私を捨てたのはミスですよ?

パリパリかぷちーの

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「お嬢様、大変ですわ! 何やら王都の方角から、見ているだけで頭が痛くなるような、キラキラした馬車がこちらに向かっております!」

見張りをしていたベティが、悲鳴に近い声を上げながら居間に飛び込んできました。

私は今、村の特産品『キタノイチゴ』を長期保存するための「魔導冷却魔法陣」の回路図を校正していたところです。
コンマ一ミリのズレも許されない繊細な作業中に、キラキラした馬車?

「ベティ、落ち着きなさい。キラキラしているということは、過剰な装飾に魔力を無駄遣いしている成金か、あるいは美意識が中途半端な王族の類でしょう。……まさか、あの『ポエム製造機』が来たのではありますまいね?」

「いえ、馬車の紋章を見る限り……元・婚約者様ではなく、あの『男爵令嬢』様だと思われますわ」

「ミーナ様? ……ふむ、なるほど。ゴミの不法投棄の次は、不法侵入ですか。救いようのない不法行為のバーゲンセールですわね」

私はペンを置き、ゆっくりと立ち上がりました。
せっかくの「爆速スローライフ」を邪魔されるのは不本意ですが、降りかかる火の粉(あるいは花びら)は、論理の濁流で消し止めるのが私の流儀です。

玄関先に現れたのは、淡いピンクのドレスに身を包み、目に涙を溜めたミーナ・男爵令嬢でした。
彼女は私を見るなり、ハンカチを握りしめて「ううっ」と声を漏らしました。

「セリーナ様……! 突然お伺いしてしまって、ごめんなさい! でも、私、どうしてもセリーナ様に伝えなきゃいけないことがあって……!」

「……ミーナ様。まず一点。玄関先で叫ぶのは、近隣住民への騒音公害に当たります。二点目、その『どうしても伝えたいこと』は、私の貴重な一分間……およそ金貨二枚分の価値に見合う内容ですの?」

「えっ……お、お金の話ですか? 私、そんなつもりじゃ……」

「つもりはどうでもよろしいのです。事実は、あなたが私の作業を中断させたということ。さあ、用件を。三十秒以内で、結論から述べてくださいな」

ミーナ様は、予想外の反応に一瞬ポカンとしましたが、すぐに「悲劇のヒロイン」モードに戻りました。
彼女の切り替えの早さは、ある種、称賛に値しますわね。

「ウィルフレッド様が……あの方が、夜も眠れないほど苦しんでいらっしゃるんです! セリーナ様にひどいことを言ってしまったって、ずっと自分を責めて……。だから、セリーナ様! どうか、あの方を許してあげてください! そして、私たちが幸せになることを、心から祝福してほしいんです!」

…………。
私は、あまりの論理の飛躍に、頭の中の計算機がフリーズするのを感じました。

「ミーナ様。あなたの発言には、少なくとも三つの致命的な論理エラーが含まれています」

「え、えらー……?」

「第一に、殿下が苦しんでいるのなら、それは自業自得という因果応報の結果であり、私が関与する問題ではありません。第二に、私が許そうが許すまいが、あなた方の『幸せ』とやらは、あなた方自身の主観で完結するべきものです。他人の許可が必要な幸せなど、脆弱すぎて話になりませんわ」

私は一歩踏み出し、ミーナ様の「お花畑」のような瞳を真っ直ぐに見据えました。

「そして第三。……なぜ私が、自分を不当に貶めた相手の幸せを、わざわざリソースを割いて祝福しなければならないのです? 私にとって、あなた方の幸せなど、道端に転がっている石ころの分子構造よりも興味のないことですわ」

「そんな……! セリーナ様、なんて冷たいことを……! あんなに愛し合っていた婚約者だったのに、少しも悲しくないんですか!?」

「悲しむ暇があったら、壁を塗った方が有意義ですもの。それに、愛? 殿下が私に注いでいたのは愛ではなく、ただの『自分を肯定してくれる便利な道具への執着』ですわ。私はその道具であることを辞めた。それだけのことです」

ミーナ様は、いよいよ本気で泣き始めました。
しかし、その涙はどこか計算高く、周囲の同情を買うための武器として機能しているように見えます。

「セリーナ様が謝ってくれないと、ウィルフレッド様はいつまでも前に進めないんです! お願いです、王都に戻って、あの方に一言『私は幸せだから気にしないで』って言ってあげて……!」

「却下します。往復にかかる時間と馬車代、さらには王都の淀んだ空気を吸うことによる健康被害。それらを考慮すると、損失が利益を大幅に上回りますわ。……あ、でも、どうしてもと言うなら」

私は、懐から一枚の書類を取り出しました。
第3話で作成した「慰謝料請求書」の写しです。

「これを王都に持ち帰り、殿下に渡してください。そしてこう伝えて。
『この金額を三日以内に振り込めば、あなたの罪悪感はすべて私が買い取ってあげますわ』と」

「……えっ、これ……。ゼロが、多すぎて数えられませんわ……」

「それが私の、そしてエルバート公爵家の尊厳の値段ですわ。愛だの許しだのという抽象的な言葉で誤魔化そうとせず、誠意は数字で示していただきたいものです」

「ひっ……! あ、あなたって人は、本当に……本当に悪役令嬢ですわ!」

ミーナ様は、捨て台詞を残して、キラキラした馬車へと逃げ帰っていきました。
彼女が去った後、あたりには再び静寂が戻りました。

「……お嬢様。あの方、おそらく殿下には言わずに、王都で『セリーナ様が怖かった』って言いふらしますわよ」

ベティが溜息をつきながら、片付けを始めました。

「構いませんわ。風評被害対策は、すでにハミルトン法律事務所に依頼済みです。それよりもベティ。今のミーナ様の滞在時間は合計六分四十二秒。予定を少しオーバーしましたわ。……急いで冷却魔法陣の調整に戻りますわよ!」

「お嬢様、本当にあの男爵令嬢に一ミリも心を動かされないんですね……」

「心が動く? そんな非効率的なエネルギー消費、御免被りますわ」

私は自室に戻り、再びペンを手に取りました。
しかし、少しだけ……ほんの少しだけ、視界の隅に、昨日レオナード殿下がプレゼントしてくれた「珍しい魔石」がキラキラと輝いているのが見えました。

「……ふん。あちらのキラキラは、論理的に見て『投資価値あり』ですけれど、ミーナ様のキラキラはただの『光害』ですわね」

私は小さく独り言をこぼし、再び冷徹な計算の世界へと没入していきました。
王都からの刺客(?)は、私のスローライフに一秒の影を落とすこともできずに、露と消えたのでした。
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