婚約破棄された悪役令嬢なのに、なぜか求婚される?

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
8 / 28

8

「な、ななな……舐めた、だと……!?」

クラーク王太子の顔が、茹でダコのように真っ赤に染まった。
隣にいるミーナも、パクパクと金魚のように口を開閉させている。

私の投下した「クリーム舐められ事件」の事実は、彼らの許容量(キャパシティ)を完全にオーバーしたようだ。

「ありえない! 嘘だ! あの『氷の公爵』が、そんな破廉恥な真似をするわけがない!」

クラーク様が叫んだ。
その声は裏返り、廊下に無様に響き渡る。

「そうだわ! 嘘よ、嘘に決まっています!」

ミーナもすぐに追随した。
彼女は私の顔を指差し、勝ち誇ったように笑った。

「ローゼン様、見え透いた嘘はおやめになった方がよろしくてよ? そんな作り話をしてまで、クラーク様の気を引きたいのですか?」

「気を引く?」

私は眉をひそめた。

「なぜ私が、不用品(クラーク様)の気を引く必要があるのです?」

「ふふ、またそうやって強がって! 本当は悔しいんでしょう? 私とクラーク様がラブラブなのが羨ましくて、妄想を口走ってしまったのよね?」

ミーナの思考回路は、今日も平常運転(お花畑)のようだ。
羨ましいほどのポジティブシンキングである。

クラーク様は、ミーナの言葉を聞いて自信を取り戻したらしい。
髪をかき上げ、キザなポーズで私に近づいてきた。

「なんだ、そういうことか。……ローゼン、君も可愛いところがあるじゃないか」

「……は?」

「僕に嫉妬させたくて、つい嘘をついてしまったんだろう? 『私だって愛されているんだから!』とアピールしたかったわけだ。……いじらしいな」

彼はニヤニヤと笑いながら、私に手を伸ばしてきた。

「わかった、わかった。その健気な努力に免じて、嘘は不問にしてやろう。さあ、素直になって僕の胸に飛び込んでおいで」

「……」

私は一歩、後ろに下がった。
物理的な距離を取るためと、単純に彼のつけている香水がきつかったからだ。

「殿下。耳鼻科だけでなく、脳神経外科の受診も強く推奨します」

「照れるなよ。君がアイザック公爵なんかに愛されているはずがない。あんな冷血漢、君のような可愛げのない女を相手にするものか」

クラーク様は断言した。

「君を本当に理解し、扱えるのは、広い心を持つこの僕だけだ。……さあ、意地を張るのはやめて、城に戻ろう(側室として)」

彼の論理は破綻している。
しかし、彼の中では完璧に成立しているらしい。
これが「王太子」という、生まれながらに肯定され続けてきた人間の末路か。

私は冷めた目で彼を見つめた。
反論するのも面倒だ。
どうせ何を言っても「ツンデレ」と変換されるのだから。

その時だった。

「……私の妻に対し、随分と失礼な口を利くのだな」

廊下の奥から、絶対零度の声が響いた。

空気が一瞬で凍りつく。
クラーク様とミーナが、ビクリと肩を震わせて振り返る。

そこには、壁に寄りかかり、腕を組んだアイザック様が立っていた。
その表情は笑顔だ。
だが、目は全く笑っていない。
背後には、黒いオーラのようなものが揺らめいているように見える。

「グ、グランディ公爵……!」

「今、何と言った? 私が彼女を相手にするはずがない、だと?」

アイザック様はゆっくりと、音もなく近づいてきた。
その圧迫感に、クラーク様たちが後ずさる。

「そ、そうだ! 事実だろう! 君のような冷徹な男が、ローゼンのような氷のような女を愛するわけがない! これは政略結婚だろう!?」

クラーク様が虚勢を張って叫ぶ。

アイザック様は私の隣まで来ると、私の腰をぐいと引き寄せた。

「……政略? ああ、確かに最初はそうだったかもしれないな」

彼は私の髪に口付けた。

「だが、今は違う。私は彼女の全てに魅了されている」

「なっ……!?」

「彼女の冷徹さも、合理性も、そして時折見せる無防備な表情も……全てが私の心を狂わせる」

アイザック様は、わざとらしく舌なめずりをした。

「先ほどのクリームの味も……格別だった」

「ひっ!!」

ミーナが悲鳴を上げた。
クラーク様は顔面蒼白だ。

「ほ、本当に……舐めたのか……?」

「ああ。君たちが邪魔しなければ、そのまま唇ごといただいていたところだ」

アイザック様は平然と言い放った。
私は隣で、無表情を保ちつつも内心で突っ込んでいた。
(言い方が猥褻です。誤解を招きます)
しかし、訂正はしない。
この勘違い男を撃退するには、これくらい劇薬の方が効果的だ。

「そ、そんな……馬鹿な……」

クラーク様は膝から崩れ落ちそうになっていた。
自分の「元婚約者はまだ自分に未練があるはずだ」という大前提が崩れ去り、アイデンティティが揺らいでいるのだろう。

「お引き取り願おうか、殿下」

アイザック様は冷たく告げた。

「これ以上、我々の愛の巣(公爵邸)を土足で荒らさないでいただきたい。……それとも、不法侵入で衛兵を呼びますか?」

「くっ……!」

クラーク様は悔しげに拳を握りしめ、私を睨んだ。

「ローゼン! 騙されるな! こいつは演技をしているだけだ! 君を利用しているんだ!」

「……利用されているのは、どちらでしょうね」

私はポツリと呟いた。

「少なくとも、ここでは私は『タダ働き』させられることはありません。残業代も出ますし、有給も取れます」

「なっ……金か!? 金で靡いたのか!?」

「ええ。愛より金と待遇です(即答)」

「き、貴様ぁぁぁ……!」

クラーク様が掴みかかろうとした瞬間、

バサァッ!!

天井から何かが降ってきた。
いや、廊下の影から一斉に人が飛び出してきたのだ。

「奥様に手を出すなー!!」
「不審者を排除せよ!!」
「俺たちの女神(ローゼン様)を守れぇぇ!!」

それは、モップや箒、布団叩きを持った使用人たちだった。
さらに、裏口からは訓練用の木刀を持った騎士たちも雪崩れ込んでくる。

「うわぁっ!? な、なんだこいつらは!?」

クラーク様とミーナが悲鳴を上げる。

「奥様が導入した『業務効率化』のおかげで、暇になった俺たちが警備に回れるようになったのだ!」

「奥様の安眠を妨害する奴は許さん!」

「帰れ! 帰れ!」

「ひぃぃぃっ!!」

殺気立った(そしてなぜか楽しそうな)使用人と騎士たちに追い立てられ、クラーク様とミーナは転がるように逃げ出した。

「お、覚えてろよローゼン! 僕を捨てたことを後悔させてやるからなー!!」

捨て台詞を残し、二人の姿は廊下の向こうへと消えていった。

 ***

静寂が戻った廊下。

「……やりすぎです」

私はため息をつき、集まった使用人たちを見た。

「殿下相手に暴行を働けば、不敬罪に問われますよ」

しかし、使用人たちは胸を張った。

「いいえ、奥様! 私たちはただ、熱心に『掃除』をしていただけです!」
「そうそう、大きなゴミがあったので、掃き出しただけでございます!」

なんて逞しい言い訳だ。
私は呆れつつも、少しだけ胸が温かくなった。
彼らが私を守ろうとしてくれたのは事実だからだ。

「……ありがとう。ですが、次はもっとスマートにやりなさい。怪我をしたら損ですから」

「はいっ!!」

使用人たちは嬉しそうに散っていった。

残されたのは私とアイザック様だけ。

「……助かりました」

私が礼を言うと、アイザック様はニヤリと笑った。

「礼には及ばない。だが……あの『愛より金』発言は、少し傷ついたな」

「事実ですから」

「ふっ、正直でよろしい。……だが、いつか言わせてみせるぞ。『金より貴方が好き』とな」

「……その目標設定、達成難易度はSランクですよ」

「望むところだ」

アイザック様は私の手を引き、歩き出した。

「さあ、邪魔者は消えた。続きをしようか」

「続き?」

「ケーキの続きだ。まだ半分残っているだろう?」

「……そうでした。糖分補給が必要です」

私たちはサンルームへと戻った。



一方その頃。
公爵邸の門外へと追い出されたクラークとミーナ。

「ハァ……ハァ……なんて野蛮な屋敷だ!」

クラークは肩で息をしながら、恨めしそうに屋敷を睨みつけた。

「クラーク様、大丈夫ですか? お洋服が汚れて……」

「ああ、大丈夫だ。……しかし、見たかミーナ」

「え?」

クラークは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「去り際のローゼンの顔だ」

「は、はい?」

「あいつ、最後に僕の方を見て、寂しそうに目を伏せていた……。『助けて、連れて行って』と訴えるような目だった!」

「えっ……(軽蔑の眼差しに見えましたが……)」

ミーナは言葉を飲み込んだ。

「やはり、ローゼンは脅されているんだ! あの公爵に弱みを握られ、無理やり『幸せなふり』をさせられているに違いない!」

クラークの妄想は、もはや誰も止められない領域に達していた。

「可哀想なローゼン……。待っていてくれ。この僕が必ず、君をあの悪魔の手から救い出してやるからな!」

彼は拳を握りしめ、高らかに宣言した。

その横で、ミーナは冷ややかな目で公爵邸を見上げていた。

(……チッ。クラーク様は役に立たないわね。あんなに幸せそうなローゼン様を見て、まだ気づかないなんて)

ミーナは心の中で舌打ちをした。

(でも、あの公爵様……本当に素敵だったわ。あの冷たい目、ゾクゾクしちゃった)

彼女の目が、獲物を狙うように細められた。

(ローゼン様から全てを奪ってやるつもりだったけど……ターゲット変更よ。あの公爵様、私がいただいちゃおうかしら)

「ミーナ? どうした?」

「いえ! クラーク様の仰る通りですわ! ローゼン様を救い出しましょう!」

ミーナは可愛らしい笑顔を作り、クラークの腕に抱きついた。

勘違い王子と、腹黒ヒロイン。
二人の暴走は、まだ始まったばかりだった。
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!

碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった! 落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。 オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。 ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!? *カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています

放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。 希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。 元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。 ──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。 「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」 かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着? 優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。

すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜

まりー
恋愛
   ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。  でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。 _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ 「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。    

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

ほーみ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!