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「お嬢様、また例の『白銀の運送業者』が。今日は馬車一台分の荷物を引き連れていらっしゃいましたよ」
アンの声に、私は愛読している『世界の珍味図鑑』から顔を上げた。
窓の外を見ると、ギルバート卿が騎士団の部下数名に大きな木箱を運ばせている。
その表情は、これから敵国の城を攻め落とす将軍のように峻厳だ。
「……ポンド。昨日の告白(という名の契約交渉)の結果を考え、追加の支援物資を持ってきた」
「支援物資……。まさか、冬に備えての保存食ですか? 干し肉なら歓迎ですよ」
「……いや。……これだ。開けてみろ」
ギルバート卿が合図をすると、部下たちが恭しく木箱の蓋を開けた。
そこには、私の頭ほどもある、巨大で青い輝きを放つ宝石の原石が鎮座していた。
あまりの輝きに、テラスが真っ青に染まる。
「……ポンド。これは北部の極寒地でしか採れない『蒼龍の涙』という魔宝石だ。一つで城が建つと言われている。君の瞳に似ていたからな」
「…………」
私は無言で宝石に近づいた。
そして、その重さを確かめるように両手で抱え上げた。
ずっしりとした、心地よい重量感。
「……アイゼン卿。これ、最高です」
「……分かってくれたか。やはり君には、本物の輝きが似合う……」
「ええ。この滑らかな表面、適度な重さ、そして冷気を帯びた質感……。昨日、料理長と『もっと冷たくて重い漬物石があれば、カブがより美味しく漬かるのに』と話していたところなのです」
「…………。……漬物、石?」
ギルバート卿の顔から、さーっと血の気が引いていく。
私は構わず、その「蒼龍の涙」を床に置き、理想的な圧力がかかるかシミュレーションを始めた。
「見てください、この角の丸み。樽の蓋を傷つけずに、均等に重さをかけられます。さすが卿、私の食生活の細かな悩みまで把握していらっしゃるとは」
「……ポンド。それは城が建つ価値があると言ったはずだ……。カブを……城の価値がある石で押さえるのか……?」
「城よりも、美味しい漬物の方が日々の生活には重要ですから。ありがとうございます。大切に(樽の上に)使わせていただきますね」
ギルバート卿は膝をつき、しばらく地面を見つめていた。
だが、彼は不屈の男だった。すぐに立ち上がると、次の木箱を指差した。
「……よかろう。石の使い道は君の自由だ。……では、次はこれだ。王都最高のデザイナーが、君のために織り上げたドレスだ」
箱の中から現れたのは、銀糸で刺繍が施された、最高級のシルクドレスだった。
光の当たり方で色が変わる、魔法のような布地。
「……まあ。……この布、すごく丈夫そうですね」
「……ああ。防刃(ぼうじん)加工も施してある。君の身を守るための、最強の正装だ」
「防刃……。つまり、油が跳ねても、熱いスープがかかっても、生地が傷みにくいということですね? これなら、唐揚げを揚げている時のエプロン代わりに最適です」
「……エプロン……。……ポンド。これは王宮の晩餐会で着るための……」
「晩餐会よりも、自宅のキッチンの方が戦場ですから。この防刃性能があれば、殻の硬いカニを捌く時も安心です。素晴らしい実用性ですね」
ギルバート卿が、今度は壁に手をついて項垂れた。
彼の後ろに控えていた部下たちが「団長……頑張ってください……」と涙ぐんでいる。
「……ポンド。君は、飾り立てることに興味がないのか」
「ありますよ。お皿の彩りには、人一倍うるさいつもりです」
「…………。……では、最後だ。これは贈り物というより、護身用だが……。君にこれを授けたい」
ギルバート卿が差し出したのは、美しい装飾が施された小剣だった。
鞘には小さな魔石が埋め込まれ、抜けば鋭い輝きを放っている。
「……君の身に何かあった時、私が駆けつけるまでの時間稼ぎに使ってほしい。私の魔力を込めてあるから、振れば冷気が飛び出す」
「……冷気が。……アイゼン卿。これこそ、私が今一番欲しかったものです」
私は小剣を手に取り、その鋭利な刃を指でなぞった。
ギルバート卿が、ようやく少しだけ満足げに微笑む。
「……気に入ったか。やはり君には、戦う意志が……」
「ええ! これなら、解凍し忘れたお肉を、冷気を出しながらスパスパ切れます! しかも刃こぼれしなさそうですし、カボチャのような硬い野菜も一刀両断できそうです!」
「……包丁代わりにするな! それは魔剣だ! 国王陛下から賜った業物(わざもの)なんだぞ!」
「食材も命ですから、業物で捌くのが礼儀というものでしょう。卿、ありがとうございます。これで私のキッチンは、最強の武装を整えました」
私は小剣を腰……ではなく、エプロンの紐の隙間に差し込んだ。
ギルバート卿はついにその場に座り込み、両手で顔を覆った。
「……なぜだ。……なぜ、すべての贈り物が、厨房の備品に変換されるんだ……。私の愛は……調理器具の補充と同義なのか……」
「卿。愛とは、日々の生活を支える献身のことです。卿のおかげで、私の食卓はより豊かになります。これ以上の愛があるでしょうか」
私が真顔で問いかけると、ギルバート卿は顔を上げ、赤い顔で私を凝視した。
「……献身。……生活を、支える……。……そうか。……君にとっては、それが最大の賛辞なのだな」
「はい。私は、宝石を眺めてお腹を満たすことはできませんが、あの石で漬けたカブなら、卿と一緒に笑顔で食べられます」
「…………っ。……ポンド。君は……、君は本当に、ずるい女だ」
ギルバート卿は、立ち上がると私の頭を乱暴に撫でた。
その手は震えていたが、先ほどまでの落胆は消え、どこか吹っ切れたような明るい色が瞳に宿っていた。
「……分かった。……ならば、明日は最高級の『まな板』を探してこよう。……ダイヤモンドより硬い木材を使った、伝説のまな板だ」
「まあ、楽しみです! ついでに、切れ味の鋭いピーラーもお願いします」
「……ああ、任せておけ。……騎士団の全ネットワークを使って、世界最高の皮むき器を見つけ出してやる」
部下たちが「団長、目的が変わってます!」と叫んでいたが、ギルバート卿は清々しい顔で空を仰いでいた。
泥沼令嬢のプレゼント。
それは、宝石を実用性に、魔剣を調理器具に変える錬金術のような日々。
でも、そのズレた贈り物の数々が、私の心を(物理的に)満たしていくのは確かだった。
アンの声に、私は愛読している『世界の珍味図鑑』から顔を上げた。
窓の外を見ると、ギルバート卿が騎士団の部下数名に大きな木箱を運ばせている。
その表情は、これから敵国の城を攻め落とす将軍のように峻厳だ。
「……ポンド。昨日の告白(という名の契約交渉)の結果を考え、追加の支援物資を持ってきた」
「支援物資……。まさか、冬に備えての保存食ですか? 干し肉なら歓迎ですよ」
「……いや。……これだ。開けてみろ」
ギルバート卿が合図をすると、部下たちが恭しく木箱の蓋を開けた。
そこには、私の頭ほどもある、巨大で青い輝きを放つ宝石の原石が鎮座していた。
あまりの輝きに、テラスが真っ青に染まる。
「……ポンド。これは北部の極寒地でしか採れない『蒼龍の涙』という魔宝石だ。一つで城が建つと言われている。君の瞳に似ていたからな」
「…………」
私は無言で宝石に近づいた。
そして、その重さを確かめるように両手で抱え上げた。
ずっしりとした、心地よい重量感。
「……アイゼン卿。これ、最高です」
「……分かってくれたか。やはり君には、本物の輝きが似合う……」
「ええ。この滑らかな表面、適度な重さ、そして冷気を帯びた質感……。昨日、料理長と『もっと冷たくて重い漬物石があれば、カブがより美味しく漬かるのに』と話していたところなのです」
「…………。……漬物、石?」
ギルバート卿の顔から、さーっと血の気が引いていく。
私は構わず、その「蒼龍の涙」を床に置き、理想的な圧力がかかるかシミュレーションを始めた。
「見てください、この角の丸み。樽の蓋を傷つけずに、均等に重さをかけられます。さすが卿、私の食生活の細かな悩みまで把握していらっしゃるとは」
「……ポンド。それは城が建つ価値があると言ったはずだ……。カブを……城の価値がある石で押さえるのか……?」
「城よりも、美味しい漬物の方が日々の生活には重要ですから。ありがとうございます。大切に(樽の上に)使わせていただきますね」
ギルバート卿は膝をつき、しばらく地面を見つめていた。
だが、彼は不屈の男だった。すぐに立ち上がると、次の木箱を指差した。
「……よかろう。石の使い道は君の自由だ。……では、次はこれだ。王都最高のデザイナーが、君のために織り上げたドレスだ」
箱の中から現れたのは、銀糸で刺繍が施された、最高級のシルクドレスだった。
光の当たり方で色が変わる、魔法のような布地。
「……まあ。……この布、すごく丈夫そうですね」
「……ああ。防刃(ぼうじん)加工も施してある。君の身を守るための、最強の正装だ」
「防刃……。つまり、油が跳ねても、熱いスープがかかっても、生地が傷みにくいということですね? これなら、唐揚げを揚げている時のエプロン代わりに最適です」
「……エプロン……。……ポンド。これは王宮の晩餐会で着るための……」
「晩餐会よりも、自宅のキッチンの方が戦場ですから。この防刃性能があれば、殻の硬いカニを捌く時も安心です。素晴らしい実用性ですね」
ギルバート卿が、今度は壁に手をついて項垂れた。
彼の後ろに控えていた部下たちが「団長……頑張ってください……」と涙ぐんでいる。
「……ポンド。君は、飾り立てることに興味がないのか」
「ありますよ。お皿の彩りには、人一倍うるさいつもりです」
「…………。……では、最後だ。これは贈り物というより、護身用だが……。君にこれを授けたい」
ギルバート卿が差し出したのは、美しい装飾が施された小剣だった。
鞘には小さな魔石が埋め込まれ、抜けば鋭い輝きを放っている。
「……君の身に何かあった時、私が駆けつけるまでの時間稼ぎに使ってほしい。私の魔力を込めてあるから、振れば冷気が飛び出す」
「……冷気が。……アイゼン卿。これこそ、私が今一番欲しかったものです」
私は小剣を手に取り、その鋭利な刃を指でなぞった。
ギルバート卿が、ようやく少しだけ満足げに微笑む。
「……気に入ったか。やはり君には、戦う意志が……」
「ええ! これなら、解凍し忘れたお肉を、冷気を出しながらスパスパ切れます! しかも刃こぼれしなさそうですし、カボチャのような硬い野菜も一刀両断できそうです!」
「……包丁代わりにするな! それは魔剣だ! 国王陛下から賜った業物(わざもの)なんだぞ!」
「食材も命ですから、業物で捌くのが礼儀というものでしょう。卿、ありがとうございます。これで私のキッチンは、最強の武装を整えました」
私は小剣を腰……ではなく、エプロンの紐の隙間に差し込んだ。
ギルバート卿はついにその場に座り込み、両手で顔を覆った。
「……なぜだ。……なぜ、すべての贈り物が、厨房の備品に変換されるんだ……。私の愛は……調理器具の補充と同義なのか……」
「卿。愛とは、日々の生活を支える献身のことです。卿のおかげで、私の食卓はより豊かになります。これ以上の愛があるでしょうか」
私が真顔で問いかけると、ギルバート卿は顔を上げ、赤い顔で私を凝視した。
「……献身。……生活を、支える……。……そうか。……君にとっては、それが最大の賛辞なのだな」
「はい。私は、宝石を眺めてお腹を満たすことはできませんが、あの石で漬けたカブなら、卿と一緒に笑顔で食べられます」
「…………っ。……ポンド。君は……、君は本当に、ずるい女だ」
ギルバート卿は、立ち上がると私の頭を乱暴に撫でた。
その手は震えていたが、先ほどまでの落胆は消え、どこか吹っ切れたような明るい色が瞳に宿っていた。
「……分かった。……ならば、明日は最高級の『まな板』を探してこよう。……ダイヤモンドより硬い木材を使った、伝説のまな板だ」
「まあ、楽しみです! ついでに、切れ味の鋭いピーラーもお願いします」
「……ああ、任せておけ。……騎士団の全ネットワークを使って、世界最高の皮むき器を見つけ出してやる」
部下たちが「団長、目的が変わってます!」と叫んでいたが、ギルバート卿は清々しい顔で空を仰いでいた。
泥沼令嬢のプレゼント。
それは、宝石を実用性に、魔剣を調理器具に変える錬金術のような日々。
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