私を捨てたのはミスですよ?

パリパリかぷちーの

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「ただいま戻りましたわ! お父様、お母様! 朗報ですわ、今日から私は自由の身です!」

王宮から戻るなり、私は公爵邸の重厚な玄関ホールで高らかに宣言しました。
出迎えた執事のセバスチャンが、持っていた銀盆を危うく落としそうになるのを横目に、私は階段を駆け上がります。

「セ、セリーナ!? 夜会からこんなに早く戻ってくるとは……。それに今の言葉はどういう意味だ?」

書斎から慌てて飛び出してきた父、エルバート公爵が目を白黒させて私を追いかけてきます。

「言葉通りの意味ですわ! ウィルフレッド殿下が、皆様の前で高らかに婚約破棄を宣言なさいましたの。おめでとうございます、これで我が公爵家は、あのポエム製造機……失礼、皇太子殿下との不毛な親戚付き合いから永遠に解放されましたわ!」

「こ、婚約破棄!? あの馬鹿……いや、殿下は何を考えておられるのだ! 我が家の支援がなければ、来期の予算編成すらままならんというのに!」

「そんな国家の存亡レベルの心配は、どうぞ王室の皆様で頭を抱えていただければよろしいかと。私は今、それよりもずっと重要で、緊急を要する案件を抱えておりますの」

私は自室の扉を蹴るように(お行儀は悪いですが、今の私は自由ですから!)開け放ちました。
そして、呆然とする侍女たちに矢継ぎ早に指示を飛ばします。

「アリス、ベティ! 大型のトランクを三つ……いえ、五つ持ってきてちょうだい! 今から三十分以内に、私の生活必需品と換金性の高い宝石類をすべて詰め込みますわよ!」

「お、お嬢様……!? どちらへ行かれるのですか!?」

「追放ですわ! ああ、なんて素敵な響き。婚約破棄のセットメニューといえば、お決まりの国外追放か、あるいは辺境の別荘への蟄居(ちっきょ)でしょう? 殿下が正式に命令を出す前に、自発的に姿を消してあげるのが淑女の嗜みというものですわ」

私はクローゼットの引き出しを次々と開け、迷うことなく中身を仕分けしていきました。

「これは要る、これも要る……あ、この殿下から贈られた趣味の悪いブローチは『売却用』の箱へ。このドレスも重いだけだから置いていきますわ。代わりに、頑丈な乗馬服と歩きやすい靴を全部詰めて!」

「セリーナ、落ち着きなさい! まだ王家からの正式な通達も来ていないのだぞ!」

父が部屋の隅でオロオロと手を振り回していますが、私は手を止めません。
合理的な私の脳内では、すでに「追放先での優雅な独身生活」のシミュレーションが完了しているのです。

「お父様、あんな無能な男の下に嫁いで、一生を国政の尻拭いに捧げる私を見たかったのですか? 毎日、殿下の『僕ってすごいでしょオーラ』を浴び続けて、私の美しい肌がストレスで荒れ果てるのを許容なさるのですか?」

「そ、それは……確かに、お前の性格からすれば、あの殿下との結婚は拷問に近いと思っていたが……」

「そうでしょう!? ですから、これは神が私に与えてくださった最高のバカンスなのですわ! さあアリス、その毛布はもっと小さく畳んで! 隙間に私の秘蔵の茶葉を詰め込むのよ!」

部屋の中は、さながら戦場のような騒ぎとなりました。
私が自らタンスの中身を放り出し、侍女たちがそれを必死にトランクへ押し込んでいきます。

「お嬢様、この日記帳はどうされますか? 殿下との思い出が綴られているのでは……」

「そんなゴミ、今すぐ暖炉に放り込んでちょうだい! あ、待って、やっぱりちょうだい。後で殿下の失言録として、匿名で出版して印税を稼ぐ種にするかもしれませんから」

「……お嬢様、たまに性格が悪役令嬢というより、悪徳商人のようですわ……」

「褒め言葉として受け取っておきますわね、ベティ。さあ、あと十分! 図書室から、植物学と建築学、それから最新の魔導工学の専門書を全部持ってきて! 暇つぶしには最高ですもの!」

公爵邸の廊下を、本を抱えた使用人たちが右往左往します。
父はついに諦めたのか、壁に背を預けて深くため息をつきました。

「……セリーナ。お前、実は最初からこうなることを狙っていたのではないか?」

「あら、心外ですわお父様。私はただ、最悪の事態(結婚)を避けるために、最善の努力(嫌われ工作)を少々……いえ、かなり全力で行ってきただけですわ」

私はトランクの蓋を全体重をかけて閉め、パチンと鍵をかけました。

「完了ですわ! 二十八分。予定より二分も早く終わりました。私の事務処理能力に、改めて惚れ惚れしてしまいますわね」

立ち上がってドレスの埃を払った私は、窓の外を見上げました。
まだ夜明け前。
ですが、私の心の中には、今まで見たこともないような輝かしい太陽が昇っていました。

「さて、お父様。殿下の気が変わって『やっぱり結婚してくれ』なんて泣きついてくる前に、私は領地の別荘へ向かいますわ。あ、追放の書面が届いたら、適当に受理しておいてくださいませ。あとの交渉は、私の弁護士に丸投げしておりますので」

「……お前というやつは、本当に……。分かった、別荘までの護衛は私が出そう。あそこなら、隣国の視線もあって王室もうかつには手を出せん」

「感謝いたしますわ。ではお父様、お母様によろしく。……あ、お母様には『娘さんはやっと、自分の人生という名の主演舞台を手に入れました』とお伝えくださいな!」

私は軽やかな足取りで、荷物の詰まった馬車へと向かいました。

婚約破棄。
世間の令嬢たちが、人生の終わりだと泣き崩れるその出来事は、私にとっては「不自由な檻」の扉が開いた音に過ぎませんでした。

「さあ、行きましょう! 目的地は、私の自由と、誰も私を邪魔しない最高のスローライフですわ!」

馬車が走り出す振動を感じながら、私は深く座席に背を預けました。
これから始まる冒険に胸を躍らせながら、私は一度も後ろを振り返ることはありませんでした。
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