婚約破棄された悪役令嬢なのに、なぜか求婚される?

パリパリかぷちーの

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「……心拍数、異常なし。呼吸、正常。ドレスの締め付け、許容範囲内。……よし」

王都の大聖堂、控室。
私は鏡の前で、深呼吸を繰り返しながら自己診断を行っていた。

今日はいよいよ、結婚式本番。
アイザック様と共に選んだ「最強の戦闘服(純白のドレス)」に身を包み、私は戦場(バージンロード)へと赴く準備を整えていた。

「緊張されていますか、お嬢様?」

ハンナが最後のメイク直しをしながら尋ねてくる。

「まさか。これは単なる契約の儀式よ。書類にサインをするのと同じ。……ただ、観客が数千人いて、失敗したら国の恥になるというプレッシャーがあるだけ」

「それを緊張と言うのです」

ハンナはくすりと笑い、ベールを整えた。

「でも、最高にお綺麗です。……世界一の花嫁様ですよ」

「……ありがとう。貴女の技術力も評価に値するわ」

その時、控室のドアが開き、父が入ってきた。

「うっ……ううっ……ローゼン……!」

父はすでに号泣していた。
ハンカチで顔を覆い、立っているのがやっとという状態だ。

「お父様。メイクが崩れますから、涙は控えてください」

「無理だぁぁ! こんなに綺麗になって……! あんな変態公爵の元へ嫁ぐなんて……! 父は悲しい……!」

「変態ですが、借金を全額返済してくれた恩人ですよ」

「金か! やはり金なのか!」

父は泣き崩れそうになったが、私が「ドレスの裾を踏まないでください」と冷たく注意すると、シャキッと背筋を伸ばした。

「行こう、ローゼン。……父がエスコートしてやるからな」

「お願いします。転ばないでくださいね」

 ***

パイプオルガンの荘厳な音色が響き渡る。
重厚な扉がゆっくりと開く。

眩い光と共に、大聖堂の中へ。
そこには、国王陛下を筆頭に、国内の主要貴族、他国の使節団、そして私の友人(スミスなどの元同僚)たちがずらりと並んでいた。

視線が集中する。
数千の瞳が、私を見ている。

(……人の密度が高い。二酸化炭素濃度が心配だわ)

私は努めて事務的なことを考え、緊張を紛らわせながら、バージンロードを歩き出した。

コツ、コツ、コツ。

長い絨毯の先。
祭壇の前で待っているのは、銀髪の魔王――いや、今日ばかりは「光の王子」に見える男。

アイザック・グランディ。

純白のタキシードに身を包み、その美貌は神々しいほど輝いている。
彼は私を見るなり、目を見開き、そしてとろけるような笑顔を向けた。

(……顔が良い。悔しいけれど)

私は父の手を離れ、アイザック様の手を取った。
彼の手は温かく、微かに震えていた。

「……ローゼン」

祭壇の前で、彼が小声で囁く。

「今すぐここから攫って、誰もいない島へ逃げたい気分だ」

「……なぜですか?」

「君があまりにも美しすぎて、他の誰にも見せたくない。……参列者全員の記憶を消す魔法を使ってもいいか?」

「ダメです。犯罪です」

そんな物騒な会話を交わしながら、私たちは司祭の前に立った。

「新郎、アイザック・グランディ。汝、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓うか?」

司祭の問いかけに、アイザック様は迷いなく、堂々とした声で答えた。

「誓う。……いや、誓うだけでは足りない」

「えっ?」

司祭がぎょっとする中、アイザック様は勝手に誓いを追加し始めた。

「俺は、彼女が氷のように冷たくても、悪役令嬢と呼ばれても、俺をゴミのように見下しても、その全てを愛し、崇拝し、全財産と全人生を捧げて彼女を甘やかすことを誓う!」

会場がどよめいた。
「すげぇ誓いだ……」「重い……」「愛が重すぎる……」

司祭は咳払いをした。

「あ、あくまで定型文でお願いします……。では、新婦、ローゼン・ベルク」

今度は私の番だ。

「汝、この者を夫とし……(中略)……愛することを誓うか?」

視線が集まる。
私はアイザック様を見上げた。
彼は、期待と不安が入り混じった、子犬のような目(大型犬だが)で私を見ている。

私は小さく息を吸い、はっきりと答えた。

「……誓います。合理的観点に基づき、彼が生涯のパートナーとして最適であると判断しましたので」

「ぶっ!」

誰かが吹き出した音が聞こえた。
「合理的結婚!?」「ブレないなローゼン様!」と笑いが起きる。

けれど、アイザック様だけは、その言葉を聞いて破顔した。
世界で一番幸せそうな、無邪気な笑顔で。

「指輪の交換」

アイザック様が取り出したのは、拳大くらいのダイヤモンドがついた指輪だった。

(……大きい。重そう)

「特注だ。俺の愛の重さを物理的に表現してみた」

「……腱鞘炎になりそうです」

指にはめられると、ずしりと重い。
これはもはや指輪というより、メリケンサックに近い武器だ。
私も彼に指輪を贈る。こちらはシンプルなプラチナリングだ。

「そして、誓いのキスを」

司祭が告げた。

クライマックスだ。
会場の空気が張り詰める。

アイザック様がベールを上げる。
至近距離で目が合う。
彼の紫色の瞳が、熱っぽく揺れている。

「……ローゼン」

「……はい」

彼の手が私の頬に触れ、顔が近づいてくる。

ドクン。ドクン。

心臓が早鐘を打つ。
これは、契約ではない。手続きでもない。
本物の、愛の誓い。

そう意識した瞬間、急に目の前がクラクラした。

(……あれ?)

コルセットの締め付け。
緊張からの解放。
そして、アイザック様の圧倒的な色気。
それらが複合的に作用し、私の脳への酸素供給を遮断したらしい。

視界が揺れる。
足の力が抜ける。

「……あ」

私はふらりと、後ろに倒れそうになった。

「きゃああっ!?」
「ローゼン様!?」

悲鳴が上がる。
石畳に頭を打つ――そう覚悟して目を閉じた、その時。

グイッ。

強い力で、腰を支えられた。
倒れるどころか、ふわりと宙に浮く浮遊感。

目を開けると、アイザック様が私を抱きかかえ、支えてくれていた。
まるでダンスのリフトのように鮮やかに。

「……おっと」

彼の顔が、すぐ目の前にあった。

「大丈夫か? 俺の美しさに気絶したか?」

「……冗談を言っている場合ですか。貧血です」

「ふっ。……可愛いな、君は」

彼は私を支えたまま、逃がさないと言わんばかりに腕に力を込めた。
そして、耳元で低く、甘く囁いた。

「捕まえた。……もう一生、離さないよ」

その声の響きに、私は背筋がゾクゾクと震えた。
恐怖ではない。
甘い、痺れるような感覚。

「……覚悟の上です」

私が掠れた声で返すと、彼は満足げに微笑み、そのまま唇を重ねた。

チュッ。

会場中から、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。
「おめでとう!」「ヒューヒュー!」「末長くお幸せにー!」

キスが終わり、彼がゆっくりと顔を離す。
私は顔が沸騰しているのがわかった。
貧血のせいにして誤魔化したいが、今のキスで完全にトドメを刺された気分だ。

「……顔、真っ赤だぞ」

「……夕日のせいです(今は昼ですが)」

「最高に綺麗だ」

アイザック様は私を立たせ(支えながら)、参列者たちに向き直った。
そして、私の手を高く掲げた。

「見よ! これが俺の妻、ローゼン・グランディだ! 世界一可愛いだろう!」

親バカならぬ、夫バカ全開の叫び。
私は恥ずかしさで死にそうになりながら、それでも扇で顔を隠しつつ、小さく会釈をした。



大聖堂を出て、馬車へ。
フラワーシャワーが降り注ぐ中、私たちは新たな人生への第一歩を踏み出した。

「……疲れました」

馬車の中で、私はぐったりとシートにもたれかかった。
指輪が重い。ドレスも重い。愛も重い。

「よく頑張ったな。偉いぞ」

アイザック様が、子供をあやすように頭を撫でてくれる。

「帰ったら、すぐにドレスを脱がせてやる。……そして」

彼の手が、私の太腿に置かれた。
その目が、妖しく光る。

「……夜の『誓い』の時間だ」

「……は?」

「初夜だぞ、ローゼン。……まさか、忘れていたわけではないだろうな?」

忘れていたわけではないが、直視しないようにしていた現実だ。
契約上の義務。
いや、夫婦としての営み。

「……あの、今日は疲れていますし、効率的に考えて休息を……」

「却下だ。俺はずっと待っていたんだ。……この日のために、体調管理も筋トレも完璧に仕上げてきた」

彼は肉食獣の笑みを浮かべた。

「覚悟しておけ。……朝まで寝かせないからな」

「……追加料金、100億ゴールド……」

「安いものだ」

馬車は公爵邸へとひた走る。
結婚式という一大イベントを終えた私に、最大の試練(?)が迫っていた。

私の「鉄壁の無表情」が、今夜崩れ去ることは確定事項のようである。
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