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「……以上が、北海航路を活用した『キタノイチゴ』の関税引き下げに伴う、向こう三年の経済波及効果の予測値ですわ。商務大臣、この数字に何か不明な点は?」
バルコニーの喧騒から少し離れた特別室。私はドレスの隠しポケットから取り出した魔導電卓をパチンと叩き、ヴァレンタイン王国の商務大臣、モーリス伯爵に視線を投げました。
「……素晴らしい。実に見事なプレゼンテーションだ。公爵令嬢、君はただの農産物を売ろうとしているのではない。物流という名の『血管』を整えようとしているのだな」
モーリス伯爵は、驚愕と称賛が入り混じった表情で、私が提示した羊皮紙を見つめていました。
「当然ですわ。単発の利益など、誤差の範囲に過ぎません。継続的なキャッシュフローこそが、真の繁栄をもたらすのです。……さて、閣下。契約の準備はよろしいかしら?」
私が羽根ペンを差し出そうとした、その時です。
「待て! 卑怯だぞ、レオナード! 私の婚約者を……いや、元・婚約者を、そんな甘い言葉で籠絡(ろうらく)してビジネスの道具にするなど!」
勢いよく扉が開き、顔を真っ赤にしたウィルフレッド殿下が飛び込んできました。
その後ろには、必死に彼を止めようとしている(フリをしている)ミーナ様の姿も。
「……殿下。今、非常に重要な『一分間に金貨千枚』レベルの商談の最中ですの。あなたのその無計画な乱入により、私の集中力が0.8パーセント低下しましたわ。この損害、どう補填してくださるおつもり?」
「セリーナ、黙っていろ! これは男同士の、プライドを懸けた戦いだ! レオナード、貴様に決闘を申し込む! 剣ではなく……そう、この『言葉』で、どちらが彼女の伴侶に相応しいか白黒つけようではないか!」
ウィルフレッド殿下が、何やら格好をつけたポーズで言い放ちました。
……決闘。それも「言葉」で。
私は深いため息をつき、手元の魔導録音石のスイッチを入れました。
「殿下、決闘というからには、明確な『ルール』と『勝利条件』、そして『賭け金』が必要不可欠ですわ。まさか、中身のないポエムを並べ立てるだけで勝てると思っておいでではありませんわよね?」
「なっ……! ポエムではない、愛の告白だ! レオナード、まずは貴様から行け! セリーナをいかに愛しているか、その薄っぺらい言葉で語ってみるがいい!」
レオナード殿下は、呆れたように肩をすくめると、私の隣に一歩歩み寄りました。
「愛を語れ、か。……ウィルフレッド殿下、君の言う『愛』が、相手を檻に閉じ込め、その才能を摘み取ることだとしたら、私に語れる愛など一つもない」
レオナード殿下は、私の手をそっと取り、その指先を慈しむように見つめました。
「私が彼女に捧げるのは、愛という名の『自由』だ。彼女が計算し、走り、世界を塗り替えていくその姿を、一番近くで支援し、共に笑う権利。……それが、私の望むすべてだよ。彼女の価値は、誰かの伴侶であることではなく、彼女自身が『セリーナ・エルバート』であることに宿っているのだから」
「…………」
会場……いえ、室内が静まり返りました。
レオナード殿下、今の発言。……情緒的でありながら、私の『個の尊重』という論理的根拠に基づいた、極めて完成度の高いプレゼンですわ。
「ふ、ふん! そんな理屈っぽいのは愛じゃない! セリーナ、聞け! 私は君を失ってから気づいたんだ! 君のあの厳しい小言こそが、私への愛の裏返しだったのだと! 戻ってきてくれ! 君がいれば、私の書くポエムはもっと輝きを増し、国は平和になる!」
ウィルフレッド殿下が、跪いて私の手を取ろうとしました。
私は、それを音速を超える速度(感覚値)で回避し、冷徹な一言を叩きつけました。
「……却下します。殿下、あなたの提案には三つの致命的な欠陥があります。第一に、私の小言は愛ではなく『現状改善のための業務指示』です。第二に、あなたのポエムの輝きは私の人生において何の利益も生み出しません。そして第三に……」
私は一歩前へ出て、冷たく言い放ちました。
「私という『最高経営責任者(CEO)』レベルの人材を、あなたの『秘書』程度に格下げして再雇用しようというその傲慢さ。……市場価値を全く理解していない経営不振のトップなど、こちらから願い下げですわ!」
「……あ、あう……」
ウィルフレッド殿下は、口をパクパクさせたまま、まるで空気が抜けた風船のようにその場にへたり込みました。
「決闘、終了ですわね。判定を待つまでもありませんわ。商務大臣、お待たせいたしました。……さて、この『無駄な時間』を取り戻すために、契約書に一つ、利権の優先権を追加してもよろしいかしら?」
「ははは! いやはや、恐れ入った。……レオナード殿下、君の選んだ女性は、確かに我が国にとっても史上最強のパートナーになりそうだ」
モーリス伯爵は快快と笑い、契約書にサインを記しました。
「セリーナ。君は本当に、言葉の剣で国を救う女だな」
レオナード殿下が、耳元で楽しげに囁きました。
私は、顔が熱くなるのを隠すように、完成した契約書をバサリと翻しました。
「当然ですわ。言葉は、最もコストのかからない、かつ最強の武器ですもの。……さて、次はあの元・婚約者に、この部屋の使用料を請求しに行きましょうか!」
決闘(という名の公開処刑)を制した私は、勝利の美酒……ではなく、最高級のイチゴジュースを求めて、再び夜会の中心へと歩み出したのでした。
バルコニーの喧騒から少し離れた特別室。私はドレスの隠しポケットから取り出した魔導電卓をパチンと叩き、ヴァレンタイン王国の商務大臣、モーリス伯爵に視線を投げました。
「……素晴らしい。実に見事なプレゼンテーションだ。公爵令嬢、君はただの農産物を売ろうとしているのではない。物流という名の『血管』を整えようとしているのだな」
モーリス伯爵は、驚愕と称賛が入り混じった表情で、私が提示した羊皮紙を見つめていました。
「当然ですわ。単発の利益など、誤差の範囲に過ぎません。継続的なキャッシュフローこそが、真の繁栄をもたらすのです。……さて、閣下。契約の準備はよろしいかしら?」
私が羽根ペンを差し出そうとした、その時です。
「待て! 卑怯だぞ、レオナード! 私の婚約者を……いや、元・婚約者を、そんな甘い言葉で籠絡(ろうらく)してビジネスの道具にするなど!」
勢いよく扉が開き、顔を真っ赤にしたウィルフレッド殿下が飛び込んできました。
その後ろには、必死に彼を止めようとしている(フリをしている)ミーナ様の姿も。
「……殿下。今、非常に重要な『一分間に金貨千枚』レベルの商談の最中ですの。あなたのその無計画な乱入により、私の集中力が0.8パーセント低下しましたわ。この損害、どう補填してくださるおつもり?」
「セリーナ、黙っていろ! これは男同士の、プライドを懸けた戦いだ! レオナード、貴様に決闘を申し込む! 剣ではなく……そう、この『言葉』で、どちらが彼女の伴侶に相応しいか白黒つけようではないか!」
ウィルフレッド殿下が、何やら格好をつけたポーズで言い放ちました。
……決闘。それも「言葉」で。
私は深いため息をつき、手元の魔導録音石のスイッチを入れました。
「殿下、決闘というからには、明確な『ルール』と『勝利条件』、そして『賭け金』が必要不可欠ですわ。まさか、中身のないポエムを並べ立てるだけで勝てると思っておいでではありませんわよね?」
「なっ……! ポエムではない、愛の告白だ! レオナード、まずは貴様から行け! セリーナをいかに愛しているか、その薄っぺらい言葉で語ってみるがいい!」
レオナード殿下は、呆れたように肩をすくめると、私の隣に一歩歩み寄りました。
「愛を語れ、か。……ウィルフレッド殿下、君の言う『愛』が、相手を檻に閉じ込め、その才能を摘み取ることだとしたら、私に語れる愛など一つもない」
レオナード殿下は、私の手をそっと取り、その指先を慈しむように見つめました。
「私が彼女に捧げるのは、愛という名の『自由』だ。彼女が計算し、走り、世界を塗り替えていくその姿を、一番近くで支援し、共に笑う権利。……それが、私の望むすべてだよ。彼女の価値は、誰かの伴侶であることではなく、彼女自身が『セリーナ・エルバート』であることに宿っているのだから」
「…………」
会場……いえ、室内が静まり返りました。
レオナード殿下、今の発言。……情緒的でありながら、私の『個の尊重』という論理的根拠に基づいた、極めて完成度の高いプレゼンですわ。
「ふ、ふん! そんな理屈っぽいのは愛じゃない! セリーナ、聞け! 私は君を失ってから気づいたんだ! 君のあの厳しい小言こそが、私への愛の裏返しだったのだと! 戻ってきてくれ! 君がいれば、私の書くポエムはもっと輝きを増し、国は平和になる!」
ウィルフレッド殿下が、跪いて私の手を取ろうとしました。
私は、それを音速を超える速度(感覚値)で回避し、冷徹な一言を叩きつけました。
「……却下します。殿下、あなたの提案には三つの致命的な欠陥があります。第一に、私の小言は愛ではなく『現状改善のための業務指示』です。第二に、あなたのポエムの輝きは私の人生において何の利益も生み出しません。そして第三に……」
私は一歩前へ出て、冷たく言い放ちました。
「私という『最高経営責任者(CEO)』レベルの人材を、あなたの『秘書』程度に格下げして再雇用しようというその傲慢さ。……市場価値を全く理解していない経営不振のトップなど、こちらから願い下げですわ!」
「……あ、あう……」
ウィルフレッド殿下は、口をパクパクさせたまま、まるで空気が抜けた風船のようにその場にへたり込みました。
「決闘、終了ですわね。判定を待つまでもありませんわ。商務大臣、お待たせいたしました。……さて、この『無駄な時間』を取り戻すために、契約書に一つ、利権の優先権を追加してもよろしいかしら?」
「ははは! いやはや、恐れ入った。……レオナード殿下、君の選んだ女性は、確かに我が国にとっても史上最強のパートナーになりそうだ」
モーリス伯爵は快快と笑い、契約書にサインを記しました。
「セリーナ。君は本当に、言葉の剣で国を救う女だな」
レオナード殿下が、耳元で楽しげに囁きました。
私は、顔が熱くなるのを隠すように、完成した契約書をバサリと翻しました。
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