婚約破棄ですって!? 実はただの無自覚天然なだけです。

パリパリかぷちーの

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「お嬢様、また例の『移動式冷凍庫』が正門前に。今日は馬車ではなく、ご自身の足でお越しのようです」

アンの報告を受け、私は縁側で食べていたお煎餅を飲み込んだ。
我が家の正門から、相変わらず周囲の空気を数度下げながら歩いてくるのは、氷結騎士ギルバート卿だ。
今日の彼は甲冑ではなく、動きやすそうな騎士団の制服姿である。

「……ポンド。今日は非番だ。君を散歩に誘いに来た」

「散歩ですか? 美味しい実がなっている木でもあるのでしょうか」

「……君の散歩の基準はすべて食料か。……まあ、あながち間違いではない。王宮の裏手に、素晴らしい菓子職人が営むカフェがあるのだ」

「行きます。今すぐ行きましょう」

私は即答した。
美味しいもの、それもプロが作るお菓子と聞いて、断る理由がどこにあるだろうか。
私はアンに「夕飯は揚げ物多めで」と言い残し、ギルバート卿の隣へと並んだ。

「……ところで、卿。その背中に隠しているものは何ですか?」

「なっ……! なぜ分かった」

「卿が歩くたびに、背後から『キュッ』という、食べ物ではない謎の音が聞こえるものですから。まさか、非常食のネズミでも飼っているのですか?」

ギルバート卿は、見たこともないほど激しく動揺した。
あの氷のような表情が崩れ、頬がわずかに赤らんでいる。
彼は周囲をキョロキョロと見渡すと、観念したように背中から「それ」を取り出した。

「……これだ。道端で、捨てられていたのだ」

彼の手のひらに乗っていたのは、手のひらサイズの、真っ白でふわふわした子猫だった。
子猫は「みゃあ」と弱々しく鳴き、ギルバート卿の逞しい指にしがみついている。

「……猫、ですね。食べられませんよ?」

「分かっている! ……だが、放っておけなかった。このままでは凍えて死んでしまうと思って、つい……」

「卿の冷気で逆に凍るのでは、と心配になりましたが……。意外ですね、卿は可愛いものがお好きなんですか?」

「……嫌いではない。むしろ、その、……大好きだ」

ギルバート卿は、消え入りそうな声で白状した。
国一番の剣士、戦場では鬼神と恐れられる男が、子猫一匹に鼻の下を伸ばしている。
これが巷で噂の「ギャップ萌え」というやつだろうか。
私はじっと、その光景を観察した。

「……卿。猫に顔が近すぎます。鼻の頭を舐められていますよ」

「はっ……! いかん、凛々しさを保たねば……。よしよし、いい子だ。後で美味しいミルクを飲ませてやろうな」

「……あの、卿。今の声、いつもの三オクターブくらい高いですよ」

「気のせいだ! ……コホン。とにかく、この子猫の里親が見つかるまで、私が保護することにした。君にも、協力してほしい」

「協力、ですか。私は猫の言葉は分かりませんが、猫がおいしく見える角度なら分かりますよ」

「……君、まさか猫を……。いや、君ならやりかねないな。絶対に食べるなよ?」

「冗談です。私は、可愛いものは愛でるより、胃に収めたい派なだけです」

私たちはそのまま、子猫を連れて街へと繰り出した。
ギルバート卿は子猫を懐に入れ、一見するといつも通りの冷徹な騎士だが、時折、胸元を覗き込んではデレデレと顔を緩ませている。
そのたびに、すれ違う市民たちが「えっ、あの騎士団長が笑ってる……!?」「明日、槍が降るんじゃないか?」と震え上がっていた。

「……到着したぞ。ここだ」

案内されたカフェは、こぢんまりとしているが清潔感に溢れていた。
ギルバート卿は、一番奥の目立たない席を陣取ると、メニューも見ずに注文した。

「店主、例の『ふわふわ特盛りパフェ』を二つ。それと、温かいミルクを一皿」

「……ふわふわ特盛りパフェ、ですか?」

「ああ。ここの名物だ。……見た目は可愛らしいが、味は確かだ」

運ばれてきたパフェは、まさに「暴力的な可愛さ」だった。
ピンク色のクリームに、ウサギの形をしたマシュマロ、そしてカラフルなフルーツ。
ギルバート卿は、それを前にして、またしても頬を緩ませている。

「……卿。そのパフェ、卿の制服の紋章と全く似合っていませんが、いいのですか?」

「……味だ。私は味を評価している。……むぐ。……美味い」

ギルバート卿は、小さなスプーンでちまちまとパフェを口に運んでいる。
その姿は、どう見ても乙女のそれだった。
私は、豪快にパフェの頂点にあるウサギ(マシュマロ)を一口で仕留めた。

「……残酷な食べ方をするな」

「情をかけると、味が落ちますから。……でも、確かに美味しいです。卿、意外と甘党なのですね」

「……騎士団の仕事は、糖分を消費するからな。……ポンド、君も、その……猫、触ってみるか?」

ギルバート卿が、懐から子猫を差し出してきた。
私は、おずおずとその白い塊に触れてみた。
温かくて、柔らかい。

「……ふむ。これは、マシュマロに近い感触ですね」

「……何でも食べ物に例えるのをやめろ。……だが、どうだ? 愛着が湧くだろう」

「そうですね。……少しだけ、この子が羨ましくなりました」

「……なぜだ?」

ギルバート卿が不思議そうに首を傾げる。
私は、パフェのクリームを一口舐めてから答えた。

「だって、卿にこんなに優しく見守られているのですから。……私のことは、いつも『不気味な女』として監視しているのに」

「…………」

ギルバート卿が、固まった。
そして、顔を耳まで真っ赤に染めると、激しく咳き込んだ。

「……勘違いするな! 私は、君のことも……その、大事な『観察対象』だと思っている! 猫と同じ……いや、それ以上に……」

「それ以上に、美味しそうに見えますか?」

「……違う! ……ああもう、君という女は……!」

ギルバート卿は、残りのパフェを一気に口に押し込むと、逃げるようにそっぽを向いた。
その背中が、わずかに震えている。
私は、子猫の喉を撫でながら、心の中で「今日の戦利品:ギルバート卿の可愛い弱点、そして美味しいパフェ」と、メモ帳に書き留めた。

泥沼令嬢の周囲には、どうやら甘いものと、不器用な優しさが集まってくるらしい。
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