婚約破棄された悪役令嬢なのに、なぜか求婚される?

パリパリかぷちーの

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「な、ななな……舐めた、だと……!?」

クラーク王太子の顔が、茹でダコのように真っ赤に染まった。
隣にいるミーナも、パクパクと金魚のように口を開閉させている。

私の投下した「クリーム舐められ事件」の事実は、彼らの許容量(キャパシティ)を完全にオーバーしたようだ。

「ありえない! 嘘だ! あの『氷の公爵』が、そんな破廉恥な真似をするわけがない!」

クラーク様が叫んだ。
その声は裏返り、廊下に無様に響き渡る。

「そうだわ! 嘘よ、嘘に決まっています!」

ミーナもすぐに追随した。
彼女は私の顔を指差し、勝ち誇ったように笑った。

「ローゼン様、見え透いた嘘はおやめになった方がよろしくてよ? そんな作り話をしてまで、クラーク様の気を引きたいのですか?」

「気を引く?」

私は眉をひそめた。

「なぜ私が、不用品(クラーク様)の気を引く必要があるのです?」

「ふふ、またそうやって強がって! 本当は悔しいんでしょう? 私とクラーク様がラブラブなのが羨ましくて、妄想を口走ってしまったのよね?」

ミーナの思考回路は、今日も平常運転(お花畑)のようだ。
羨ましいほどのポジティブシンキングである。

クラーク様は、ミーナの言葉を聞いて自信を取り戻したらしい。
髪をかき上げ、キザなポーズで私に近づいてきた。

「なんだ、そういうことか。……ローゼン、君も可愛いところがあるじゃないか」

「……は?」

「僕に嫉妬させたくて、つい嘘をついてしまったんだろう? 『私だって愛されているんだから!』とアピールしたかったわけだ。……いじらしいな」

彼はニヤニヤと笑いながら、私に手を伸ばしてきた。

「わかった、わかった。その健気な努力に免じて、嘘は不問にしてやろう。さあ、素直になって僕の胸に飛び込んでおいで」

「……」

私は一歩、後ろに下がった。
物理的な距離を取るためと、単純に彼のつけている香水がきつかったからだ。

「殿下。耳鼻科だけでなく、脳神経外科の受診も強く推奨します」

「照れるなよ。君がアイザック公爵なんかに愛されているはずがない。あんな冷血漢、君のような可愛げのない女を相手にするものか」

クラーク様は断言した。

「君を本当に理解し、扱えるのは、広い心を持つこの僕だけだ。……さあ、意地を張るのはやめて、城に戻ろう(側室として)」

彼の論理は破綻している。
しかし、彼の中では完璧に成立しているらしい。
これが「王太子」という、生まれながらに肯定され続けてきた人間の末路か。

私は冷めた目で彼を見つめた。
反論するのも面倒だ。
どうせ何を言っても「ツンデレ」と変換されるのだから。

その時だった。

「……私の妻に対し、随分と失礼な口を利くのだな」

廊下の奥から、絶対零度の声が響いた。

空気が一瞬で凍りつく。
クラーク様とミーナが、ビクリと肩を震わせて振り返る。

そこには、壁に寄りかかり、腕を組んだアイザック様が立っていた。
その表情は笑顔だ。
だが、目は全く笑っていない。
背後には、黒いオーラのようなものが揺らめいているように見える。

「グ、グランディ公爵……!」

「今、何と言った? 私が彼女を相手にするはずがない、だと?」

アイザック様はゆっくりと、音もなく近づいてきた。
その圧迫感に、クラーク様たちが後ずさる。

「そ、そうだ! 事実だろう! 君のような冷徹な男が、ローゼンのような氷のような女を愛するわけがない! これは政略結婚だろう!?」

クラーク様が虚勢を張って叫ぶ。

アイザック様は私の隣まで来ると、私の腰をぐいと引き寄せた。

「……政略? ああ、確かに最初はそうだったかもしれないな」

彼は私の髪に口付けた。

「だが、今は違う。私は彼女の全てに魅了されている」

「なっ……!?」

「彼女の冷徹さも、合理性も、そして時折見せる無防備な表情も……全てが私の心を狂わせる」

アイザック様は、わざとらしく舌なめずりをした。

「先ほどのクリームの味も……格別だった」

「ひっ!!」

ミーナが悲鳴を上げた。
クラーク様は顔面蒼白だ。

「ほ、本当に……舐めたのか……?」

「ああ。君たちが邪魔しなければ、そのまま唇ごといただいていたところだ」

アイザック様は平然と言い放った。
私は隣で、無表情を保ちつつも内心で突っ込んでいた。
(言い方が猥褻です。誤解を招きます)
しかし、訂正はしない。
この勘違い男を撃退するには、これくらい劇薬の方が効果的だ。

「そ、そんな……馬鹿な……」

クラーク様は膝から崩れ落ちそうになっていた。
自分の「元婚約者はまだ自分に未練があるはずだ」という大前提が崩れ去り、アイデンティティが揺らいでいるのだろう。

「お引き取り願おうか、殿下」

アイザック様は冷たく告げた。

「これ以上、我々の愛の巣(公爵邸)を土足で荒らさないでいただきたい。……それとも、不法侵入で衛兵を呼びますか?」

「くっ……!」

クラーク様は悔しげに拳を握りしめ、私を睨んだ。

「ローゼン! 騙されるな! こいつは演技をしているだけだ! 君を利用しているんだ!」

「……利用されているのは、どちらでしょうね」

私はポツリと呟いた。

「少なくとも、ここでは私は『タダ働き』させられることはありません。残業代も出ますし、有給も取れます」

「なっ……金か!? 金で靡いたのか!?」

「ええ。愛より金と待遇です(即答)」

「き、貴様ぁぁぁ……!」

クラーク様が掴みかかろうとした瞬間、

バサァッ!!

天井から何かが降ってきた。
いや、廊下の影から一斉に人が飛び出してきたのだ。

「奥様に手を出すなー!!」
「不審者を排除せよ!!」
「俺たちの女神(ローゼン様)を守れぇぇ!!」

それは、モップや箒、布団叩きを持った使用人たちだった。
さらに、裏口からは訓練用の木刀を持った騎士たちも雪崩れ込んでくる。

「うわぁっ!? な、なんだこいつらは!?」

クラーク様とミーナが悲鳴を上げる。

「奥様が導入した『業務効率化』のおかげで、暇になった俺たちが警備に回れるようになったのだ!」

「奥様の安眠を妨害する奴は許さん!」

「帰れ! 帰れ!」

「ひぃぃぃっ!!」

殺気立った(そしてなぜか楽しそうな)使用人と騎士たちに追い立てられ、クラーク様とミーナは転がるように逃げ出した。

「お、覚えてろよローゼン! 僕を捨てたことを後悔させてやるからなー!!」

捨て台詞を残し、二人の姿は廊下の向こうへと消えていった。

 ***

静寂が戻った廊下。

「……やりすぎです」

私はため息をつき、集まった使用人たちを見た。

「殿下相手に暴行を働けば、不敬罪に問われますよ」

しかし、使用人たちは胸を張った。

「いいえ、奥様! 私たちはただ、熱心に『掃除』をしていただけです!」
「そうそう、大きなゴミがあったので、掃き出しただけでございます!」

なんて逞しい言い訳だ。
私は呆れつつも、少しだけ胸が温かくなった。
彼らが私を守ろうとしてくれたのは事実だからだ。

「……ありがとう。ですが、次はもっとスマートにやりなさい。怪我をしたら損ですから」

「はいっ!!」

使用人たちは嬉しそうに散っていった。

残されたのは私とアイザック様だけ。

「……助かりました」

私が礼を言うと、アイザック様はニヤリと笑った。

「礼には及ばない。だが……あの『愛より金』発言は、少し傷ついたな」

「事実ですから」

「ふっ、正直でよろしい。……だが、いつか言わせてみせるぞ。『金より貴方が好き』とな」

「……その目標設定、達成難易度はSランクですよ」

「望むところだ」

アイザック様は私の手を引き、歩き出した。

「さあ、邪魔者は消えた。続きをしようか」

「続き?」

「ケーキの続きだ。まだ半分残っているだろう?」

「……そうでした。糖分補給が必要です」

私たちはサンルームへと戻った。



一方その頃。
公爵邸の門外へと追い出されたクラークとミーナ。

「ハァ……ハァ……なんて野蛮な屋敷だ!」

クラークは肩で息をしながら、恨めしそうに屋敷を睨みつけた。

「クラーク様、大丈夫ですか? お洋服が汚れて……」

「ああ、大丈夫だ。……しかし、見たかミーナ」

「え?」

クラークは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「去り際のローゼンの顔だ」

「は、はい?」

「あいつ、最後に僕の方を見て、寂しそうに目を伏せていた……。『助けて、連れて行って』と訴えるような目だった!」

「えっ……(軽蔑の眼差しに見えましたが……)」

ミーナは言葉を飲み込んだ。

「やはり、ローゼンは脅されているんだ! あの公爵に弱みを握られ、無理やり『幸せなふり』をさせられているに違いない!」

クラークの妄想は、もはや誰も止められない領域に達していた。

「可哀想なローゼン……。待っていてくれ。この僕が必ず、君をあの悪魔の手から救い出してやるからな!」

彼は拳を握りしめ、高らかに宣言した。

その横で、ミーナは冷ややかな目で公爵邸を見上げていた。

(……チッ。クラーク様は役に立たないわね。あんなに幸せそうなローゼン様を見て、まだ気づかないなんて)

ミーナは心の中で舌打ちをした。

(でも、あの公爵様……本当に素敵だったわ。あの冷たい目、ゾクゾクしちゃった)

彼女の目が、獲物を狙うように細められた。

(ローゼン様から全てを奪ってやるつもりだったけど……ターゲット変更よ。あの公爵様、私がいただいちゃおうかしら)

「ミーナ? どうした?」

「いえ! クラーク様の仰る通りですわ! ローゼン様を救い出しましょう!」

ミーナは可愛らしい笑顔を作り、クラークの腕に抱きついた。

勘違い王子と、腹黒ヒロイン。
二人の暴走は、まだ始まったばかりだった。
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