最強の悪役令嬢、婚約破棄で逃げます!

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
22 / 28

22

しおりを挟む
王都の夜を彩る建国記念舞踏会。

会場となる「水晶の間」は、数千本の蝋燭と魔石の灯りで昼間のように輝き、着飾った貴族たちの熱気と香水の匂いで充満していた。

「聞いたか? 今夜、カグヤ嬢が戻ってくるらしいぞ」
「殿下が『感動の再会を用意している』と仰っていたな」
「やはり、あの悪役令嬢も王家には逆らえなかったか……」

ひそひそ話がさざ波のように広がる中、会場の最奥にある壇上には、王太子ヘリオスが満面の笑みで立っていた。

彼は純白のタキシードに身を包み、手には「誓いの薔薇(巨大な花束)」を持っている。
その姿は、絵本に出てくる王子様そのものだが、知っている者(私)から見れば「現実逃避の末期症状」にしか見えない。

「ふふふ……今に見ていろ」

ヘリオスは薔薇の香りを嗅ぎながら、陶酔していた。

「カグヤは反省して戻ってくる。あの『天使のドレス』を着て、涙ながらに私に謝罪するのだ。そうすれば、私は寛大な心で許し、再びこき使って……いや、愛してやるのだ!」

彼は完璧なシナリオを頭の中で再生していた。
カグヤが登場する。
私が手を差し伸べる。
感動の抱擁。
そして、明日からの書類地獄はカグヤへパス。

「完璧だ!」

その時。
会場の入り口にある巨大な扉の前に、ファンファーレが鳴り響いた。

「――西の国、スターダスト公爵閣下! ならびに、ムーンライト公爵令嬢カグヤ様、ご入場!」

重厚な扉が、ギイィ……と開く。

会場中の視線が一斉に入り口に注がれる。
ヘリオスも期待に胸を膨らませて身を乗り出した。

「さあ来い、我が天使よ!」

しかし。
そこに現れたのは、彼の想像していた「純白の天使」ではなかった。

「……っ!?」

会場が息を飲んだ。

カツ、カツ、カツ……。

静寂の中、ヒールの音だけが響く。

現れたのは、夜の闇を凝縮したようなミッドナイトブルーのドレスを纏(まと)ったカグヤだった。
背筋をピンと伸ばし、冷ややかな瞳で会場を見下ろすその姿は、天使というよりは「夜を支配する女王」。

その隣には、敵国であるはずの西の公爵、アレン・スターダストが寄り添っている。
黒の燕尾服を着こなした彼は、不敵な笑みを浮かべ、まるでカグヤを守る騎士(ナイト)のように振る舞っている。

そして背後には、般若のような形相で荷物(分厚いマニュアル)を抱えたミナが控えている。

「な、なんだあのドレスは……!?」
「美しい……いや、恐ろしいほどだ」
「西の公爵と腕を組んでいるぞ!?」

ざわめきがどよめきに変わる。
カグヤたちは、まるでモーゼが海を割るように、人混みを裂いて壇上へと進んでいく。

ヘリオスは口をパクパクさせていた。

「ち、違う! 違うぞ! 白だ! 白を着てこいと言ったはずだ! なんだその、悪の組織の女幹部みたいな格好は!」

カグヤが壇上の階段を上がり、ヘリオスの目の前で止まった。

「……ごきげんよう、殿下」

カグヤが扇子を開く。バサッという音が鋭く響く。

「な、なんだその格好は! 私が送った『天使のドレス』はどうした!」

ヘリオスが小声で怒鳴る。

「ああ、あれですか」

カグヤは涼しい顔で答えた。

「素材が悪かったので、雑巾にしました」

「ぞ、雑巾……!?」

「あんなフリフリの服、三十路……精神年齢の高い私には似合いませんので。資源ゴミとして有効活用させていただきました」

「き、貴様ぁ……!」

ヘリオスが顔を真っ赤にする。
しかし、ここで怒鳴り散らせば王太子の品位に関わる。
彼は引きつった笑顔を作り、強引にカグヤの腕を掴んだ。

「まあいい! とにかくここに立て! 今から私が『感動のスピーチ』をする! お前は黙って頷いていればいいんだ!」

「……」

カグヤは無言で、掴まれた腕を冷ややかに見下ろした。
アレンが一歩前に出ようとするが、カグヤは目線で制した。

(やらせておきなさい。その方が盛り上がるわ)

カグヤは不敵に微笑み、ヘリオスの隣に立った。

ヘリオスは勝利を確信し、魔道具のマイク(声を会場中に響かせる魔石)を手に取った。

「えー、親愛なる貴族の皆様!」

ヘリオスの声が会場に響く。
静まり返る聴衆。

「今夜は、我が国の未来に関わる重大な発表があります! ここにいるカグヤ・ムーンライト嬢ですが、一時の気の迷いにより公務を離れておりました」

ヘリオスはカグヤの肩を抱こうとしたが、カグヤが絶妙なステップで回避したため、空振った。

「……ゴホン。しかし! 彼女は深く反省し、私の愛に応えて戻ってきてくれました! 私たちは過去を水に流し、再び婚約者として……いや、より強固な絆で結ばれたパートナーとして、国を導いていくことをここに宣言します!」

会場から、まばらな拍手が起こる。
事情を知らない者たちは「よかったよかった」と安堵し、事情を知る者たちは「正気か?」と青ざめている。

「カグヤ、何か一言あるだろう? 『殿下、愛しています』とか」

ヘリオスがマイクを向けてくる。
ドヤ顔だ。
完全に自分が主導権を握っていると思っている。

カグヤはマイクを受け取った。

「……」

彼女は会場を見渡し、一度目を閉じた。
そして、カッ! と目を見開き、マイクを通して凛とした声を響かせた。

「――異議あり」

キィィィィン……!
マイクがハウリングを起こすほどの、鋭い一言だった。

「え?」

ヘリオスが固まる。

「ただいまの殿下の発言には、事実誤認、誇張、および深刻なコンプライアンス違反が含まれております」

カグヤは事務的な口調で淡々と続けた。

「第一に、私は反省しておりません。反省すべきは殿下の業務管理能力です。第二に、私は戻ってきたのではありません。『未払い賃金の回収』および『退職手続きの完了』のために参りました」

「な、なにを……マイクを返せ!」

ヘリオスが慌てて奪おうとするが、カグヤは華麗なターンで躱(かわ)した。

「そして第三に!」

カグヤはドレスの裾を翻し、ステージの中央に躍り出た。

「『愛』などという不明瞭な概念で、労働契約をうやむやにしないでいただきたい! 私はここに、殿下との『完全なる決別』と、私の『新しいキャリアプラン』を発表させていただきます!」

ざわめきが爆発する。

「決別宣言!?」
「新しいキャリアだと?」
「おい、あの目を見ろ! 本気だぞ!」

カグヤはアレンに合図を送った。
アレンはニヤリと笑い、懐から一枚の巨大なフリップ(紙芝居)を取り出し、掲げた。

「皆様! これよりプレゼンテーションを行います! 題して、『なぜこの国はブラックなのか? ~王太子ヘリオスの無能さと、私の輝ける未来について~』!」

「やめろぉぉぉぉ! そんなプレゼンは中止だぁぁぁ!」

ヘリオスが絶叫する。
しかし、時すでに遅し。
カグヤの「論理の暴力」による独演会が、今まさに幕を開けようとしていた。

「ミナ様! 指示棒を!」

「はいっ! これですぅ!」

ミナが伸縮式の指示棒を手渡す。
カグヤはそれをビシッと振るい、フリップを叩いた。

「まずはスライド1をご覧ください! こちらは過去十年の私の『残業時間推移グラフ』です! 見てください、この右肩上がりの絶望的な曲線を!」

会場中の視線が、その赤い折れ線グラフに釘付けになった。

舞踏会は、一瞬にして「企業告発会見」へと変貌したのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました

相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。 ――男らしい? ゴリラ? クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。 デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?

山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。

木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」 結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。 彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。 身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。 こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。 マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。 「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」 一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。 それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。 それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。 夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

処理中です...