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「……よし、これで完璧ですわ。我ながら、非の打ち所がない芸術的な請求書が出来上がりましたわね」
追放先へと向かう馬車の中、私は揺れる車内で羽根ペンを鮮やかに走らせ、一枚の書類を完成させました。
朝の清々しい光が窓から差し込み、インクの香りと混ざり合います。
徹夜明けだというのに、私の頭はかつてないほど冴え渡っていました。
「お、お嬢様……。昨夜から一睡もせずに何を書いていらっしゃるのかと思えば……。これ、全部殿下への請求書ですの?」
向かい側に座る侍女のベティが、引きつった笑みを浮かべて私の手元を覗き込んできました。
「ええ、そうですわ。婚約破棄という名の『一方的な契約破棄』に伴う、正当な対価の要求です。見てごらんなさい、この項目別の詳細な算定を」
私は満足げに、書き上げたばかりの羊皮紙をベティの目の前に突きつけました。
「まず、過去十年にわたる『婚約者としての拘束時間』に対する機会損失費用。私の時給を公爵令嬢の平均的な教育コストから算出しました。次に、殿下の悪趣味なポエムを拝聴したことによる『精神的苦痛への慰謝料』。これは一編につき金貨一枚という破格の安さで計算してあげましたわ」
「一編で金貨一枚……! 殿下、毎晩のように送ってきていらしたから、それだけで小国が買える額になりませんこと?」
「あら、私の忍耐力を安売りするつもりはありませんわ。さらにこれを見て。殿下の誕生日に贈った特注の剣や魔導具の代金、およびそれらを選定するために費やした『コンサルティング料』。そして極め付けは……」
私は書類の最後の一行を指差しました。
「『夜会での断罪劇による、エルバート公爵家のブランドイメージ毀損(きそん)に対する損害賠償』。これについては、我が家の弁護士と相談して、追って追加請求する予定ですわ」
「お嬢様、これ……。王家が破産しかねない額になっていますけれど、本気で送るのですか?」
「本気に決まっていますわ。ビジネスにおいて『情』ほど無駄なものはありません。殿下は自由を求め、私は正当な報酬を求める。これこそが、お互いの利益が一致した健全な関係の終わり方というものですわ」
私は書類を丁寧に折り畳むと、あらかじめ用意しておいた「エルバート公爵家御用達・督促状専用」の封筒に入れ、封蝋(ふうろう)を流しました。
「さあ、ベティ。次の宿場町に着いたら、これを王都の一等地に事務所を構える『鉄面皮のハミルトン法律事務所』へ届けてちょうだい。彼らなら、王家の門番をなぎ倒してでも殿下の寝室までこれを届けてくれるはずよ」
「は、はい……。承知いたしましたわ」
ベティが震える手で封筒を受け取ったその時、馬車が急停車しました。
「何事かしら? まだ宿場町には早いはずですけれど」
私が窓の外を覗くと、そこには武装した騎士の一団……ではなく、見覚えのある「氷のような美貌」を持つ男性が、一頭の漆黒の馬に跨って立っていました。
「……またお会いしましたね、セリーナ嬢」
隣国の第三王子、レオナード殿下です。
昨夜の夜会で私に声をかけてきた、あの変わり者の王子様が、なぜこんな人気のな街道にいるのでしょうか。
「レオナード殿下。まさか、追放される私をわざわざ笑いにいらしたのですか? もしそうなら、入場料として銀貨三枚を頂戴いたしますわ。今の私は一分一秒を惜しんで稼がなければならない身ですので」
私が馬車のドアを開けて言い放つと、レオナード殿下はわずかに目を見開き、それからクツクツと喉を鳴らして笑い始めました。
「ふ、ははは! やはり君は面白い。昨夜のあれは演技かと思ったが、どうやら本心からあの状況を楽しんでいるようだな」
「楽しみ? 失礼な。私は『最適化』しているだけですわ。無能な婚約者というバグを取り除き、自分の人生というシステムを正常化させているのです」
「最適化、か。独特な表現をするものだ。……して、その『正常化』された人生の第一歩として、隣国の王子と手を組むという選択肢に興味はないか?」
レオナード殿下が差し出した手。
その指先には、私が先ほど封筒に詰めた「請求書」よりも、もっと厄介そうで、それでいて魅力的な香りのする「招待状」が握られていました。
「……殿下、一つ確認させてください。そのお誘いに、自作ポエムの朗読は含まれておりますか?」
「断じて、あり得ない。私は詩よりも数字と剣を信じる男だ」
「素晴らしい。合格ですわ」
私は馬車から身を乗り出し、レオナード殿下の差し出した「招待状」を奪い取るように受け取りました。
「では、検討して差し上げます。ただし、私のコンサル料は高いですわよ?」
「望むところだ。君のその『毒舌』に相応しい報酬を用意しよう」
草原を吹き抜ける風が、私の髪を乱します。
昨日までは「悪役令嬢」としての義務に縛られていた私が、今は隣国の王子を相手に商談(?)を始めている。
人生とは、本当に計算通りにいかないからこそ、面白いものですわ。
私はレオナード殿下に不敵な笑みを返し、再び馬車の中へと戻りました。
手元に残ったのは、王家への膨大な請求書と、新しい「仕事」の予感。
「さあ、忙しくなりますわよ、ベティ! 自由を謳歌するには、まず軍資金と強力なコネクションが必要ですもの!」
馬車は再び走り出しました。
王都へ向かう「請求書」を乗せて。
そして、私の新しい野望を乗せて。
追放先へと向かう馬車の中、私は揺れる車内で羽根ペンを鮮やかに走らせ、一枚の書類を完成させました。
朝の清々しい光が窓から差し込み、インクの香りと混ざり合います。
徹夜明けだというのに、私の頭はかつてないほど冴え渡っていました。
「お、お嬢様……。昨夜から一睡もせずに何を書いていらっしゃるのかと思えば……。これ、全部殿下への請求書ですの?」
向かい側に座る侍女のベティが、引きつった笑みを浮かべて私の手元を覗き込んできました。
「ええ、そうですわ。婚約破棄という名の『一方的な契約破棄』に伴う、正当な対価の要求です。見てごらんなさい、この項目別の詳細な算定を」
私は満足げに、書き上げたばかりの羊皮紙をベティの目の前に突きつけました。
「まず、過去十年にわたる『婚約者としての拘束時間』に対する機会損失費用。私の時給を公爵令嬢の平均的な教育コストから算出しました。次に、殿下の悪趣味なポエムを拝聴したことによる『精神的苦痛への慰謝料』。これは一編につき金貨一枚という破格の安さで計算してあげましたわ」
「一編で金貨一枚……! 殿下、毎晩のように送ってきていらしたから、それだけで小国が買える額になりませんこと?」
「あら、私の忍耐力を安売りするつもりはありませんわ。さらにこれを見て。殿下の誕生日に贈った特注の剣や魔導具の代金、およびそれらを選定するために費やした『コンサルティング料』。そして極め付けは……」
私は書類の最後の一行を指差しました。
「『夜会での断罪劇による、エルバート公爵家のブランドイメージ毀損(きそん)に対する損害賠償』。これについては、我が家の弁護士と相談して、追って追加請求する予定ですわ」
「お嬢様、これ……。王家が破産しかねない額になっていますけれど、本気で送るのですか?」
「本気に決まっていますわ。ビジネスにおいて『情』ほど無駄なものはありません。殿下は自由を求め、私は正当な報酬を求める。これこそが、お互いの利益が一致した健全な関係の終わり方というものですわ」
私は書類を丁寧に折り畳むと、あらかじめ用意しておいた「エルバート公爵家御用達・督促状専用」の封筒に入れ、封蝋(ふうろう)を流しました。
「さあ、ベティ。次の宿場町に着いたら、これを王都の一等地に事務所を構える『鉄面皮のハミルトン法律事務所』へ届けてちょうだい。彼らなら、王家の門番をなぎ倒してでも殿下の寝室までこれを届けてくれるはずよ」
「は、はい……。承知いたしましたわ」
ベティが震える手で封筒を受け取ったその時、馬車が急停車しました。
「何事かしら? まだ宿場町には早いはずですけれど」
私が窓の外を覗くと、そこには武装した騎士の一団……ではなく、見覚えのある「氷のような美貌」を持つ男性が、一頭の漆黒の馬に跨って立っていました。
「……またお会いしましたね、セリーナ嬢」
隣国の第三王子、レオナード殿下です。
昨夜の夜会で私に声をかけてきた、あの変わり者の王子様が、なぜこんな人気のな街道にいるのでしょうか。
「レオナード殿下。まさか、追放される私をわざわざ笑いにいらしたのですか? もしそうなら、入場料として銀貨三枚を頂戴いたしますわ。今の私は一分一秒を惜しんで稼がなければならない身ですので」
私が馬車のドアを開けて言い放つと、レオナード殿下はわずかに目を見開き、それからクツクツと喉を鳴らして笑い始めました。
「ふ、ははは! やはり君は面白い。昨夜のあれは演技かと思ったが、どうやら本心からあの状況を楽しんでいるようだな」
「楽しみ? 失礼な。私は『最適化』しているだけですわ。無能な婚約者というバグを取り除き、自分の人生というシステムを正常化させているのです」
「最適化、か。独特な表現をするものだ。……して、その『正常化』された人生の第一歩として、隣国の王子と手を組むという選択肢に興味はないか?」
レオナード殿下が差し出した手。
その指先には、私が先ほど封筒に詰めた「請求書」よりも、もっと厄介そうで、それでいて魅力的な香りのする「招待状」が握られていました。
「……殿下、一つ確認させてください。そのお誘いに、自作ポエムの朗読は含まれておりますか?」
「断じて、あり得ない。私は詩よりも数字と剣を信じる男だ」
「素晴らしい。合格ですわ」
私は馬車から身を乗り出し、レオナード殿下の差し出した「招待状」を奪い取るように受け取りました。
「では、検討して差し上げます。ただし、私のコンサル料は高いですわよ?」
「望むところだ。君のその『毒舌』に相応しい報酬を用意しよう」
草原を吹き抜ける風が、私の髪を乱します。
昨日までは「悪役令嬢」としての義務に縛られていた私が、今は隣国の王子を相手に商談(?)を始めている。
人生とは、本当に計算通りにいかないからこそ、面白いものですわ。
私はレオナード殿下に不敵な笑みを返し、再び馬車の中へと戻りました。
手元に残ったのは、王家への膨大な請求書と、新しい「仕事」の予感。
「さあ、忙しくなりますわよ、ベティ! 自由を謳歌するには、まず軍資金と強力なコネクションが必要ですもの!」
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