こちら、付喪神南町奉行所っ!~新入り護り手はお払い箱になりたくない~

美夕乃由美

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三章 桜麟と輝久と護り手と

護るべきものは

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 それから、桜麟は村の様々な場所に案内された。
 窯の付喪神は美しい茶碗や湯呑みを焼いていた。水瓶の付喪神は、近くの川から水を引いて畑に水をやっていた。蜂の付喪神は養蜂をしており、自然の甘い恵みを少しわけてくれた。

 ここで作られた品物は奉行所で使ったり、輝久が開拓した販路に乗せて人間の世界で売っている。そうして稼いだ銭を資金にして、さらなる付喪神の受け入れのための準備をする。最初のうちこそ世間からの評判は厳しかったらしいが、今ではこうした村の特産物を楽しみにしてくれている人もいるらしい。
(本当にいい村ですね)
 付喪神を虐げるような人間はいない。それでいて付喪神も、人間を恨むような者はおらず、最後のひと時を使って、ここで一花咲かせようとしている。茶碗が高く売れたと報告があれば嬉しそうだし、菓子が美味しいと舌鼓を打てばさらにどうぞと勧めてくる。

 この村は、輝久の思い描く夢が詰まった場所だ。今はまだ人間の姿はないが、いつかこの村にも人間が訪れるようにして、普通の村のように一緒に暮らせるようにしたいはずだ。その手助けができるとなれば、これほどやりがいのある主はいない。
 ところが、そうは問屋が卸さないのが輝久だった。

「明日、俺は町へ戻るが、お前は誰の元で世話になるか決めたか?」
「まだそのようなことを考えているのですか?」

 輝久に呼ばれた部屋で、桜麟は腕を組んでそっぽを向いていた。その隣では漣が暇そうにこっくりこっくりとしている。
 昼間は村巡り。その後、夜はこうして輝久に問い詰められる。繰り返される夜の問答に、漣も飽きてしまったのだろう。初めのうちは茶々を入れていたが、今日は最初から半分眠っていた。

「わたしは輝久様の護り手しかあり得ません!」
「だから、それだけは駄目だと何度も言っているだろうが!」

 これも何度も繰り返したやり取り。輝久がいくら怒っても怖くない。本当に従わせるつもりなら、首の鈴を使えばいい。
 けれど、それを桜麟は指摘しない。付喪神を無理やり従わせることこそ、輝久の最も嫌うことだからだ。
 はああ……と、輝久が大きなため息を吐いた。

「ったく、どうしてこんなに頑固なのだ」
「輝久様が何もわかっておられないからです」
「ずっとお前はそれだな。俺に不満があるのなら遠慮なく教えてくれないか」

 桜麟はそっぽを向いたままお茶を飲む。
 一度、それは言った。籠目と話して目覚めた後に――自分は輝久の後悔を晴らすための道具ではない、と。
 けれど、あの時の輝久の反応を見るに、彼には全く自覚がないようだった。それをここで、もう一度指摘するだけの度胸は桜麟にもない。さすがに彼も怒るだろうし、頑なになってしまうかもしれない。
 何とか自分で気が付いてもらうしかないのだけれど――
(……ん?)
 ふと、異臭を感じた気がして、くんくんと桜麟は匂いを嗅いだ。

「輝久様、何か臭いませんか?」
「臭い? いや、俺には……んん?」

 輝久の眉間に皺が寄る。何か良くないことを感じたようだ。
(もしかして……)
 この臭いは間違っていなければ、九兵衛の時に嗅いだ臭いと同じものだ。

「輝久様ー!」

 不意に、屋敷の門の方から大きく叫ぶ声が聞こえた。そのままドタドタと走る音が聞こえて縁側に付喪神の気配。輝久が立ち上がり障子を開けた。

「飛翔か。何があった?」
「よかった、輝久様。火事です! それに、妖魔が!」
「何だと!?」

 火事だけではなく妖魔と聞いて、輝久の声が大きくなった。

「夕鶴さんや戦える者が応戦していますが、どうやら人間のような影もあると」
「は?」

 さらなる思いがけない事態に、信じられないと輝久が訊き返す。
(人間が……?)
 どうして人間が妖魔と一緒にいるのだ。いや、考えるのは後だ。
 帰った直後で着替えていないのは幸いだった。桜麟は脇に置いていた斬妖刀を素早く帯に差した。

「輝久様。行きましょう!」
「ボクも行くよ!」

 今の報告でいっぺんに目が覚めたのか。漣も桜麟の腰にしがみついてくる。

「くっ……俺から絶対に離れるな」

 輝久もすぐに準備をすると、縁側から飛び出した。それに負けじと桜麟達も続く。
 屋敷から出ると左手に火の手が見えた。同時に戦う気配も感じる。妖魔は一匹ではないようで複数の気配を感じる。

「くそったれめが……! 飛翔! お前は少しは動けるな? 弱い者を集めて結界を張れ。余裕がある者にも同じことをさせろ」
「わかりました。お気を付けて!」

 役目を与えられた飛翔は村へと走っていく。

「桜麟も飛翔の手伝いだ!」
「いえ、あちらへ行きますよ」

 桜麟は戦いの様子を透かし見るようにして霊力を探った。

「これは我がままではないですよ。怪我をしている方がいるようです」
「くっ……!」

 輝久は反論するのも惜しいとばかりに駆け出した。
 火の手が上がった田んぼでは、消火活動をする付喪神と、迫り来る妖魔と戦闘をする付喪神にわかれていた。妖魔に押されている付喪神の後姿を確認して叫ぶ。

「輝久様! あちらに!」
「夕鶴、下がれ!」

 叫んだ輝久の声が聞こえたのか、力尽きたかのように夕鶴が後ろへ倒れた。妖魔が無防備な彼へとどめを刺そうとする。

「させないよ!」

 一緒に走っていた漣が右手に囲碁の石を生み出すと、走る勢いそのままに投げつけた。それを正面からくらった妖魔が一瞬怯む。その隙に間合いを詰めた輝久が、気合とともに妖魔を一刀で両断する。
 桜麟は倒れた夕鶴へ駆け寄った。肩や脇腹に深い傷があり、かなり危険な状態。

「夕鶴さん、気をしっかりもってください!」

 すぐに自分の霊力を注いで傷の治療を始める。

「来てくれたのですね、桜麟……」
「当たり前じゃないですか。わたしは輝久様の護り手なんですから。輝久様を悲しませないためにも、ここにいるみなさんはわたしが救います!」

 死なせるわけにはいかない。ここは輝久と籠目が作った村。それをこんなわけのわからない妖魔の襲撃で壊させてなるものか。
 ぐっ、と両手に力を入れると、桜麟の全身が眩しいばかりの桜色に輝いた。その光に触れた夕鶴の傷は徐々に塞がり、いくらも経たないうちに元通りの身体になる。

「す、すごい……」

 さすがに夕鶴も驚いたようで、半身を起こして自分の身体をまじまじと見下ろす。

「無理はしないでください。傷は治療しましたけど、霊力は落ちている……!?」
 頭上に影がかかり、桜麟は反射的に顔を上げた。そこには鋭い牙とともに襲い掛かってくる四つ脚の妖魔。本性は狐だろうか。

(や、やられる……!?)
「避けろ、桜麟!」

 悲鳴のような輝久の声が聞こえる。別の付喪神を救っていたからか、二人の間には距離があってとても間に合わない。
(わたしは……!)
 護るべきものはなんだ。自分か、それとも倒れている夕鶴か。
 いや、どれでもない。自分の本当の役目を思い出すのだ。
(わたしは、輝久様の……!)
 自然と手が腰の斬妖刀へ伸びた。半身の不十分な体勢から一歩足を踏み出す。次の瞬間、桜麟の喉からは凄絶な気合が迸っていた。

「やぁーっ!」

 自分でもどう動いたかわからない。気が付けば桜麟の足元には狐の姿となった妖魔が倒れていた。
 桜麟の右手には抜かれた斬妖刀。彼女の髪の色よりも濃い鮮やかな真紅の刀身からは巨大な霊力が溢れ、蜃気楼のように周囲の景色を歪めている。桜麟を狙っていた別の妖魔が、彼女を恐れるかのように数歩後ずさった。

「桜麟っ!」

 その妖魔を背後から切り伏せ、輝久が戻ってきた。

「怪我はないか! その斬妖刀は……」
「輝久様……わたし、わたし……!」

 やっと抜けた。
 歓喜で身体が震えている。
 正にこの瞬間、本当の自分になれた気がした。己は癒しの力を持つ斬妖刀の付喪神。今まではその片方の力しか使えていなかった。残りの半分の力を恐れていた。
 戦うのは壊すためではない。大切な者を護るためだ。それは癒しの力と相反するようでいて、表裏一体の力だ。

「それが、お前の本当の霊力か」

 輝久の声に顔を上げると、感嘆したような、それでいてどこか悔しいような視線が向けられていた。
 自分の力を認めてくれている。一瞬でそれを悟る。
 挑むように桜麟は顎を上げた。

「これで、もう、お払い箱とは言わせませんよ?」
「……小癪な」

 輝久の手が桜麟の頭に乗せられ、くしゃりと髪をかき回す。

「まずはここを片付けるぞ!」
「はい!」

 やっと役に立てる。
 その喜びを胸に、桜麟は疾走する。
 心の奥では変わらず、妖魔も倒したくないと思っている。けれど、それを言い訳にして怯んでいるだけでいいのか。本当に護りたい者が傷つき、倒れてしまうのを見ることになってもいいのだろうか。
 答えは――否だ。

「みなさん、斬られたくなければ逃げてください!」

 左手から飛び掛かってきた妖魔へ、大きく斬妖刀を振って威嚇する。それでも向かってきたところへ刃を返した一刀を浴びせる。
 その代わり、本当に斬るつもりで霊力を籠めた。斬られた妖魔は悲鳴を上げてひっくり返る。黒い靄が真っ二つに裂け、その中から元の姿の獣が現れる。目を回してはいるが、しっかりと息はある。
(よかった……上手くいった!)
 桜麟が斬ったのは妖魔としての霊力。本体は傷つけていない。運がよければ再び霊力を蓄え、付喪神に『成る』こともあるはず。その時こそは、人間を愛する付喪神に『成って』ほしい。
 殺さなくても無力化することはできる。自分はそういう斬妖刀なのだから。桜麟は自在に霊力と斬妖刀を操り、一匹、また一匹と妖魔の数を減らしていった。
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