16 / 28
16
しおりを挟む
公爵領の北東部、鉱山街ガルド。
馬車の窓から見える景色は、一言で言えば「灰色」だった。
煤けた建物、生気のない住民たち、そして漂う停滞感。
「……ひどい有様ですね」
私は窓のカーテンを少し開け、冷ややかに呟いた。
「報告書では『活気ある鉱山都市』とありましたが、活気があるのは代官の懐具合だけのようです」
「そのようですね」
同乗しているセバスチャンも、険しい顔で頷いた。
街を見下ろす丘の上に、一際豪奢で趣味の悪い(金ピカの装飾が多い)屋敷が建っている。
あれが今回のターゲット、ボルドー男爵の居城だ。
「よし、乗り込みます」
私は扇をパチンと閉じた。
「手はず通りに。正面から堂々と、物理的かつ法的に制圧します」
「はっ! 我々にお任せを!」
護衛としてついてきた騎士たちが、なぜか目を輝かせて敬礼した。
彼らはアイザック様の直属部隊の中でも、特に「訓練(しごき)」を好む精鋭たちだ。
『奥様直々の指揮下での制圧任務』と聞いて、遠足前の子供のようにテンションが上がっている。
「……あまり暴れないでくださいね。建物の修繕費がかさみますから」
「承知しました! 建物は壊さず、悪人の心だけをへし折ります!」
頼もしいのか不安なのかわからない返事を聞きながら、馬車は代官屋敷の正門へと到着した。
*
「な、なんだ貴様らは!」
門番が慌てて槍を構える。
「ここはボルドー代官の屋敷だぞ! アポなしの訪問など……」
「どけ」
騎士の一人が、殺気だけで門番を威圧した。
門番は「ひっ」と腰を抜かし、道を開ける。
私たちは無言で屋敷のエントランスへと侵入した。
使用人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、私は迷わず執務室があるであろう二階へと向かった。
バンッ!!
「失礼します」
私はノックの音と同時に、両開きの扉を押し開けた。
中では、昼間からワイングラスを傾けていた肥満体の男――ボルドー男爵が、驚いて椅子から転げ落ちそうになっていた。
「な、ななな、何奴だ!?」
「初めまして、ボルドー男爵。領主代行のローゼン・ベルクです」
私はスカートの裾をつまみ、完璧なカーテシーを披露した。
ただし、顔は一切笑っていない。
「本日は、定期監査……いいえ、『大掃除』に参りました」
「ロ、ローゼンだと? あの『悪役令嬢』か!?」
男爵は顔を青くし、次いで赤くした。
「馬鹿な! 公爵閣下は遠征中のはず! 女子供がしゃしゃり出てきていい場所ではないぞ! 帰れ!」
「帰りません。貴方が横領した公金を全額吐き出すまでは」
私は執務机の前のソファに、許可なく腰を下ろした。
そして、セバスチャンが差し出した書類の束をテーブルに叩きつけた。
「単刀直入に伺います。昨年度の『坑道補修費』、金貨5000枚。……これ、どこに使いましたか?」
「なっ……! と、当然、坑道の補強工事に……」
「嘘ですね」
私は即座に切り捨てた。
「来る途中、坑道の入り口を見ましたが、支柱は腐りかけていました。さらに、地元の木材屋の証言では、ここ一年、大規模な木材の発注はないとのこと」
「ぐっ……」
「次に、『魔獣討伐特別手当』。毎月金貨300枚。……傭兵ギルドに照会しましたが、当該期間にこの街での依頼履歴はありませんでした。誰が魔獣を倒したのですか? 貴方のその脂肪ですか?」
「き、貴様……!」
「そして極め付けはこれです」
私は一枚の領収書をひらひらとさせた。
「『鉱夫用シャベル購入費』、500本分。……この鉱山の現在の従業員数は50名です。一人十本のシャベルを持って作業するのですか? 千手観音か何かですか?」
矢継ぎ早に繰り出される事実の弾丸。
ボルドー男爵は脂汗を流し、言葉を詰まらせた。
「そ、それは……予備だ! 備えあれば憂いなしと言うだろう!」
「在庫管理表も見ました。倉庫には一本もありませんでしたよ。あるのは、貴方の屋敷の増築工事に使われたと思われる高級大理石だけでした」
「…………」
「言い逃れは不可能です。貴方は公爵家の資産を私的に流用し、領民を危険に晒し、虚偽の報告を行った。……業務上横領、背任、および詐欺罪です」
私は冷徹に宣告した。
「全額返済の上、鉱山での強制労働刑が妥当でしょう。貴方の脂肪も燃焼できて、一石二鳥ですね」
私の言葉が終わると同時に、ボルドー男爵の中で何かが切れたようだった。
「だ、黙れぇぇぇ!!」
彼はバンと机を叩き、立ち上がった。
「小娘が! 偉そうに数字ばかり並べおって! ここは俺の城だ! 俺がルールだ!」
彼は机の下から呼び鈴を取り出し、乱打した。
「衛兵! 衛兵ーーッ! この無礼な女を捕らえろ! 地下牢に放り込んで、二度と口がきけないようにしてやる!」
ドカドカと、部屋の中に男爵の私兵たちが雪崩れ込んできた。
その数、およそ二十人。
対して、室内にいる味方は私とセバスチャン、そして二人の騎士のみ。
「はっはっは! 見たか! 力こそ正義だ! 泣いて詫びるなら今のうちだぞ!」
男爵が勝ち誇ったように笑う。
私はため息をつき、扇で顔を仰いだ。
「……野蛮ですね。数字で勝てないからといって、暴力に訴えるとは。知性を感じません」
「なっ、まだ減らず口を!」
「セバスチャン。……今の発言、脅迫罪の証拠として記録しましたか?」
「はい、ばっちりと」
「では、騎士の皆様」
私は振り返り、後ろに控えていた二人の騎士に声をかけた。
「『掃除』の時間です。……家具は壊さないように」
「御意!!」
騎士たちの目が、肉食獣のように輝いた。
「待ってましたァァァ!!」
「俺たちの主(ローゼン様)を侮辱した罪、体で払ってもらうぞォォ!!」
その後の光景は、一方的な蹂躙だった。
アイザック様に鍛え上げられた精鋭騎士にとって、地方の私兵など赤子同然。
剣を抜く必要すらなかった。
素手による制圧。投げ技。関節技。
「ぐわぁっ!」
「な、なんだこいつら!?」
「つ、強すぎる……!」
わずか30秒。
部屋にいた私兵たちは全員、床に転がって呻き声を上げていた。
家具一つ、傷ついていない。見事な職人芸だ。
「な……ひ……ッ!?」
ボルドー男爵は、腰を抜かして後ずさった。
背後は壁。逃げ場はない。
私はソファから立ち上がり、ゆっくりと彼に近づいた。
コツ、コツ、コツ。
ヒールの音が、死刑執行の足音のように響く。
「ひっ、く、来るな……!」
男爵が震える。
私は彼を見下ろした。
普段、アイザック様に向けている「無表情」を、さらに冷たく、鋭く研ぎ澄ませて。
ゴミを見るような目。
いや、ゴミ以下の、産業廃棄物を見るような目で。
「……私は、無能な人間は嫌いではありません。教育すれば伸びる可能性がありますから」
私は静かに言った。
「ですが、私利私欲のために全体のリソースを食い潰す『寄生虫』は、大嫌いです。駆除するしかありませんので」
「あ、あぁ……」
男爵は私の目を見て、恐怖のあまり失禁したようだった。
「アイザック様なら、貴方を氷漬けにして砕いていたでしょう。……感謝しなさい。私は法の手続きに乗っ取って、社会的に抹殺するだけで許してあげます」
「お、お助け……お助けェェェ!」
「連れて行きなさい」
騎士たちが男爵を引きずり出していく。
断末魔のような叫び声が遠ざかっていった。
*
一時間後。
屋敷の制圧と、証拠品の押収が完了した。
私は執務室の窓から、鉱山の街を見下ろした。
まだ景色は灰色だが、元凶は取り除かれた。
新しい代官を派遣し、予算を正しく使えば、この街はすぐに活気を取り戻すだろう。
「……ふぅ。疲れました」
緊張が解け、私はどっと椅子に座り込んだ。
慣れない「悪役ムーブ」をしてしまった。
アイザック様なら楽しんでやるのだろうが、私にはやはりカロリーが高い。
「お見事でございました、奥様」
セバスチャンが、温かい紅茶を淹れてくれた。
「あの男爵を追い詰める際のお顔……旦那様そっくりでございましたよ」
「……褒め言葉に聞こえません」
「いえ、最高の褒め言葉です。……グランディ公爵家は、安泰ですな」
私は紅茶を一口飲み、ふと、空いた隣の席を見た。
もし、ここに彼がいたら。
きっと、大げさに手を叩いて喜んでくれただろう。
『素晴らしいぞローゼン! その冷酷な断罪! 俺の妻に相応しい!』
『……うるさいです』
『もっと蔑んでくれ! 俺もあんな風に見下されたい!』
そんな馬鹿な会話が、脳内で再生される。
「……早く帰ってきて、褒めなさいよ」
私は誰にも聞こえない声で呟いた。
仕事の達成感はある。
けれど、それを分かち合う相手がいないのは、やはり少しだけ――非効率的だ。
「さて、帰りますよ。……アイザック様が帰ってくるまでに、この報告書をまとめなければなりませんから」
私は立ち上がり、少しだけ晴れやかな気分で、元・悪徳代官の屋敷を後にした。
だが、屋敷に戻った私を待っていたのは、アイザック様の帰還ではなく……もっと厄介な知らせだった。
「奥様! 大変です!」
出迎えたハンナが、蒼白な顔で駆け寄ってきた。
「王城から使者が……! 王太子殿下とミーナ様が、とんでもないことを!」
馬車の窓から見える景色は、一言で言えば「灰色」だった。
煤けた建物、生気のない住民たち、そして漂う停滞感。
「……ひどい有様ですね」
私は窓のカーテンを少し開け、冷ややかに呟いた。
「報告書では『活気ある鉱山都市』とありましたが、活気があるのは代官の懐具合だけのようです」
「そのようですね」
同乗しているセバスチャンも、険しい顔で頷いた。
街を見下ろす丘の上に、一際豪奢で趣味の悪い(金ピカの装飾が多い)屋敷が建っている。
あれが今回のターゲット、ボルドー男爵の居城だ。
「よし、乗り込みます」
私は扇をパチンと閉じた。
「手はず通りに。正面から堂々と、物理的かつ法的に制圧します」
「はっ! 我々にお任せを!」
護衛としてついてきた騎士たちが、なぜか目を輝かせて敬礼した。
彼らはアイザック様の直属部隊の中でも、特に「訓練(しごき)」を好む精鋭たちだ。
『奥様直々の指揮下での制圧任務』と聞いて、遠足前の子供のようにテンションが上がっている。
「……あまり暴れないでくださいね。建物の修繕費がかさみますから」
「承知しました! 建物は壊さず、悪人の心だけをへし折ります!」
頼もしいのか不安なのかわからない返事を聞きながら、馬車は代官屋敷の正門へと到着した。
*
「な、なんだ貴様らは!」
門番が慌てて槍を構える。
「ここはボルドー代官の屋敷だぞ! アポなしの訪問など……」
「どけ」
騎士の一人が、殺気だけで門番を威圧した。
門番は「ひっ」と腰を抜かし、道を開ける。
私たちは無言で屋敷のエントランスへと侵入した。
使用人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、私は迷わず執務室があるであろう二階へと向かった。
バンッ!!
「失礼します」
私はノックの音と同時に、両開きの扉を押し開けた。
中では、昼間からワイングラスを傾けていた肥満体の男――ボルドー男爵が、驚いて椅子から転げ落ちそうになっていた。
「な、ななな、何奴だ!?」
「初めまして、ボルドー男爵。領主代行のローゼン・ベルクです」
私はスカートの裾をつまみ、完璧なカーテシーを披露した。
ただし、顔は一切笑っていない。
「本日は、定期監査……いいえ、『大掃除』に参りました」
「ロ、ローゼンだと? あの『悪役令嬢』か!?」
男爵は顔を青くし、次いで赤くした。
「馬鹿な! 公爵閣下は遠征中のはず! 女子供がしゃしゃり出てきていい場所ではないぞ! 帰れ!」
「帰りません。貴方が横領した公金を全額吐き出すまでは」
私は執務机の前のソファに、許可なく腰を下ろした。
そして、セバスチャンが差し出した書類の束をテーブルに叩きつけた。
「単刀直入に伺います。昨年度の『坑道補修費』、金貨5000枚。……これ、どこに使いましたか?」
「なっ……! と、当然、坑道の補強工事に……」
「嘘ですね」
私は即座に切り捨てた。
「来る途中、坑道の入り口を見ましたが、支柱は腐りかけていました。さらに、地元の木材屋の証言では、ここ一年、大規模な木材の発注はないとのこと」
「ぐっ……」
「次に、『魔獣討伐特別手当』。毎月金貨300枚。……傭兵ギルドに照会しましたが、当該期間にこの街での依頼履歴はありませんでした。誰が魔獣を倒したのですか? 貴方のその脂肪ですか?」
「き、貴様……!」
「そして極め付けはこれです」
私は一枚の領収書をひらひらとさせた。
「『鉱夫用シャベル購入費』、500本分。……この鉱山の現在の従業員数は50名です。一人十本のシャベルを持って作業するのですか? 千手観音か何かですか?」
矢継ぎ早に繰り出される事実の弾丸。
ボルドー男爵は脂汗を流し、言葉を詰まらせた。
「そ、それは……予備だ! 備えあれば憂いなしと言うだろう!」
「在庫管理表も見ました。倉庫には一本もありませんでしたよ。あるのは、貴方の屋敷の増築工事に使われたと思われる高級大理石だけでした」
「…………」
「言い逃れは不可能です。貴方は公爵家の資産を私的に流用し、領民を危険に晒し、虚偽の報告を行った。……業務上横領、背任、および詐欺罪です」
私は冷徹に宣告した。
「全額返済の上、鉱山での強制労働刑が妥当でしょう。貴方の脂肪も燃焼できて、一石二鳥ですね」
私の言葉が終わると同時に、ボルドー男爵の中で何かが切れたようだった。
「だ、黙れぇぇぇ!!」
彼はバンと机を叩き、立ち上がった。
「小娘が! 偉そうに数字ばかり並べおって! ここは俺の城だ! 俺がルールだ!」
彼は机の下から呼び鈴を取り出し、乱打した。
「衛兵! 衛兵ーーッ! この無礼な女を捕らえろ! 地下牢に放り込んで、二度と口がきけないようにしてやる!」
ドカドカと、部屋の中に男爵の私兵たちが雪崩れ込んできた。
その数、およそ二十人。
対して、室内にいる味方は私とセバスチャン、そして二人の騎士のみ。
「はっはっは! 見たか! 力こそ正義だ! 泣いて詫びるなら今のうちだぞ!」
男爵が勝ち誇ったように笑う。
私はため息をつき、扇で顔を仰いだ。
「……野蛮ですね。数字で勝てないからといって、暴力に訴えるとは。知性を感じません」
「なっ、まだ減らず口を!」
「セバスチャン。……今の発言、脅迫罪の証拠として記録しましたか?」
「はい、ばっちりと」
「では、騎士の皆様」
私は振り返り、後ろに控えていた二人の騎士に声をかけた。
「『掃除』の時間です。……家具は壊さないように」
「御意!!」
騎士たちの目が、肉食獣のように輝いた。
「待ってましたァァァ!!」
「俺たちの主(ローゼン様)を侮辱した罪、体で払ってもらうぞォォ!!」
その後の光景は、一方的な蹂躙だった。
アイザック様に鍛え上げられた精鋭騎士にとって、地方の私兵など赤子同然。
剣を抜く必要すらなかった。
素手による制圧。投げ技。関節技。
「ぐわぁっ!」
「な、なんだこいつら!?」
「つ、強すぎる……!」
わずか30秒。
部屋にいた私兵たちは全員、床に転がって呻き声を上げていた。
家具一つ、傷ついていない。見事な職人芸だ。
「な……ひ……ッ!?」
ボルドー男爵は、腰を抜かして後ずさった。
背後は壁。逃げ場はない。
私はソファから立ち上がり、ゆっくりと彼に近づいた。
コツ、コツ、コツ。
ヒールの音が、死刑執行の足音のように響く。
「ひっ、く、来るな……!」
男爵が震える。
私は彼を見下ろした。
普段、アイザック様に向けている「無表情」を、さらに冷たく、鋭く研ぎ澄ませて。
ゴミを見るような目。
いや、ゴミ以下の、産業廃棄物を見るような目で。
「……私は、無能な人間は嫌いではありません。教育すれば伸びる可能性がありますから」
私は静かに言った。
「ですが、私利私欲のために全体のリソースを食い潰す『寄生虫』は、大嫌いです。駆除するしかありませんので」
「あ、あぁ……」
男爵は私の目を見て、恐怖のあまり失禁したようだった。
「アイザック様なら、貴方を氷漬けにして砕いていたでしょう。……感謝しなさい。私は法の手続きに乗っ取って、社会的に抹殺するだけで許してあげます」
「お、お助け……お助けェェェ!」
「連れて行きなさい」
騎士たちが男爵を引きずり出していく。
断末魔のような叫び声が遠ざかっていった。
*
一時間後。
屋敷の制圧と、証拠品の押収が完了した。
私は執務室の窓から、鉱山の街を見下ろした。
まだ景色は灰色だが、元凶は取り除かれた。
新しい代官を派遣し、予算を正しく使えば、この街はすぐに活気を取り戻すだろう。
「……ふぅ。疲れました」
緊張が解け、私はどっと椅子に座り込んだ。
慣れない「悪役ムーブ」をしてしまった。
アイザック様なら楽しんでやるのだろうが、私にはやはりカロリーが高い。
「お見事でございました、奥様」
セバスチャンが、温かい紅茶を淹れてくれた。
「あの男爵を追い詰める際のお顔……旦那様そっくりでございましたよ」
「……褒め言葉に聞こえません」
「いえ、最高の褒め言葉です。……グランディ公爵家は、安泰ですな」
私は紅茶を一口飲み、ふと、空いた隣の席を見た。
もし、ここに彼がいたら。
きっと、大げさに手を叩いて喜んでくれただろう。
『素晴らしいぞローゼン! その冷酷な断罪! 俺の妻に相応しい!』
『……うるさいです』
『もっと蔑んでくれ! 俺もあんな風に見下されたい!』
そんな馬鹿な会話が、脳内で再生される。
「……早く帰ってきて、褒めなさいよ」
私は誰にも聞こえない声で呟いた。
仕事の達成感はある。
けれど、それを分かち合う相手がいないのは、やはり少しだけ――非効率的だ。
「さて、帰りますよ。……アイザック様が帰ってくるまでに、この報告書をまとめなければなりませんから」
私は立ち上がり、少しだけ晴れやかな気分で、元・悪徳代官の屋敷を後にした。
だが、屋敷に戻った私を待っていたのは、アイザック様の帰還ではなく……もっと厄介な知らせだった。
「奥様! 大変です!」
出迎えたハンナが、蒼白な顔で駆け寄ってきた。
「王城から使者が……! 王太子殿下とミーナ様が、とんでもないことを!」
12
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢まさかの『家出』
にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。
一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。
ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。
帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
婚約者の番
ありがとうございました。さようなら
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。
大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。
「彼を譲ってくれない?」
とうとう彼の番が現れてしまった。
心配するな、俺の本命は別にいる——冷酷王太子と籠の花嫁
柴田はつみ
恋愛
王国の公爵令嬢セレーネは、家を守るために王太子レオニスとの政略結婚を命じられる。
婚約の儀の日、彼が告げた冷酷な一言——「心配するな。俺の好きな人は別にいる」。
その言葉はセレーネの心を深く傷つけ、王宮での新たな生活は噂と誤解に満ちていく。
好きな人が別にいるはずの彼が、なぜか自分にだけ独占欲を見せる。
嫉妬、疑念、陰謀が渦巻くなかで明らかになる「真実」。
契約から始まった婚約は、やがて運命を変える愛の物語へと変わっていく——。
【完結】有能外交官はドアマット夫人の笑顔を守りたい
堀 和三盆
恋愛
「まあ、ご覧になって。またいらしているわ」
「あの格好でよく恥ずかしげもなく人前に顔を出せたものねぇ。わたくしだったら耐えられないわ」
「ああはなりたくないわ」
「ええ、本当に」
クスクスクス……
クスクスクス……
外交官のデュナミス・グローは赴任先の獣人国で、毎回ボロボロのドレスを着て夜会に参加するやせ細った女性を見てしまう。彼女はパルフォア・アルテサーノ伯爵夫人。どうやら、獣人が暮らすその国では『運命の番』という存在が特別視されていて、結婚後に運命の番が現れてしまったことで、本人には何の落ち度もないのに結婚生活が破綻するケースが問題となっているらしい。法律で離婚が認められていないせいで、夫からどんなに酷い扱いを受けても耐え続けるしかないのだ。
伯爵夫人との穏やかな交流の中で、デュナミスは陰口を叩かれても微笑みを絶やさない彼女の凛とした姿に次第に心惹かれていく。
それというのも、実はデュナミス自身にも国を出るに至ったつらい過去があって……
一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。
木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」
結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。
彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。
身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。
こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。
マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。
「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」
一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。
それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。
それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。
夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる