婚約破棄された悪役令嬢なのに、なぜか求婚される?

パリパリかぷちーの

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「……黒ですね」

私は鏡に映る自分を見て、ポツリと呟いた。

王都の一等地にある高級ブティック。
その貸切の試着室で、私は今、アイザック様が選んだドレスを身に纏っている。

深い、夜の海のようなミッドナイトブルーの生地。
装飾は最低限だが、カッティングが鋭く、身体のラインを美しく(そして冷たく)見せるデザイン。
襟元は詰まっており、肌の露出は少ないが、それが逆に禁欲的な色気を醸し出している――らしい。

「ああ、完璧だ」

背後で腕を組んで見守っていたアイザック様が、深く頷いた。

「そのドレスなら、近づく男を凍死させられそうだ」

「……褒め言葉として受け取っておきます」

「もちろん褒めている。君の冷徹な美貌が際立っているぞ。まるで『死の女神』のようだ」

「不吉すぎませんか?」

しかし、私としても異存はない。
フリルやレースが過剰についたパステルカラーのドレス(クラーク王太子の好みだ)は、動きにくいし管理が面倒だ。
このドレスなら、汚れも目立ちにくいし、何より相手に威圧感を与えられる。
「話しかけるな」という無言のメッセージを発するのに最適だ。

「これに決めます。会計を」

「店ごと買うか?」

「いりません。ドレス一着で十分です」

私は即座に却下し、着替えを済ませた。
買い物はわずか30分で終了。
私の決断の早さに、店のマダムも「まあ、なんて効率的な!」と驚いていた。

 ***

「さて、次は……」

店を出て馬車に乗り込むと、アイザック様が行き先を御者に告げた。

「騎士団本部へ」

「……はい?」

私は読みかけの本を開こうとしていた手を止めた。

「騎士団本部? 私の聞き間違いでなければ、そこは汗と埃と筋肉の巣窟ですよね?」

「正解だ」

「なぜデートでそんな場所へ? カフェで優雅にお茶、という選択肢はないのですか?」

「甘い菓子なら家で食える。だが、君に見せたいものがあるんだ」

アイザック様は、子供のようなワクワクした顔で言った。

「俺の職場だ。そして、俺の部下たちだ」

「……公私混同では?」

「君は俺の妻になる。つまり、彼らにとっては『閣下の奥方様』だ。早めに顔合わせをしておいて損はない」

一理ある。
もし将来、アイザック様が過労で倒れたりした場合、私が騎士団に連絡を入れる必要が出てくるかもしれない。
連絡網の確認だと思えば、無駄足ではないか。

「わかりました。ただし、長居は無用ですよ。埃っぽいのは苦手ですので」

「ああ、わかっている。……楽しみにしていてくれ」

彼のその含みのある笑みに、私は一抹の不安を覚えた。

 ***

王都の郊外にある、王宮騎士団本部。
広大な敷地には、訓練場、宿舎、武器庫などが立ち並んでいる。

馬車が訓練場の横に止まると、そこからは怒号と金属音が響き渡っていた。

「やあぁぁっ!」
「まだまだぁ!」
「温いぞ貴様らぁぁ!」

数百人の騎士たちが、剣を振るい、模擬戦を行っている。
土煙が舞い、熱気がムンムンと漂ってくる。

(……帰りたくなってきた)

私は馬車から降りた瞬間、眉間に皺を寄せた。
騒音。粉塵。汗の臭い。
私が最も嫌う「非効率的で野蛮な環境」がそこにあった。

「注目!!」

アイザック様が、よく通る声で叫んだ。

その一言で、訓練場が静まり返った。
数百人の屈強な男たちが、一斉に動きを止め、こちらを向き、直立不動の姿勢をとる。

「団長閣下! お疲れ様です!」

地響きのような挨拶。

アイザック様は悠然と頷き、私の背中に手を添えて前に押し出した。

「紹介する。俺の婚約者、ローゼン・ベルク嬢だ」

ざわっ……。
騎士たちの間に動揺が走る。

「こ、婚約者……?」
「あの『氷の公爵』に春が……?」
「しかも、相手はあの噂の『悪役令嬢』か……?」
「すげぇ美人だ……でも、目が死ぬほど怖いぞ……」

ひそひそ話が聞こえてくる。
私は扇で口元を隠し、冷ややかな視線で彼らを一瞥した。

(……統率が取れていないわね。私語が多い)

アイザック様は、私の耳元で囁いた。

「ローゼン。彼らに一言、挨拶を頼む」

「挨拶? 『よろしくお願いします』でいいですか?」

「いや。……彼らは最近、たるんでいるんだ。君のその厳しい目で、叱咤激励してやってくれ」

「は? 初対面の人間に説教しろと?」

「頼む。君の合理的な視点から、彼らの無能さを指摘してやってほしい」

アイザック様の目は本気だった。
どういう趣味だ。
しかし、ここで断ってゴネるのも時間が惜しい。
さっさと終わらせて帰ろう。

私は一歩前に進み出た。
数百人の視線が突き刺さる。
私は無表情のまま、マイクも使わずによく通る声(王妃教育の発声練習の賜物だ)で言い放った。

「皆様、初めまして。ローゼン・ベルクです」

シーン、と静まり返る。

「先ほど、馬車の中から皆様の訓練を拝見しておりました」

騎士たちがゴクリと唾を飲む。

「率直に申し上げて、非効率極まりないですね」

「えっ」

誰かが間の抜けた声を上げた。

私は扇で訓練場の一角を指した。

「そこのグループ。剣を振る回数ばかり気にしていますが、フォームが崩れています。間違ったフォームで千回振っても、変な癖がつくだけで時間の無駄です。今すぐやめて基礎を見直しなさい」

指された騎士たちが、ハッとして顔を見合わせる。

「それから、あちらのランニングをしている部隊。隊列が乱れています。足並みが揃っていないのは、互いの呼吸を意識していない証拠。戦場で連携が取れずに全滅する未来が見えます」

私は次々と、目についた問題点を淡々と指摘していった。

「休憩中の其方たち。水分の摂取量が足りません。脱水症状で倒れられたら、医療班のリソースを圧迫します。根性論で生理現象は誤魔化せません。飲みなさい」

「そして、全体的に声が大きすぎます。気合を入れるのは結構ですが、喉を潰して伝令に支障が出たらどうするのですか? 腹から声を出し、無駄な怒鳴り合いはやめなさい」

一通り指摘し終えて、私はふぅ、と息を吐いた。

「以上です。……ああ、埃っぽい。早く帰ってお風呂に入りたい」

最後の一言は独り言だったが、静寂に包まれた訓練場にはバッチリ響いてしまった。

(言いすぎたかしら……)

さすがに、騎士たちのプライドを傷つけたかもしれない。
ムッとして反論してくるだろうか。
あるいは、アイザック様に「女ごときが口を出すな」と抗議するだろうか。

私は身構えた。

しかし、返ってきた反応は予想外のものだった。

「……あ、ありがとうございます!!!」

一人の隊長格の男が、感極まった顔で叫んだ。

「的確だ……! 俺たちが薄々感じていた欠点を、一瞬で見抜かれたぞ!」

「すげぇ……閣下だけじゃなく、奥方様も鬼軍曹だ……!」

「しかも、俺たちの体調まで気遣ってくださったぞ……!(水飲めって言われた!)」

「『埃っぽい』って蔑まれた目……ゾクゾクしたな……」

「もっと罵ってほしい……俺たちの無能さを、その冷たい声で……!」

騎士たちの目が、キラキラと輝き始めた。
尊敬と畏怖、そして若干の倒錯した喜びが入り混じった、異様な熱気。

「は……?」

私は後ずさった。
何この集団。気持ち悪い。

アイザック様が、満足そうに頷いた。

「見ろ、ローゼン。彼らは喜んでいる」

「公爵様、貴方の部下たちは全員マゾヒストなのですか?」

「いや、彼らは強さを求める戦闘狂だ。自分より強い者、あるいは自分たちを正しく導く『支配者』には絶対服従する習性がある」

アイザック様は私の肩を抱いた。

「そして今、君は彼らを言葉だけで制圧した。……やはり君は最高だ。俺の騎士団の『裏番長』に相応しい」

「お断りします。私は二度とここには来ません」

「まあそう言うな。彼らも君に会いたがるだろう」

その時、騎士たちが一斉に敬礼した。

「ローゼン様! ご指導ありがとうございました!」
「また来てください! 次はもっと効率的に動いてみせます!」
「俺たちの無様な姿を、また見下しに来てください!」

地響きのような歓声。

私は顔を引きつらせながら、アイザック様の背中に隠れた。

「……帰ります。今すぐ」

「ははは! 照れているのか? 可愛いな」

「照れていません! 恐怖を感じているのです!」

私はアイザック様の腕を引っぱり、逃げるように馬車へと戻った。

 ***

帰りの馬車の中。
私はぐったりとシートに沈み込んでいた。

「……最悪のデートでした」

「そうか? 俺は楽しかったが」

「貴方はそうでしょうね。部下が変態揃いだということが露見しただけですが」

「彼らは優秀だよ。ただ、少しストイックすぎるだけだ」

アイザック様は上機嫌で、私の手を取った。

「だが、これでわかっただろう。俺の周りには、君のその『冷徹さ』を受け入れる土壌があるということだ」

「……あんな土壌、不毛の大地ですわ」

「クラーク殿下のように、『可愛げがない』などと言う奴は一人もいない。君は、君のままで君臨していればいい」

その言葉に、私は少しだけ口を噤んだ。

確かに。
王城では、常に「笑顔でいろ」「愛想を振りまけ」「男を立てろ」と言われ続けてきた。
私の地である合理主義や無表情は、矯正すべき欠点として扱われてきた。

けれど、この男は――そしてあの変な騎士たちは――それを「良し」とした。

(……居心地が良い、とは言わないけれど)

少なくとも、無理に笑顔を作る必要がないのは楽だ。

「……まあ、たまになら。気が向いたら、視察に行ってあげてもいいです」

私がそっぽを向いて呟くと、アイザック様は嬉しそうに私の髪を一房すくい、口付けた。

「感謝する。……さて、屋敷に帰ったら甘いものでも食べようか。君の大好きなチョコレートケーキを用意させてある」

「……! それは、効率的なエネルギー補給ですね」

私は条件反射で表情を緩めそうになり、慌てて真顔に戻した。

チョロい。
我ながら、餌付けされている自覚はある。
だが、美味しいものは正義だ。

こうして、波乱のデート(?)は幕を閉じた。

だが、私たちはまだ知らなかった。
この騎士団での一件が、「氷の公爵夫人は、閣下以上に恐ろしい軍師である」という尾ひれがついた噂となり、他国にまで轟くことになろうとは。

そして、その噂を聞きつけた「ある人物」が、新たなトラブルを持ち込んでくることも。
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