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終章
この鈴はわたしの誉れ
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花火の夜を賑わせた事件は終わり、無事に影元はお縄となっていた。
記憶が戻った漣の話を、輝久は一人で聞いていたらしい。
人型に『成る』寸前で、漣は売られた先で妖魔に堕とされそうになった。その恐怖が漣を駆り立て、人型へ変化したらしい。自分でも自覚がないままに妖魔となり町で暴れてしまい、そこを桜麟に救われた。
実際に記憶を取り戻したのは、徳次郎に捕まり、桜麟から間違って斬られそうになった時だった、と後から聞いた。徳次郎の結界を破ろうと桜麟は自ら霊力を放っており、それが漣の心の傷を癒して記憶を呼び戻した。
ただし、漣は人型に『成った』直後のことだったので、自分を妖魔に堕とそうとした相手の顔までは覚えていなかった。霊力の雰囲気を輝久に伝えることしかできなかったが、輝久は彼のほうですぐに当たりはつけていたらしい。
ところが、徳次郎と同じで証拠がない。さらには、信頼していた仲間の裏切りという事実。信じられないという思いもあったが、ともに付喪神奉行を目指して切磋琢磨していた仲。それが一方的に恨まれていたとなれば、動機としては十分。
そこで輝久は一計を案じていた。輝久への怨恨で起こした事件ならば、籠目の時と同じ事をするに違いない。そこで桜麟を連れて町へ出て、罠と知りながら桜麟とはぐれた。
果たして――狙い通りに影元は動いた。
「わたしに教えてくれていてもよかったではないですか」
茶店でみたらし団子をご馳走になった桜麟は、話を聞きながら串を片手に唇を尖らせていた。その隣では輝久が苦笑している。
「悪いとは思ったが、お前は演技などできんだろうが」
「うっ……」
的確な指摘に桜麟は詰まる。
昨夜はあれから冷静さを取り戻した輝久が、桜麟の小袖を拾って屋敷へ戻ってくれた。人型に戻るのに思ったより手間取ったことで、心配して様子を見に来た輝久と変化がかち合ってしまい、大いに叫ぶ羽目になってしまったが。
そして、今日は危険な目に遭わせた埋め合わせにと、甘味処へ連れて行ってもらっていたのだ。
「それに、お前の霊力なら大丈夫だと信用していた。鈴の仕掛けもあったしな」
「輝久様……」
信用されていたからこそ――そう言われて、少しやさぐれていた桜麟の気持ちはあっさりと浮上した。どんな甘味よりも、その一言が極上の褒美だ。
感激して主をいつまでも見詰めていると、「そんなに見られたら、俺に穴が開くぞ」と、輝久が目を逸らした。
「そのような霊力、わたしにはありませんよ?」
「ものの例えだ! 大真面目に答える馬鹿があるか!」
なぜか思いっきり怒られてしまった。再び、ぶぅ、と唇を尖らせてしまう。追加で注文された団子が運ばれてきて、騙されるものかと思いつつも、やっぱり団子は美味しくて、すぐに桜麟の頬は緩んだ。
「影元は人間の奉行所に任せた。裏で徳次郎や他の者を使って盗賊をしていたようだ。三年前に俺が止めることができていれば……」
「ですが、今回止めることができました」
悔やむ輝久へ、そっと身体を寄せる。同時に今までに犠牲になった付喪神のために心の中で祈りを捧げた。
いくら道具だとしても酷過ぎる話だ。影元の犠牲になった付喪神はさぞかし恨みを持ったことだろう。それが影元の術の種となり、籠目を妖魔へと堕とし、自分をも堕とそうとした。霊力を無くしてからも利用された付喪神を思うと、いたたまれない気持ちになるし、影元に対しては自分の手でぶっ飛ばしてやりたい。
「……凛花さんは、どうなるのですか?」
「そうだなあ……」
「まさか、元の姿に戻されたりするのですか?」
珍しく言い淀む輝久に不安を覚える。元の姿に戻すとは、人間に例えるならば、打ち首といったところだ。
「凛花さんは影元に無理やり従わされていただけなのですよ? 影元の術を見れば、反抗なんてできません。自分が妖魔にされてしまうのですから。どうか寛大な処置を!」
自分がいくら主張しても、結果が変わらないことは桜麟だって知っている。たかが道具の主張することだ。輝久なら耳を傾けてくれるとはいえ、彼の一存で人間の世の掟を変えることはできない。
それでも、桜麟は頼まずにはいられなかった。
初対面で彼女が手を隠したのを知っている。影元から酷い扱いを受けていたのだろう。あそこで指摘していれば、もっと早くに事件は解決できたかもしれない。
それに、自分を攫ってからずっと暗い顔をしていた。脅えと許しを請う懇願とが混ざった表情をしていた。影元の術がなくとも、凛花は罪悪感で妖魔に堕ちる寸前にまで追い詰められていたのだ。
「影元の護り手ということで、かなり詮議は厳しいものとなるはずだ」
「そこを何とか……!」
「すでに俺の監督下に置くとは通達している。幸いにも近隣の者は恐れて、俺たちが戦っている姿は見ていなかったからな。影元捕縛に協力してくれたと、奉行所の者には伝えている。お前も口裏は合わせてくれ」
あまりやりたくはない手だがな、と声を潜めつつ輝久。
ぎりぎりのところで輝久は戦ってくれていた。それを知って桜麟は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、輝久様。凛花さんのために……」
「気にするな。それこそ道具だからな。使う人間が邪ならば、本人も邪なことをせざるを得ない。お前は道具扱いされるのは不快だろうが、そう言って役人を納得させた。それに――」
団子の代金を払おうと輝久が立ち上がる。巾着のじゃらりという音で、次の台詞を桜麟は聞きそびれた。
――お前が悲しむ姿も見たくないからな。
「え、いま何と?」
「気のせいだ。行くぞ」
促されて桜麟も茶店の床几から腰を上げた。
「小物屋に行きたいと言っていたな」
「はい。下緒がほしくて」
「下緒か……斬妖刀らしい発想だな。もっと高い物でもいいのだぞ? 簪とか櫛とか。お前には今回だけでなく、徳次郎の時の手柄もある。いくらでも好きな物を望むがいい」
桜麟への埋め合わせは甘味だけではなかった。ひと月の間の活躍も加味――桜麟自身は足を引っ張ったとしか思っていなかったが――された結果、褒美を貰えることになった。それも輝久直々に、彼の懐から出してくれるらしい。
「一番欲しかったものは既に頂いていますので」
「どういうことだ? 隊服のことか?」
当たらずとも遠からずだが、微妙にずれているし、本人はまったく気が付いていない。桜麟は思わず吹き出してしまった。
「意外と輝久様は鈍感ですよねぇ」
「……お前はたまによくわからんな」
眉根に皺を寄せながら輝久。そんな主が可笑しくて、桜麟はさらに笑った。
二人で他愛のない話をしながら歩いていると、目的地としていた小物屋に到着する。武揚の町でも大店で、様々な品物を扱っている店だ。珊瑚の簪や、べっ甲の櫛、蒔絵の施された化粧箱など、見るからにお高そうな品物がたくさんある。
それらを前にしても、桜麟の決意は揺るがなかった。ぐるりと店内を見回して、すぐにお目当ての物を見つける。
「思ったよりも種類があるのですね……。これは迷ってしまいそうです」
赤や紫、黒といった様々な色の下緒が棚に並べられている。様々な打ち方をした組み紐があり、模様を眺めているだけでも時間が過ぎてしまいそうだ。
「輝久様、どうです?」
何本か手に取って、自分の顔のあたりに上げる。
「俺にはどれも似合っていると思うのだが……」
「もう! ちゃんと見てくれています?」
文句を言いつつも、品定めをするのはとても楽しい。輝久が次第に疲れたような表情になっていくのにも気が付かず、ああでもない、こうでもない、と半刻ほども時間を過ごしてしまった。
そうして、最終的に選んだのは、店主が店の奥から出してくれた下緒だった。赤を基調とした組紐で、紅白の桜を模したような模様が入っている。値段を聞くと一両という、下緒としては驚くほどお高い。
「す、すみません、輝久様。お金のほうは大丈夫でしたか?」
店の外に出てから輝久に恐縮して頭を下げる。結局、高価なものを選んでしまった。
「千両に比べたら大した金額ではないな」
「あは、ははは……」
「だが、本当にそれだけでよかったのか?」
通りの邪魔にならない場所で立ち止まってから、買った下緒を渡してくれる。桜麟は受け取りながら頷いた。
「ありがとうございます。それで、あの……一つお願いがあるのですが」
「なんだ?」
「一回、この鈴を外してもらえませんか?」
桜麟の首には新しい鈴が付けられていた。前の鈴は影元の術を破るために壊れてしまった。この鈴にも輝久の術が掛かっており、いざという時には彼女を守ってくれる。
「ああ、それはいいが……嫌なら付けなくてもいいのだぞ」
それは、奉行所屋敷で鈴を付ける時にも告げられた言葉。本当は輝久も付喪神に鈴を付けたくはないらしい。人間の掟だからそのようにしているだけだ。今回の桜麟の功績で、特例として鈴を外すという話もあったようだ。
だが、桜麟はそれを断った。自分を守ってくれたのはこの鈴だったし、輝久の鈴なら付けても嫌な気は全くしないからだ。
「下緒はこれに使いたかったのですよ」
桜麟は外された鈴を受け取ると、準備していた細紐を使って下緒に通した。その下緒を鈴が首元にくるようにして回す。少しばかり下緒が長いが、これは帰ってから調節しよう。
「輝久様、どうですか?」
「なるほどな……よく似合っているぞ」
意外な使い方に驚いた様子の輝久だったが、すぐに微笑んで褒めてくれた。
人間の所有の証である鈴は、付喪神にとっては反抗しないようにという束縛でもある。付喪神にとっては忌まわしきものであると思っていた。
だけど、自分にとっては違う。
この鈴は輝久の護り手であるという証であり、彼だけのものであるという証拠だ。彼の隣に立ち、彼と苦楽を共にし、そして彼の背中を守る。その役目を負っているのは自分だという、これ以上のない誉れだ。
「明日からもよろしく。頼りにしているからな」
頼りにしている――自分にはもったいない言葉だ。
きっと、まだまだ足を引っ張ってしまうだろう。怒られる機会もたくさんあるに違いない。それでも、期待してもらえたことが嬉しくて、桜麟は勢いよく頷いた。
「はい! 任せてください!」
桜麟の首元で、りん、と誇らしげに鈴が鳴る。
「わたしは輝久様の護り手なのですから!」
〈了〉
記憶が戻った漣の話を、輝久は一人で聞いていたらしい。
人型に『成る』寸前で、漣は売られた先で妖魔に堕とされそうになった。その恐怖が漣を駆り立て、人型へ変化したらしい。自分でも自覚がないままに妖魔となり町で暴れてしまい、そこを桜麟に救われた。
実際に記憶を取り戻したのは、徳次郎に捕まり、桜麟から間違って斬られそうになった時だった、と後から聞いた。徳次郎の結界を破ろうと桜麟は自ら霊力を放っており、それが漣の心の傷を癒して記憶を呼び戻した。
ただし、漣は人型に『成った』直後のことだったので、自分を妖魔に堕とそうとした相手の顔までは覚えていなかった。霊力の雰囲気を輝久に伝えることしかできなかったが、輝久は彼のほうですぐに当たりはつけていたらしい。
ところが、徳次郎と同じで証拠がない。さらには、信頼していた仲間の裏切りという事実。信じられないという思いもあったが、ともに付喪神奉行を目指して切磋琢磨していた仲。それが一方的に恨まれていたとなれば、動機としては十分。
そこで輝久は一計を案じていた。輝久への怨恨で起こした事件ならば、籠目の時と同じ事をするに違いない。そこで桜麟を連れて町へ出て、罠と知りながら桜麟とはぐれた。
果たして――狙い通りに影元は動いた。
「わたしに教えてくれていてもよかったではないですか」
茶店でみたらし団子をご馳走になった桜麟は、話を聞きながら串を片手に唇を尖らせていた。その隣では輝久が苦笑している。
「悪いとは思ったが、お前は演技などできんだろうが」
「うっ……」
的確な指摘に桜麟は詰まる。
昨夜はあれから冷静さを取り戻した輝久が、桜麟の小袖を拾って屋敷へ戻ってくれた。人型に戻るのに思ったより手間取ったことで、心配して様子を見に来た輝久と変化がかち合ってしまい、大いに叫ぶ羽目になってしまったが。
そして、今日は危険な目に遭わせた埋め合わせにと、甘味処へ連れて行ってもらっていたのだ。
「それに、お前の霊力なら大丈夫だと信用していた。鈴の仕掛けもあったしな」
「輝久様……」
信用されていたからこそ――そう言われて、少しやさぐれていた桜麟の気持ちはあっさりと浮上した。どんな甘味よりも、その一言が極上の褒美だ。
感激して主をいつまでも見詰めていると、「そんなに見られたら、俺に穴が開くぞ」と、輝久が目を逸らした。
「そのような霊力、わたしにはありませんよ?」
「ものの例えだ! 大真面目に答える馬鹿があるか!」
なぜか思いっきり怒られてしまった。再び、ぶぅ、と唇を尖らせてしまう。追加で注文された団子が運ばれてきて、騙されるものかと思いつつも、やっぱり団子は美味しくて、すぐに桜麟の頬は緩んだ。
「影元は人間の奉行所に任せた。裏で徳次郎や他の者を使って盗賊をしていたようだ。三年前に俺が止めることができていれば……」
「ですが、今回止めることができました」
悔やむ輝久へ、そっと身体を寄せる。同時に今までに犠牲になった付喪神のために心の中で祈りを捧げた。
いくら道具だとしても酷過ぎる話だ。影元の犠牲になった付喪神はさぞかし恨みを持ったことだろう。それが影元の術の種となり、籠目を妖魔へと堕とし、自分をも堕とそうとした。霊力を無くしてからも利用された付喪神を思うと、いたたまれない気持ちになるし、影元に対しては自分の手でぶっ飛ばしてやりたい。
「……凛花さんは、どうなるのですか?」
「そうだなあ……」
「まさか、元の姿に戻されたりするのですか?」
珍しく言い淀む輝久に不安を覚える。元の姿に戻すとは、人間に例えるならば、打ち首といったところだ。
「凛花さんは影元に無理やり従わされていただけなのですよ? 影元の術を見れば、反抗なんてできません。自分が妖魔にされてしまうのですから。どうか寛大な処置を!」
自分がいくら主張しても、結果が変わらないことは桜麟だって知っている。たかが道具の主張することだ。輝久なら耳を傾けてくれるとはいえ、彼の一存で人間の世の掟を変えることはできない。
それでも、桜麟は頼まずにはいられなかった。
初対面で彼女が手を隠したのを知っている。影元から酷い扱いを受けていたのだろう。あそこで指摘していれば、もっと早くに事件は解決できたかもしれない。
それに、自分を攫ってからずっと暗い顔をしていた。脅えと許しを請う懇願とが混ざった表情をしていた。影元の術がなくとも、凛花は罪悪感で妖魔に堕ちる寸前にまで追い詰められていたのだ。
「影元の護り手ということで、かなり詮議は厳しいものとなるはずだ」
「そこを何とか……!」
「すでに俺の監督下に置くとは通達している。幸いにも近隣の者は恐れて、俺たちが戦っている姿は見ていなかったからな。影元捕縛に協力してくれたと、奉行所の者には伝えている。お前も口裏は合わせてくれ」
あまりやりたくはない手だがな、と声を潜めつつ輝久。
ぎりぎりのところで輝久は戦ってくれていた。それを知って桜麟は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、輝久様。凛花さんのために……」
「気にするな。それこそ道具だからな。使う人間が邪ならば、本人も邪なことをせざるを得ない。お前は道具扱いされるのは不快だろうが、そう言って役人を納得させた。それに――」
団子の代金を払おうと輝久が立ち上がる。巾着のじゃらりという音で、次の台詞を桜麟は聞きそびれた。
――お前が悲しむ姿も見たくないからな。
「え、いま何と?」
「気のせいだ。行くぞ」
促されて桜麟も茶店の床几から腰を上げた。
「小物屋に行きたいと言っていたな」
「はい。下緒がほしくて」
「下緒か……斬妖刀らしい発想だな。もっと高い物でもいいのだぞ? 簪とか櫛とか。お前には今回だけでなく、徳次郎の時の手柄もある。いくらでも好きな物を望むがいい」
桜麟への埋め合わせは甘味だけではなかった。ひと月の間の活躍も加味――桜麟自身は足を引っ張ったとしか思っていなかったが――された結果、褒美を貰えることになった。それも輝久直々に、彼の懐から出してくれるらしい。
「一番欲しかったものは既に頂いていますので」
「どういうことだ? 隊服のことか?」
当たらずとも遠からずだが、微妙にずれているし、本人はまったく気が付いていない。桜麟は思わず吹き出してしまった。
「意外と輝久様は鈍感ですよねぇ」
「……お前はたまによくわからんな」
眉根に皺を寄せながら輝久。そんな主が可笑しくて、桜麟はさらに笑った。
二人で他愛のない話をしながら歩いていると、目的地としていた小物屋に到着する。武揚の町でも大店で、様々な品物を扱っている店だ。珊瑚の簪や、べっ甲の櫛、蒔絵の施された化粧箱など、見るからにお高そうな品物がたくさんある。
それらを前にしても、桜麟の決意は揺るがなかった。ぐるりと店内を見回して、すぐにお目当ての物を見つける。
「思ったよりも種類があるのですね……。これは迷ってしまいそうです」
赤や紫、黒といった様々な色の下緒が棚に並べられている。様々な打ち方をした組み紐があり、模様を眺めているだけでも時間が過ぎてしまいそうだ。
「輝久様、どうです?」
何本か手に取って、自分の顔のあたりに上げる。
「俺にはどれも似合っていると思うのだが……」
「もう! ちゃんと見てくれています?」
文句を言いつつも、品定めをするのはとても楽しい。輝久が次第に疲れたような表情になっていくのにも気が付かず、ああでもない、こうでもない、と半刻ほども時間を過ごしてしまった。
そうして、最終的に選んだのは、店主が店の奥から出してくれた下緒だった。赤を基調とした組紐で、紅白の桜を模したような模様が入っている。値段を聞くと一両という、下緒としては驚くほどお高い。
「す、すみません、輝久様。お金のほうは大丈夫でしたか?」
店の外に出てから輝久に恐縮して頭を下げる。結局、高価なものを選んでしまった。
「千両に比べたら大した金額ではないな」
「あは、ははは……」
「だが、本当にそれだけでよかったのか?」
通りの邪魔にならない場所で立ち止まってから、買った下緒を渡してくれる。桜麟は受け取りながら頷いた。
「ありがとうございます。それで、あの……一つお願いがあるのですが」
「なんだ?」
「一回、この鈴を外してもらえませんか?」
桜麟の首には新しい鈴が付けられていた。前の鈴は影元の術を破るために壊れてしまった。この鈴にも輝久の術が掛かっており、いざという時には彼女を守ってくれる。
「ああ、それはいいが……嫌なら付けなくてもいいのだぞ」
それは、奉行所屋敷で鈴を付ける時にも告げられた言葉。本当は輝久も付喪神に鈴を付けたくはないらしい。人間の掟だからそのようにしているだけだ。今回の桜麟の功績で、特例として鈴を外すという話もあったようだ。
だが、桜麟はそれを断った。自分を守ってくれたのはこの鈴だったし、輝久の鈴なら付けても嫌な気は全くしないからだ。
「下緒はこれに使いたかったのですよ」
桜麟は外された鈴を受け取ると、準備していた細紐を使って下緒に通した。その下緒を鈴が首元にくるようにして回す。少しばかり下緒が長いが、これは帰ってから調節しよう。
「輝久様、どうですか?」
「なるほどな……よく似合っているぞ」
意外な使い方に驚いた様子の輝久だったが、すぐに微笑んで褒めてくれた。
人間の所有の証である鈴は、付喪神にとっては反抗しないようにという束縛でもある。付喪神にとっては忌まわしきものであると思っていた。
だけど、自分にとっては違う。
この鈴は輝久の護り手であるという証であり、彼だけのものであるという証拠だ。彼の隣に立ち、彼と苦楽を共にし、そして彼の背中を守る。その役目を負っているのは自分だという、これ以上のない誉れだ。
「明日からもよろしく。頼りにしているからな」
頼りにしている――自分にはもったいない言葉だ。
きっと、まだまだ足を引っ張ってしまうだろう。怒られる機会もたくさんあるに違いない。それでも、期待してもらえたことが嬉しくて、桜麟は勢いよく頷いた。
「はい! 任せてください!」
桜麟の首元で、りん、と誇らしげに鈴が鳴る。
「わたしは輝久様の護り手なのですから!」
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