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デザートコーナーは、戦場だった。
色とりどりのケーキ、積み上げられたマカロン、そして主役のアイスクリーム。
私はギルバート卿にエスコートされながら、その聖域へと足を踏み入れた。
「……お嬢様、見てください。周囲の令嬢たちが、まるで猛獣を見るような目でこちらを伺っていますよ」
アンが私の背後で、小声で注意を促す。
確かに、私たちが一歩進むごとに、貴族たちが波を打つように道を開けていく。
だが、その視線は恐怖と驚愕に満ちていた。
「……ひそひそ。ねえ、見た? あの氷結騎士様が、泥沼令嬢の椅子を引いているわ」
「……信じられない。あの冷徹な騎士団長が、彼女の食べ残したお肉の骨(※実際はただの飾り)を、愛おしそうに眺めていたという噂よ」
「……やはり、あの不気味な瞳で呪いをかけたのね。あの『氷の心』を、泥沼に引きずり込んで溶かしてしまったんだわ……!」
……呪い?
人聞きの悪い。私はただ、彼の甲冑を鏡代わりに使っただけだ。
そして、彼はただ、私の食欲に付き合ってくれているだけである。
「……ポンド。周囲が騒がしいな。氷の壁を作って、視線を遮断するか?」
「いえ、卿。それをしてしまうと、アイスクリームの入った容器が見えなくなります。視線は無視して、糖分を注視しましょう」
「……分かった。君がそう言うなら、私は君の『視界の確保』に全力を尽くそう」
ギルバート卿が、スチャッと鋭い手つきでトングを握った。
その姿は、伝説の聖剣を手にした勇者のようだが、挟んでいるのはただのプチシュークリームである。
彼はそれを、壊れ物を扱うような手つきで私の皿に乗せた。
「……卿。そのシュークリーム、少し潰れています。騎士団長の握力を持ってしても、シュー生地の脆弱性には勝てませんでしたか」
「……くっ。修行不足だった。次はもっと、羽毛のような手つきで挑もう」
「期待しています。それより、あちらのアイスを。バニラとチョコの二段重ねでお願いします」
私が指示を出すと、ギルバート卿は「ハッ!」と短く返事をして、アイスクリームのカウンターへと向かった。
それを見ていた取り巻きの令嬢たちが、ハンカチを噛み締めながら絶叫に近い声を漏らす。
「……見て! 騎士団長様が、給仕のような真似を……!」
「……なんて恐ろしい洗脳術! 泥沼令嬢、やはりただ者ではないわ!」
そんな中、勇気ある(あるいは無謀な)一人の青年貴族が、私に声をかけてきた。
「……ポンド嬢。少しよろしいかな? 私は……」
「……あ、すいません。今、バニラの安否が気になっているので、後にしていただけますか」
「……は? バニラの、安否……?」
青年が呆気に取られている間に、ギルバート卿が戻ってきた。
その手には、完璧な黄金比で盛り付けられた二段重ねのアイスクリーム。
だが、彼の周囲には、先ほどよりも鋭い「威圧感」が漂っていた。
「……貴公、私のポンドになぜ話しかけている」
「……ひっ! い、いえ、私はただ、挨拶を……!」
「……挨拶? 彼女の貴重な『バニラ摂取時間』を奪うことが、挨拶だとでも言うのか。……立ち去れ。さもなくば、その足を地面ごと凍らせるぞ」
青年は悲鳴を上げて逃げ去っていった。
ギルバート卿はフンと鼻を鳴らすと、私の前にアイスを差し出し、そっとスプーンを添えた。
「……お待たせした。君のバニラだ」
「ありがとうございます、卿。……ところで、今の『私のポンド』というのは、新しい暗号か何かですか?」
「……っ! い、いや、それは……その、言葉の綾だ」
「そうですか。なんだか、池の所有権を主張されているようで、少し不思議な気分でした」
私がアイスを一口食べると、濃厚なミルクの味が口いっぱいに広がった。
幸せだ。泥沼に、一筋の光が差し込んだような味がする。
「……卿。このアイス、卿の冷気で少し冷やし直していただけますか。もう少し、シャリシャリした食感が欲しいのです」
「……心得た。……氷結微細調整(クリスタル・チューニング)」
ギルバート卿が指先を器にかざすと、アイスの表面にうっすらと霜が降りた。
一口食べると、まさに理想の食感。
私は満足げに頷き、彼を見上げた。
「……卿。あなた、騎士団長を辞めても、冷菓店で大成できますよ」
「……君の専属になれるなら、それも悪くないな」
ギルバート卿が、真顔でそんな恐ろしいことを口にする。
それを見た周囲の貴族たちは、「ああ、もう手遅れだ」「あの冷徹なアイゼン卿が、アイスの温度調節を喜びとしている……」「泥沼令嬢の支配下に入ったんだわ……」と、絶望の表情を浮かべていた。
「……お嬢様。勘違いが、マッハで加速しています。もはや誰も、お嬢様がただのアホ……いえ、天然だとは思っていませんよ」
アンが遠い目をしている。
だが、私は気にしない。
泥沼の底には、泥しかないと思われがちだが。
実は、こうして美味しいアイスクリームが沈んでくることもあるのだ。
「……卿。次はお隣の、フランボワーズのソルベを」
「……イエス、マイ・レディ。……いや、マイ・ポンド」
「……ですから、その呼び方は何なのですか」
私たちのやり取りは、社交界の歴史に「暗黒の溺愛事件」として刻まれることになったが、その時の私はまだ、チョコソースをどこにかけようかということしか考えていなかった。
色とりどりのケーキ、積み上げられたマカロン、そして主役のアイスクリーム。
私はギルバート卿にエスコートされながら、その聖域へと足を踏み入れた。
「……お嬢様、見てください。周囲の令嬢たちが、まるで猛獣を見るような目でこちらを伺っていますよ」
アンが私の背後で、小声で注意を促す。
確かに、私たちが一歩進むごとに、貴族たちが波を打つように道を開けていく。
だが、その視線は恐怖と驚愕に満ちていた。
「……ひそひそ。ねえ、見た? あの氷結騎士様が、泥沼令嬢の椅子を引いているわ」
「……信じられない。あの冷徹な騎士団長が、彼女の食べ残したお肉の骨(※実際はただの飾り)を、愛おしそうに眺めていたという噂よ」
「……やはり、あの不気味な瞳で呪いをかけたのね。あの『氷の心』を、泥沼に引きずり込んで溶かしてしまったんだわ……!」
……呪い?
人聞きの悪い。私はただ、彼の甲冑を鏡代わりに使っただけだ。
そして、彼はただ、私の食欲に付き合ってくれているだけである。
「……ポンド。周囲が騒がしいな。氷の壁を作って、視線を遮断するか?」
「いえ、卿。それをしてしまうと、アイスクリームの入った容器が見えなくなります。視線は無視して、糖分を注視しましょう」
「……分かった。君がそう言うなら、私は君の『視界の確保』に全力を尽くそう」
ギルバート卿が、スチャッと鋭い手つきでトングを握った。
その姿は、伝説の聖剣を手にした勇者のようだが、挟んでいるのはただのプチシュークリームである。
彼はそれを、壊れ物を扱うような手つきで私の皿に乗せた。
「……卿。そのシュークリーム、少し潰れています。騎士団長の握力を持ってしても、シュー生地の脆弱性には勝てませんでしたか」
「……くっ。修行不足だった。次はもっと、羽毛のような手つきで挑もう」
「期待しています。それより、あちらのアイスを。バニラとチョコの二段重ねでお願いします」
私が指示を出すと、ギルバート卿は「ハッ!」と短く返事をして、アイスクリームのカウンターへと向かった。
それを見ていた取り巻きの令嬢たちが、ハンカチを噛み締めながら絶叫に近い声を漏らす。
「……見て! 騎士団長様が、給仕のような真似を……!」
「……なんて恐ろしい洗脳術! 泥沼令嬢、やはりただ者ではないわ!」
そんな中、勇気ある(あるいは無謀な)一人の青年貴族が、私に声をかけてきた。
「……ポンド嬢。少しよろしいかな? 私は……」
「……あ、すいません。今、バニラの安否が気になっているので、後にしていただけますか」
「……は? バニラの、安否……?」
青年が呆気に取られている間に、ギルバート卿が戻ってきた。
その手には、完璧な黄金比で盛り付けられた二段重ねのアイスクリーム。
だが、彼の周囲には、先ほどよりも鋭い「威圧感」が漂っていた。
「……貴公、私のポンドになぜ話しかけている」
「……ひっ! い、いえ、私はただ、挨拶を……!」
「……挨拶? 彼女の貴重な『バニラ摂取時間』を奪うことが、挨拶だとでも言うのか。……立ち去れ。さもなくば、その足を地面ごと凍らせるぞ」
青年は悲鳴を上げて逃げ去っていった。
ギルバート卿はフンと鼻を鳴らすと、私の前にアイスを差し出し、そっとスプーンを添えた。
「……お待たせした。君のバニラだ」
「ありがとうございます、卿。……ところで、今の『私のポンド』というのは、新しい暗号か何かですか?」
「……っ! い、いや、それは……その、言葉の綾だ」
「そうですか。なんだか、池の所有権を主張されているようで、少し不思議な気分でした」
私がアイスを一口食べると、濃厚なミルクの味が口いっぱいに広がった。
幸せだ。泥沼に、一筋の光が差し込んだような味がする。
「……卿。このアイス、卿の冷気で少し冷やし直していただけますか。もう少し、シャリシャリした食感が欲しいのです」
「……心得た。……氷結微細調整(クリスタル・チューニング)」
ギルバート卿が指先を器にかざすと、アイスの表面にうっすらと霜が降りた。
一口食べると、まさに理想の食感。
私は満足げに頷き、彼を見上げた。
「……卿。あなた、騎士団長を辞めても、冷菓店で大成できますよ」
「……君の専属になれるなら、それも悪くないな」
ギルバート卿が、真顔でそんな恐ろしいことを口にする。
それを見た周囲の貴族たちは、「ああ、もう手遅れだ」「あの冷徹なアイゼン卿が、アイスの温度調節を喜びとしている……」「泥沼令嬢の支配下に入ったんだわ……」と、絶望の表情を浮かべていた。
「……お嬢様。勘違いが、マッハで加速しています。もはや誰も、お嬢様がただのアホ……いえ、天然だとは思っていませんよ」
アンが遠い目をしている。
だが、私は気にしない。
泥沼の底には、泥しかないと思われがちだが。
実は、こうして美味しいアイスクリームが沈んでくることもあるのだ。
「……卿。次はお隣の、フランボワーズのソルベを」
「……イエス、マイ・レディ。……いや、マイ・ポンド」
「……ですから、その呼び方は何なのですか」
私たちのやり取りは、社交界の歴史に「暗黒の溺愛事件」として刻まれることになったが、その時の私はまだ、チョコソースをどこにかけようかということしか考えていなかった。
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