こちら、付喪神南町奉行所っ!~新入り護り手はお払い箱になりたくない~

美夕乃由美

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四章 待ち受ける罠

悪戯を追いかけて

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 ――腹が減ったな。
 しばらく花火を観賞していて、ふと漏らされた輝久の呟き。
 そんな呟きは、桜麟の腹を直撃していた。花火の音にも負けないほどの、大きな腹の虫が鳴ったのだ。

「はう……」

 顔を真っ赤にして腹を抑える桜麟。うはは、と豪快に笑う輝久。

「お前がよければ飯でも食うか」
「はい! もう一度聞かれたら、大川に飛び込んでしまうかもしれません……」

 と、言ったそばから再び腹の虫が鳴り、桜麟は斬妖刀の姿に戻りたくなった。
 人型でなければ腹も減らないし、こんな恥ずかしい思いもしなくて済む。でも、それでは輝久の護り手になれないし、こんな感情を抱くこともない。何という二律背反。
 一人で悶えている間に手を引かれ、人の多い橋から河原沿いの道へと移動する。そこにはいくつもの屋台が並んでおり、花火を鑑賞しながら飲み食いする人達が群がっていた。
 寿司を食べながら、花火の出来について講釈を垂れる者。花火そっちのけで蕎麦を食べ酒を飲む者。串に刺した天ぷらを買ってから、河原沿いで歩き食いする者もいる。
 ちょうど人の途切れた屋台を見つけ、輝久は慣れた様子で注文をする。

「おい、親父。適当に何か見繕ってくれ」
「あいよ!」

 威勢のいい掛け声とともに、じゅわわ、と竹串に刺されたタネがまたたくまに揚がる。それを一本ずつ二人へ渡しながら屋台の親父が説明する。

「これはコハダで、こっちは貝の柱。こいつはアナゴだよ」
「ほう。海の幸三昧とは豪勢なことだな」
「旦那は金を持ってそうだからねぇ」
「ははは、そうか。では、がっつり稼がせてやらねばな。こちとら、彼女も含めて腹が減って死にそうなんだよ。桜麟、こうやって食べるのだ」

 輝久が屋台の真ん中に置いてあった壺へ天ぷらを突っ込んだ。中にはつゆが入っているらしく、香ばしい醤油の香りが広がった。

「ちなみに、一回だけだぞ。二度漬けは禁止だ」
「へえ……面白いですね」

 桜麟も真似をしてコハダにたっぷりとつゆをつけてからかぶりついた。

「はふ、はふ……」

 揚げたての熱さに目を白黒させながらも、もぐもぐと咀嚼する。奉行所の付喪神が作る料理も美味しいが、ここで花火を見ながら食べる食事はまた格別だった。夢中で食べているとあっという間に三本がお腹の中に消えてしまった。

「嬢ちゃん、いい食べっぷりだぜ! まだ食うか?」
「ええと、よろしいですか、輝久様?」
「今日はお前のためにここへ来たのだ。好きなだけ食え」

 ありがとうございます、と礼を言ってから追加で天ぷらをもらう。

「嬢ちゃんは、武揚は初めてかい?」
「ひと月ほどでしょうか。屋台も初めてですし、このような花火も初めてです」

 それを聞いた屋台の親父が盛大に顔をしかめた。

「駄目だねえ、旦那。今までいったい何をしていたんだい? こんな別嬪さんを捕まえておいて。ちゃんと楽しませてあげないと、すーぐどっかに行っちゃうんじゃねえか?」
「それが怖くて、あまり外には出したくなかったのだよ」
「いやいや、それは逆効果ってもんだい。こんなに楽しそうな顔してんのに。嬢ちゃんも、これからはどんどん欲しい物はねだったほうがいいみたいだぜ。この旦那は、朴念仁っぽいからなあ」
「は、はあ……」

 どうやら屋台の親父は、桜麟が普通の娘だと思っているようだ。ポンポン投げかけられる威勢のいい声に、桜麟は圧倒されるばかり。
 さらに何本か天ぷらを食べてから、次の屋台へと移動する。そうして幾つか巡っていると、次第に夜も更けてくる。
 苦しくなってきたお腹をさすりながら桜麟は、ほうぅ、と息を吐いた。

「ふう……満足です」
「お前の食いっぷりはいいなあ。俺まで食い過ぎたぞ」

 大川へ出ていた舟は、一つ、また一つと減っていき、花火の見物人も少なくなる。尤も、河原の屋台はまだまだ盛況で、これからが夜本番といった雰囲気。あっちこっちで酔った人間が大声を出しており、花火が上がっていた時よりも騒々しい状況になっていた。
 その中でも一際大きな怒声が響いて桜麟は足を止めた。

「あの人達、大丈夫なのでしょうか?」

 河原の一角で、まさに殴り合いの喧嘩でも始めようとする男達がいる。

「火事と喧嘩は武揚の華のようなもんだからな。あそこにいる連中はみんな素手だ。勝手にやらせて……ふむ?」

 気楽に答えようとしていた輝久の足も止まった。桜麟は河原の暗がりになっている部分を指差した。

「ほら、あのあたりから霊力を感じるのですけど。妖魔……とまではいかないですけど、悪戯好きの付喪神のような?」

 狐……いや、狸だろうか。草の影からひょっこりと丸っこい耳が見える。そこから伸びた霊力が男の一人に絡みついて、悪戯を仕掛けている。それを別の男から喧嘩を吹っ掛けられたと思い込んでいるのだ。

「黙って見ているわけにはいかんか」

 二人の視線に気が付いたのだろう。狸の付喪神は一瞬だけ二本足で立ち上がると、一目散に町のほうへと逃げ出した。

「追いかけるぞ!」
「え、討伐してしまうのですか?」
「悪戯しないよう懲らしめるだけだ」

 その返事に安心しながら、桜麟は狸の付喪神を追いかけた。
 小さい狸は暗がりや細い路地を選んで走る。微かな霊力を何とか察知して、見失わないようにするのが精一杯。おまけにすばしこいので、捕まえるのも難しい。

「桜麟、このまま追いかけろ。俺は別方面から挟み撃ちにする」
「はい!」

 業を煮やした輝久が進路を変える。桜麟はそのまま狸の付喪神を追いかけ続けた。

「お願いです、待ってください! 大人しくしないと、たぬき汁にされてしまうかもしれませんよ!」

 悪戯をする危険性を必死に説いたつもりだったのだが、たぬき汁という単語は逆効果だったようだ。「ぎょぇっ!」とばかりに狸の付喪神が飛び上がる。
 四肢を躍動させて必死に逃げる狸の付喪神。それを追いかける桜麟。細い路地での小回りは狸のほうに有利で、とうとう桜麟はその姿を見失ってしまった。
(一体どこへ……)
 荒い息を吐きながら、桜麟はしばらく路地を彷徨った。

「たぬきさ~ん」

 呼びかけるも出てくる気配はない。微かな霊力も感じられなくなってしまい、途方に暮れてしまった。
(困った……)
 周囲を見回すと知らない路地だ。追いかけるのに夢中になっていたおかげで、完全に迷子だ。輝久が見つけてくれなければ、このまま一晩町で明かす羽目になってしまう。学んでいないとばかりに叱られそうだ。
 護り手になって初めての失敗……それが迷子とか、史上最低の護り手かもしれない。

「と、とりあえず、広い通りに出れば……」

 きっとまだ人通りはあるはず。そんな望みを抱きながら、桜麟は路地から抜けられそうな方向へ足を向けた。

「――おう。久しぶりだな」
「影元様! 凛花さんも!」

 一つ目の角を曲がったところで、見知った顔に出会い、桜麟は歓声を上げる。二人に頼めば奉行所まで連れて行ってくれるだろう。

「このあたりで狸の付喪神を見かけませんでしたか?」
「狸? いや、見かけねえよなぁ?」

 影元が首を捻りながら凛花へと話を振る。

「は、はい。わたしは何も……」

 つい、と目を逸らしながら凛花。

「そうですか……。さっき、河原で悪戯しているのを見つけてですね、輝久様と追いかけていたのですけど、見失ってしまって……。お二人も花火を見にいらしていたのですか?」
「ま、そんなとこだ。こんな祭り、楽しまないわけはねえからなあ、凛花」

 凛花の腰を引き寄せて影元。そのまま目を伏せて凛花は俯く。

「そういや、聞いたぜ。輝久の護り手になったんだってな」

 付喪神の村から奉行所へ戻ってから、こうして二人と顔を合わせたのは初めてだ。まだ自分からは報告していない。

「はい。この度、正式に護り手になることができました。その話は輝久様から聞かれたのですか?」
「ああ。ついさっきだ。輝久に会って話をしていた」
「ああ、よかった。輝久様にお会いになられたのですね!」

 これで迷子の状態から脱出できる。早く合流したいと思って訊ねた。

「どちらに行かれましたか? はぐれてしまって探していたのです」
「そういや、あいつも似たようなことを言っていたな。えーっと、確かこっちだ」

 影元が反対側へと歩き出し、桜麟もその後に続いた。他愛のない話をしながら二つ目の角を曲がったところで立ち止まる。

「さっきまではこのあたりにいたぞ」

 影元が指した通りの先に倒れていたモノを見て、桜麟は小さく息を呑んだ。
(狸の、付喪神……)
 さっきまで追いかけていた付喪神だ。霊力を感じなくなったのも当然だった。殺された姿で横たわっていたのだから。

「え、影元様……」

 狸の付喪神は見なかったと言っていたではないか。これが意味することは――

「ごめんなさい、桜麟様」

 ごんっ、という音が頭の中で響いた。たまらず膝から崩れ落ちる。いつの間にか桜麟の背後に回っていた凛花が、後頭部に一撃を入れたのだ。
(影元様……凛花さん?)
 信じられない思いを抱きながら、桜麟の意識は闇へと落ちていった。
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