私を捨てたのはミスですよ?

パリパリかぷちーの

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「マダム・ロゼ。私の要望はただ一つですわ。このドレスを『装甲』であり『オフィス』として機能させてちょうだい」

私は、王都から呼び寄せた超一流デザイナー、マダム・ロゼの前に立ち、腕を組んで言い放ちました。

別荘の広間に広げられた最高級のシルク、レース、ベルベット。
それらを一瞥し、私は手元のメモ帳を彼女に突きつけます。そこには、ドレスのデザイン画ではなく、緻密な「機能要件定義」が記されていました。

「……セリーナ様。私は三十年、数多の令嬢のドレスを作ってまいりましたが……。設計図に『空気抵抗の削減』や『隠しポケットの最大化』と書かれたのは、これが初めてですわ」

マダム・ロゼは、震える手で私のメモを受け取り、眼鏡をかけ直しました。

「当然ですわ。夜会は戦場、そして今回は隣国の商務大臣との極めて重要な商談の場です。まず、裾は五センチ短く。階段を爆速で駆け上がる際に踏みつけるリスクを最小限に抑えたいのです」

「お嬢様! それははしたないですわ! 足首が見えてしまいます!」

「黙りなさいベティ。転んで商談の機会を逃すのと、足首を見せるのと、どちらが損失か計算すれば一目瞭然でしょう。次に、ウエストライン。ここはコルセットで締め上げすぎないこと。脳への酸素供給量が減れば、私の計算能力が低下します。余裕を持たせつつ、見た目だけを絞って見せる錯覚効果……いわゆる『視覚的最適化』を施してください」

私は矢継ぎ早に、マダムが失神しそうな要求を重ねていきました。

「さらに重要。この位置に隠しポケットを四つ。右には魔導電卓とメモ。左には交渉を有利に進めるための魔導録音石。残りの二つには、非常時の脱出用煙幕魔法薬と、即座に糖分を補給できるキタノイチゴのドライチップスを完備します」

「……あ、あの、セリーナ様。それはドレスではなく、冒険者の防具袋に近いものではございませんか?」

「マダム。美しさとは、目的を完璧に遂行するための『機能』の中にこそ宿るのですわ」

マダム・ロゼは、私のあまりの熱量に圧倒されたのか、プロとしての魂に火がついたようで、頬を紅潮させて布地を掴み取りました。

「……分かりましたわ、セリーナ様! あなたのその『合理的美学』、私が形にしてみせましょう! 布地はヴァレンタイン王国製の高密度魔法銀糸を使用します。これならシワになりにくく、刃物での切りつけ……あ、いえ、ワインをこぼされても撥水効果で完璧に防げますわ!」

「素晴らしい。マダム、あなたとは良いビジネスができそうですわ」

こうして、ドレス選びという名の「軍備拡張」が始まりました。
私は何度も採寸を受け、試着を繰り返し、ミリ単位で機能の修正を命じました。
美しさよりも、一秒でも早く動き、一円でも多く利益を出すための服。

そこへ、レオナード殿下から一通の小箱が届きました。

「あら、何かしら」

箱の中には、吸い込まれるような深い青……ミッドナイトブルーの輝きを放つ、巨大なサファイアのブローチが入っていました。
添えられた手紙には、ただ一言。
『君の瞳の温度に、最も近い色の石を選んだ。当日のエスコート料の前払いだ』

「…………」

「まあ! お嬢様、なんて素敵な! レオナード殿下、本当にお嬢様のことを……」

「……ベティ。これはエスコート料という名の『債務』ですわ。これほど高価な石を贈ることで、私が当日、彼に合わせざるを得ない心理的負債を負わせるという、非常に高度な外交テクニックですわよ」

私は顔を赤くして(これは部屋の温度が高いせいですわ!)、そのブローチをドレスの胸元に……最も心臓を守るのに適した位置に当ててみました。

「マダム・ロゼ! この石の裏に、魔導増幅回路を仕込めますかしら? いざという時、私の拡声魔法の出力を三倍に跳ね上げられるように!」

「……もう、好きになさってくださいまし!」

マダムの叫びが響き渡ります。
私は鏡に映る、未完成の「戦闘用ドレス」を纏った自分を見つめました。

かつての私は、ウィルフレッド殿下好みの、ふわふわとした、ただ守られるためだけのピンクのドレスを着ていました。
ですが、今の私は違います。

「見ていなさい。合理的で、最強で、最高に欲張りな悪役令嬢が、王都に何をもたらすかを」

ドレス選びという戦場を制した私は、次なる本物の戦場……舞踏会へと向けて、着々と牙を研ぎ澄ましていったのでした。
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