最強の悪役令嬢、婚約破棄で逃げます!

パリパリかぷちーの

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「あ、そうだ! 言い忘れてましたぁ!」

出口の扉に手をかけたところで、ミナがくるりと踵を返した。

会場の視線が、再び一点に集中する。

泣き崩れていたヘリオスが、藁にもすがる思いで顔を上げた。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔に、一筋の希望の光が差す。

(ミ、ミナ……! そうか、お前だけは……お前だけは私を見捨てないでくれるのか……!)

ヘリオスは震える手を伸ばした。
そうだ。彼女は優しくて、少しおバカで、そして何より私のことが大好きだったはずだ。
カグヤがいなくなっても、ミナさえいれば……!

「ミナ……! 戻ってきてくれ! 私にはもうお前しかいないんだ!」

ヘリオスが叫ぶ。

ミナはニッコリと笑った。
それは、春の日差しのように暖かく、そして残酷なまでに無邪気な笑顔だった。

「ヘリオス様ぁ。私、気づいちゃったんです」

「な、何にだ?」

「ヘリオス様って、お顔はいいですけど、中身は空っぽですよねぇ?」

ズドン。

会場に衝撃が走る。
直球すぎる悪口(ディス)だ。

「え……?」

「それに比べて、カグヤ様を見てください!」

ミナは隣に立つカグヤを、まるで推しのアイドルを紹介するかのように両手で指し示した。

「美しい! 賢い! そして何より、稼ぐ力が半端ないですぅ! 金貨二万枚ですよ!? ヘリオス様のお小遣いの何年分ですか!?」

「か、金の話か……?」

「違います! 『生きる力』の話ですぅ!」

ミナはドレスの裾を握りしめ、叫んだ。

「私、決めました! ヘリオス様のお嫁さんになるより、カグヤ様の『飼い犬(ポチ)』になった方が、人生安泰だって!」

「ぽ、ポチ……!?」

「だから、婚約指輪はお返ししますねっ!」

ミナは指にはめていた指輪を抜き取ると、ピッチャーのように大きく振りかぶった。

「そーれっ!」

ヒュンッ!

指輪が放物線を描き、ヘリオスの額に「ゴチン!」と命中した。

「あだっ!?」

「さようなら、ヘリオス様! 私はカグヤ様と西の国で、美味しいものを食べて幸せになりまーす! あ、ちなみにヘリオス様の寝顔、口が開いてて間抜けでしたよぉ!」

ミナは最後に特大の爆弾を投下し、ペロッと舌を出した。

「……」

シーン……。

ヘリオスの精神(ライフ)は、ゼロになった。
彼は白目を剥き、その場にパタリと倒れ込んだ。

「殿下ぁぁぁぁ!」
「気付け薬を持ってこい!」
「AED(魔道具)だ! 急げ!」

会場は大パニックになったが、それはもう「私たちには関係のない世界」の出来事だった。

「……ミナ様」

廊下に出たところで、私が呆れ顔で声をかけた。

「あんな捨て台詞、どこで覚えたのですか?」

「えへへ、カグヤ様のマニュアルの付録、『効果的な煽(あお)り文句集』に載ってました!」

「……載せた覚えはないけれど」

「あ、私が書き足しておいたんですぅ!」

「……末恐ろしい子ね」

私は頭を抱えたが、口元は自然と緩んでいた。
これで、本当に終わった。
私の過去も、しがらみも、全てあの会場に置いてきた。

「さあ、行きましょうか。新しい世界へ」

アレンが私の背中を優しく押す。

「ええ。まずは温泉ね」

私たちは夜の王宮を後にした。
背後で響く大騒ぎをBGMに、私たちは軽やかにステップを踏んで。

――こうして、私の「婚約破棄騒動」は、これ以上ない完全勝利(ハッピーエンド)で幕を閉じた。

……はずだった。

だが、アレン・スターダストという男は、まだ最後の手札を隠し持っていたのである。

馬車に乗り込み、王都を離れた静かな丘の上で、彼は突然馬車を止めた。

「どうしたの? 忘れ物?」

私が聞くと、アレンは真剣な顔で私に向き直った。

「カグヤ。君に一つ、重要な『提案(プレゼン)』があるんだ」

「提案?」

「ああ。これからの僕たちの『契約内容』についてだ」

夜風が吹き抜ける中、アレンは懐から小さな箱を取り出した。
それは、先ほどミナが投げ捨てたような安っぽい指輪ではない。
月明かりを受けて輝く、星屑のようなダイヤモンドの指輪だった。

「……え」

私の思考回路が、一瞬停止した。
これは、マニュアルにはない展開だ。
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