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ギルバート卿が、木の上から見事に「キノコ」を仕留めて着地した。
その手には、肉厚で香りの強い立派な一品が握られている。
私はそれを奪うように受け取り、じっくりと観察した。
「……素晴らしい。この弾力、この色艶。これはバター炒めにすると、間違いなく魂が震えるタイプですね」
「……喜んでもらえて何よりだ。私の跳躍力が、君の献立に貢献できたのなら本望だ」
ギルバート卿は額の汗を拭い、少し真剣な眼差しで私を見つめた。
森の木漏れ日が彼の銀髪に反射して、いつにも増して神々しい。
彼は私の手からキノコを取り、それを横の籠へ置くと、私の両手をそっと包み込んだ。
「……ポンド。キノコの話は一度置こう。私は、真面目な話をしに来たんだ」
「真面目な……。まさか、あのキノコに毒が含まれている可能性があるという報告ですか? 三回茹でこぼせば大丈夫だと聞いたことがありますが」
「違う。……毒の話ではない。私の、……心の話だ」
ギルバート卿の温度が、わずかに上がった気がする。
氷結騎士と呼ばれているはずの彼の掌が、今は驚くほど熱い。
彼は私の目を逃さぬよう、至近距離で囁いた。
「……君と出会ってから、私の凍てついた世界は変わり始めた。君のその、何物にも囚われない自由な姿に、私は救われているんだ」
「自由……。まあ、婚約破棄されてからは特に、胃袋の自由を謳歌しておりますからね」
「……そうだ。その胃袋ごと、私が抱え上げたいと思っている。……ポンド。私は、君という『沼』の底に沈みたい。君が許してくれるなら、生涯をかけて君の食卓を守り抜くと誓おう」
私は、しばし沈黙した。
生涯をかけて。食卓を、守り抜く。
……なるほど、これは。
「……アイゼン卿。今の言葉、非常に深く胸に刺さりました。つまり、卿は……」
「……分かってくれたか?」
ギルバート卿の瞳に、期待の光が宿る。
私は確信を持って頷き、彼の期待に応えるべく、精一杯の言葉を返した。
「……我が家の『専属食材調達係』として、終身雇用契約を結びたいということですね?」
「…………。……は?」
「分かります。騎士団長の地位を捨ててでも、美味しい食材を求める狩人になりたい……その情熱、しかと受け取りました。卿なら、冬の凍った川からでも素手で鮭を獲ってきてくれそうですもの」
ギルバート卿の肩が、目に見えてガクンと落ちた。
周囲にピキピキと、いつもの落胆の氷が張り始める。
どうやら私の解釈が、彼の意図を完璧に射抜いてしまったらしい。
「……鮭……。私は、君の夫に、……いや。……なぜ、そうなる」
「えっ、違いましたか? 『食卓を守る』というのは、つまり安定した供給を意味するのではないのですか?」
「……意味としては合っているが、……情緒というものが、君の辞書には存在しないのか?」
「情緒ですか? ……そうですね。お肉を焼く時のジューッという音には、えも言われぬ情緒を感じますが」
ギルバート卿は天を仰ぎ、深く、長すぎる溜息をついた。
そして、再び私の肩を掴むと、今度はさらに強い語気で訴えてきた。
「……いいか、ポンド。私は君の『鮭獲り係』になりたいわけではない! 私は君を、一人の女性として愛して……」
「……愛して。……ああ! なるほど、分かりました! 隠し味ですね!」
「…………隠し味?」
「『愛を込めて作る』という、あの都市伝説的なスパイスのことですね? 確かに、卿が凍らせたお肉は、愛情たっぷりに解凍すればより美味しくなるかもしれません」
「……愛を、……物理的な解凍作業に、……変換しないでくれ……」
ギルバート卿の声が、枯れた。
彼はその場に崩れ落ち、草むらに手をついた。
その背中があまりにも哀愁に満ちていたので、私は少しだけ申し訳ない気持ちになった。
「卿。そんなに落ち込まないでください。愛情も大事ですが、まずは火加減ですよ。今夜、そのキノコを一緒に食べれば、きっと元気が出ます」
「…………。……ああ。……食べる。……毒があっても、食べる」
「毒はありませんから、安心してください。私が、卿のために最高に美味しく仕上げて差し上げます。……専属の『パートナー』として」
私が「パートナー(料理の共同製作者)」という意味で微笑むと、ギルバート卿は顔を上げ、耳まで真っ赤にして私を見つめた。
「……パートナー。……今、パートナーと言ったな?」
「はい。美味しいものを共有する仲、ということですから」
「…………。……よし。……今日は、それでいい。……一歩前進だ」
ギルバート卿は、何とか立ち上がると、震える手でキノコの籠を拾い上げた。
彼は何か自分を鼓舞するように「パートナー……パートナー……」と呟いている。
「さあ、帰りましょう、アイゼン卿。お腹が空いて、背中と胃袋がくっつきそうです」
「……ああ。……帰ろう、ポンド。……今夜は、私が火加減を……死ぬ気で管理しよう」
泥沼令嬢の鈍感さは、もはや天災レベルであったが。
氷結騎士様は、その不毛な会話の中にすら、一筋の希望を見出していた。
……まあ、今夜のキノコが美味しければ、全て解決です。
私は、彼のマントの裾を掴みながら、夕食の献立に想いを馳せていた。
その手には、肉厚で香りの強い立派な一品が握られている。
私はそれを奪うように受け取り、じっくりと観察した。
「……素晴らしい。この弾力、この色艶。これはバター炒めにすると、間違いなく魂が震えるタイプですね」
「……喜んでもらえて何よりだ。私の跳躍力が、君の献立に貢献できたのなら本望だ」
ギルバート卿は額の汗を拭い、少し真剣な眼差しで私を見つめた。
森の木漏れ日が彼の銀髪に反射して、いつにも増して神々しい。
彼は私の手からキノコを取り、それを横の籠へ置くと、私の両手をそっと包み込んだ。
「……ポンド。キノコの話は一度置こう。私は、真面目な話をしに来たんだ」
「真面目な……。まさか、あのキノコに毒が含まれている可能性があるという報告ですか? 三回茹でこぼせば大丈夫だと聞いたことがありますが」
「違う。……毒の話ではない。私の、……心の話だ」
ギルバート卿の温度が、わずかに上がった気がする。
氷結騎士と呼ばれているはずの彼の掌が、今は驚くほど熱い。
彼は私の目を逃さぬよう、至近距離で囁いた。
「……君と出会ってから、私の凍てついた世界は変わり始めた。君のその、何物にも囚われない自由な姿に、私は救われているんだ」
「自由……。まあ、婚約破棄されてからは特に、胃袋の自由を謳歌しておりますからね」
「……そうだ。その胃袋ごと、私が抱え上げたいと思っている。……ポンド。私は、君という『沼』の底に沈みたい。君が許してくれるなら、生涯をかけて君の食卓を守り抜くと誓おう」
私は、しばし沈黙した。
生涯をかけて。食卓を、守り抜く。
……なるほど、これは。
「……アイゼン卿。今の言葉、非常に深く胸に刺さりました。つまり、卿は……」
「……分かってくれたか?」
ギルバート卿の瞳に、期待の光が宿る。
私は確信を持って頷き、彼の期待に応えるべく、精一杯の言葉を返した。
「……我が家の『専属食材調達係』として、終身雇用契約を結びたいということですね?」
「…………。……は?」
「分かります。騎士団長の地位を捨ててでも、美味しい食材を求める狩人になりたい……その情熱、しかと受け取りました。卿なら、冬の凍った川からでも素手で鮭を獲ってきてくれそうですもの」
ギルバート卿の肩が、目に見えてガクンと落ちた。
周囲にピキピキと、いつもの落胆の氷が張り始める。
どうやら私の解釈が、彼の意図を完璧に射抜いてしまったらしい。
「……鮭……。私は、君の夫に、……いや。……なぜ、そうなる」
「えっ、違いましたか? 『食卓を守る』というのは、つまり安定した供給を意味するのではないのですか?」
「……意味としては合っているが、……情緒というものが、君の辞書には存在しないのか?」
「情緒ですか? ……そうですね。お肉を焼く時のジューッという音には、えも言われぬ情緒を感じますが」
ギルバート卿は天を仰ぎ、深く、長すぎる溜息をついた。
そして、再び私の肩を掴むと、今度はさらに強い語気で訴えてきた。
「……いいか、ポンド。私は君の『鮭獲り係』になりたいわけではない! 私は君を、一人の女性として愛して……」
「……愛して。……ああ! なるほど、分かりました! 隠し味ですね!」
「…………隠し味?」
「『愛を込めて作る』という、あの都市伝説的なスパイスのことですね? 確かに、卿が凍らせたお肉は、愛情たっぷりに解凍すればより美味しくなるかもしれません」
「……愛を、……物理的な解凍作業に、……変換しないでくれ……」
ギルバート卿の声が、枯れた。
彼はその場に崩れ落ち、草むらに手をついた。
その背中があまりにも哀愁に満ちていたので、私は少しだけ申し訳ない気持ちになった。
「卿。そんなに落ち込まないでください。愛情も大事ですが、まずは火加減ですよ。今夜、そのキノコを一緒に食べれば、きっと元気が出ます」
「…………。……ああ。……食べる。……毒があっても、食べる」
「毒はありませんから、安心してください。私が、卿のために最高に美味しく仕上げて差し上げます。……専属の『パートナー』として」
私が「パートナー(料理の共同製作者)」という意味で微笑むと、ギルバート卿は顔を上げ、耳まで真っ赤にして私を見つめた。
「……パートナー。……今、パートナーと言ったな?」
「はい。美味しいものを共有する仲、ということですから」
「…………。……よし。……今日は、それでいい。……一歩前進だ」
ギルバート卿は、何とか立ち上がると、震える手でキノコの籠を拾い上げた。
彼は何か自分を鼓舞するように「パートナー……パートナー……」と呟いている。
「さあ、帰りましょう、アイゼン卿。お腹が空いて、背中と胃袋がくっつきそうです」
「……ああ。……帰ろう、ポンド。……今夜は、私が火加減を……死ぬ気で管理しよう」
泥沼令嬢の鈍感さは、もはや天災レベルであったが。
氷結騎士様は、その不毛な会話の中にすら、一筋の希望を見出していた。
……まあ、今夜のキノコが美味しければ、全て解決です。
私は、彼のマントの裾を掴みながら、夕食の献立に想いを馳せていた。
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