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第二章:朱莉、かまぼこで餌付けされる
12. うちの味
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*****
「いやぁ、今日はご馳走になってもうて……なんやすいませんでしたなぁ」
気まずい昼食会がようやく終わり、天鷲(父)が大将に向かって礼を言った。
「いえ、こちらこそ……うちの息子がとんだご無礼を……。お嬢さんには申し訳ないことをしてしまった。すみません」
大将が沙羅咲さんに向かって白髪まじりの頭を下げた。
沙羅咲さんの唇の端がピクピクとひくついている。
何か言いたいことの一つや二つあったんだろうけど、大将に先手を打って謝罪されてしまっては、喉の奥に飲み込むしかなかったみたいだ。
「ほな、また。今度は京都にも遊びに来たってください~」
タクシーの窓から顔を出した甘鷲さんが満面の笑みで手を振っていた。どこまでも朗らかで福々しいひとだ。
一方の沙羅咲さんは奥の席でずっと下を向いていて、一度も振り返ることはなかったけれど。
というわけで、私もこれにてお役御免!
……なんだけど、少しだけ良心が咎めるな。悪意はないとはいえ、彼らを騙してしまったことに。
しかも大将も甘鷲さん父娘も……三人とも悪いひとじゃなかったから余計に、だ。
沙羅咲さんだって、ちょっと思ってることが顔に出やすいけど、それはまあ裏を返せば素直ってことなんだろうし……何より、鮫島さんのことがほんとに好きなんだよね、きっと。
「なぁ、あんた、もしかして……堀ノ内さんとこの下のお嬢さんじゃないかい?」
甘鷲さんを見送ったあとで、大将が声を掛けてきた。私の顔をしげしげと探るように眺めている。
「あ、はい。そうです」
残念ながら、もうお嬢さんという歳でもないけどね。
それにしても、大将、私のこと覚えててくれたの?
うちは家族みんなが『魚貴族』の大ファンだから、私も子供の頃から常連だったんだけど、ここ何年かは地元を離れていたせいであんまり行けてなかった。
うちの親やお姉ちゃんなんかは、私がいないあいだも相変わらず通いつめていたに違いない。
「やっぱりそうか。いやぁ、綺麗になったねぇ。ご家族は元気かい? 最近は私も店に出ることがなくなって、すっかりご無沙汰しとるんだが……」
「はい、おかげさまでピンピンしてます。魚貴族さんには今でもしょっちゅう通ってますよ」
私が答えると、
「そうかい。それはいつもご贔屓いただいて」
大将が嬉しそうに顔を綻ばせた。
花が開くように豊かなシワが顔中に広がる。
んん~……いいシワ! 渋い!
「あれ? 親父、知ってたのか? 堀……朱莉のこと」
あ。鮫島さん、また間違えそうになったな。
「あぁ。堀ノ内さんはお前がまだ小さかった頃からのうちの常連さんだからな。それより……お前もなかなか見る目があるじゃないか」
ん?
大将はなぜか鮫島んと私の顔を交互に見つめながら、満足そうに頷いてみせた。
「やっぱり、うちの味をわかってくれる娘さんでないとな」
大将がそう言うと、それまでにこやかに微笑んでいた鮫島さんの顔から、一瞬、表情が消えた。
え? なになに?
私はパチパチと瞬きをしてから、もう一度、鮫島さんの顔を見返してみたけれど、そこにはいつもの鮫島スマイルが浮かんでいるだけだった。
あれ? 私の見間違い?
「じゃあ、俺、朱莉を送ってくるから」
お。鮫島さん、ようやく滑らかに名前呼んでくれましたね。
「あぁ、ちゃんと家まで送ってあげなさい。朱莉さん、またうちにも遊びにおいで。海斗、母さんにも早く紹介しないとな」
「……そ、そうだな。考えとくよ」
おっと。思った以上にウェルカムな大将の態度に、鮫島さんも押され気味?
「行くぞ! 朱莉」
鮫島さんは私の背に手を当てると、大将の視線から逃れるように、駅に向かって早足で歩きはじめた。
急き立てられるようにして、私も自然と小走りになる。だって鮫島さんの一歩と私の一歩じゃ全然距離が違うのだよ。
ホテルの角を曲がって、大将の姿が見えないところまで来ると、鮫島さんの足が止まった。
「堀ノ内さん、今日はごめんねー。変なお願い聞いてもらっちゃって」
軽い口調で言いながら、鮫島さんが顔の前で手を合わせた。
あぁよかった。いつもの鮫島さんに戻ってる。
「いえいえ、こちらこそ……うまくできなくて、すみませんでした」
「今日のランチは口に合わなかったみたいだし、また今度ちゃんとお礼させて。あ、さっき言ってた明太子ソースも試作してみるから。完成したら、真っ先に堀ノ内さんに連絡するねー」
なんと……!
これはもう期待しかない。
だって絶対美味しいよ。間違いない。
「ありがとうございます! 楽しみにしてます!」
こんがりと焼けた白身魚に明太子のソースが絡む様を想像して、思わず大声を上げてしまった。
近くを通りがかった人たちから投げかけられる訝しげな視線が痛い。
ほら、鮫島さんもちょっと苦笑してるし。
「じゃ、じゃあ……私はこれで。電車で来たんで電車で帰りますね」
そそくさと別れの挨拶を告げて、駅までの道をひとりで歩く。
駅前の大通りは、東京ほどではないにしろ、それなりにたくさんの人がいて、みんな思い思いの休日を楽しんでいるみたいだった。
幸か不幸か、平凡極まりない私に目を止める人なんていない――はずなんだけど、
「……ん?」
気のせいかな?
なんだか視線を感じたような気がするんだけど。
誰かがこっちを見ていたような……。
立ち止まって辺りを見回してみたけれど、特に知り合いも怪しい人影も見当たらなかった。
……ま、いっか。
「物ごとを起こりもしないうちから先回りして心配しない」ということを信条としている私は、多少気になることがあっても、「ま、いっか」で思考を打ち切る術を身につけているのだ。
ピロピロリン♪
再び歩き出した私のバッグの中でスマホが軽やかな音を立てた。取り出してみると、メッセージが届いている。
「ん? 誰からかなー……って、ウソ」
スマホの画面には予想もしないひとの名前が表示されていて、私はまたまた大声をあげてしまったのだった。
「いやぁ、今日はご馳走になってもうて……なんやすいませんでしたなぁ」
気まずい昼食会がようやく終わり、天鷲(父)が大将に向かって礼を言った。
「いえ、こちらこそ……うちの息子がとんだご無礼を……。お嬢さんには申し訳ないことをしてしまった。すみません」
大将が沙羅咲さんに向かって白髪まじりの頭を下げた。
沙羅咲さんの唇の端がピクピクとひくついている。
何か言いたいことの一つや二つあったんだろうけど、大将に先手を打って謝罪されてしまっては、喉の奥に飲み込むしかなかったみたいだ。
「ほな、また。今度は京都にも遊びに来たってください~」
タクシーの窓から顔を出した甘鷲さんが満面の笑みで手を振っていた。どこまでも朗らかで福々しいひとだ。
一方の沙羅咲さんは奥の席でずっと下を向いていて、一度も振り返ることはなかったけれど。
というわけで、私もこれにてお役御免!
……なんだけど、少しだけ良心が咎めるな。悪意はないとはいえ、彼らを騙してしまったことに。
しかも大将も甘鷲さん父娘も……三人とも悪いひとじゃなかったから余計に、だ。
沙羅咲さんだって、ちょっと思ってることが顔に出やすいけど、それはまあ裏を返せば素直ってことなんだろうし……何より、鮫島さんのことがほんとに好きなんだよね、きっと。
「なぁ、あんた、もしかして……堀ノ内さんとこの下のお嬢さんじゃないかい?」
甘鷲さんを見送ったあとで、大将が声を掛けてきた。私の顔をしげしげと探るように眺めている。
「あ、はい。そうです」
残念ながら、もうお嬢さんという歳でもないけどね。
それにしても、大将、私のこと覚えててくれたの?
うちは家族みんなが『魚貴族』の大ファンだから、私も子供の頃から常連だったんだけど、ここ何年かは地元を離れていたせいであんまり行けてなかった。
うちの親やお姉ちゃんなんかは、私がいないあいだも相変わらず通いつめていたに違いない。
「やっぱりそうか。いやぁ、綺麗になったねぇ。ご家族は元気かい? 最近は私も店に出ることがなくなって、すっかりご無沙汰しとるんだが……」
「はい、おかげさまでピンピンしてます。魚貴族さんには今でもしょっちゅう通ってますよ」
私が答えると、
「そうかい。それはいつもご贔屓いただいて」
大将が嬉しそうに顔を綻ばせた。
花が開くように豊かなシワが顔中に広がる。
んん~……いいシワ! 渋い!
「あれ? 親父、知ってたのか? 堀……朱莉のこと」
あ。鮫島さん、また間違えそうになったな。
「あぁ。堀ノ内さんはお前がまだ小さかった頃からのうちの常連さんだからな。それより……お前もなかなか見る目があるじゃないか」
ん?
大将はなぜか鮫島んと私の顔を交互に見つめながら、満足そうに頷いてみせた。
「やっぱり、うちの味をわかってくれる娘さんでないとな」
大将がそう言うと、それまでにこやかに微笑んでいた鮫島さんの顔から、一瞬、表情が消えた。
え? なになに?
私はパチパチと瞬きをしてから、もう一度、鮫島さんの顔を見返してみたけれど、そこにはいつもの鮫島スマイルが浮かんでいるだけだった。
あれ? 私の見間違い?
「じゃあ、俺、朱莉を送ってくるから」
お。鮫島さん、ようやく滑らかに名前呼んでくれましたね。
「あぁ、ちゃんと家まで送ってあげなさい。朱莉さん、またうちにも遊びにおいで。海斗、母さんにも早く紹介しないとな」
「……そ、そうだな。考えとくよ」
おっと。思った以上にウェルカムな大将の態度に、鮫島さんも押され気味?
「行くぞ! 朱莉」
鮫島さんは私の背に手を当てると、大将の視線から逃れるように、駅に向かって早足で歩きはじめた。
急き立てられるようにして、私も自然と小走りになる。だって鮫島さんの一歩と私の一歩じゃ全然距離が違うのだよ。
ホテルの角を曲がって、大将の姿が見えないところまで来ると、鮫島さんの足が止まった。
「堀ノ内さん、今日はごめんねー。変なお願い聞いてもらっちゃって」
軽い口調で言いながら、鮫島さんが顔の前で手を合わせた。
あぁよかった。いつもの鮫島さんに戻ってる。
「いえいえ、こちらこそ……うまくできなくて、すみませんでした」
「今日のランチは口に合わなかったみたいだし、また今度ちゃんとお礼させて。あ、さっき言ってた明太子ソースも試作してみるから。完成したら、真っ先に堀ノ内さんに連絡するねー」
なんと……!
これはもう期待しかない。
だって絶対美味しいよ。間違いない。
「ありがとうございます! 楽しみにしてます!」
こんがりと焼けた白身魚に明太子のソースが絡む様を想像して、思わず大声を上げてしまった。
近くを通りがかった人たちから投げかけられる訝しげな視線が痛い。
ほら、鮫島さんもちょっと苦笑してるし。
「じゃ、じゃあ……私はこれで。電車で来たんで電車で帰りますね」
そそくさと別れの挨拶を告げて、駅までの道をひとりで歩く。
駅前の大通りは、東京ほどではないにしろ、それなりにたくさんの人がいて、みんな思い思いの休日を楽しんでいるみたいだった。
幸か不幸か、平凡極まりない私に目を止める人なんていない――はずなんだけど、
「……ん?」
気のせいかな?
なんだか視線を感じたような気がするんだけど。
誰かがこっちを見ていたような……。
立ち止まって辺りを見回してみたけれど、特に知り合いも怪しい人影も見当たらなかった。
……ま、いっか。
「物ごとを起こりもしないうちから先回りして心配しない」ということを信条としている私は、多少気になることがあっても、「ま、いっか」で思考を打ち切る術を身につけているのだ。
ピロピロリン♪
再び歩き出した私のバッグの中でスマホが軽やかな音を立てた。取り出してみると、メッセージが届いている。
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