最強の悪役令嬢、婚約破棄で逃げます!

パリパリかぷちーの

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「……枕が硬いわ」

王都の迎賓館。
最高級の客室に通された私は、ベッドにダイブした直後、不満の声を上げた。

「羽毛の密度が足りないわ。これじゃ首に負担がかかる。シリウス団長にクレームを入れておいて」

「はいはい。捕虜のくせに注文が多いねえ」

同じ部屋(スイートルーム)に軟禁されているアレンが、窓際で苦笑する。

私たちは「西の国の外交使節団」という名目で、王城の離れにある迎賓館に収容されていた。
入り口には近衛騎士が二十四時間体制で張り付いている。
名目は「警護」だが、実態は「監視」だ。

「明日の夜が本番よ、アレン」

私はベッドから起き上がり、腕組みをした。

「建国記念舞踏会。そこでヘリオスは、私との『復縁』を一方的に発表し、なし崩し的に公務に復帰させるつもりでしょう」

「だろうね。国民の前で発表しちゃえば、君も断れないと思っている」

「甘いわ。砂糖漬けのハチミツパイより甘い」

私は冷たく言い放った。

「そのステージ、私が乗っ取るわ。復縁発表ではなく、『完全決別宣言』と『新たな同盟締結』の場にしてやるのよ」

「いいねえ、ロックだね」

その時。
コンコン、とドアがノックされた。

「失礼いたします。ヘリオス殿下より、明日の衣装が届いております」

メイドたちが数人、大きな箱を抱えて入ってきた。

「衣装?」

私が眉をひそめると、メイドたちは箱を開けた。

「……何これ」

中に入っていたのは、純白のドレスだった。
しかし、ただのドレスではない。
過剰なフリル、背中に天使の羽のような装飾、そして頭には花冠(はなかんむり)。

「……『清純無垢な乙女』セット?」

メイドが恐縮しながら手紙を読み上げる。
『カグヤへ。これを着て、私の隣で微笑んでいなさい。そうすれば、全ての罪は許される。白は反省の色だ』

「……」

ブチッ。

私のこめかみで、何かが切れた。

「……アレン」

「はい」

「マッチある?」

「燃やすのはまずいよ。一応、王家の備品だから」

アレンが慌てて止める。

「ふざけないで! 三十路手前……じゃない、十八歳の私に、こんな『お遊戯会の天使』みたいな格好をしろと!? 私のキャラ設定を何だと思っているの!?」

「まあまあ、落ち着いて」

アレンはドレスをつまみ上げ、「うーん、確かに痛々しいね」と笑った。

「こんなの着て会場に入ったら、その瞬間に私の社会的地位が死ぬわ。『頭がお花畑になった元婚約者』として歴史に残るわよ」

「じゃあ、どうする? 着ていく服がないよ?」

「いいえ、あるわ」

私はニヤリと笑った。

「アレン。貴方、持っているでしょう? 私のために用意した『本命』を」

アレンは目を丸くし、それから観念したように肩をすくめた。

「……バレてたか」

「貴方がそんなダサいドレスで私を隣に置くわけがないもの。貴方の美意識を信じているわ」

「嬉しいこと言ってくれるね」

アレンは指を鳴らした。
すると、部屋の奥のクローゼットから、彼が持ち込んだ別の箱を取り出した。

「さすがカグヤ。正解だ。僕のパートナーには、これくらい着こなしてもらわないとね」

箱が開かれる。
そこに入っていたのは――。

「……完璧ね」

深い、深いミッドナイトブルーのドレス。
夜空をそのまま切り取ったようなベルベット生地に、星屑のように散りばめられた銀の刺繍。
露出は控えめだが、背中は大胆に開いており、大人の色気と威厳(カリスマ)を放っている。

「テーマは『夜の女王』さ」

アレンがウィンクする。
スターダスト公爵家の色であり、私の名前(ムーンライト)にもふさわしい。

「採用よ。これを着るわ」

「やった! じゃあ、メイクは私がやりますぅ!」

それまでお菓子を食べていたミナが、口の周りにクリームをつけたまま飛び出してきた。

「ミナ様? 貴女にメイクができるの?」

「任せてください! この日のために、王都の劇場で『悪女メイク』の研究をしてきました!」

ミナは袖をまくり上げ、化粧道具を並べ始めた。

「カグヤ様のご要望は?」

私は鏡の前に座り、静かに告げた。

「敵が思わず土下座したくなるような、冷酷かつ美しい『最強の悪役令嬢』にしてちょうだい」

「了解ですぅ! 目力(めぢから)三割増し、リップは血の色より濃い紅(あか)ですねっ!」

ミナの筆が唸る。
意外な才能だった。
彼女のメイク技術は、「自分を可愛く見せる」方向ではなく、「相手を威圧する」方向に特化していたのだ。



一時間後。

「……完成ですぅ!」

ミナが鏡を差し出す。

私は自分の顔を見て、思わず息を飲んだ。

そこに映っていたのは、かつての「仕事に疲れたクマのある女」ではなかった。
氷のような冷たい美貌。
切れ長の瞳には、見る者を射すくめる鋭い光が宿り、真紅の唇は嘲笑の形を作っている。

ドレスの深い青が、肌の白さを際立たせ、まるで夜の闇から生まれた女神のようだ。

「……誰これ」

「カグヤ様ですよぉ! 素敵です! 踏まれたいです!」

ミナが大興奮している。

「どうかな、アレン?」

私が振り返ると、燕尾服に着替えたアレンが、言葉を失って立ち尽くしていた。

「……」

「変かしら?」

「……いや」

アレンはゆっくりと近づき、私の手を取った。
その手が、少しだけ震えている。

「参ったな。……美しすぎて、僕が緊張してきたよ」

彼は跪(ひざまず)き、私の手の甲に口づけを落とした。

「これなら、会場中の視線を独占できる。ヘリオス殿下が霞(かす)んで見えるだろうね」

「当然よ。主役は私だもの」

私は扇子を開き、口元を隠して笑った。

「さあ、行きましょうか。私の『引退会見』……いいえ、『宣戦布告』の舞台へ」

「御意、女王陛下」

アレンがエスコートのために腕を差し出す。
私はその腕に手を回した。

「ミナ様。貴女は私の後ろで、荷物持ち(マニュアル入り)として睨みをきかせなさい」

「はいっ! 般若(はんにゃ)の顔でついていきますぅ!」

準備は整った。
武器(ドレス)よし。
防具(メイク)よし。
味方(ポンコツだが有能)よし。

私たちは部屋を出た。
迎賓館の廊下を歩くだけで、すれ違う近衛騎士たちが「ひっ……」と息を飲んで道を空ける。
その反応が、心地よかった。

(……悪役令嬢、悪くないわね)

私はかつて、この役割を「仕事」として演じていた。
でも今は違う。
これは私の「自由」を守るための、最強の戦闘服(バトルスーツ)だ。

待ってらっしゃい、ヘリオス。
貴方が用意した「お花畑のハッピーエンド」を、この私が論理とカリスマで完膚なきまでに破壊してあげるわ。
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