月と秘密とプールサイド

スケキヨ

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人前なのに、机の下で……

人前なのに、机の下で……(1)

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*****

「あ。それ、見つかったんだぁ」

 ひな子の首元を指差しながら、果穂かほが明るい声で言った。
 四つ葉のクローバーをモチーフにしたシルバーのチャームに、アクアブルーの小さな石が付いたネックレス。教室の窓から差し込む朝の光を反射して、石がキラリと光った。

「よかったねぇ、見つかって。水島みずしまくんからのプレゼントだもんね~」
「……うん」

 消え入りそうな声で返事をしたひな子が気まずそうに目を伏せた。

「え、なに、どうしたの? なんかあった?」

 いつもと様子の違うひな子を不審に思ったらしい果穂が彼女の顔色をうかがうように顔を寄せた。いつものひな子であれば、龍一郎りゅういちろうとの関係を冷やかされたらムキになって否定するはずなのに。

「ううん、大丈夫……」

 ひな子が最後まで言う前に一限目の開始を告げるチャイムが鳴って、先生が入ってきた。

「先週やった小テストを返します。二十点以下の者は補習を行うので、放課後、化学室に来るように」

 一限目はよりにもよって化学だった。
 教壇には涼しい顔をした火神かがみが立っている。白皙の整ったルックスに今日も嫌味なくらい白衣がよく似合っていた。

羽澄はすみさん」
「……はい」

 火神に呼ばれたひな子はほどんど聞こえないくらいの小さな声で返事をしてから立ち上がった。なるべく火神と目が合わないように下を向いたまま答案用紙を受け取り、そそくさと席に戻る。点数を確認すると――

「げっ……!」

 ひな子は顔を歪めて机に突っ伏した。

「うぅぅ~……泣きそう」
「ひな、大丈夫? ……うわぁ、これはヤバいわ」

 ひな子の答案を覗きこんだ果穂が哀れみの目を向けた。「よしよし」と慰めるようにひな子の頭を撫でてくれる。

 ――十二点。

 チラリと顔を上げ、改めて確認してみるけれど、もちろん点数が変わるわけはない。
 ひな子はガクリとうなだれて、ふたたび顔を伏せた。





*****

「あれ?」

 放課後、言われた通りに化学室を訪れたひな子だったが、室内には誰もいなかった。

「お、来たか。こっちだ」

 化学室と繋がる準備室のドアから顔を出した火神が、大きな手をひらひらと揺らして手招きをしている。

「あの、他の人たちは……?」

 ひな子がきょろきょろと辺りを見回しながら尋ねると、火神が呆れたように溜息をついた。

「今回のテストは基本的なことばっかりだったからな。お前だけだよ……二十点なかったのは」
「えっ……ウソ!?」

 準備室には化学担当の教師たちが使用する仕事机と、ビーカーやフラスコといった実験用具がところ狭しと並んでいる。
 部屋には火神のほかにもう一人、須藤すどうという男性教諭が机に向かっていた。小太りで温厚そうな須藤先生は、ひな子の父親と同じくらいの年頃だろう。

「あれ? 羽澄さん、居残り?」

 書きものをしていた須藤が顔を上げて、ひな子に声をかけた。

「はい……」
「火神くんをひとり占めだなんて贅沢だねぇ。しっかり教えてもらいなさいよ」
「はぁ」

 浮かない顔のひな子を火神は自分の隣に座らせた。
 二人の正面では須藤先生が机に向かって黙々と自分の仕事に取り組んでいる。

「この時期にこの点数はちょっとなぁ……。受験までもう半年もないのに」

 返す言葉もなく、ひな子はしゅんと肩を落とした。

「元素記号くらいは覚えとけよ。受験生なんだから」
「はい……。でもなかなか覚えられないんですよね」
「そんなに難しくないだろ。ほら、アレで覚えればいいんだよ、アレで」

 アレアレ、と言いながら火神は元素周期表を机の上に広げると、定番の語呂合わせを唱えはじめた。

「ほら、水素から……水兵 リーベ 僕の舟、」
「すいません」

 ひな子が小さく手を挙げる。

「どうした?」
「その『水兵』と『僕の舟』っていうのは、まぁわかるんですけど……『リーベ』って何なんですか?」
「お前なぁ、語呂合わせに意味なんか求めるなよ」

 生真面目なひな子の質問に、頬杖をついた火神が呆れたように眉を寄せる。

「でも気になっちゃって、なかなか先に進めないんですよね」
「『リーベ』っていうのはなぁ……アレだよ、アレ。ドイツ語」
「ドイツ語?」
「そうだ。たしかドイツ語で……『愛』って意味だ」
「……ほんとですか?」

 ひな子は疑わしげな目で火神を見やった。

『リーベ』が『愛』を意味するということは、『水兵 リーベ 僕の舟』とは『水平は僕の舟を愛している』ということ?

 ――ますます意味がわからない。

「とりあえず、意味とか考えずに言ってみな」

 火神に促されて、ひな子はしぶしぶ口を開く。

「えっと……すい へー リー べ ぼ く の ふ…………ひゃあっ!」

 突然奇声を発したひな子に、正面に座っている須藤先生が訝しげな視線を向ける。

「ん? どうかした?」
「あ、いえ、あの……なんでも、ないです」

 ひな子は何食わぬ顔でそっぽを向く火神の顔を恨めしげに睨んだ。

 なぜなら――

 机の下で、火神の手がひな子のスカートの中に侵入し、太腿をすべすべと撫でまわしているのだ!


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