随分とスリムになられましたわね? マシュマロダイエットの成果かしら」

「……ま、マーマレードか! 頼む、助けてくれ! ここでの食事は、シュガーが持ち込んだ備蓄の『乾燥パステル・メレンゲ』しかないのだ! 口の中が、パサパサで甘くて死にそうだ!」

レモン殿下は、鉄格子を掴んで必死に訴えかけてきた。
その後ろには、警護という名目で(実際はお菓子のつまみ食い防止で)アールグレイ公爵が立っている。

「……ふん。自業自得という言葉を、辞書で引いてから出直してくるんだな」

公爵が冷たく言い放つ。
私は、手に持っていた籠の中から、一つのみずみずしい果実を取り出した。

「殿下。最後に私に会いたいと仰ったのは、食事の催促のためですの?」

「……そうだ。いや、違う! ……私は、謝りたかった。……お前の言う通りだった。……甘すぎるものは、毒だ。……私は、お前のあの『酸っぱくて苦い』味を、馬鹿にしていた……」

殿下の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

「……あんなに爽やかで、体が喜ぶような味を、私は『下民の食べ物』だと切り捨ててしまった。……シュガーの嘘を見抜けなかったのも、私の心が、甘い言葉に腐らされていたからだ……」

「……気づくのが、少し遅すぎましたわね」

私は、手に持っていた果実を半分に切り、格子越しに差し出した。
それは、マーマレードになる前の、最も鋭い酸味を持つ野生のレモンだった。

「さあ、召し上がれ。今の殿下に、一番必要なものですわ」

殿下は、迷うことなくその果実を口に含み、そのままガブリと噛みついた。

「…………ッッ!!」

殿下の顔が、見たこともないほどクシャクシャに歪んだ。
あまりの強烈な酸っぱさに、全身がビクンと跳ね、涙と鼻水が同時に溢れ出している。

「……す、……酸っぱい!! なんだこれ、……舌が、舌が痺れるほど酸っぱいぞ!!」

「そうですわ。それが『現実』という味ですのよ、殿下」

私は、ハンカチで指先を拭きながら、冷徹に言い放った。

「甘い夢は、いつか必ず覚めます。覚めた後に残るのは、このような強烈な酸味と、消えない後悔だけ。……殿下は、私が煮詰めていた苦味を『嫌がらせ』だと思っておいででしたけれど。……あれは、殿下がこの残酷な現実に耐えられるよう、私が心を込めて調合していた『毒消し』だったのですわ」

「毒、消し……?」

「ええ。適度な苦味を知っている者だけが、本当の甘さを正しく味わえるのです。……それを捨てたのは、他ならぬ殿下、あなた自身ですわよ」

殿下は、口の中に残るレモンの破片を咀嚼しながら、嗚咽を漏らした。
酸っぱさの後にやってくる、レモン特有の微かな芳香。
それが、彼が失った「マーマレードとの健やかな日々」を思い出させていた。

「……すまなかった。……本当に、すまなかった、マーマレード……」

「謝罪は、今後の人生で、その酸っぱい後悔と共に飲み込んでくださいな。……あ、それから」

私は、立ち去り際に、もう一つ瓶を差し出した。
中には、私が一番初期に作った、最も「苦い」ビターマーマレードが入っている。

「これは、私からの最後の手向けですわ。……これまでのジャム代の、利息分だと思ってください」

「……あ……ありがとう……」

殿下は、宝物のようにその瓶を抱きしめた。

「……行こう、マーマレード。これ以上ここにいると、私の胃まで酸っぱくなってきそうだ」

公爵が私の肩を抱き寄せ、私たちは地下牢を後にした。
背後からは、瓶の蓋を開ける音と、震える声で「……美味い。……苦くて、最高に美味い……」と泣きながら笑う男の声が聞こえてきた。

「……閣下。私、少しはリベンジできたかしら」

「……ああ。……これ以上の復讐はないだろうな。……だが、私の口直しはどうしてくれる?」

公爵が、不満そうに私を見つめてくる。

「あら、閣下も酸っぱいレモンがお望みですか?」

「……いいや。私は、君の焼いた『とびきり甘くて、ほんのり苦い』タルトが食べたい。……公爵夫人としての、最初のご奉仕としてな」

「……まだ婚約したばかりですわよ! 気が早いですわ、閣下!」

私たちは、澄み切った秋の空の下へと戻った。
酸っぱい後悔は地下に置き去りにして。
私の未来は、これからもっと、深く熟した黄金色に輝いていくのだ。
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