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「……ここが、私の『終の棲家』というわけですわね」
王都から馬車で三日。
ようやく辿り着いたのは、エルバート公爵家が所有する北端の別荘……という名の、半分廃屋と化した石造りの建物でした。
窓ガラスは割れ、庭は膝丈まで雑草が伸び放題。
玄関の扉は、開けるたびに「ギィィィ」と、この世の終わりを告げるかのような不吉な音を奏でています。
「お、お嬢様……。いくら何でも酷すぎますわ。殿下も『追放』だなんて、こんな場所を指定するなんてあんまりです!」
隣に立つベティが、今にも泣き出しそうな顔で建物を仰ぎ見ています。
しかし、私の瞳には全く別の光景が映っていました。
「何を言っているの、ベティ。これは『酷い』のではなく『素材が良い』と言うのですわ」
「そ、素材……?」
「ええ。見てごらんなさい、あの頑丈そうな石壁。最近の王都のチャラチャラした建築とは一線を画す重厚感ですわ。それにこの庭! これだけの広さがあれば、薬草園と実験場、ついでにゴルフ場まで作れますわよ!」
私は手袋を脱ぎ捨て、腰をグッと落として建物の土台をチェックしました。
「基礎はしっかりしていますわ。問題は屋根と内装、それから壊滅的な清掃状況だけです。……ふふ、ふふふ。燃えてきましたわ。私の完璧な合理主義で、ここを王宮よりも快適な要塞に変えてみせますわよ!」
「お嬢様、目が……目がビジネスマンのそれになっていますわ」
私は馬車から、昨夜詰め込んだばかりの「建築学」と「魔導工学」の専門書を取り出しました。
そして、呆然としている護衛の騎士たちに満面の笑みを向けます。
「皆様、長旅ご苦労様でしたわ! さて、お帰りになる前に、少々お手伝いをお願いしてもよろしいかしら? 具体的には、あそこの大岩の撤去と、屋根に飛び出している枯れ木の伐採ですわ」
「えっ、あ、我々はあくまで護衛であって、大工仕事は……」
「あら、エルバート公爵家からの特別ボーナスが出るとしても、お断りになりますの? 私の慰謝料請求予定額の、わずか0.01%を充てるだけで、皆様の半年分の給与に相当しますけれど?」
「……喜んでやらせていただきます!」
騎士たちが一斉に剣を斧に持ち替え、庭へと飛び込んでいきました。
現金なものですが、これが資本主義の真理というものですわ。
私は荒れ果てたロビーに足を踏み入れました。
埃が舞い、蜘蛛の巣が垂れ下がっていますが、私の脳内にはすでに「最適化された間取り図」が完成しています。
「まずは一階をリビング兼オフィスに。二階の寝室は防音魔法を徹底して、誰にも邪魔されない安眠スペースを確保しますわ。ベティ、あなたは台所の在庫を確認して。私はこれから、この屋敷に眠っている魔力を再起動させてきますわ」
「お嬢様、魔力再起動って……ここは魔導回路が死んでいるはずじゃ……」
「死んでいるなら蘇生させればいいだけですわ! 無駄な魔力消費を抑え、効率を極限まで高めれば、この古い石造りの建物だって最新の魔導建築に勝てるはずです!」
私はドレスの裾を思い切り捲り上げ、ベルトに道具を差し込みました。
もはや公爵令嬢の優雅な面影など微塵もありませんが、今の私にはそんなもの一ペニーの価値もありません。
「さあ、始めますわよ! 第一段階・大掃除作戦、開始ですわ!」
私が高らかに号令をかけると、屋敷中に私の声が響き渡りました。
それから数時間。
私は額に汗を浮かべながら、壊れた魔導コンロの修理に没頭していました。
複雑に絡み合った魔力線を一本ずつ解き、最適な経路に繋ぎ直していく作業。
……ああ、なんて楽しいのかしら!
殿下の退屈な自慢話を聞く一万倍は、有意義な時間の使い方ですわ!
「……セリーナ嬢、君は本当に、令嬢の枠に収まりきらない女だな」
不意に、背後から呆れたような、それでいて感心したような声がしました。
「あら、レオナード殿下。隣の領主様が、人の家の不法侵入とは感心いたしませんわね。今ならまだ、建築資材の運搬を手伝っていただければ、通報を見逃して差し上げますわよ?」
振り返ると、そこには昨夜と同じくレオナード殿下が立っていました。
彼は泥だらけになった私のドレスと、手に持ったスパナ(魔導用)を見て、ついに耐えきれず噴き出しました。
「ははは! 不法侵入か。いや、あまりに威勢の良い音が聞こえてきたのでな。……まさか、本当に自分で直しているとは」
「当然ですわ。他人に任せて中途半端な仕事をされるより、自分で完璧に仕上げる方が合理的ですもの」
「なるほど、徹底しているな。……気に入った。セリーナ嬢、その『要塞』が完成した暁には、最初の客として私を招待してくれないか?」
「ええ、構いませんわよ。ただし、入館料として高級な魔石を三つほど持参していただくことが条件ですけれど」
「交渉成立だ」
レオナード殿下は楽しげに笑うと、近くにあったバケツを手に取りました。
「何をしているのですか、殿下?」
「言っただろう、手伝えば通報を見逃してくれると。……王子に掃除をさせる令嬢など、後にも先にも君だけだろうな」
こうして、私の「追放生活」という名の「魔改造DIYライフ」が幕を開けました。
絶望に暮れるどころか、私は今、人生で一番活き活きとしていますわ。
婚約破棄、万歳!
自由、万歳!
そして、労働の後のキンキンに冷えた(魔導冷蔵庫で冷やした)お水、最高ですわ!
王都から馬車で三日。
ようやく辿り着いたのは、エルバート公爵家が所有する北端の別荘……という名の、半分廃屋と化した石造りの建物でした。
窓ガラスは割れ、庭は膝丈まで雑草が伸び放題。
玄関の扉は、開けるたびに「ギィィィ」と、この世の終わりを告げるかのような不吉な音を奏でています。
「お、お嬢様……。いくら何でも酷すぎますわ。殿下も『追放』だなんて、こんな場所を指定するなんてあんまりです!」
隣に立つベティが、今にも泣き出しそうな顔で建物を仰ぎ見ています。
しかし、私の瞳には全く別の光景が映っていました。
「何を言っているの、ベティ。これは『酷い』のではなく『素材が良い』と言うのですわ」
「そ、素材……?」
「ええ。見てごらんなさい、あの頑丈そうな石壁。最近の王都のチャラチャラした建築とは一線を画す重厚感ですわ。それにこの庭! これだけの広さがあれば、薬草園と実験場、ついでにゴルフ場まで作れますわよ!」
私は手袋を脱ぎ捨て、腰をグッと落として建物の土台をチェックしました。
「基礎はしっかりしていますわ。問題は屋根と内装、それから壊滅的な清掃状況だけです。……ふふ、ふふふ。燃えてきましたわ。私の完璧な合理主義で、ここを王宮よりも快適な要塞に変えてみせますわよ!」
「お嬢様、目が……目がビジネスマンのそれになっていますわ」
私は馬車から、昨夜詰め込んだばかりの「建築学」と「魔導工学」の専門書を取り出しました。
そして、呆然としている護衛の騎士たちに満面の笑みを向けます。
「皆様、長旅ご苦労様でしたわ! さて、お帰りになる前に、少々お手伝いをお願いしてもよろしいかしら? 具体的には、あそこの大岩の撤去と、屋根に飛び出している枯れ木の伐採ですわ」
「えっ、あ、我々はあくまで護衛であって、大工仕事は……」
「あら、エルバート公爵家からの特別ボーナスが出るとしても、お断りになりますの? 私の慰謝料請求予定額の、わずか0.01%を充てるだけで、皆様の半年分の給与に相当しますけれど?」
「……喜んでやらせていただきます!」
騎士たちが一斉に剣を斧に持ち替え、庭へと飛び込んでいきました。
現金なものですが、これが資本主義の真理というものですわ。
私は荒れ果てたロビーに足を踏み入れました。
埃が舞い、蜘蛛の巣が垂れ下がっていますが、私の脳内にはすでに「最適化された間取り図」が完成しています。
「まずは一階をリビング兼オフィスに。二階の寝室は防音魔法を徹底して、誰にも邪魔されない安眠スペースを確保しますわ。ベティ、あなたは台所の在庫を確認して。私はこれから、この屋敷に眠っている魔力を再起動させてきますわ」
「お嬢様、魔力再起動って……ここは魔導回路が死んでいるはずじゃ……」
「死んでいるなら蘇生させればいいだけですわ! 無駄な魔力消費を抑え、効率を極限まで高めれば、この古い石造りの建物だって最新の魔導建築に勝てるはずです!」
私はドレスの裾を思い切り捲り上げ、ベルトに道具を差し込みました。
もはや公爵令嬢の優雅な面影など微塵もありませんが、今の私にはそんなもの一ペニーの価値もありません。
「さあ、始めますわよ! 第一段階・大掃除作戦、開始ですわ!」
私が高らかに号令をかけると、屋敷中に私の声が響き渡りました。
それから数時間。
私は額に汗を浮かべながら、壊れた魔導コンロの修理に没頭していました。
複雑に絡み合った魔力線を一本ずつ解き、最適な経路に繋ぎ直していく作業。
……ああ、なんて楽しいのかしら!
殿下の退屈な自慢話を聞く一万倍は、有意義な時間の使い方ですわ!
「……セリーナ嬢、君は本当に、令嬢の枠に収まりきらない女だな」
不意に、背後から呆れたような、それでいて感心したような声がしました。
「あら、レオナード殿下。隣の領主様が、人の家の不法侵入とは感心いたしませんわね。今ならまだ、建築資材の運搬を手伝っていただければ、通報を見逃して差し上げますわよ?」
振り返ると、そこには昨夜と同じくレオナード殿下が立っていました。
彼は泥だらけになった私のドレスと、手に持ったスパナ(魔導用)を見て、ついに耐えきれず噴き出しました。
「ははは! 不法侵入か。いや、あまりに威勢の良い音が聞こえてきたのでな。……まさか、本当に自分で直しているとは」
「当然ですわ。他人に任せて中途半端な仕事をされるより、自分で完璧に仕上げる方が合理的ですもの」
「なるほど、徹底しているな。……気に入った。セリーナ嬢、その『要塞』が完成した暁には、最初の客として私を招待してくれないか?」
「ええ、構いませんわよ。ただし、入館料として高級な魔石を三つほど持参していただくことが条件ですけれど」
「交渉成立だ」
レオナード殿下は楽しげに笑うと、近くにあったバケツを手に取りました。
「何をしているのですか、殿下?」
「言っただろう、手伝えば通報を見逃してくれると。……王子に掃除をさせる令嬢など、後にも先にも君だけだろうな」
こうして、私の「追放生活」という名の「魔改造DIYライフ」が幕を開けました。
絶望に暮れるどころか、私は今、人生で一番活き活きとしていますわ。
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