こちら、付喪神南町奉行所っ!~新入り護り手はお払い箱になりたくない~

美夕乃由美

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四章 待ち受ける罠

斬妖刀

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 そっと持ち上げられる感触。その後、柄を持たれて上に向かって引き上げられる。鞘を走る一瞬の感覚の後に、桜麟は外の世界が開けていた。

「――斬妖刀の自分を使え、か。そのようなことを提案する付喪神は初めてだ」
「無理を言ってすみません。わたしよりも輝久様のほうが上手く霊力を操れると思ったので」

 霊力を帯びた刀身は桜麟の髪色と同じ赤銅色。一振りすると黄金に包まれた桜の花弁が舞った。鞘には炎を纏った麒麟の姿。輝久に握られた真っ白な柄は彼と霊的に繋がっており、常に輝久の霊力を桜麟は感じていた。
 これが斬妖刀の付喪神である桜麟の――本来の姿だった。
 自分だけの力では凛花を救えない。輝久に凛花を倒させるわけにもいかない。その二つを実現する手段として選んだのが、こうして斬妖刀に戻り、輝久に使ってもらうことだった。
 ぐるる……と、桜麟の霊力を警戒するように、猫又となった凛花が唸る。

「やってみるか」

 輝久は小さく呟くと、自分から凛花へと挑んだ。凛花が前足を払うと無数の爪が生み出され一人と一振りを襲う。輝久が無造作に斬妖刀を横に薙いだ。すると川の流れのように生み出された大量の花弁が、全ての爪を飲み込んで燃やし尽くす。

「はあっ!」

 下段から振り上げた斬妖刀は僅かに届かない。だが、凛花は大きく後ろへ下がると、忌々し気に地面を何度も引っ掻いた。
(やっぱり、輝久様は強い)
 桜麟は使い手たる輝久の霊力に酔いしれていた。一目見た時から彼の霊力が好きだった。彼に使われたら、どんなにいいだろうと考えていた。
 さらに輝久は、何も伝えずとも桜麟という斬妖刀の扱い方も見抜いていた。
 刃を上にして峰で相手を討つ。癒しの力を持つ桜麟の霊力。不殺の力とも呼ぶべきそれは、峰でこそ本当の力を発揮する。
 ――自分のことをよく理解してくれている。
 それがとても嬉しくて、全てを預けて正解だったと心の底から思う。

「笑っているのか?」

 桜麟の感情が伝わったのか、妙な面持ちで輝久が訊ねてくる。

「はい。護り手でありながら、斬妖刀として使っていただける。このような付喪神は、わたしだけだろうと思うと、何だか楽しい気持ちになってしまって」
「おかしな奴だ。だが――」

 ぐっ、と柄を握る手に力が籠められたのを感じ、桜麟は気を引き締めた。

「これならいける。凛花を止めるぞ!」
「はいっ!」

 輝久の気合に応えて、桜麟も霊力を解放した。輝久の霊力と自分の霊力が混ざり合い、赤銅色の刀身が眩いばかりの光を放つ。
 その光で凛花を包み込もうと輝久が走った。
 輝久の流れるような剣術に、桜麟は懸命に応えた。自分の剣術よりも一段上の動きは、徳次郎との戦いでは手を抜いてくれていたのだとわかる。彼女を自在に操り徐々に凛花を追い詰めていく。その姿はまるで剣舞のよう。桜麟という斬妖刀を主役として、まるで見せつけるように鮮やかな舞いを輝久が披露する。
 一心同体。
 それを体現しながら、一人と一振りは凛花の力を削いでいく。形勢不利と悟ったのか、たまらず凛花が下がった。

「凛花さんっ!」

 逃げようとした凛花が、桜麟の呼びかけに足を止める。

「辛かったですよね。怖かったですよね。いつ、こうして妖魔に堕とされるかもわからない。脅されて従うしかなかった」
「ううう……」

 斬妖刀の姿の桜麟を、凛花は明確に認識しているようだった。荒い息を吐きながら刀身を睨んでくる。

「もう、終わりにしませんか? 輝久様なら――!?」

 最後まで言い終える前に、刀身が――自分の身体が振られる感覚。刀身に固い霊力が当たった。真っ向から振り下ろしてきた凛花の爪を、輝久が防いだのだ。

「お願いですからっ!」

 ぎりぎりと力比べ。自分の霊力で輝久の補佐をしながら桜麟は叫んだ。

「落ち着いてください! 誰もあなたを害したりはしませんよ! これ以上は、本当に堕ちてしまいます!」

 今ならまだ間に合う。凛花が苦し気に息を吐いているのは、影元の術に侵されながらも必死に抗っている証拠。彼女の心が完全に負けてしまったら、たとえ桜麟の癒しの力でも元に戻すことはできない。
(大丈夫です、輝久様!)
 たとえ峰打ちでも、当たりどころが悪ければ死んでしまう。それは斬妖刀であっても同じだ。妖魔の結界を切り裂く霊力は健在なのだから。
 もしも凛花を倒してしまっても、桜麟はその重荷を二人で背負っていく覚悟があった。輝久だけに辛い思いをさせたりなんかしない。
 けれど、そんなことにはならない確信がある。自分を使っているのは輝久であり、こんなにも自分のことを理解してくれているのだから。

「はっ!」

 気合とともに振るわれた桜麟が、今度こそ凛花の脇腹深くに食い込んだ。ぎゃおぅ、と凛花は一際大きく唸ると、力任せに輝久を吹き飛ばす。少しだけ距離の離れた隙にと、凛花は背を向けて逃げ出そうとした。

「待ってください、凛花さん!」
「いや、大丈夫だ。俺の……いや、俺たちの勝ちだ」

 ごろごろと転がって受け身を取った輝久の声に、桜麟ははっと気が付いた。
 いつの間にか凛花の先回りをするように、桜の花弁が地面に撒いてあった。まるで罠を仕掛けるように。桜麟が必死に呼びかけていた間に輝久が準備をしていたのだ。
 使われている斬妖刀にすら気が付かせない仕込みに、桜麟は感嘆した。
 それに気が付かない凛花が突っ込んだ瞬間、輝久が要の霊力を解放する。

「これで、終わりだ!」

 次の瞬間、爆発したように桜の花弁が吹き上がり、凛花の周囲を檻のように囲んだ。彼女が脱出しようとすると、そうはさせじと花弁がまとわりつき動きを奪っていく。いくらも経たないうちに、凛花は桜の花弁の山に埋もれていた。

「桜麟!」
「任せてください!」

 桜麟の鞘が光り、炎を纏った麒麟が勢いよく飛び出した。それは身動きできない凛花の周囲をぐるぐると回ると、炎を吐いて凛花が纏う妖魔の気配を焼き払う。最後に甲高い声で嘶くと突風が巻き起こり、吹雪のように桜の花弁を吹き散らしていく。
 最後の一枚が散った後には、目を閉じてぐったりと倒れる凛花。ただの猫でも、猫又の姿でもない。人型の姿。自分の力と願いが届いたことに、桜麟は安堵の息を吐いた。

「上手くいったか……」

 輝久の張り詰めていた雰囲気が弛緩する。凛花の側に歩み寄ってかがみこんで様子を確かめる。ちゃんと息をしていた。

「よかったあ……」

 斬妖刀の姿ながら、桜麟はその場にへたり込みたい気分だった。
 輝久なら……いや、輝久と二人ならきっと上手くいく。そう思っていても緊張していたのだ。斬妖刀として使われるのは初めての経験。輝久に振り回されて自分が目を回してしまわないか、そんな心配もしていたのは秘密だ。

「さて、お前も元の姿に戻っていいぞ」

 周囲に他の妖魔の気配はないと確信したのか、輝久からそんな指令がくる。
(元の姿って……ふふふ)
 この斬妖刀の姿が、自分の元の姿だというのに。輝久にしてみれば人型のほうが元の姿らしい。そのように認識されるのは不思議な気分であり、喜ばしい気分にもなってくるから不思議なものだ。
 けれど――人型になろうとして、ふと、あることに桜麟は思い当たる。

「あのぉ……すみません。戻れません」
「なっ、どうしてだ!」

 泡を食った輝久が物凄い剣幕で問いかけてくる。

「そんな話は聞いていないぞ!」
「い、いえ、戻れるのですけど、ここでは戻れないのです」
「どういうことだ。霊力を使い過ぎたのか? ならば、俺が霊力をわけてやるから、それを使って……」
「違うのですってば!」

 霊力が流し込まれるのを、桜麟は強い口調で止めた。輝久の霊力は心地よくていつまでも浴びていたいが、自分は彼の霊力を節約させるために護り手となったのだ。必要な時以外に使わせるわけにはいかない。
 そして、今は必要な時ではない。

「なら、もったいぶっていないで、さっさと戻れ!」
「いえ、あの……」

 本当に心配してくれている気配が、柄を握る手からも感じられる。悪いと思いつつも、やっぱり人型になることはできず、もじもじと桜麟は口ごもった。

「やはり駄目なのか? 待っていろ、いま霊力を……」
「もう! 本当に違うのですよ!」

 輝久は全く気が付いてくれない。このまま人型になったらどうなってしまうかということを。その理由を口にするのはとても恥ずかしい。

「……こ、小袖を……」
「小袖?」
「小袖を被せてください」
「……は?」

 いつもの輝久ならすぐに理解したはず。けれど、桜麟がいつまでも人型に戻ろうとしないので慌てているのだろう。眉をひそめて首を捻るばかり。戦いが終わって静かになったからか、野次馬も集まってきた。
 早く主には理解してもらわないと、実に困った事態になってしまう。
 桜麟は赤銅色の自分の刀身が、さらに赤くなってしまうのではと思いながら叫んだ。

「このまま戻ったら裸ではないですか! 少しは察してください! どうして言わせるのですか~~~~っ!」
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