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第一章.憤る山

14.当然の結末

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「……倒したか」

 最高品質の供物を使用して発動させた魔法を重ね合わせ、さらにそれを対価として支払う事で発動した『対話魔法』……発動させるのも、当てるのも難しいそれは、魔物の起源に直接響き魔力結合を崩壊させる。

「お疲、れ……様で、す……」

「あぁ……リーシャは周りのを頼む、俺はこいつを取り込む」

「わか、り……ました……」

 奴の腕だったものや、噴き出した血の全てが魔力残滓として辺りに散らばっている……質こそそれほどでもないが数が多い。その代わり俺は取り込んだ時の自身への影響が大きそうな本体を取り込む……お兄ちゃんだからね、僕がしっかりしないと。

「『君の願望は果たされず終わる 僕の中でスヤスヤと眠る それでもいいのなら 満たされる事よりも安寧を望むのなら 僕は拒まない』」

 ドス黒い魔力の塊をゆっくりと静かに、けれども確実に取り込んでいく……ジワジワとこちらの頭の中を書き換え、胸の中を掻き乱す負の感情に吐き気とイライラが込み上げる。

「ふぅ……! ふぅ……!」

 息を荒く、鼓動を速め、瞳孔を開き、顔中の穴から血を吹き出し……それでもなお取り込んでいく、こめかみから直接他人の思想や感情を埋め込まれる感覚に激しい拒絶感と痛みを覚える。

「んぐぎぎ…………!!」

 それらを乗り越えて奴の魔力と記憶を受け入れ受け入れ受け入れ入れ入れ入れ入れいれいれいれいれイレイレイレイレイレイレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレ??????

「こち、らは……終わ、りまし……た……?」

「寒い……違う、俺は……痛くもない?」

「クレ、ル……君?」

 なぜ見捨てた? ワシらだけで良かったではないのか?! 子どもは見逃すと言っておったはずなのに……あぁ時間が経ちすぎた、ワシらはもう動けない……子どもが目の前で母親を求めて泣いておる……腹を空かせて泣いておる……寒さに震えて泣いておる……霜焼けの痛みに泣いておる……寂しさに泣いておる……。

「……歌いなさい、歌えば寂しくはない!」

「あぅ……! クレ、ル……君……?!」

 君たちを捨てたこの女はワシらが首を締めて処分しておくからね、久しぶりにお肉を食べよう……たがらその間歌って待っていなさい……みんなで歌えばなにも怖くない、人の……他人の……みんなの歌声が聞こえれば一人じゃないとわかるだろう?

「……ァァァアアア!!!!」

「ぁっ……苦、し……?!」

 ほら! しっかりしなさい! 年長者のお兄ちゃんは手伝いなさい! 小さい子らの面倒をちゃんと見なさい! 協力せねば生きていけない! だからだからだからタガラダカラダカラ…………クレル!!

「……ディ、ン……ゴ……?」

「クレ、ル……君……苦し、い……です……!」

 ……俺はなにを、して……? なぜリーシャは俺の下で泣いている? 泣かしたのは……俺か? 俺がリーシャの上に乗って首を締めて──

「──っ?! すまない!!」

「げほっこほっ……!」

 慌てて彼女の細い腰の上から飛び退く……俺はなにを……完全に鬼の思想に呑まれていた、ディンゴが叱ってくれなきゃ僕は……。

「……本当にごめん、僕は君の相棒なのに……完全に呑まれていた」

「……大丈、夫……です、よ……?」

 そう言って優しく微笑んでくれるリーシャが眩しい……必要とあれば苦手な他人とのコミュニケーションも努力をするし、戦闘でも頼りになる……歳下なのに命まで救われて……僕には勿体ない相棒だ。

「……『我が願いの対価は優しき菫 望むは他者を癒す力』」

「ぁ……」

 リーシャのうなじへと手を回し、魔法で彼女の首筋にくっきりと残る、赤い締め跡を癒して消す……僕が付けた傷だからこれぐらいはしないとね。

「……も、う気にしな、い……で、くだ、さ……いね……?」

「でも……」

「魔法、使いな、ら……仕……方が、ない事で、すから……」

 確かに魔法使いには魔物に呑まれかけるなど、往々にして良くあることだ……それだけじゃ僕の気が済まないけど、こちらを困ったように眉を下げながら見詰める彼女を見る限り、気にしてたらさらに困らせそうだね……。

「……わかったよ、本当にごめんね?」

「……いい、え……大丈夫、です……それよ、りも……」

「……?」

 こちらの最後の謝罪を当然の様に許した彼女は不安そうな瞳で僕の手を見詰める……もしかしてトラウマにでもしてしまったかと半ば落ち込みながら見れば……僕の腕は墨を垂らした雪のような色へと変色していた。

「……多分、取り込んだからだろうね」

「……」

「魔法使いには避けて通れない道だから、大丈夫だよ」

 なおもこちらを心配そうに見詰める彼女へと手を差し伸べて、立つのを手伝う。

「さぁ、一応村へ報告しよう……一応倒した事を知らせねばなるまい」

「……」

「……どうした? まだどこか痛むか?」

「い、いえ……大丈、夫……で、す……」

 こちらをジッと見詰める彼女に問い掛けるが慌てて首を振られ、はぐらかされる……やはり先ほどの一件は俺を怖がらせるに足るのだろうか……まぁ、今は村への帰還を優先しよう。

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「なるほど、では魔物は退治できたのでもう心配はいらないと……」

「は、い……」

 村へと帰還してからすぐ様村長さんへと報告します……正直あれだけ特殊な魔物の魔力を取り込んだクレル君が心配です、いきなり襲われた時はびっくりして怖かったけど……口調もなんだか幼い男の子のようになっていて頼りなさげでした……本人は自覚が無かったようですけど。

「……しかし、困りましたな」

「? ……ま、だ何……か……?」

 いけませんね、クレル君の事は心配ですが記憶の混濁や人格の分裂と統合は魔法使いにはどうしても付き纏う問題です。……今はそれよりも村長さんの話ですね、なにか問題が? 正直この場所の特殊性だけにさらに魔物が現れたと言われても信じてしまいそうです。

「……実はまだ魔物が居るようなのです」

「まさ、か……」

 どうやら本当に居たようです、帰り道もクレル君と二人で索敵しながら帰ってきたのですが……どうやらその範囲には居なかったようです。

「一体ど、こに……?」

「それはですな……」

 村長さんはとても……まるで心底恐怖したとでも言うように瞳を忙しなく動かし、身体を震わせ、しきりに此方を窺う……そんな恐ろしい見た目の魔物が居たのでしょうか──

「──今目の前に! 『巨狼』殿!」

「っ?!」

 私の目の前を巨大な大剣が通り過ぎる……クレル君が私の腰を引き寄せて担いでいなければ今ごろ左右に真っ二つでした。

「チッ……もう一人いたか! 『緋色』!」

「はい!」

 狼を象ったマスクをしている事から狩人である事が分かります……なぜこんな所にとか、クレル君がまだ何も言わずに私の身体に触れた事などもうどうでもよく……私の頭は真っ白でした。

「なん、で……助、け……たの、に……」

「……レナリア人にとって魔法使いも魔物も変わらんという事だろう」

 姿を隠したままのクレル君が身体を強化する魔法を逃走に使う脚力に全て注ぎ込む事でなんとか徐々に距離を離して行きます。

「──《緋き屈辱スカーレット》!!」

「っ?! 『我が願いの対価は嫉妬する鉄人形 望つは全てを防ぐ盾!!』」

 体格からして若い女の人でしょう……瞳の色はわかりませんが仮面から流れる綺麗なオパールの様な薄いピンクの髪を靡かせて長剣を振るって赫灼とした炎を放出する……それを急ぎ魔法で造り出した盾で防ぎますが魔力を取り込んだばかりだった事と、先ほどまでの戦闘の疲れの影響で弱かったのか嫌な音と煙を生み出しながら溶けていく……その時間は数秒も無かったでしょう。

「……でかしたリーシャ、数秒あれば充分だ……『我が願いの対価は不遜なる羊毛八束 そちらへ行ってはいけない 獣がいるよ そろそろ帰る時間だ─』」

 クレル君が発動した大規模魔法……残りの供物を消費しての空間操作の偉業。

「『──羊飼いの帰宅鐘ホーム・ベル』」

「っ逃げられた?!」

 それまで此方に迫る勢いだった狩人の二人を元いた位置まで強制的に帰還させ、ふりだしに戻す……なんとか逃げられそうですね。

「……すまん、また断りもなく触れてしまった」

「……仕方、がな……いで、す」

 クレル君の言葉で今の状況を思い出して赤面しながらも、なんとか二人共生きて初依頼を完遂できた事を嬉しく思うのでした。

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