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「……はあ。先ほどの契約締結によるアドレナリンの放出が収まり、急激に血糖値の低下を感じますわ。ベティ、隠しポケットからイチゴチップスを出しなさい」
商談を終え、再びきらびやかな大広間に戻ってきた私は、周囲の視線を無視してエネルギー補給を試みました。
「お嬢様、さすがにこの公衆の面前でチップスを齧るのは、公爵令嬢の……いえ、一人の人間としての尊厳に関わりますわ! せめてあちらの立食スペースへ移動しましょう!」
ベティに引きずられるようにして隅へ向かおうとした私の前に、またしても「非効率の塊」が立ちふさがりました。
「待て、セリーナ! まだ話は終わっていない! レオナード、貴様もだ!」
ウィルフレッド殿下が、今度は悲劇の騎士のような顔をして、私たちの進路を妨害します。
その背後では、ミーナ様が「殿下、もうおやめになって……!」と、これまた舞台演劇のような仕草で彼を追っています。
「ウィルフレッド殿下。私の計算によれば、今夜だけであなたは私の貴重な時間を合計二十四分三十秒も奪っています。これは最新の魔導計算機の演算回数に換算すると、天文学的な損失ですわよ?」
「時間などどうでもいい! セリーナ、君は騙されているんだ! レオナードは隣国の利益のために、君の才能を食い物にしようとしているだけに決まっている! そんな男より、君の全てを(都合よく)受け入れる私の方が、伴侶として適切だとは思わないか!?」
「適切、という言葉の定義を辞書で引き直してくることをお勧めしますわ」
私は冷たく言い放ちましたが、隣にいたレオナード殿下が、不意に私の肩に手を回しました。
「食い物にする、か。……ウィルフレッド殿下、君の想像力は相変わらず貧困だな。私は彼女の才能を愛しているし、その才能を存分に発揮できる環境を整えることに、至上の喜びを感じている。それを『利用』と呼ぶなら、私は喜んで彼女に利用される側になろう」
「なっ……王子が利用されるだと!? そんな軟弱な姿勢で国が治まるか!」
「国を治めるには、自分より有能な者の価値を認め、最適に配置する能力が必要だ。……君には、それが決定的に欠けているようだが?」
二人の王子の間に、火花が散るような沈黙が流れました。
周囲の貴族たちは「二人の王子による、セリーナ様を巡る決闘の続きか!?」と、手に汗握る表情でこちらを見ています。
ですが、当事者である私の脳内にあるのは、全く別の懸念事項でした。
(……ああ、もう。このままではメインディッシュの配給時間が終わってしまいますわ。私の胃袋の空腹率が限界値の八十パーセントを超え、思考回路にノイズが混じり始めています。……この状況を最短で打破するには、どうすればいいかしら?)
私は二人の顔を交互に見つめ、ある「合理的」な結論に辿り着きました。
「お二人とも、少々よろしいかしら?」
私の静かな声に、火花を散らしていた二人が同時に私を振り返りました。
「セリーナ! ようやく私の真実に気づいてくれたのか!」
「セリーナ嬢、君なら私の論理の正しさを理解してくれるだろう?」
私は深く溜息をつき、扇を広げて口元を隠しました。
「……そもそも、なぜお二人は、私を『獲得すべきリソース』として奪い合っているのです? その対立構造自体が、極めて非生産的だとは思いませんか?」
「リソース……? いや、私は愛の話をしているんだ!」
「私もだ、ウィルフレッド殿下。君とは定義が違うがね」
私は首を横に振りました。
「いいえ。お二人の会話を聞いていると、お互いがお互いの主張を否定することに必死で、肝心の『私』の意向が置き去りにされていますわ。……そこで提案です。そんなに熱烈にぶつかり合う情熱があるのなら、いっそのこと、お二人で付き合ってしまえばよろしいのでは?」
「…………は?」
ウィルフレッド殿下の口が、これ以上ないほどマヌケに開きました。
レオナード殿下すら、一瞬だけ思考が停止したように目を瞬かせています。
「いいですか。ウィルフレッド殿下は、自分を支えてくれる有能なパートナーを求めている。レオナード殿下は、面白い人材を愛でる余裕がある。……殿下、ウィルフレッド殿下をあなたの国へ連れて帰り、再教育(フルカスタマイズ)してはいかがかしら? そうすれば、殿下は『面白い玩具』を手に入れられ、ウィルフレッド殿下は優秀な指導者の下で更生できる。……これぞ、ウィンウィンの関係ですわ!」
「セ、セリーナ……君、何を……何を言っているんだ……?」
ウィルフレッド殿下は、あまりの衝撃に膝から崩れ落ちそうになっています。
「私は大真面目ですわ。私を取り合って時間を無駄にするくらいなら、お二人で手を取り合い、国交を深め、私という共通の『悩み(あるいは投資対象)』について語り合う仲になればいいのです。そうすれば、私は誰にも邪魔されず、静かにイチゴチップスを味わう時間が確保できます。……完璧な解決策だと思いませんか?」
「……ふっ、くふふ……はははは! セリーナ嬢、君は……君という女性は、本当に……!」
レオナード殿下が、ついに我慢の限界を迎えたように大爆笑し始めました。
彼は涙を浮かべながら、膝をつくウィルフレッド殿下の肩を叩きました。
「なるほど、素晴らしい提案だ! ウィルフレッド殿下、どうだ? 私と共に、彼女に『相手にされない男たちの同盟』でも組むか? 彼女の合理主義の前では、我々王子のプライドなど、塵に等しいようだ」
「ふ、ふざけるな……! 私は、私はそんな……男同士でなんて……!」
ウィルフレッド殿下は顔を真っ赤にして、逃げるようにその場を去っていきました。
その後を、ミーナ様が「殿下ー! 待ってくださいましー!」と、花びらを撒き散らしながら追いかけていきます。
「……ふう。ようやく障害物が排除されましたわ。さあベティ、立食コーナーへ突撃ですわよ!」
「お嬢様……。今のは『勘違い』を正したのではなく、新たな『伝説(迷宮)』を作っただけのような気がしますわ……」
「結果として私の自由時間が確保されたのです。プロセスはどうでもよろしいのですわ」
私はレオナード殿下の笑い声を背に、意気揚々と料理の並ぶテーブルへと向かいました。
恋の三角形? そんな歪な図形、私の人生の計算式には必要ありません。
私に必要なのは、直角に切り出された最高級のローストビーフと、効率的な栄養摂取だけですわ!
商談を終え、再びきらびやかな大広間に戻ってきた私は、周囲の視線を無視してエネルギー補給を試みました。
「お嬢様、さすがにこの公衆の面前でチップスを齧るのは、公爵令嬢の……いえ、一人の人間としての尊厳に関わりますわ! せめてあちらの立食スペースへ移動しましょう!」
ベティに引きずられるようにして隅へ向かおうとした私の前に、またしても「非効率の塊」が立ちふさがりました。
「待て、セリーナ! まだ話は終わっていない! レオナード、貴様もだ!」
ウィルフレッド殿下が、今度は悲劇の騎士のような顔をして、私たちの進路を妨害します。
その背後では、ミーナ様が「殿下、もうおやめになって……!」と、これまた舞台演劇のような仕草で彼を追っています。
「ウィルフレッド殿下。私の計算によれば、今夜だけであなたは私の貴重な時間を合計二十四分三十秒も奪っています。これは最新の魔導計算機の演算回数に換算すると、天文学的な損失ですわよ?」
「時間などどうでもいい! セリーナ、君は騙されているんだ! レオナードは隣国の利益のために、君の才能を食い物にしようとしているだけに決まっている! そんな男より、君の全てを(都合よく)受け入れる私の方が、伴侶として適切だとは思わないか!?」
「適切、という言葉の定義を辞書で引き直してくることをお勧めしますわ」
私は冷たく言い放ちましたが、隣にいたレオナード殿下が、不意に私の肩に手を回しました。
「食い物にする、か。……ウィルフレッド殿下、君の想像力は相変わらず貧困だな。私は彼女の才能を愛しているし、その才能を存分に発揮できる環境を整えることに、至上の喜びを感じている。それを『利用』と呼ぶなら、私は喜んで彼女に利用される側になろう」
「なっ……王子が利用されるだと!? そんな軟弱な姿勢で国が治まるか!」
「国を治めるには、自分より有能な者の価値を認め、最適に配置する能力が必要だ。……君には、それが決定的に欠けているようだが?」
二人の王子の間に、火花が散るような沈黙が流れました。
周囲の貴族たちは「二人の王子による、セリーナ様を巡る決闘の続きか!?」と、手に汗握る表情でこちらを見ています。
ですが、当事者である私の脳内にあるのは、全く別の懸念事項でした。
(……ああ、もう。このままではメインディッシュの配給時間が終わってしまいますわ。私の胃袋の空腹率が限界値の八十パーセントを超え、思考回路にノイズが混じり始めています。……この状況を最短で打破するには、どうすればいいかしら?)
私は二人の顔を交互に見つめ、ある「合理的」な結論に辿り着きました。
「お二人とも、少々よろしいかしら?」
私の静かな声に、火花を散らしていた二人が同時に私を振り返りました。
「セリーナ! ようやく私の真実に気づいてくれたのか!」
「セリーナ嬢、君なら私の論理の正しさを理解してくれるだろう?」
私は深く溜息をつき、扇を広げて口元を隠しました。
「……そもそも、なぜお二人は、私を『獲得すべきリソース』として奪い合っているのです? その対立構造自体が、極めて非生産的だとは思いませんか?」
「リソース……? いや、私は愛の話をしているんだ!」
「私もだ、ウィルフレッド殿下。君とは定義が違うがね」
私は首を横に振りました。
「いいえ。お二人の会話を聞いていると、お互いがお互いの主張を否定することに必死で、肝心の『私』の意向が置き去りにされていますわ。……そこで提案です。そんなに熱烈にぶつかり合う情熱があるのなら、いっそのこと、お二人で付き合ってしまえばよろしいのでは?」
「…………は?」
ウィルフレッド殿下の口が、これ以上ないほどマヌケに開きました。
レオナード殿下すら、一瞬だけ思考が停止したように目を瞬かせています。
「いいですか。ウィルフレッド殿下は、自分を支えてくれる有能なパートナーを求めている。レオナード殿下は、面白い人材を愛でる余裕がある。……殿下、ウィルフレッド殿下をあなたの国へ連れて帰り、再教育(フルカスタマイズ)してはいかがかしら? そうすれば、殿下は『面白い玩具』を手に入れられ、ウィルフレッド殿下は優秀な指導者の下で更生できる。……これぞ、ウィンウィンの関係ですわ!」
「セ、セリーナ……君、何を……何を言っているんだ……?」
ウィルフレッド殿下は、あまりの衝撃に膝から崩れ落ちそうになっています。
「私は大真面目ですわ。私を取り合って時間を無駄にするくらいなら、お二人で手を取り合い、国交を深め、私という共通の『悩み(あるいは投資対象)』について語り合う仲になればいいのです。そうすれば、私は誰にも邪魔されず、静かにイチゴチップスを味わう時間が確保できます。……完璧な解決策だと思いませんか?」
「……ふっ、くふふ……はははは! セリーナ嬢、君は……君という女性は、本当に……!」
レオナード殿下が、ついに我慢の限界を迎えたように大爆笑し始めました。
彼は涙を浮かべながら、膝をつくウィルフレッド殿下の肩を叩きました。
「なるほど、素晴らしい提案だ! ウィルフレッド殿下、どうだ? 私と共に、彼女に『相手にされない男たちの同盟』でも組むか? 彼女の合理主義の前では、我々王子のプライドなど、塵に等しいようだ」
「ふ、ふざけるな……! 私は、私はそんな……男同士でなんて……!」
ウィルフレッド殿下は顔を真っ赤にして、逃げるようにその場を去っていきました。
その後を、ミーナ様が「殿下ー! 待ってくださいましー!」と、花びらを撒き散らしながら追いかけていきます。
「……ふう。ようやく障害物が排除されましたわ。さあベティ、立食コーナーへ突撃ですわよ!」
「お嬢様……。今のは『勘違い』を正したのではなく、新たな『伝説(迷宮)』を作っただけのような気がしますわ……」
「結果として私の自由時間が確保されたのです。プロセスはどうでもよろしいのですわ」
私はレオナード殿下の笑い声を背に、意気揚々と料理の並ぶテーブルへと向かいました。
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