こちら、付喪神南町奉行所っ!~新入り護り手はお払い箱になりたくない~

美夕乃由美

文字の大きさ
10 / 39
一章 付喪神奉行の護り手

輝久、押し切られる

しおりを挟む
(今宵は冷えるな)
 輝久は筆を置いて、開け放っていた障子から庭へ視線を向けた。
 夕餉時の喧騒が嘘のように静かな夜だった。わずかに吹く風が草木を揺らす。庭の中央の池には見事な満月。亀が一匹に鯉が二匹いるはずなのだが、岩の影に隠れているのか姿が見えない。
 護り手を失ったあの日から、輝久の夜はずっと静かだった。一人で日々の報告を書き、翌日に必要な手配をする。彼の補助をする付喪神は隣にいない。一人で十分に仕事は回っていたし、そんなものも必要ないと思っていた。

 ――だが。

(静かすぎる夜だ)
 珍しくそんな感情を持つ。
 どうしてだろうとしばらく考え、自分が連れて来た付喪神のせいだと思った。
 ひと月限定というのがよほど気に入らなかったのだろう。夕餉の時に理由をしつこく聞いてきただけでなく、命令を無視して町へと出た。そのような大胆な性格には見えなかっただけに、彼女の行動には驚かされた。
 それと同時に怒りも覚える。自分の命令を聞いてさえいれば、危険な目に遭うことなどないというのに、どうして大人しくしていないのだ。
 むっつりと腕を組んでいると、廊下に足音が聞こえ、左近が部屋に顔を出した。

「――やあ。まだ起きていたのかい」
「白々しいな。その手に持っているのは何だ?」

 苦笑して輝久は問いかける。左近の左手には大きな徳利と猪口が二つ、そして肴の小皿が載った盆を持っていたからだ。
「ふふふ。久しぶりに一杯やろうじゃないか」

 輝久の返事も待たずに左近は部屋へ入ると宴の準備を始めた。真ん中に肴を置いて猪口を渡してくる。

「今日の酒は美味いよ。ボクのとっておきだからね」

 注がれた一杯をぐいっと飲む。直後、輝久は思いっきり顔をしかめていた。

「これが秘蔵? 左近は舌がおかしくなったのか?」

 咳き込みそうなほどの辛口だ。はっきり言って、不味い。口直しにと小皿の芋の煮ころがしを食べたのだが、さらに顔をしかめる羽目になった。

「はあ……左近は何をしに来たのだ」

 ただ、酒を飲みに来ただけではない。輝久は猪口を置いた。

「まずは報告だね」

 左近も同じように猪口を置く。
「あの付喪神の少年は、今は大人しく眠っているよ。輝久の指示通り、持ち主を探す手配をした」
「誰も怪我をさせていなかったことが救いだったな。そうでなければ、いくら事件の匂いがしようとも庇いきれなかった」

 輝久は頷いて礼を言う。左近とは付喪神奉行になる前からの付き合いで、輝久の考えをよく理解してくれて助かっていた。
「言いたいことはそれだけか?」

 輝久の問いかけに、うふふ、と左近が不気味な笑みを浮かべる。こんな時の彼はろくな話を持ってこない。大体が輝久に対する説教だ。付喪神奉行という肩書を輝久が持っていても、仲間としては左近のほうが先輩だ。

「君もわかっているんじゃないのかい。桜麟のことだよ」
「……」

 やっぱりそうだったか。輝久は渋面を作って猪口に酒を注いだ。ならば、この酒の意味もわからないでもない。

「いくら何でも牢屋に入れるのはやり過ぎじゃないかい?」
「桜麟は俺の命令に背いた。それで理由は十分だろう」
「おやおや、君らしくもない。玄亀も含めて他の付喪神には自由にさせているのに、彼女だけ縛り付けるのかい?」

 咎めるような視線を、輝久は不味い酒を口に含んでやり過ごした。だが、左近は逃がさないとばかりにさらに畳みかけてくる。

「少なくとも、彼女は一人の子供の命を救っている。それは母親が証言してくれたよ。いつもなら輝久が褒美を出すところだ。いくら命令違反があったからとはいえ、彼女がいなければ町に被害があっただろうね」
「……わかっている」

 桜麟への仕打ちは不公平だと自覚しているだけに耳を塞ぎたくなる。

「少しばかりお灸を据えてやっただけだ。明日には出してやるつもりだぞ」
「それだけかい?」

 さらなる要求の予感に輝久の眉間に皺が寄った。

「護り手になれるだけの霊力を持つ付喪神の数は少ない。今日の桜麟の様子を見ていれば、彼女にその霊力があるのは理解しているはずだ。たとえ君が弱そうだと言ってもね」
「俺が護り手を取らない理由を、左近は知っていると思っていたが?」

 旗色が悪いと思いつつも反論せずにはいられない。三年前のあの日――籠目という護り手を自らの手で斬った時から、そう心に決めたのだ。自分に護り手を取る資格はない、と。

「もう三年も経ったんだ。そろそろ君も立ち直るべきではないかい。今の君を見たら、籠目はどう思うだろうねぇ」
「そういう問題ではない!」

 思わず言い返す声が大きくなってしまった。

「――確かに、そういう問題ではないと思います」

 そこへ全く別の声が聞こえて、輝久は驚いて部屋の外へ顔を向ける。そこには廊下に正座している桜麟と、障子の影で素知らぬ顔をしている玄亀の姿があった。

「桜麟……」

 呆然と呟く輝久の前で、桜麟は廊下に両手を付くと深々と頭を下げた。

「本日の命令違反。輝久様のご厚意に気が付かず、本当に申し訳ありませんでした」

 これは自分の過去を知った上での行動だと直感する。教えたのは玄亀か。そもそもが左近の差し金かもしれない。苦々しい思いで続きを待つ。

「ですが、わたしにも退けない理由があります。むざむざと、ひと月で帰されるわけにはいきません」

 そこで桜麟は顔を上げる。きっ、と意思の強そうな瞳が輝久を見据えた。

「わたしは一生懸命頑張ります。それで駄目だったら帰すなり、妓楼に売るなり、煮るなり焼くなり好きにしてください。その代わり、約束してください。ひと月後、その仕事ぶりを公平に判断していただくことを!」
(余計なことを……!)

 挑むような視線を受けながら、輝久は内心で舌打ちをしていた。
 左近と玄亀は、護り手を持たない自分を心配しての行動だろう。間違いなく桜麟を焚きつけている。
 付喪神屋での桜麟は線が細く、どこか頼りない雰囲気だった。護り手などとても務まらない。妖魔など眼前にすれば腰を抜かすだろうと思っていたのに、これはどういうことだ。身に纏う霊力は堂々として、話す言葉にも覇気がある。徳次郎とやらに抑えつけられていただけで、もしかするとこちらが彼女本来の姿なのかもしれない。

「……勝手にしろ」

 変に言い繕っても納得しないだろう。左近が味方に付いたとなれば、口では絶対に負ける。どうにでもなれとばかりに輝久は言い放った。

「俺は厳しいぞ。最低でも前の護り手を超えなければ、問答無用で帰すと思え」
「はいっ! 絶対に負けませんから!」

 小気味よい桜麟の返事に、輝久はさらに眉根に皺を寄せたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜

長月京子
キャラ文芸
自分と目をあわせると、何か良くないことがおきる。 幼い頃からの不吉な体験で、葛葉はそんな不安を抱えていた。 時は明治。 異形が跋扈する帝都。 洋館では晴れやかな婚約披露が開かれていた。 侯爵令嬢と婚約するはずの可畏(かい)は、招待客である葛葉を見つけると、なぜかこう宣言する。 「私の花嫁は彼女だ」と。 幼い頃からの不吉な体験ともつながる、葛葉のもつ特別な異能。 その力を欲して、可畏(かい)は葛葉を仮初の花嫁として事件に同行させる。 文明開化により、華やかに変化した帝都。 頻出する異形がもたらす、怪事件のたどり着く先には? 人と妖、異能と異形、怪異と思惑が錯綜する和風ファンタジー。 (※絵を描くのも好きなので表紙も自作しております) 第7回ホラー・ミステリー小説大賞で奨励賞 第8回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。 ありがとうございました!

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
 女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!  HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。  跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。 「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」  最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!

処理中です...