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「おお、リーフィ! よくぞ参った! 待ちわびていたぞ!」
王城、「王の間」。
本来なら謁見の手続きだけで一週間はかかる場所だが、今回は緊急事態ということでノーパスで通された。
重厚な扉を開けた瞬間、国王陛下が玉座から転がり落ちそうな勢いで身を乗り出した。
その横には、青ざめた王妃様と、何が起きているのか分からずポカンとしているアレクセイ殿下の姿がある。
「リーフィ! 其方の『仕掛け(リーフィ・ロック)』のおかげで、あのふざけた契約が無効だと判明した! でかしたぞ!」
国王陛下が諸手を挙げて私を称賛する。
「ありがとうございます、陛下。リスク管理は事務屋の基本ですので」
私は事務的に頭を下げた。
「うむうむ! それでだ、リーフィよ。契約自体は無効だが、相手の商会が『王子のサインがあるのに無効とは何事か!』と騒ぎ立てておってな……」
陛下は言いづらそうに視線を泳がせた。
「国際的な信用問題に関わる。そこでだ。……其方、戻ってきてはくれぬか?」
「戻る、とは?」
「アレクセイとの婚約を復活させ、次期王妃として、この商会との交渉および事後処理、そして今後の王子の監督を任せたいのだ!」
出た。
予想通りの展開だ。
要するに、「お前の元カレ(粗大ゴミ)が散らかした部屋を、責任を持って片付けろ。そして一生介護しろ」と言っているわけだ。
隣のアレクセイ殿下も、期待に満ちた目で私を見ている。
「リーフィ! 父上もこう言っている! 僕も許してやるから、戻ってきてもいいぞ! やはり僕には君の『補佐』が必要だと分かったんだ!」
どの口が言うか。
私は冷ややかな目で殿下を見つめた。
「殿下。訂正させていただきます。『補佐』ではありません。『尻拭い』です」
「うぐっ……」
「そして陛下。大変光栄なお申し出ですが……」
私は懐から、一枚の封筒を取り出した。
「その件につきましては、こちらの書面にて回答とさせていただきます」
「な、なんだこれは?」
侍従が封筒を受け取り、陛下に手渡す。
陛下は震える手で封筒を開け、中身を取り出した。
そこに書かれているのは、たった三行の文章。
『再就職先決定通知書』
『拝啓 平素よりお世話になっております。この度、私リーフィ・ベルンシュタインは、宰相府への就職(永久就職含む)が内定いたしました。つきましては、他社(王家)からのオファーは一切お受けできません。 敬具』
「……な、なんだと!?」
陛下が絶叫した。
「さ、宰相府への就職だと!? しかも『永久』とはどういうことだ!」
「文字通りの意味です」
私は隣に立つクライヴ閣下を見上げた。
閣下は、いつもの「氷の宰相」の仮面を被り、完璧な無表情で頷いた。
「陛下。彼女は現在、私の『私的秘書』兼『公的補佐官』兼『婚約者』として契約済みです。違約金は……そうですね、先ほどの商会の契約にならって、国家予算五百年分としましょうか」
「ご、五百年……!?」
「はい。我がアークライト家と王家が全面戦争になっても構わないというのであれば、彼女の引き抜きに応じますが?」
閣下の背後から、どす黒いオーラが立ち上る。
陛下と王妃様が抱き合って震え上がった。
「く、クライヴ……其方、本気か? 国一番の才女を独占する気か?」
「独占ではありません。適材適所です」
閣下は淡々と言い放った。
「彼女の能力は、アレクセイ殿下の『お守り』に使うにはあまりに惜しい。国政の中枢で、より高度な業務(と私のメンタルケア)に従事させるべきです。それが国益というものです」
「ぐぬぬ……正論だが……しかし、それではアレクセイはどうなる!」
王妃様が悲鳴を上げた。
「あの子は一人では靴下も履けないのよ!? 公務なんて無理よ! 誰が管理するの!?」
「母親である王妃様がなさればよろしいのでは?」
私が即答すると、王妃様は「ひぃっ」と息を呑んだ。
「わ、私は忙しいの! お茶会とかエステとか……!」
「では、ご自分で優秀な家庭教師を雇ってください。ただし、私レベルの人材をお求めなら、報酬は金貨一万枚からになりますが」
「金貨一万枚……!」
「リーフィ、待ってくれ!」
アレクセイ殿下が叫んだ。
「金なら払う! 僕の小遣いを全部やってもいい! だから戻ってきてくれ! 君がいないと、僕は……僕は……!」
殿下は玉座の階段を駆け下り、私の手を取ろうとした。
「昨日の夜、一人で寝るのが怖かったんだ! 君がいつも読んでくれた絵本がないと眠れない!」
「……子供ですか」
私は呆れて一歩下がった。
「殿下。あなたはもう十八歳です。絵本ではなく、決算報告書を読んで寝てください。睡眠導入効果は抜群ですよ」
「そんなの読みたくない! リーフィがいいんだ!」
殿下が駄々をこねて地団駄を踏む。
その見苦しい姿に、周囲の衛兵たちも視線を逸らしている。
私は溜息をついた。
「……陛下。ご覧の通りです」
私は冷徹に告げた。
「この物件(殿下)のリフォームは、私の手には負えません。基礎工事からやり直す必要があります」
「き、基礎工事……」
「はい。一度、平民として下働きでもさせて、世間の厳しさを教え込むのが最善かと。……私の『再教育プログラム』なら提供できますが?」
「そ、それは具体的にどのような……?」
「『無人島サバイバル研修』です。水と食料は現地調達、魔獣との対話(物理)を含む、二週間の集中コースです」
「死ぬ! 死んでしまう!」
王妃様が泡を吹いて倒れた。
「……というわけですので」
私はニッコリと微笑んだ。
「王家からのSOS(救難信号)は、却下させていただきます。私は現在、宰相閣下の業務改革で手一杯ですので」
「そ、そんな……」
陛下が玉座に沈み込む。
「商会の件はどうするのだ……奴らは強敵だぞ……」
「ああ、それでしたら」
閣下が冷ややかに口を挟んだ。
「私が処理します。ただし」
「た、ただし?」
「今回の件、殿下の失態として公表させていただきます。そして、その尻拭いにかかった費用は、すべて王家の私財から捻出していただきます」
「なっ……!?」
「当然でしょう。私の婚約者(リーフィ)の手を煩わせるのですから、それなりの対価はいただきます」
閣下は私の方を向き、優しく微笑んだ。
「行こう、リーフィ。君がこんな空気の悪い場所にいると、肌に悪い」
「そうですね。早く帰って、新しい計算機のマニュアルを読みたいです」
私たちは、呆然とする王族たちを残し、踵を返した。
背後から「待ってくれー!」「リーフィ、見捨てないでくれー!」という情けない声が聞こえてきたが、私の耳には届かない(※聴覚フィルタリング機能発動)。
廊下に出ると、閣下がふぅ、と息を吐いた。
「……よく言った、リーフィ」
「事実を述べたまでです」
「『永久就職』……その言葉、忘れさせないからな」
閣下が嬉しそうに私の手を握りしめる。
「契約書はまだ作成していませんが」
「口頭契約も有効だ。証人はあの場にいた全員だ」
閣下は楽しげに笑った。
だが、王家がこれで諦めるとは思えない。
特に、追い詰められた人間は何をするかわからない。
その予感は的中する。
翌日、私が市場調査のために街へ出た際、王家の紋章をつけた騎士団の一隊が、私の前に立ちはだかることになるのだ。
「……懲りない人たちですね」
その時の私は、まだ余裕を持っていた。
最強の番犬(宰相)が隣にいることを忘れていた騎士団長に、少しだけ同情しながら。
王城、「王の間」。
本来なら謁見の手続きだけで一週間はかかる場所だが、今回は緊急事態ということでノーパスで通された。
重厚な扉を開けた瞬間、国王陛下が玉座から転がり落ちそうな勢いで身を乗り出した。
その横には、青ざめた王妃様と、何が起きているのか分からずポカンとしているアレクセイ殿下の姿がある。
「リーフィ! 其方の『仕掛け(リーフィ・ロック)』のおかげで、あのふざけた契約が無効だと判明した! でかしたぞ!」
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「うむうむ! それでだ、リーフィよ。契約自体は無効だが、相手の商会が『王子のサインがあるのに無効とは何事か!』と騒ぎ立てておってな……」
陛下は言いづらそうに視線を泳がせた。
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「戻る、とは?」
「アレクセイとの婚約を復活させ、次期王妃として、この商会との交渉および事後処理、そして今後の王子の監督を任せたいのだ!」
出た。
予想通りの展開だ。
要するに、「お前の元カレ(粗大ゴミ)が散らかした部屋を、責任を持って片付けろ。そして一生介護しろ」と言っているわけだ。
隣のアレクセイ殿下も、期待に満ちた目で私を見ている。
「リーフィ! 父上もこう言っている! 僕も許してやるから、戻ってきてもいいぞ! やはり僕には君の『補佐』が必要だと分かったんだ!」
どの口が言うか。
私は冷ややかな目で殿下を見つめた。
「殿下。訂正させていただきます。『補佐』ではありません。『尻拭い』です」
「うぐっ……」
「そして陛下。大変光栄なお申し出ですが……」
私は懐から、一枚の封筒を取り出した。
「その件につきましては、こちらの書面にて回答とさせていただきます」
「な、なんだこれは?」
侍従が封筒を受け取り、陛下に手渡す。
陛下は震える手で封筒を開け、中身を取り出した。
そこに書かれているのは、たった三行の文章。
『再就職先決定通知書』
『拝啓 平素よりお世話になっております。この度、私リーフィ・ベルンシュタインは、宰相府への就職(永久就職含む)が内定いたしました。つきましては、他社(王家)からのオファーは一切お受けできません。 敬具』
「……な、なんだと!?」
陛下が絶叫した。
「さ、宰相府への就職だと!? しかも『永久』とはどういうことだ!」
「文字通りの意味です」
私は隣に立つクライヴ閣下を見上げた。
閣下は、いつもの「氷の宰相」の仮面を被り、完璧な無表情で頷いた。
「陛下。彼女は現在、私の『私的秘書』兼『公的補佐官』兼『婚約者』として契約済みです。違約金は……そうですね、先ほどの商会の契約にならって、国家予算五百年分としましょうか」
「ご、五百年……!?」
「はい。我がアークライト家と王家が全面戦争になっても構わないというのであれば、彼女の引き抜きに応じますが?」
閣下の背後から、どす黒いオーラが立ち上る。
陛下と王妃様が抱き合って震え上がった。
「く、クライヴ……其方、本気か? 国一番の才女を独占する気か?」
「独占ではありません。適材適所です」
閣下は淡々と言い放った。
「彼女の能力は、アレクセイ殿下の『お守り』に使うにはあまりに惜しい。国政の中枢で、より高度な業務(と私のメンタルケア)に従事させるべきです。それが国益というものです」
「ぐぬぬ……正論だが……しかし、それではアレクセイはどうなる!」
王妃様が悲鳴を上げた。
「あの子は一人では靴下も履けないのよ!? 公務なんて無理よ! 誰が管理するの!?」
「母親である王妃様がなさればよろしいのでは?」
私が即答すると、王妃様は「ひぃっ」と息を呑んだ。
「わ、私は忙しいの! お茶会とかエステとか……!」
「では、ご自分で優秀な家庭教師を雇ってください。ただし、私レベルの人材をお求めなら、報酬は金貨一万枚からになりますが」
「金貨一万枚……!」
「リーフィ、待ってくれ!」
アレクセイ殿下が叫んだ。
「金なら払う! 僕の小遣いを全部やってもいい! だから戻ってきてくれ! 君がいないと、僕は……僕は……!」
殿下は玉座の階段を駆け下り、私の手を取ろうとした。
「昨日の夜、一人で寝るのが怖かったんだ! 君がいつも読んでくれた絵本がないと眠れない!」
「……子供ですか」
私は呆れて一歩下がった。
「殿下。あなたはもう十八歳です。絵本ではなく、決算報告書を読んで寝てください。睡眠導入効果は抜群ですよ」
「そんなの読みたくない! リーフィがいいんだ!」
殿下が駄々をこねて地団駄を踏む。
その見苦しい姿に、周囲の衛兵たちも視線を逸らしている。
私は溜息をついた。
「……陛下。ご覧の通りです」
私は冷徹に告げた。
「この物件(殿下)のリフォームは、私の手には負えません。基礎工事からやり直す必要があります」
「き、基礎工事……」
「はい。一度、平民として下働きでもさせて、世間の厳しさを教え込むのが最善かと。……私の『再教育プログラム』なら提供できますが?」
「そ、それは具体的にどのような……?」
「『無人島サバイバル研修』です。水と食料は現地調達、魔獣との対話(物理)を含む、二週間の集中コースです」
「死ぬ! 死んでしまう!」
王妃様が泡を吹いて倒れた。
「……というわけですので」
私はニッコリと微笑んだ。
「王家からのSOS(救難信号)は、却下させていただきます。私は現在、宰相閣下の業務改革で手一杯ですので」
「そ、そんな……」
陛下が玉座に沈み込む。
「商会の件はどうするのだ……奴らは強敵だぞ……」
「ああ、それでしたら」
閣下が冷ややかに口を挟んだ。
「私が処理します。ただし」
「た、ただし?」
「今回の件、殿下の失態として公表させていただきます。そして、その尻拭いにかかった費用は、すべて王家の私財から捻出していただきます」
「なっ……!?」
「当然でしょう。私の婚約者(リーフィ)の手を煩わせるのですから、それなりの対価はいただきます」
閣下は私の方を向き、優しく微笑んだ。
「行こう、リーフィ。君がこんな空気の悪い場所にいると、肌に悪い」
「そうですね。早く帰って、新しい計算機のマニュアルを読みたいです」
私たちは、呆然とする王族たちを残し、踵を返した。
背後から「待ってくれー!」「リーフィ、見捨てないでくれー!」という情けない声が聞こえてきたが、私の耳には届かない(※聴覚フィルタリング機能発動)。
廊下に出ると、閣下がふぅ、と息を吐いた。
「……よく言った、リーフィ」
「事実を述べたまでです」
「『永久就職』……その言葉、忘れさせないからな」
閣下が嬉しそうに私の手を握りしめる。
「契約書はまだ作成していませんが」
「口頭契約も有効だ。証人はあの場にいた全員だ」
閣下は楽しげに笑った。
だが、王家がこれで諦めるとは思えない。
特に、追い詰められた人間は何をするかわからない。
その予感は的中する。
翌日、私が市場調査のために街へ出た際、王家の紋章をつけた騎士団の一隊が、私の前に立ちはだかることになるのだ。
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