婚約破棄ですって!? 実はただの無自覚天然なだけです。

パリパリかぷちーの

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王城の庭園で開催された、恒例の立食パーティー。
婚約破棄騒動から数日、私は「泥沼令嬢」としてさらに名を馳せていた。
周囲からの視線は「哀れみ」から「正体不明の不気味な何かを見る目」へと進化している。

「あら、見て。あんな厚顔無恥に人前に出られるなんて、さすがマーガリン公爵家のお人形さんだわ」

「殿下に捨てられたショックで、最近は油の臭いをさせて厨房に籠もっているという噂よ。おーほっほっほ!」

扇子の後ろでクスクスと笑い声が聞こえる。
私に聞こえるように言っているのだろうが、あいにく私の耳は今、別の音を拾っていた。

……キュッ、キュッ。

「……ポンド。私の顔に何かついているか?」

隣に直立不動で控えているギルバート卿が、小声で尋ねてきた。
今日の彼は、一段と磨き上げられた白銀の甲冑を纏っている。
その胸当ての輝きは、まるで鏡のようだ。

「……いえ、卿。素晴らしい磨き具合だと思いまして。今の私の顔、少し右に寄っていませんか?」

「……何?」

「卿の甲冑に映る自分の顔を見ながら、前髪の分け目を微調整しているのです。ちょうど良い曲面で、拡大鏡のようですよ」

私はギルバート卿の胸板にじりじりと顔を近づけた。
自分の前髪を指先でいじり、ベストな角度を探る。
周囲からは「泥沼令嬢が騎士団長を誘惑している!」と悲鳴が上がったが、私はミリ単位の調整に忙しい。

「ポンド・フォン・マーガリン! 人の話を無視するのもいい加減になさい!」

我慢できなくなったらしい令嬢の一人が、私の前に立ちはだかった。
確か、リリィ様の取り巻きの……ええと、誰だっただろうか。
今日の彼女の帽子は、イチゴが乗ったショートケーキにそっくりだ。

「……マカロン様でしたっけ?」

「私はシュガーよ! わざと間違えないでちょうだい! あなた、自分が今どんな立場か分かっているの!? ギルバート様にべたべたと寄り添って、恥を知りなさい!」

「寄り添っているのではなく、反射を確認しているのです。……シュガー様、その帽子、一口いただいてもよろしいですか?」

「はあ!? これのどこが食べ物に見えるのよ! 最高級の羽飾りですわよ!」

「……そうですか。残念です。てっきり、新種のタルトかと思いました」

私は深く溜息をつき、視線を再びギルバート卿の甲冑へと戻した。
あ、今の角度。一番鼻が高く見える。

「ちょっと! 私を見てと言っているのよ! あなたが殿下から奪おうとしたリリィ様の心の傷を、どう責任取るつもり!?」

シュガー様が私の肩を掴んで揺さぶる。
だが、私の体幹は、日々の「美味しいものを求める執念」によって鍛え上げられている。
揺らされるがままに、私はギルバート卿の甲冑の「ある一点」に目を留めた。

「……卿。ここに、小さなゴミが」

「……ゴミ?」

「はい。せっかくの輝きが台無しです。私が、取って差し上げます」

私はシュガー様の罵倒をBGMに、懐から取り出した高級シルクのハンカチで、ギルバート卿の胸板をシュッシュと磨き始めた。
シュガー様の手が私の肩から離れ、彼女は呆然と立ち尽くした。

「……ねえ、聞いているの? 私は、あなたの悪行を糾弾しているのよ?」

「……あ、そこ。少し左です。……はい、ピカピカになりました」

「ポンド……。君のその献身的な(?)態度は嬉しいが、今は少し空気を読んだほうがいいかもしれん」

ギルバート卿が、困ったように眉を下げた。
その瞬間、私の背後から凄まじいプレッシャーが放たれた。

「アイゼン卿! 貴殿、私の招待した客を困らせて何をしている!」

セドリック殿下が、リリィ様を連れてやってきた。
どうやらシュガー様が無視されているのを見て、助け舟を出したつもりらしい。

「殿下、ちょうど良いところに。この女、私の話を一言も聞いていないのですわ!」

「ふん、相変わらず不気味な女だ。ポンド、貴様のその態度は、王家への侮辱と取ってもいいのだぞ!」

殿下の指が私を差す。
私は、磨き終えたギルバート卿の甲冑を満足げに眺め、ようやく殿下の方を向いた。

「……殿下。ご機嫌よう。あ、リリィ様も。今日のドレスは、なんだかサツマイモのような色合いで素敵ですね。秋の味覚を感じます」

「サ、サツマイモ……!? これは最高級のバイオレット・シルクよ!」

「……殿下、用件は何でしょうか。今、卿の甲冑に映る自分と、本物の自分、どちらが美味しそうに見えるか検証していたところなのですが」

「意味が分からん! 貴様はいつもそうだ! なぜそうやって人を馬鹿にしたような態度を取る!」

殿下が真っ赤になって詰め寄ってくる。
私は首を傾げた。
馬鹿になどしていない。
ただ、殿下の怒鳴り声よりも、先ほどから聞こえてくる「お肉の焼ける音」の方が、私の魂に訴えかけてくるだけだ。

「……殿下。あちらのメインテーブル、ローストビーフの切り分けが始まったようです。早く行かないと、端っこのカリカリした部分がなくなってしまいます」

「そんなものはどうでもいい! 私は貴様の謝罪を……」

「……ギルバート卿。端っこです」

「……ああ。心得た」

ギルバート卿が私の意図を瞬時に察し、殿下の前に壁のように立ちはだかった。
彼は冷徹な瞳で殿下を見下ろし、一言だけ告げた。

「殿下。ポンド嬢は現在、重大な『食の危機』に直面しております。これ以上の足止めは、騎士団長として見過ごせません」

「食の危機だと!? ただの食い意地だろうが!」

「……行こう、ポンド。私が道を切り拓く」

ギルバート卿がマントを翻し、威風堂々とメインテーブルへと歩き出す。
私はその背中に隠れるようにして、シュガー様やリリィ様の罵声を物理的にスルーして進んだ。

「待ちなさい! 逃げる気!? ポンド、この泥沼女!」

後ろで誰かが叫んでいるが、私の耳にはもう届かない。
今の私の世界は、目の前でシェフがナイフを入れる、肉汁たっぷりのローストビーフだけで満たされていた。

「……卿。やはり、端っこは最高ですね」

「……ああ。君が満足そうなら、私も磨いた甲斐があったというものだ」

ギルバート卿が、自分の胸板をチラリと見て、少しだけ誇らしげに笑った。
物理的に無視(スルー)された殿下たちが、後ろで石のように固まっているのを、私は一口目の肉を噛みしめながら、幸せな気分で眺めていた。
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