4 / 28
4
しおりを挟む
「ゲホッ、ゴホッ! 熱っ……! セバス、お水! 聖水でもいいから持ってきて!」
「お嬢様、落ち着いてください。聖水はございませんが、ただの白湯ならあります。……あと、はしたないですよ」
私は涙目でメンチカツを丸呑みし、セバスが差し出したコップをひったくった。
喉を焼くような熱さと、窓の外から漂ってくる不穏な空気。
今、この宿場町には「キラキラの追手」が迫っている。
「間違いないわ……。あの騎士たちが持っている肖像画、チラッと見えたけど、私の顔だったわよ! しかも、やけに美化されて、背景にバラの花背負ってるバージョンのやつ!」
「殿下のお抱え絵師が描いたのでしょう。お嬢様の三割増し……いえ、五割増しの美化が施されているはずです。ある種の指名手配ですね」
「なんでよ!? 婚約破棄したじゃない! 追放したじゃない! ゴミ箱に捨てたティッシュを、わざわざ追いかけて拾う人がどこにいるのよ!」
私はテーブルを叩いて立ち上がった。
せっかく手に入れた「揚げ物自由化権」が、わずか半日で剥奪されようとしている。
「おそらく、殿下の『愛の暴走』でしょう。あの方は一度思い込むと、周囲の状況が一切目に入らなくなるタイプですから」
「あのポジティブお化け……! きっと今頃、『ターニャは今頃、僕と離れた悲しみで枕を濡らしているに違いない。すぐに連れ戻して安心させてあげなくては!』とか思ってるのよ! ああ、恐ろしい!」
私は自分の腕をさすり、鳥肌を鎮めた。
シリウス殿下は、とにかく話が通じない。
こちらが「顔がうるさいから近づかないで」と言えば、「シャイな照れ隠しだね」と変換され、「嫌いです」と言えば「ツンデレな愛の告白だね」と脳内で書き換えられる。
「お嬢様、文句を言っている時間はございません。騎士たちがこの宿の入り口に到着するまで、あと約三分。裏口から脱出しましょう」
「荷物は!?」
「すでに馬車から下ろし、リュックサックに詰め直してあります。お嬢様の公爵令嬢としてのドレスは、すべてその辺のゴミ箱に捨ててきました」
「ナイス判断よ、セバス! あんな重苦しい布切れ、もう二度と着たくないわ!」
私たちは食堂の窓から身を乗り出し、裏通りの路地裏へと飛び降りた。
ドレスではなく、あらかじめ用意していた地味な茶色の町娘風の服が、驚くほど動きやすい。
「……セバス、次の一手はどうするの? 馬車は目立つわよね?」
「はい。ここからは徒歩、あるいは乗り合いの馬車を乗り継ぎます。幸い、お嬢様が投げ捨てたペンダントを換金した資金が潤沢にございますので」
「リリア様のペンダント、ありがとう……! まさかあんなキラキラしたものが、私の自由を支える燃料になるなんて皮肉ね」
路地裏を走りながら、私は時折後ろを振り返った。
メイン通りからは、騎士たちの「アステリア公爵令嬢を見かけなかったか!」という大声が聞こえてくる。
「ねえ、なんでみんなあんなに必死なの? 私、ただの『性格の悪い悪役令嬢』のはずでしょ?」
「お嬢様、ご自覚ください。殿下があれほどの騒ぎを起こして婚約破棄をしたのです。今や王都では『身に覚えのない罪を着せられた悲劇の令嬢』として、お嬢様への同情論が爆発しているのですよ」
「……はあ!? 同情!? いらないわよそんなの! 私は悪役としてひっそり消えたいの!」
「民衆は『あまりに美しすぎる王子に捨てられた可憐な乙女』という物語が大好きですから。……特に、お嬢様が去り際に流した『歓喜の涙』が、悲しみの涙だと誤解されたのが決定打でしたね」
「あれはただの笑い泣きよ! 誤解の連鎖がひどすぎるわ……!」
私は頭を抱えた。
良かれと思ってやったことが、すべて「悲劇」の演出になってしまっている。
このまま捕まれば、間違いなく「王子との感動の再会」という名の「地獄の監禁生活」が待っているだろう。
「お嬢様、あちらの林を抜けて隣の村へ向かいます。そこから商人の隊列に紛れ込みましょう」
「わかったわ。……ああっ、でも最後にこれだけは言わせて」
私は走りながら、セバスに詰め寄った。
「何でしょうか、お忙しい時に」
「さっきのメンチカツ、もう一個食べたかった……!」
「…………お嬢様のその食欲がある限り、この逃亡生活も安泰のようですね」
セバスの呆れたような声を聞きながら、私は必死に足を動かした。
背後から、なんだかキラキラしたオーラが追いかけてくるような錯覚に陥り、私はさらに速度を上げた。
「絶対に捕まるもんですか! 私の胃腸の平和は、私が守るのよ!」
夜の帳が下りる頃、私たちは宿場町を遠く離れ、漆黒の森の中へと姿を消した。
「お嬢様、落ち着いてください。聖水はございませんが、ただの白湯ならあります。……あと、はしたないですよ」
私は涙目でメンチカツを丸呑みし、セバスが差し出したコップをひったくった。
喉を焼くような熱さと、窓の外から漂ってくる不穏な空気。
今、この宿場町には「キラキラの追手」が迫っている。
「間違いないわ……。あの騎士たちが持っている肖像画、チラッと見えたけど、私の顔だったわよ! しかも、やけに美化されて、背景にバラの花背負ってるバージョンのやつ!」
「殿下のお抱え絵師が描いたのでしょう。お嬢様の三割増し……いえ、五割増しの美化が施されているはずです。ある種の指名手配ですね」
「なんでよ!? 婚約破棄したじゃない! 追放したじゃない! ゴミ箱に捨てたティッシュを、わざわざ追いかけて拾う人がどこにいるのよ!」
私はテーブルを叩いて立ち上がった。
せっかく手に入れた「揚げ物自由化権」が、わずか半日で剥奪されようとしている。
「おそらく、殿下の『愛の暴走』でしょう。あの方は一度思い込むと、周囲の状況が一切目に入らなくなるタイプですから」
「あのポジティブお化け……! きっと今頃、『ターニャは今頃、僕と離れた悲しみで枕を濡らしているに違いない。すぐに連れ戻して安心させてあげなくては!』とか思ってるのよ! ああ、恐ろしい!」
私は自分の腕をさすり、鳥肌を鎮めた。
シリウス殿下は、とにかく話が通じない。
こちらが「顔がうるさいから近づかないで」と言えば、「シャイな照れ隠しだね」と変換され、「嫌いです」と言えば「ツンデレな愛の告白だね」と脳内で書き換えられる。
「お嬢様、文句を言っている時間はございません。騎士たちがこの宿の入り口に到着するまで、あと約三分。裏口から脱出しましょう」
「荷物は!?」
「すでに馬車から下ろし、リュックサックに詰め直してあります。お嬢様の公爵令嬢としてのドレスは、すべてその辺のゴミ箱に捨ててきました」
「ナイス判断よ、セバス! あんな重苦しい布切れ、もう二度と着たくないわ!」
私たちは食堂の窓から身を乗り出し、裏通りの路地裏へと飛び降りた。
ドレスではなく、あらかじめ用意していた地味な茶色の町娘風の服が、驚くほど動きやすい。
「……セバス、次の一手はどうするの? 馬車は目立つわよね?」
「はい。ここからは徒歩、あるいは乗り合いの馬車を乗り継ぎます。幸い、お嬢様が投げ捨てたペンダントを換金した資金が潤沢にございますので」
「リリア様のペンダント、ありがとう……! まさかあんなキラキラしたものが、私の自由を支える燃料になるなんて皮肉ね」
路地裏を走りながら、私は時折後ろを振り返った。
メイン通りからは、騎士たちの「アステリア公爵令嬢を見かけなかったか!」という大声が聞こえてくる。
「ねえ、なんでみんなあんなに必死なの? 私、ただの『性格の悪い悪役令嬢』のはずでしょ?」
「お嬢様、ご自覚ください。殿下があれほどの騒ぎを起こして婚約破棄をしたのです。今や王都では『身に覚えのない罪を着せられた悲劇の令嬢』として、お嬢様への同情論が爆発しているのですよ」
「……はあ!? 同情!? いらないわよそんなの! 私は悪役としてひっそり消えたいの!」
「民衆は『あまりに美しすぎる王子に捨てられた可憐な乙女』という物語が大好きですから。……特に、お嬢様が去り際に流した『歓喜の涙』が、悲しみの涙だと誤解されたのが決定打でしたね」
「あれはただの笑い泣きよ! 誤解の連鎖がひどすぎるわ……!」
私は頭を抱えた。
良かれと思ってやったことが、すべて「悲劇」の演出になってしまっている。
このまま捕まれば、間違いなく「王子との感動の再会」という名の「地獄の監禁生活」が待っているだろう。
「お嬢様、あちらの林を抜けて隣の村へ向かいます。そこから商人の隊列に紛れ込みましょう」
「わかったわ。……ああっ、でも最後にこれだけは言わせて」
私は走りながら、セバスに詰め寄った。
「何でしょうか、お忙しい時に」
「さっきのメンチカツ、もう一個食べたかった……!」
「…………お嬢様のその食欲がある限り、この逃亡生活も安泰のようですね」
セバスの呆れたような声を聞きながら、私は必死に足を動かした。
背後から、なんだかキラキラしたオーラが追いかけてくるような錯覚に陥り、私はさらに速度を上げた。
「絶対に捕まるもんですか! 私の胃腸の平和は、私が守るのよ!」
夜の帳が下りる頃、私たちは宿場町を遠く離れ、漆黒の森の中へと姿を消した。
78
あなたにおすすめの小説
あの日々に戻りたくない!自称聖女の義妹に夫と娘を奪われた妃は、死に戻り聖女の力で復讐を果たす
青の雀
恋愛
公爵令嬢スカーレット・ロッテンマイヤーには、前世の記憶がある。
幼いときに政略で結ばれたジェミニ王国の第1王子ロベルトと20歳の時に結婚した。
スカーレットには、7歳年下の義妹リリアーヌがいるが、なぜかリリアーヌは、ロッテンマイヤー家に来た時から聖女様を名乗っている。
ロッテンマイヤーは、代々異能を輩出している家柄で、元は王族
物語は、前世、夫に殺されたところから始まる。
始まりはよくある婚約破棄のように
喜楽直人
恋愛
「ミリア・ファネス公爵令嬢! 婚約者として10年も長きに渡り傍にいたが、もう我慢ならない! 父上に何度も相談した。母上からも考え直せと言われた。しかし、僕はもう決めたんだ。ミリア、キミとの婚約は今日で終わりだ!」
学園の卒業パーティで、第二王子がその婚約者の名前を呼んで叫び、周囲は固唾を呑んでその成り行きを見守った。
ポンコツ王子から一方的な溺愛を受ける真面目令嬢が涙目になりながらも立ち向い、けれども少しずつ絆されていくお話。
第一章「婚約者編」
第二章「お見合い編(過去)」
第三章「結婚編」
第四章「出産・育児編」
第五章「ミリアの知らないオレファンの過去編」連載開始
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係
紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。
顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。
※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)
王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした
由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。
無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。
再び招かれたのは、かつて母を追放した国。
礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。
これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
弁えすぎた令嬢
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。
彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。
彼女は思った。
(今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。
今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。
小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる