私を捨てたのはミスですよ?

パリパリかぷちーの

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「……ふう。ようやくローストビーフの摂取によるエネルギー補給が完了しましたわ。これで私の演算能力も通常運転に戻りました。さて、殿下。先ほどの『男同士の同盟』の話ですが、あれをさらに発展させて……」

私は、テラスのベンチに座り、手元のメモ帳を広げました。
夜風が火照った肌に心地よいですが、私の頭脳はすでに「いかにしてウィルフレッド殿下の残存資産を有効活用するか」という冷徹な計算に移行しています。

「セリーナ。……少し、そのメモを置かないか?」

隣に座っていたレオナード殿下が、困ったような、けれどどこか決意を秘めたような声で私を呼び止めました。

「あら、なぜですの? 時間は有限、効率は無限。今ここで今後の戦略を固めておけば、明日の朝寝坊できる時間が五分は増える計算ですわよ?」

「五分の朝寝坊より、五分の私の話の方が価値があると信じたいのだがね。……セリーナ。先ほど私が会場で言ったこと、君はどう捉えている?」

レオナード殿下が、私の手からメモ帳をそっと取り上げ、サイドテーブルに置きました。
彼の瞳が、月明かりを反射して射貫くような光を放っています。

「捉えている? ……ああ、あの『宝を手に入れた』という発言のことかしら。殿下、あれは実に素晴らしいブランディング戦略でしたわ。私の市場価値を爆上げしつつ、ウィルフレッド殿下の未練を物理的に粉砕する。広報担当者として、金貨百枚程度のボーナスを支給したいくらいですわ」

「……プロモーションの話をしているのではないんだ。セリーナ、私は本気で言ったのだ。君という存在そのものが、私にとっての『宝』なのだと」

レオナード殿下が、不意に私の両手を包み込みました。
これまでの「商談中の握手」や「エスコートの接触」とは違う、熱を帯びた、そしてどこか震えるような力がこもっています。

「セリーナ。私は、君のことが好きだ。……ビジネスパートナーとしてではなく、一人の男として、君を一生の伴侶として迎えたいと思っている」

…………。
一秒、二秒。私の脳内の魔導計算機が、激しく火花を散らしました。

「……殿下。今の発言、ジョークとしての完成度は八十パーセントといったところかしら。残りの二十パーセントは、あまりにも唐突すぎて伏線が足りないという構成上の欠陥ですわね」

「……ジョークだと思っているのか?」

「当然ですわ。考えてもみてください、レオナード殿下。私と殿下が結婚するということは、公爵家と隣国王家の資産が合流し、北方の経済圏が完全に一本化されることを意味します。……なるほど、殿下! さては、私の『キタノイチゴ』の特許権を、結婚という手段で合法的に無償化しようとなさっていますわね!? 恐ろしい男……愛という名の粉飾決済を仕掛けてくるとは!」

私は勢いよく立ち上がり、殿下を指差しました。

「なっ……粉飾決済!? 君、私の今の告白をどう聞いたら、そんな会計用語に変換されるんだ!」

「愛だの恋だのという不確定な変数を、重大な契約の場に持ち込むのは、理性的ではありませんわ。殿下、もし本気でおっしゃるなら、まず『結婚に伴う期待収益とリスク分散に関する五か年計画書』を提出してください。それから、殿下の愛情指数の推移をグラフ化した客観的なデータも必要ですわね」

レオナード殿下は、呆然とした表情で私を見上げ、やがて力なく笑い始めました。

「はは……ははは。……参ったな。一生に一度の、人生最大に格好をつけた告白を、計画書の提出で返されるとはね」

「計画書なしの人生設計など、穴の開いたバケツで水を運ぶようなものですわ。……それより殿下、冗談のセンスが上がりましたわね。今の『本気の顔』、危うく私の心拍数が平常値より十パーセントほど上昇するところでしたわ」

私は自分の頬が少し熱いのを、夜風の冷たさで誤魔化しました。
そう、これは冗談。殿下のような完璧な王子が、私のような可愛げのない、数字と効率しか頭にない女を本気で好きになるはずがないのです。

「……セリーナ。君は、自分の価値を低く見積もりすぎているか、あるいは私の執念を甘く見ているかのどちらかだ」

レオナード殿下が立ち上がり、私の至近距離で足を止めました。
彼の指先が、私の鼻先を掠めるようにして、ブローチのサファイアに触れます。

「計画書が必要なら、用意しよう。……ただし、私の愛をグラフにするのは難しいぞ? なぜなら、それは右肩上がりどころか、すでに計測不能なレベルまで突き抜けてしまっているからね」

「……そ、その誇大広告のような台詞も、契約違反ですわよ!」

「ふふ。……今夜はここまでにしよう。だが、覚悟しておけよ。君がどれだけ論理の盾で守ろうとしても、私の本気は、その盾ごと君を抱きしめるつもりだからね」

レオナード殿下は、最後に私の額に、羽が触れるような軽い口づけを落として去っていきました。

「…………」

残された私は、しばらく動くことができませんでした。
脳内の計算機は、激しく「計算不可」のエラーを出し続けています。

「……お嬢様。今の、どう見ても『冗談』のカテゴリーには入らないと思いますわよ?」

柱の陰で、感動の涙を拭っているベティが顔を出しました。

「黙りなさい、ベティ! 今の接触は……そう、殿下の体温調節機能の故障による、緊急の放熱措置ですわ! 私の計算によれば、それ以外の可能性はゼロパーセントです!」

「……お嬢様。その意固地な計算、いつか破綻しますわよ?」

私はベティの言葉を無視して、テラスを後にしました。
胸の鼓動が、かつてないほど速いテンポを刻んでいます。
それは、どんな数式を用いても、決して解くことのできない、甘くて厄介な難問の始まりでした。
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