7 / 28
7
しおりを挟む
「お嬢様、また例の『移動式冷凍庫』が正門前に。今日は馬車ではなく、ご自身の足でお越しのようです」
アンの報告を受け、私は縁側で食べていたお煎餅を飲み込んだ。
我が家の正門から、相変わらず周囲の空気を数度下げながら歩いてくるのは、氷結騎士ギルバート卿だ。
今日の彼は甲冑ではなく、動きやすそうな騎士団の制服姿である。
「……ポンド。今日は非番だ。君を散歩に誘いに来た」
「散歩ですか? 美味しい実がなっている木でもあるのでしょうか」
「……君の散歩の基準はすべて食料か。……まあ、あながち間違いではない。王宮の裏手に、素晴らしい菓子職人が営むカフェがあるのだ」
「行きます。今すぐ行きましょう」
私は即答した。
美味しいもの、それもプロが作るお菓子と聞いて、断る理由がどこにあるだろうか。
私はアンに「夕飯は揚げ物多めで」と言い残し、ギルバート卿の隣へと並んだ。
「……ところで、卿。その背中に隠しているものは何ですか?」
「なっ……! なぜ分かった」
「卿が歩くたびに、背後から『キュッ』という、食べ物ではない謎の音が聞こえるものですから。まさか、非常食のネズミでも飼っているのですか?」
ギルバート卿は、見たこともないほど激しく動揺した。
あの氷のような表情が崩れ、頬がわずかに赤らんでいる。
彼は周囲をキョロキョロと見渡すと、観念したように背中から「それ」を取り出した。
「……これだ。道端で、捨てられていたのだ」
彼の手のひらに乗っていたのは、手のひらサイズの、真っ白でふわふわした子猫だった。
子猫は「みゃあ」と弱々しく鳴き、ギルバート卿の逞しい指にしがみついている。
「……猫、ですね。食べられませんよ?」
「分かっている! ……だが、放っておけなかった。このままでは凍えて死んでしまうと思って、つい……」
「卿の冷気で逆に凍るのでは、と心配になりましたが……。意外ですね、卿は可愛いものがお好きなんですか?」
「……嫌いではない。むしろ、その、……大好きだ」
ギルバート卿は、消え入りそうな声で白状した。
国一番の剣士、戦場では鬼神と恐れられる男が、子猫一匹に鼻の下を伸ばしている。
これが巷で噂の「ギャップ萌え」というやつだろうか。
私はじっと、その光景を観察した。
「……卿。猫に顔が近すぎます。鼻の頭を舐められていますよ」
「はっ……! いかん、凛々しさを保たねば……。よしよし、いい子だ。後で美味しいミルクを飲ませてやろうな」
「……あの、卿。今の声、いつもの三オクターブくらい高いですよ」
「気のせいだ! ……コホン。とにかく、この子猫の里親が見つかるまで、私が保護することにした。君にも、協力してほしい」
「協力、ですか。私は猫の言葉は分かりませんが、猫がおいしく見える角度なら分かりますよ」
「……君、まさか猫を……。いや、君ならやりかねないな。絶対に食べるなよ?」
「冗談です。私は、可愛いものは愛でるより、胃に収めたい派なだけです」
私たちはそのまま、子猫を連れて街へと繰り出した。
ギルバート卿は子猫を懐に入れ、一見するといつも通りの冷徹な騎士だが、時折、胸元を覗き込んではデレデレと顔を緩ませている。
そのたびに、すれ違う市民たちが「えっ、あの騎士団長が笑ってる……!?」「明日、槍が降るんじゃないか?」と震え上がっていた。
「……到着したぞ。ここだ」
案内されたカフェは、こぢんまりとしているが清潔感に溢れていた。
ギルバート卿は、一番奥の目立たない席を陣取ると、メニューも見ずに注文した。
「店主、例の『ふわふわ特盛りパフェ』を二つ。それと、温かいミルクを一皿」
「……ふわふわ特盛りパフェ、ですか?」
「ああ。ここの名物だ。……見た目は可愛らしいが、味は確かだ」
運ばれてきたパフェは、まさに「暴力的な可愛さ」だった。
ピンク色のクリームに、ウサギの形をしたマシュマロ、そしてカラフルなフルーツ。
ギルバート卿は、それを前にして、またしても頬を緩ませている。
「……卿。そのパフェ、卿の制服の紋章と全く似合っていませんが、いいのですか?」
「……味だ。私は味を評価している。……むぐ。……美味い」
ギルバート卿は、小さなスプーンでちまちまとパフェを口に運んでいる。
その姿は、どう見ても乙女のそれだった。
私は、豪快にパフェの頂点にあるウサギ(マシュマロ)を一口で仕留めた。
「……残酷な食べ方をするな」
「情をかけると、味が落ちますから。……でも、確かに美味しいです。卿、意外と甘党なのですね」
「……騎士団の仕事は、糖分を消費するからな。……ポンド、君も、その……猫、触ってみるか?」
ギルバート卿が、懐から子猫を差し出してきた。
私は、おずおずとその白い塊に触れてみた。
温かくて、柔らかい。
「……ふむ。これは、マシュマロに近い感触ですね」
「……何でも食べ物に例えるのをやめろ。……だが、どうだ? 愛着が湧くだろう」
「そうですね。……少しだけ、この子が羨ましくなりました」
「……なぜだ?」
ギルバート卿が不思議そうに首を傾げる。
私は、パフェのクリームを一口舐めてから答えた。
「だって、卿にこんなに優しく見守られているのですから。……私のことは、いつも『不気味な女』として監視しているのに」
「…………」
ギルバート卿が、固まった。
そして、顔を耳まで真っ赤に染めると、激しく咳き込んだ。
「……勘違いするな! 私は、君のことも……その、大事な『観察対象』だと思っている! 猫と同じ……いや、それ以上に……」
「それ以上に、美味しそうに見えますか?」
「……違う! ……ああもう、君という女は……!」
ギルバート卿は、残りのパフェを一気に口に押し込むと、逃げるようにそっぽを向いた。
その背中が、わずかに震えている。
私は、子猫の喉を撫でながら、心の中で「今日の戦利品:ギルバート卿の可愛い弱点、そして美味しいパフェ」と、メモ帳に書き留めた。
泥沼令嬢の周囲には、どうやら甘いものと、不器用な優しさが集まってくるらしい。
アンの報告を受け、私は縁側で食べていたお煎餅を飲み込んだ。
我が家の正門から、相変わらず周囲の空気を数度下げながら歩いてくるのは、氷結騎士ギルバート卿だ。
今日の彼は甲冑ではなく、動きやすそうな騎士団の制服姿である。
「……ポンド。今日は非番だ。君を散歩に誘いに来た」
「散歩ですか? 美味しい実がなっている木でもあるのでしょうか」
「……君の散歩の基準はすべて食料か。……まあ、あながち間違いではない。王宮の裏手に、素晴らしい菓子職人が営むカフェがあるのだ」
「行きます。今すぐ行きましょう」
私は即答した。
美味しいもの、それもプロが作るお菓子と聞いて、断る理由がどこにあるだろうか。
私はアンに「夕飯は揚げ物多めで」と言い残し、ギルバート卿の隣へと並んだ。
「……ところで、卿。その背中に隠しているものは何ですか?」
「なっ……! なぜ分かった」
「卿が歩くたびに、背後から『キュッ』という、食べ物ではない謎の音が聞こえるものですから。まさか、非常食のネズミでも飼っているのですか?」
ギルバート卿は、見たこともないほど激しく動揺した。
あの氷のような表情が崩れ、頬がわずかに赤らんでいる。
彼は周囲をキョロキョロと見渡すと、観念したように背中から「それ」を取り出した。
「……これだ。道端で、捨てられていたのだ」
彼の手のひらに乗っていたのは、手のひらサイズの、真っ白でふわふわした子猫だった。
子猫は「みゃあ」と弱々しく鳴き、ギルバート卿の逞しい指にしがみついている。
「……猫、ですね。食べられませんよ?」
「分かっている! ……だが、放っておけなかった。このままでは凍えて死んでしまうと思って、つい……」
「卿の冷気で逆に凍るのでは、と心配になりましたが……。意外ですね、卿は可愛いものがお好きなんですか?」
「……嫌いではない。むしろ、その、……大好きだ」
ギルバート卿は、消え入りそうな声で白状した。
国一番の剣士、戦場では鬼神と恐れられる男が、子猫一匹に鼻の下を伸ばしている。
これが巷で噂の「ギャップ萌え」というやつだろうか。
私はじっと、その光景を観察した。
「……卿。猫に顔が近すぎます。鼻の頭を舐められていますよ」
「はっ……! いかん、凛々しさを保たねば……。よしよし、いい子だ。後で美味しいミルクを飲ませてやろうな」
「……あの、卿。今の声、いつもの三オクターブくらい高いですよ」
「気のせいだ! ……コホン。とにかく、この子猫の里親が見つかるまで、私が保護することにした。君にも、協力してほしい」
「協力、ですか。私は猫の言葉は分かりませんが、猫がおいしく見える角度なら分かりますよ」
「……君、まさか猫を……。いや、君ならやりかねないな。絶対に食べるなよ?」
「冗談です。私は、可愛いものは愛でるより、胃に収めたい派なだけです」
私たちはそのまま、子猫を連れて街へと繰り出した。
ギルバート卿は子猫を懐に入れ、一見するといつも通りの冷徹な騎士だが、時折、胸元を覗き込んではデレデレと顔を緩ませている。
そのたびに、すれ違う市民たちが「えっ、あの騎士団長が笑ってる……!?」「明日、槍が降るんじゃないか?」と震え上がっていた。
「……到着したぞ。ここだ」
案内されたカフェは、こぢんまりとしているが清潔感に溢れていた。
ギルバート卿は、一番奥の目立たない席を陣取ると、メニューも見ずに注文した。
「店主、例の『ふわふわ特盛りパフェ』を二つ。それと、温かいミルクを一皿」
「……ふわふわ特盛りパフェ、ですか?」
「ああ。ここの名物だ。……見た目は可愛らしいが、味は確かだ」
運ばれてきたパフェは、まさに「暴力的な可愛さ」だった。
ピンク色のクリームに、ウサギの形をしたマシュマロ、そしてカラフルなフルーツ。
ギルバート卿は、それを前にして、またしても頬を緩ませている。
「……卿。そのパフェ、卿の制服の紋章と全く似合っていませんが、いいのですか?」
「……味だ。私は味を評価している。……むぐ。……美味い」
ギルバート卿は、小さなスプーンでちまちまとパフェを口に運んでいる。
その姿は、どう見ても乙女のそれだった。
私は、豪快にパフェの頂点にあるウサギ(マシュマロ)を一口で仕留めた。
「……残酷な食べ方をするな」
「情をかけると、味が落ちますから。……でも、確かに美味しいです。卿、意外と甘党なのですね」
「……騎士団の仕事は、糖分を消費するからな。……ポンド、君も、その……猫、触ってみるか?」
ギルバート卿が、懐から子猫を差し出してきた。
私は、おずおずとその白い塊に触れてみた。
温かくて、柔らかい。
「……ふむ。これは、マシュマロに近い感触ですね」
「……何でも食べ物に例えるのをやめろ。……だが、どうだ? 愛着が湧くだろう」
「そうですね。……少しだけ、この子が羨ましくなりました」
「……なぜだ?」
ギルバート卿が不思議そうに首を傾げる。
私は、パフェのクリームを一口舐めてから答えた。
「だって、卿にこんなに優しく見守られているのですから。……私のことは、いつも『不気味な女』として監視しているのに」
「…………」
ギルバート卿が、固まった。
そして、顔を耳まで真っ赤に染めると、激しく咳き込んだ。
「……勘違いするな! 私は、君のことも……その、大事な『観察対象』だと思っている! 猫と同じ……いや、それ以上に……」
「それ以上に、美味しそうに見えますか?」
「……違う! ……ああもう、君という女は……!」
ギルバート卿は、残りのパフェを一気に口に押し込むと、逃げるようにそっぽを向いた。
その背中が、わずかに震えている。
私は、子猫の喉を撫でながら、心の中で「今日の戦利品:ギルバート卿の可愛い弱点、そして美味しいパフェ」と、メモ帳に書き留めた。
泥沼令嬢の周囲には、どうやら甘いものと、不器用な優しさが集まってくるらしい。
24
あなたにおすすめの小説
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います
ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」
公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。
本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか?
義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。
不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます!
この作品は小説家になろうでも掲載しています
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる