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お皿の上で、ローストビーフが神々しい輝きを放っている。
厚めに切られた端っこの部分は、脂が甘く、焦げた香辛料が鼻をくすぐる。
私はフォークを構え、まさに至福の一口を運ぼうとしていた。
「いい加減にしろ、ギルバート卿! そこをどけと言っているのだ!」
背後でセドリック殿下が吠えている。
だが、私の視界にはギルバート卿の広い背中しか映っていない。
彼は一歩も動かず、文字通り鉄壁の守りを固めていた。
「お断りします、殿下。現在、ポンド嬢は国益に関わる重要な『栄養摂取』の最中です。これを妨害することは、騎士団法第百八条『重要参考人の生存権保護』に抵触する恐れがあります」
「そんな法律があるか! 貴様、自分の立場を忘れたのか!」
「いいえ。騎士団長として、不審な殺気から民間人を守っているだけです。……殿下、今のあなたは、その手に持った扇子が武器に見えるほど殺気立っておられる」
ギルバート卿の言葉とともに、周囲の空気がピキピキと音を立てて凍り始める。
私の背中越しに冷気が伝わってくるが、ローストビーフが冷めてしまうのは困る。
私はもぐもぐと肉を噛み締めながら、卿の腰に手を回した。
「……ポンド? どうした、急に甘えて……」
「……卿、寒いので。もう少し冷気を絞っていただけますか。お肉の脂が固まってしまいます」
「…………。すまない、配慮が足りなかった」
ギルバート卿がシュンとして冷気を引っ込める。
その隙を突いて、セドリック殿下が横から顔を突き出してきた。
「ポンド! ギルバート卿に守られていい気になっているようだが、貴様の悪行はリリィがすべて証言している! 今すぐここで跪いて謝罪しろ!」
「謝罪、ですか……」
私はようやく肉を飲み込み、殿下をじっと見つめた。
殿下の鼻の頭に、先ほどのリリィ様のドレスと同じサツマイモのような色の粉がついている。
どうやら、怒鳴りすぎて何かを吸い込んだらしい。
「殿下。謝罪をするのは構いませんが、その前に鼻の頭を拭かれた方がよろしいかと。……非常に、『秋の味覚』を感じさせるお顔立ちになっています」
「なっ……何の話だ! リリィ、私の顔に何かついているか?」
「……ええと、殿下。その、サツマイモの粉のようなものが少々……」
リリィ様がバツが悪そうに囁く。
殿下は顔を真っ赤にして鼻をこすったが、それで粉が広がり、さらに面白いことになった。
「ええい、もういい! ギルバート卿、私は王命として命ずる! その女を今すぐ捕らえ、地下牢へ連行せよ!」
会場に緊張が走った。
いくら騎士団長といえど、王子の命令は重い。
だが、ギルバート卿は冷たい笑みを浮かべ、懐から一通の書状を取り出した。
「残念ながら、殿下。私はすでに国王陛下より『ポンド・フォン・マーガリンの身辺警護および素行調査』に関する全権を委任されております。陛下の裁可がない限り、誰一人として彼女に指一本触れさせることはできません」
「父上が……!? そんなはずはない! 父上はポンドのことを疎ましく思っていたはずだ!」
「……陛下は、ポンド嬢の『無欲さ』と『予測不能な行動』が、停滞した社交界に新しい風を吹き込むと評価しておられます。……まあ、主に『面白いから見ていろ』と仰っていましたが」
お父様と国王様は、昔からの飲み友達だ。
おそらく、私が婚約破棄されたという報告を聞いて、面白い見世物小屋でも始まったと思われたのだろう。
陛下も陛下で、なかなかの性格をしていらっしゃる。
「というわけで、殿下。彼女を連行したければ、陛下を説得してくることです。それまでは……私の背後が、彼女の聖域です」
ギルバート卿が私の肩を抱き寄せ、ぐいと自分の方へ引き寄せた。
甲冑の冷たさと、その中にある彼の体温が交互に伝わってくる。
私は、その腕の中で、最後の一切れのローストビーフを口に放り込んだ。
「……卿、ご馳走様でした。美味しかったです」
「……ああ。まだ足りないなら、次は向こうのデザートコーナーへ行くか」
「はい。あちらのアイスクリーム、溶ける前に救出しなければなりません」
私たちは、呆然と立ち尽くす殿下とリリィ様を置き去りにして、優雅に歩き出した。
ギルバート卿は、まるで巨大な防波堤のように、押し寄せる貴族たちの好奇な視線をすべて跳ね返していく。
「ポンド。……君は、本当に怖くないのか? 殿下に目をつけられれば、公爵家としても立場が悪くなるかもしれないぞ」
「……そうですね。おやつが減らされるなら死活問題ですが。……でも、卿がいてくださるのでしょう?」
私は、ふと見上げて言った。
別に深い意味はない。ただ、彼が「守る」と言ったから、それを信じただけだ。
「…………っ」
ギルバート卿が、不意に足を止めた。
彼の顔が、見る見るうちに真っ赤に染まっていく。
甲冑からミシミシと音がしている。……もしかして、また氷を出す準備だろうか。
「……卿? 顔が赤いですよ。熱でもあるのですか?」
「……うるさい。……君が、そんな無防備なことを言うからだ。……行くぞ、アイスクリームが逃げる」
ギルバート卿は、私の手をぎゅっと握りしめ、早足で歩き出した。
その歩幅は少し大きかったが、私は必死についていった。
泥沼令嬢の護衛騎士様は、どうやら鉄壁のガードの裏に、驚くほど脆い防壁を隠し持っているらしい。
「……あ、卿。今の握り方、少し力が強すぎます。私の手が、マシュマロのようになってしまいます」
「……すまん。……だが、離さない」
その不器用な優しさが、少しだけ心地よかった。
アイスクリームの甘さを想像しながら、私は彼に引かれるまま、華やかな夜会を突き進んでいった。
厚めに切られた端っこの部分は、脂が甘く、焦げた香辛料が鼻をくすぐる。
私はフォークを構え、まさに至福の一口を運ぼうとしていた。
「いい加減にしろ、ギルバート卿! そこをどけと言っているのだ!」
背後でセドリック殿下が吠えている。
だが、私の視界にはギルバート卿の広い背中しか映っていない。
彼は一歩も動かず、文字通り鉄壁の守りを固めていた。
「お断りします、殿下。現在、ポンド嬢は国益に関わる重要な『栄養摂取』の最中です。これを妨害することは、騎士団法第百八条『重要参考人の生存権保護』に抵触する恐れがあります」
「そんな法律があるか! 貴様、自分の立場を忘れたのか!」
「いいえ。騎士団長として、不審な殺気から民間人を守っているだけです。……殿下、今のあなたは、その手に持った扇子が武器に見えるほど殺気立っておられる」
ギルバート卿の言葉とともに、周囲の空気がピキピキと音を立てて凍り始める。
私の背中越しに冷気が伝わってくるが、ローストビーフが冷めてしまうのは困る。
私はもぐもぐと肉を噛み締めながら、卿の腰に手を回した。
「……ポンド? どうした、急に甘えて……」
「……卿、寒いので。もう少し冷気を絞っていただけますか。お肉の脂が固まってしまいます」
「…………。すまない、配慮が足りなかった」
ギルバート卿がシュンとして冷気を引っ込める。
その隙を突いて、セドリック殿下が横から顔を突き出してきた。
「ポンド! ギルバート卿に守られていい気になっているようだが、貴様の悪行はリリィがすべて証言している! 今すぐここで跪いて謝罪しろ!」
「謝罪、ですか……」
私はようやく肉を飲み込み、殿下をじっと見つめた。
殿下の鼻の頭に、先ほどのリリィ様のドレスと同じサツマイモのような色の粉がついている。
どうやら、怒鳴りすぎて何かを吸い込んだらしい。
「殿下。謝罪をするのは構いませんが、その前に鼻の頭を拭かれた方がよろしいかと。……非常に、『秋の味覚』を感じさせるお顔立ちになっています」
「なっ……何の話だ! リリィ、私の顔に何かついているか?」
「……ええと、殿下。その、サツマイモの粉のようなものが少々……」
リリィ様がバツが悪そうに囁く。
殿下は顔を真っ赤にして鼻をこすったが、それで粉が広がり、さらに面白いことになった。
「ええい、もういい! ギルバート卿、私は王命として命ずる! その女を今すぐ捕らえ、地下牢へ連行せよ!」
会場に緊張が走った。
いくら騎士団長といえど、王子の命令は重い。
だが、ギルバート卿は冷たい笑みを浮かべ、懐から一通の書状を取り出した。
「残念ながら、殿下。私はすでに国王陛下より『ポンド・フォン・マーガリンの身辺警護および素行調査』に関する全権を委任されております。陛下の裁可がない限り、誰一人として彼女に指一本触れさせることはできません」
「父上が……!? そんなはずはない! 父上はポンドのことを疎ましく思っていたはずだ!」
「……陛下は、ポンド嬢の『無欲さ』と『予測不能な行動』が、停滞した社交界に新しい風を吹き込むと評価しておられます。……まあ、主に『面白いから見ていろ』と仰っていましたが」
お父様と国王様は、昔からの飲み友達だ。
おそらく、私が婚約破棄されたという報告を聞いて、面白い見世物小屋でも始まったと思われたのだろう。
陛下も陛下で、なかなかの性格をしていらっしゃる。
「というわけで、殿下。彼女を連行したければ、陛下を説得してくることです。それまでは……私の背後が、彼女の聖域です」
ギルバート卿が私の肩を抱き寄せ、ぐいと自分の方へ引き寄せた。
甲冑の冷たさと、その中にある彼の体温が交互に伝わってくる。
私は、その腕の中で、最後の一切れのローストビーフを口に放り込んだ。
「……卿、ご馳走様でした。美味しかったです」
「……ああ。まだ足りないなら、次は向こうのデザートコーナーへ行くか」
「はい。あちらのアイスクリーム、溶ける前に救出しなければなりません」
私たちは、呆然と立ち尽くす殿下とリリィ様を置き去りにして、優雅に歩き出した。
ギルバート卿は、まるで巨大な防波堤のように、押し寄せる貴族たちの好奇な視線をすべて跳ね返していく。
「ポンド。……君は、本当に怖くないのか? 殿下に目をつけられれば、公爵家としても立場が悪くなるかもしれないぞ」
「……そうですね。おやつが減らされるなら死活問題ですが。……でも、卿がいてくださるのでしょう?」
私は、ふと見上げて言った。
別に深い意味はない。ただ、彼が「守る」と言ったから、それを信じただけだ。
「…………っ」
ギルバート卿が、不意に足を止めた。
彼の顔が、見る見るうちに真っ赤に染まっていく。
甲冑からミシミシと音がしている。……もしかして、また氷を出す準備だろうか。
「……卿? 顔が赤いですよ。熱でもあるのですか?」
「……うるさい。……君が、そんな無防備なことを言うからだ。……行くぞ、アイスクリームが逃げる」
ギルバート卿は、私の手をぎゅっと握りしめ、早足で歩き出した。
その歩幅は少し大きかったが、私は必死についていった。
泥沼令嬢の護衛騎士様は、どうやら鉄壁のガードの裏に、驚くほど脆い防壁を隠し持っているらしい。
「……あ、卿。今の握り方、少し力が強すぎます。私の手が、マシュマロのようになってしまいます」
「……すまん。……だが、離さない」
その不器用な優しさが、少しだけ心地よかった。
アイスクリームの甘さを想像しながら、私は彼に引かれるまま、華やかな夜会を突き進んでいった。
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