2 / 40
傘と付箋 後 〚葵〛
しおりを挟む
✣
月曜日の朝、折り畳み傘にささやかなお礼を添えて昇降口で待つ。
夕方でもいいような気もしたが、ロッカーに置いている傘であれば帰りに渡されても迷惑だろうから。
しばらくして何人かの友人とともに志摩がやってきた。
この学校で最も目立つ人たちだけど、志摩が一番目を惹く。
どうしてだか、知らない誰かの頭越しに見える志摩から目が離せなかった。
―――どうしよう、あの集団に話しかけるなんて、………無理だ。出直そう。放課後にでも渡せばいい。
「―――あおい?」
しまった。
じっと見すぎていたせいで、気づかれてしまった。
傘に目を留めた志摩が、集団から抜け出て駆け寄ってくる。
名前を呼ばれて、目を細めて見つめられて、胸のあたりがきゅうっとなった。
「あ、の…………。これ、ありがとう。助かった。」
なんとか言葉を絞り出せば、「いーのいーの、カメラ濡れたら困るでしょー、すごい雨だったけど大丈夫だった?」なんて返してくる。
そりゃお前だろー!集合場所にずぶ濡れで来たくせに!
そうやって友人たちが混ぜっ返すと、今度はうるせーなんてむくれた声。
くるくる変わる表情に、明るい笑顔に、見とれて。
―――この笑顔を、撮りたい。
「わざわざお礼まで、却ってわりーな。じゃあまた放課後。」
軽く手を挙げた志摩が去っても、そこに立ち竦んでいた。
✣
放課後は、毎日グラウンドだ。
とにかく活動費のかかる写真部の大事な収入源が、他の部活の活動写真。
文化祭や体育祭、その部の試合の日などに日頃の練習風景なんかを販売すると、親御さんや生徒たちによく売れる。
だから、写真部に所属して写真の腕を確認された後、そこそこ使えると判断された俺は陸上部を撮ることになった。
屋外の部活は、光の調整が難しい。
そして走る相手を躍動感のまま写し取るのも、腕の見せどころ。
シャッタースピードを早く設定して流すように撮ったり、トラックのカーブあたりに陣取ってアングルを変えて撮影したり、ハイジャンプをあおりで写したり。
カメラに没頭してると、周りの雑音がすべて消える。
眼と指先にすべての神経を集中させて、ファインダーの向こうを透かし見る。
被写体の飛び散る汗すら見えるような集中のなかシャッターボタンに指を掛けたら、タイムを測る志摩とファインダー越しに目があった。
―――現像した写真は、ひどくブレていた。
✣
昼休みは、愛想笑いに疲れた俺の休憩時間。
弟や妹のように綺麗には笑えなくても、せめて不快感を与えないようとする微笑みは、もはや顔に貼り付いた。
それでも、教室の中は息苦しくて、いつも図書室の裏でもそもそとパンを食べる。
晴れの日も雨の日も通用口に腰掛けて食べれば、天気や季節の移り変わりに心が落ち着いた。
ご飯を済ませたら、図書室へ。
借りていた本を返して、次の本を物色する。
ふと、1冊の本が棚からすこしはみ出てるのが気になった。装丁は好みだが、あまり読まないジャンル。
読んだことない作家の本だけど、面白いんだろうか?。
―――志摩は読んだのかな。
いつもの判断のため、本の裏表紙を開いて貸出記録を取り出す。
くるりと裏返して―――そこにふせんが貼ってあった。
『この本面白いよ。オススメがあったら教えてくれ。』
この字、知ってる。
すこし傾いた独特の字。―――志摩の字だ。
宛名も差出人もないただの付箋。それを大事に本に挟み、帰路についた。
その小説は、控えめに言って面白かった。
学校帰りに読み始めて、そのまま深夜まで読み耽ってしまうくらいに。
少年たちの冒険譚は、自分ではきっと借りなかった。
貸出記録の、付箋を取り出して、また眺める。
少し悩んで新しいノートにそれを貼り、横に本のタイトルを書いた。
明日返すとき、オススメの本を選んでおこう。
✣
奇妙な文通は、それから始まった。
俺のオススメに対し、志摩が『オススメ、すげー面白かった。あの展開にはマジでびびった。次はこれ。面白いぜ。』とちょっとした感想を加えて返して来て以来、こちらも一言感想をつけて返す。
二三日に一度、ときには連日のそのやり取りは、すぐに俺の特別になった。
借りている本があるときでも図書室に行き、でっぱった本があればそれを借りる。
志摩の感想はいつも俺とは違った捉え方をしていて、面白い。
繊細で大胆な視点は、好きすぎて読み飽きた小説さえ新鮮に見せた。
―――ファインダー越しの彼は太陽みたいだけど、実はそんな一面もあるんだ。
そんな発見は、灰色の日々を明るく彩った。
合図とともに、志摩が走る。
たくさんのハードルを、勢いよく飛び越えて、風みたいに。
ゴールして、タイムを確認して、破顔する。
夏の陽射しの中輝くそれが、フィルムと心に灼きついた。
月曜日の朝、折り畳み傘にささやかなお礼を添えて昇降口で待つ。
夕方でもいいような気もしたが、ロッカーに置いている傘であれば帰りに渡されても迷惑だろうから。
しばらくして何人かの友人とともに志摩がやってきた。
この学校で最も目立つ人たちだけど、志摩が一番目を惹く。
どうしてだか、知らない誰かの頭越しに見える志摩から目が離せなかった。
―――どうしよう、あの集団に話しかけるなんて、………無理だ。出直そう。放課後にでも渡せばいい。
「―――あおい?」
しまった。
じっと見すぎていたせいで、気づかれてしまった。
傘に目を留めた志摩が、集団から抜け出て駆け寄ってくる。
名前を呼ばれて、目を細めて見つめられて、胸のあたりがきゅうっとなった。
「あ、の…………。これ、ありがとう。助かった。」
なんとか言葉を絞り出せば、「いーのいーの、カメラ濡れたら困るでしょー、すごい雨だったけど大丈夫だった?」なんて返してくる。
そりゃお前だろー!集合場所にずぶ濡れで来たくせに!
そうやって友人たちが混ぜっ返すと、今度はうるせーなんてむくれた声。
くるくる変わる表情に、明るい笑顔に、見とれて。
―――この笑顔を、撮りたい。
「わざわざお礼まで、却ってわりーな。じゃあまた放課後。」
軽く手を挙げた志摩が去っても、そこに立ち竦んでいた。
✣
放課後は、毎日グラウンドだ。
とにかく活動費のかかる写真部の大事な収入源が、他の部活の活動写真。
文化祭や体育祭、その部の試合の日などに日頃の練習風景なんかを販売すると、親御さんや生徒たちによく売れる。
だから、写真部に所属して写真の腕を確認された後、そこそこ使えると判断された俺は陸上部を撮ることになった。
屋外の部活は、光の調整が難しい。
そして走る相手を躍動感のまま写し取るのも、腕の見せどころ。
シャッタースピードを早く設定して流すように撮ったり、トラックのカーブあたりに陣取ってアングルを変えて撮影したり、ハイジャンプをあおりで写したり。
カメラに没頭してると、周りの雑音がすべて消える。
眼と指先にすべての神経を集中させて、ファインダーの向こうを透かし見る。
被写体の飛び散る汗すら見えるような集中のなかシャッターボタンに指を掛けたら、タイムを測る志摩とファインダー越しに目があった。
―――現像した写真は、ひどくブレていた。
✣
昼休みは、愛想笑いに疲れた俺の休憩時間。
弟や妹のように綺麗には笑えなくても、せめて不快感を与えないようとする微笑みは、もはや顔に貼り付いた。
それでも、教室の中は息苦しくて、いつも図書室の裏でもそもそとパンを食べる。
晴れの日も雨の日も通用口に腰掛けて食べれば、天気や季節の移り変わりに心が落ち着いた。
ご飯を済ませたら、図書室へ。
借りていた本を返して、次の本を物色する。
ふと、1冊の本が棚からすこしはみ出てるのが気になった。装丁は好みだが、あまり読まないジャンル。
読んだことない作家の本だけど、面白いんだろうか?。
―――志摩は読んだのかな。
いつもの判断のため、本の裏表紙を開いて貸出記録を取り出す。
くるりと裏返して―――そこにふせんが貼ってあった。
『この本面白いよ。オススメがあったら教えてくれ。』
この字、知ってる。
すこし傾いた独特の字。―――志摩の字だ。
宛名も差出人もないただの付箋。それを大事に本に挟み、帰路についた。
その小説は、控えめに言って面白かった。
学校帰りに読み始めて、そのまま深夜まで読み耽ってしまうくらいに。
少年たちの冒険譚は、自分ではきっと借りなかった。
貸出記録の、付箋を取り出して、また眺める。
少し悩んで新しいノートにそれを貼り、横に本のタイトルを書いた。
明日返すとき、オススメの本を選んでおこう。
✣
奇妙な文通は、それから始まった。
俺のオススメに対し、志摩が『オススメ、すげー面白かった。あの展開にはマジでびびった。次はこれ。面白いぜ。』とちょっとした感想を加えて返して来て以来、こちらも一言感想をつけて返す。
二三日に一度、ときには連日のそのやり取りは、すぐに俺の特別になった。
借りている本があるときでも図書室に行き、でっぱった本があればそれを借りる。
志摩の感想はいつも俺とは違った捉え方をしていて、面白い。
繊細で大胆な視点は、好きすぎて読み飽きた小説さえ新鮮に見せた。
―――ファインダー越しの彼は太陽みたいだけど、実はそんな一面もあるんだ。
そんな発見は、灰色の日々を明るく彩った。
合図とともに、志摩が走る。
たくさんのハードルを、勢いよく飛び越えて、風みたいに。
ゴールして、タイムを確認して、破顔する。
夏の陽射しの中輝くそれが、フィルムと心に灼きついた。
12
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
キミがいる
hosimure
BL
ボクは学校でイジメを受けていた。
何が原因でイジメられていたかなんて分からない。
けれどずっと続いているイジメ。
だけどボクには親友の彼がいた。
明るく、優しい彼がいたからこそ、ボクは学校へ行けた。
彼のことを心から信じていたけれど…。
囚われた元王は逃げ出せない
スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた
そうあの日までは
忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに
なんで俺にこんな事を
「国王でないならもう俺のものだ」
「僕をあなたの側にずっといさせて」
「君のいない人生は生きられない」
「私の国の王妃にならないか」
いやいや、みんな何いってんの?
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる