私を捨てたのはミスですよ?

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
16 / 28

16

しおりを挟む
「……以上が、北海航路を活用した『キタノイチゴ』の関税引き下げに伴う、向こう三年の経済波及効果の予測値ですわ。商務大臣、この数字に何か不明な点は?」

バルコニーの喧騒から少し離れた特別室。私はドレスの隠しポケットから取り出した魔導電卓をパチンと叩き、ヴァレンタイン王国の商務大臣、モーリス伯爵に視線を投げました。

「……素晴らしい。実に見事なプレゼンテーションだ。公爵令嬢、君はただの農産物を売ろうとしているのではない。物流という名の『血管』を整えようとしているのだな」

モーリス伯爵は、驚愕と称賛が入り混じった表情で、私が提示した羊皮紙を見つめていました。

「当然ですわ。単発の利益など、誤差の範囲に過ぎません。継続的なキャッシュフローこそが、真の繁栄をもたらすのです。……さて、閣下。契約の準備はよろしいかしら?」

私が羽根ペンを差し出そうとした、その時です。

「待て! 卑怯だぞ、レオナード! 私の婚約者を……いや、元・婚約者を、そんな甘い言葉で籠絡(ろうらく)してビジネスの道具にするなど!」

勢いよく扉が開き、顔を真っ赤にしたウィルフレッド殿下が飛び込んできました。
その後ろには、必死に彼を止めようとしている(フリをしている)ミーナ様の姿も。

「……殿下。今、非常に重要な『一分間に金貨千枚』レベルの商談の最中ですの。あなたのその無計画な乱入により、私の集中力が0.8パーセント低下しましたわ。この損害、どう補填してくださるおつもり?」

「セリーナ、黙っていろ! これは男同士の、プライドを懸けた戦いだ! レオナード、貴様に決闘を申し込む! 剣ではなく……そう、この『言葉』で、どちらが彼女の伴侶に相応しいか白黒つけようではないか!」

ウィルフレッド殿下が、何やら格好をつけたポーズで言い放ちました。
……決闘。それも「言葉」で。
私は深いため息をつき、手元の魔導録音石のスイッチを入れました。

「殿下、決闘というからには、明確な『ルール』と『勝利条件』、そして『賭け金』が必要不可欠ですわ。まさか、中身のないポエムを並べ立てるだけで勝てると思っておいでではありませんわよね?」

「なっ……! ポエムではない、愛の告白だ! レオナード、まずは貴様から行け! セリーナをいかに愛しているか、その薄っぺらい言葉で語ってみるがいい!」

レオナード殿下は、呆れたように肩をすくめると、私の隣に一歩歩み寄りました。

「愛を語れ、か。……ウィルフレッド殿下、君の言う『愛』が、相手を檻に閉じ込め、その才能を摘み取ることだとしたら、私に語れる愛など一つもない」

レオナード殿下は、私の手をそっと取り、その指先を慈しむように見つめました。

「私が彼女に捧げるのは、愛という名の『自由』だ。彼女が計算し、走り、世界を塗り替えていくその姿を、一番近くで支援し、共に笑う権利。……それが、私の望むすべてだよ。彼女の価値は、誰かの伴侶であることではなく、彼女自身が『セリーナ・エルバート』であることに宿っているのだから」

「…………」

会場……いえ、室内が静まり返りました。
レオナード殿下、今の発言。……情緒的でありながら、私の『個の尊重』という論理的根拠に基づいた、極めて完成度の高いプレゼンですわ。

「ふ、ふん! そんな理屈っぽいのは愛じゃない! セリーナ、聞け! 私は君を失ってから気づいたんだ! 君のあの厳しい小言こそが、私への愛の裏返しだったのだと! 戻ってきてくれ! 君がいれば、私の書くポエムはもっと輝きを増し、国は平和になる!」

ウィルフレッド殿下が、跪いて私の手を取ろうとしました。
私は、それを音速を超える速度(感覚値)で回避し、冷徹な一言を叩きつけました。

「……却下します。殿下、あなたの提案には三つの致命的な欠陥があります。第一に、私の小言は愛ではなく『現状改善のための業務指示』です。第二に、あなたのポエムの輝きは私の人生において何の利益も生み出しません。そして第三に……」

私は一歩前へ出て、冷たく言い放ちました。

「私という『最高経営責任者(CEO)』レベルの人材を、あなたの『秘書』程度に格下げして再雇用しようというその傲慢さ。……市場価値を全く理解していない経営不振のトップなど、こちらから願い下げですわ!」

「……あ、あう……」

ウィルフレッド殿下は、口をパクパクさせたまま、まるで空気が抜けた風船のようにその場にへたり込みました。

「決闘、終了ですわね。判定を待つまでもありませんわ。商務大臣、お待たせいたしました。……さて、この『無駄な時間』を取り戻すために、契約書に一つ、利権の優先権を追加してもよろしいかしら?」

「ははは! いやはや、恐れ入った。……レオナード殿下、君の選んだ女性は、確かに我が国にとっても史上最強のパートナーになりそうだ」

モーリス伯爵は快快と笑い、契約書にサインを記しました。

「セリーナ。君は本当に、言葉の剣で国を救う女だな」

レオナード殿下が、耳元で楽しげに囁きました。
私は、顔が熱くなるのを隠すように、完成した契約書をバサリと翻しました。

「当然ですわ。言葉は、最もコストのかからない、かつ最強の武器ですもの。……さて、次はあの元・婚約者に、この部屋の使用料を請求しに行きましょうか!」

決闘(という名の公開処刑)を制した私は、勝利の美酒……ではなく、最高級のイチゴジュースを求めて、再び夜会の中心へと歩み出したのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

私を婚約破棄した国王が処刑されたら、新しい国王の妃になれですって? 喜んで…と言うとでも?

あんど もあ
ファンタジー
幼い頃から王子の婚約者だったアイリスは、他の女性を好きになった王子によって冤罪をかけられて、田舎で平民として生きる事に。 面倒な貴族社会から解放されて、田舎暮らしを満喫しているアイリス。 一方、貴族たちの信頼を失った王子は、国王に即位すると隣国に戦争を仕掛けて敗北。処刑される。 隣国は、アイリスを新しい国王の妃にと言い出すが、それには思惑があって…。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

婚約なんてするんじゃなかったが口癖の貴方なんて要りませんわ

神々廻
恋愛
「天使様...?」 初対面の時の婚約者様からは『天使様』などと言われた事もあった 「なんでお前はそんなに可愛げが無いんだろうな。昔のお前は可愛かったのに。そんなに細いから肉付きが悪く、頬も薄い。まぁ、お前が太ったらそれこそ醜すぎるがな。あーあ、婚約なんて結ぶんじゃなかった」 そうですか、なら婚約破棄しましょう。

私は《悪役令嬢》の役を降りさせて頂きます

・めぐめぐ・
恋愛
公爵令嬢であるアンティローゼは、婚約者エリオットの想い人であるルシア伯爵令嬢に嫌がらせをしていたことが原因で婚約破棄され、彼に突き飛ばされた拍子に頭をぶつけて死んでしまった。 気が付くと闇の世界にいた。 そこで彼女は、不思議な男の声によってこの世界の真実を知る。 この世界が恋愛小説であり《読者》という存在の影響下にあることを。 そしてアンティローゼが《悪役令嬢》であり、彼女が《悪役令嬢》である限り、断罪され死ぬ運命から逃れることができないことを―― 全てを知った彼女は決意した。 「……もう、あなたたちの思惑には乗らない。私は、《悪役令嬢》の役を降りさせて頂くわ」 ※全12話 約15,000字。完結してるのでエタりません♪ ※よくある悪役令嬢設定です。 ※頭空っぽにして読んでね! ※ご都合主義です。 ※息抜きと勢いで書いた作品なので、生暖かく見守って頂けると嬉しいです(笑)

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

不貞の末路《完結》

アーエル
恋愛
不思議です 公爵家で婚約者がいる男に侍る女たち 公爵家だったら不貞にならないとお思いですか?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...