悪役令嬢は、婚約破棄を「秒」で承諾する。

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
16 / 28

16

しおりを挟む
「おお、リーフィ! よくぞ参った! 待ちわびていたぞ!」

王城、「王の間」。

本来なら謁見の手続きだけで一週間はかかる場所だが、今回は緊急事態ということでノーパスで通された。

重厚な扉を開けた瞬間、国王陛下が玉座から転がり落ちそうな勢いで身を乗り出した。

その横には、青ざめた王妃様と、何が起きているのか分からずポカンとしているアレクセイ殿下の姿がある。

「リーフィ! 其方の『仕掛け(リーフィ・ロック)』のおかげで、あのふざけた契約が無効だと判明した! でかしたぞ!」

国王陛下が諸手を挙げて私を称賛する。

「ありがとうございます、陛下。リスク管理は事務屋の基本ですので」

私は事務的に頭を下げた。

「うむうむ! それでだ、リーフィよ。契約自体は無効だが、相手の商会が『王子のサインがあるのに無効とは何事か!』と騒ぎ立てておってな……」

陛下は言いづらそうに視線を泳がせた。

「国際的な信用問題に関わる。そこでだ。……其方、戻ってきてはくれぬか?」

「戻る、とは?」

「アレクセイとの婚約を復活させ、次期王妃として、この商会との交渉および事後処理、そして今後の王子の監督を任せたいのだ!」

出た。

予想通りの展開だ。

要するに、「お前の元カレ(粗大ゴミ)が散らかした部屋を、責任を持って片付けろ。そして一生介護しろ」と言っているわけだ。

隣のアレクセイ殿下も、期待に満ちた目で私を見ている。

「リーフィ! 父上もこう言っている! 僕も許してやるから、戻ってきてもいいぞ! やはり僕には君の『補佐』が必要だと分かったんだ!」

どの口が言うか。

私は冷ややかな目で殿下を見つめた。

「殿下。訂正させていただきます。『補佐』ではありません。『尻拭い』です」

「うぐっ……」

「そして陛下。大変光栄なお申し出ですが……」

私は懐から、一枚の封筒を取り出した。

「その件につきましては、こちらの書面にて回答とさせていただきます」

「な、なんだこれは?」

侍従が封筒を受け取り、陛下に手渡す。

陛下は震える手で封筒を開け、中身を取り出した。

そこに書かれているのは、たった三行の文章。

『再就職先決定通知書』

『拝啓 平素よりお世話になっております。この度、私リーフィ・ベルンシュタインは、宰相府への就職(永久就職含む)が内定いたしました。つきましては、他社(王家)からのオファーは一切お受けできません。 敬具』

「……な、なんだと!?」

陛下が絶叫した。

「さ、宰相府への就職だと!? しかも『永久』とはどういうことだ!」

「文字通りの意味です」

私は隣に立つクライヴ閣下を見上げた。

閣下は、いつもの「氷の宰相」の仮面を被り、完璧な無表情で頷いた。

「陛下。彼女は現在、私の『私的秘書』兼『公的補佐官』兼『婚約者』として契約済みです。違約金は……そうですね、先ほどの商会の契約にならって、国家予算五百年分としましょうか」

「ご、五百年……!?」

「はい。我がアークライト家と王家が全面戦争になっても構わないというのであれば、彼女の引き抜きに応じますが?」

閣下の背後から、どす黒いオーラが立ち上る。

陛下と王妃様が抱き合って震え上がった。

「く、クライヴ……其方、本気か? 国一番の才女を独占する気か?」

「独占ではありません。適材適所です」

閣下は淡々と言い放った。

「彼女の能力は、アレクセイ殿下の『お守り』に使うにはあまりに惜しい。国政の中枢で、より高度な業務(と私のメンタルケア)に従事させるべきです。それが国益というものです」

「ぐぬぬ……正論だが……しかし、それではアレクセイはどうなる!」

王妃様が悲鳴を上げた。

「あの子は一人では靴下も履けないのよ!? 公務なんて無理よ! 誰が管理するの!?」

「母親である王妃様がなさればよろしいのでは?」

私が即答すると、王妃様は「ひぃっ」と息を呑んだ。

「わ、私は忙しいの! お茶会とかエステとか……!」

「では、ご自分で優秀な家庭教師を雇ってください。ただし、私レベルの人材をお求めなら、報酬は金貨一万枚からになりますが」

「金貨一万枚……!」

「リーフィ、待ってくれ!」

アレクセイ殿下が叫んだ。

「金なら払う! 僕の小遣いを全部やってもいい! だから戻ってきてくれ! 君がいないと、僕は……僕は……!」

殿下は玉座の階段を駆け下り、私の手を取ろうとした。

「昨日の夜、一人で寝るのが怖かったんだ! 君がいつも読んでくれた絵本がないと眠れない!」

「……子供ですか」

私は呆れて一歩下がった。

「殿下。あなたはもう十八歳です。絵本ではなく、決算報告書を読んで寝てください。睡眠導入効果は抜群ですよ」

「そんなの読みたくない! リーフィがいいんだ!」

殿下が駄々をこねて地団駄を踏む。

その見苦しい姿に、周囲の衛兵たちも視線を逸らしている。

私は溜息をついた。

「……陛下。ご覧の通りです」

私は冷徹に告げた。

「この物件(殿下)のリフォームは、私の手には負えません。基礎工事からやり直す必要があります」

「き、基礎工事……」

「はい。一度、平民として下働きでもさせて、世間の厳しさを教え込むのが最善かと。……私の『再教育プログラム』なら提供できますが?」

「そ、それは具体的にどのような……?」

「『無人島サバイバル研修』です。水と食料は現地調達、魔獣との対話(物理)を含む、二週間の集中コースです」

「死ぬ! 死んでしまう!」

王妃様が泡を吹いて倒れた。

「……というわけですので」

私はニッコリと微笑んだ。

「王家からのSOS(救難信号)は、却下させていただきます。私は現在、宰相閣下の業務改革で手一杯ですので」

「そ、そんな……」

陛下が玉座に沈み込む。

「商会の件はどうするのだ……奴らは強敵だぞ……」

「ああ、それでしたら」

閣下が冷ややかに口を挟んだ。

「私が処理します。ただし」

「た、ただし?」

「今回の件、殿下の失態として公表させていただきます。そして、その尻拭いにかかった費用は、すべて王家の私財から捻出していただきます」

「なっ……!?」

「当然でしょう。私の婚約者(リーフィ)の手を煩わせるのですから、それなりの対価はいただきます」

閣下は私の方を向き、優しく微笑んだ。

「行こう、リーフィ。君がこんな空気の悪い場所にいると、肌に悪い」

「そうですね。早く帰って、新しい計算機のマニュアルを読みたいです」

私たちは、呆然とする王族たちを残し、踵を返した。

背後から「待ってくれー!」「リーフィ、見捨てないでくれー!」という情けない声が聞こえてきたが、私の耳には届かない(※聴覚フィルタリング機能発動)。

廊下に出ると、閣下がふぅ、と息を吐いた。

「……よく言った、リーフィ」

「事実を述べたまでです」

「『永久就職』……その言葉、忘れさせないからな」

閣下が嬉しそうに私の手を握りしめる。

「契約書はまだ作成していませんが」

「口頭契約も有効だ。証人はあの場にいた全員だ」

閣下は楽しげに笑った。

だが、王家がこれで諦めるとは思えない。

特に、追い詰められた人間は何をするかわからない。

その予感は的中する。

翌日、私が市場調査のために街へ出た際、王家の紋章をつけた騎士団の一隊が、私の前に立ちはだかることになるのだ。

「……懲りない人たちですね」

その時の私は、まだ余裕を持っていた。

最強の番犬(宰相)が隣にいることを忘れていた騎士団長に、少しだけ同情しながら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?

山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。

お子ちゃま王子様と婚約破棄をしたらその後出会いに恵まれました

さこの
恋愛
   私の婚約者は一つ歳下の王子様。私は伯爵家の娘で資産家の娘です。  学園卒業後は私の家に婿入りすると決まっている。第三王子殿下と言うこともあり甘やかされて育って来て、子供の様に我儘。 婚約者というより歳の離れた弟(出来の悪い)みたい……  この国は実力主義社会なので、我儘王子様は婿入りが一番楽なはずなんだけど……    私は口うるさい?   好きな人ができた?  ……婚約破棄承りました。  全二十四話の、五万字ちょっとの執筆済みになります。完結まで毎日更新します( .ˬ.)"

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。

木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」 結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。 彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。 身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。 こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。 マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。 「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」 一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。 それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。 それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。 夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。

処理中です...