婚約破棄されたので、心置きなく殿下×騎士を推します!

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
2 / 28

2

しおりを挟む
「んん~っ! 最高! 今日の供給は質が良いわ!」

走り出した馬車の中で、私はクッションを抱きしめて身悶えしていた。

あまりの奇声に、向かいに座っていた侍女のメアリーがビクリと肩を震わせる。

「お、お嬢様……? 本当におかしくなられてしまったのですか? 無理もありません、あのような公衆の面前で恥をかかされて……」

メアリーがハンカチを目頭に当てる。

彼女は私が幼い頃から仕えてくれている、忠実で涙もろい侍女だ。

今の状況も、「ショックで精神の均衡を崩した哀れな主人」に見えているのだろう。

私は乱れた髪を手櫛で整えながら、ふん、と鼻を鳴らした。

「勘違いしないでちょうだい、メアリー。私はね、悲しいんじゃないの。むしろ解き放たれた鳥のように清々しい気分なのよ!」

「解き放たれた……鳥、ですか?」

「ええ。考えてもみなさい。王太子の婚約者という地位が、どれほど私の『趣味』を阻害していたか!」

私は指を折りながら熱弁を振るう。

「まず、公務が多すぎる。視察だの茶会だの、私の執筆時間を削り取る害悪でしかなかったわ。次に、周囲の目。殿下を見つめているだけで『愛に狂った女』と噂されるのよ? 私はただ、殿下の襟足のほくろを観察して、そこから派生する物語を構想していただけなのに!」

「……それはそれで、かなり問題がある気もしますが」

メアリーの冷静なツッコミはスルーする。

「そして何より! 当事者になってしまうと、客観的な『萌え』を摂取できないのよ!」

「も、もえ……?」

「そう! 私はあくまで『壁』になりたいの。あるいは天井のシミでもいい。殿下とルーカス様が織りなす美しい空間に、私というノイズが混じるなんて言語道断。推しの幸せは、遠くから見守るからこそ尊いのよ!」

力説する私を、メアリーは生温かい目で見つめている。

「……つまり、お嬢様は婚約破棄されて嬉しい、と?」

「嬉しいなんてもんじゃないわ。祝杯をあげたいくらいよ。エリック殿下が私を捨ててミシェル嬢を選んだ? 結構なことじゃない。あの純真無垢で世間知らずなミシェル嬢なら、殿下のワガママを受け止めきれずに、いずれルーカス様に泣きつくでしょうし」

そこで私はハッとした。

脳内に新たなシナリオが閃いてしまったのだ。

「待って……それって最高じゃない? 『殿下のことで相談があるんです』とルーカス様に近づくミシェル嬢。それに嫉妬するエリック殿下。『俺の騎士に気安く触れるな』と独占欲を露わにする殿下……! ああ、神様! ミシェル嬢は最高の当て馬になってくれるわ!」

「お嬢様、顔が。顔がニヤけて大変なことになっています」

「あら、いけない」

私はパンパンと頬を叩いて表情を引き締めた。

悪役令嬢たるもの、人前(メアリー含む)でだらしない顔を見せてはいけない。

馬車は石畳を揺れながら進み、やがてローズブレイド公爵邸へと到着した。

門をくぐると、屋敷の使用人たちが玄関ホールに整列して出迎えてくれる。

皆、一様に沈痛な面持ちだ。

どうやら私の婚約破棄のニュースは、早馬ですでに伝わっているらしい。

「おかえりなさいませ、お嬢様……」

執事のセバスチャンが、腫れ物に触るような声色で出迎えた。

「旦那様は、王宮からの呼び出しで急遽外出されました。お嬢様の件について、陛下と話し合いが持たれるそうです」

「そう。お父様には悪いけれど、適当にまとめてきてもらうしかないわね」

私は屋敷に入るなり、手袋を脱ぎ捨てて階段を駆け上がろうとした。

「お嬢様! お食事はどうされますか!?」

「いらないわ! 部屋に籠るから、誰も入れないでちょうだい! お父様が帰ってきてもよ!」

「は、はい……」

セバスチャンたちが困惑顔で見送る中、私は自室へと飛び込んだ。

重厚な扉を閉め、鍵を二重にかける。

これで、ここは私だけの聖域(サンクチュアリ)だ。

「ふぅ……」

ドレスの背中の紐を緩め、ようやく大きく息を吐く。

部屋の窓からは、王都の夜景が見渡せる。

今頃、城では舞踏会が続いているのだろうか。

エリック殿下とミシェル嬢が、「真実の愛」とやらを語り合いながら踊っている姿が目に浮かぶ。

(ふふん、踊るがいいわ。今のうちに精一杯イチャイチャしておきなさい。それが後々、ルーカス様との関係性を深めるためのスパイスになるのだから)

私は部屋の奥にあるウォークインクローゼットへと入った。

ドレスが並ぶ一角。

そのさらに奥にある、姿見の鏡。

私は鏡の縁にある隠しスイッチを押し込んだ。

ゴゴゴ……と低い音を立てて、鏡が横にスライドする。

そこ現れたのは、隠し部屋――通称『秘密の書庫』だ。

「ただいま、私の愛しい子たち」

棚にずらりと並ぶのは、市販の恋愛小説……の皮を被った、自作および収集したBL小説の山。

背表紙には『春の訪れ』や『騎士の誓い』といった無難なタイトルが書かれているが、中身はすべて男性同士の熱いロマンスである。

私は机に向かい、引き出しから最高級の羊皮紙を取り出した。

インク壺の蓋を開け、羽ペンを浸す。

この瞬間が、たまらなく好きだ。

現実の嫌なことなど全て忘れ、私の理想とする世界を創造できる時間。

(今日のテーマは『断罪』。婚約破棄を突きつけられた瞬間、騎士ルーカスが感じた胸の痛み……。それを表現するには、視線の描写が重要ね)

さらさらとペンを走らせる。

『エリックの声が広間に響く。その背中を見つめながら、ルーカスは拳を握りしめた。主の決断を支持する。それが騎士の務めだ。だが、なぜだろう。この胸に広がるモヤモヤとした感情は……』

(うん、いいわ。すごくいい。ルーカス様の葛藤が出ている)

筆が乗ってきた。

こうなると私は止まらない。

気づけば、夜は更け、窓の外が白み始めていた。

「……できた」

最後の行を書き終え、私はペンを置いた。

完成した原稿――短編小説『その断罪は誰がために』。

全二十枚の力作だ。

インクの匂いを胸いっぱいに吸い込み、私は恍惚の表情を浮かべる。

「これを……これを早く誰かに読ませたい……!」

創作活動における最大の欲求。

それは「共感」だ。

自分だけで楽しむのも良いが、やはり「ここがいいですよね!」「わかります!」と言い合える同志が欲しい。

しかし、この屋敷にはそんな相手はいない。

メアリーは理解はしてくれる(諦めている)が、共感はしてくれないのだ。

「……よし」

私は立ち上がり、窓の外の朝日に向かって宣言した。

「行こう、城下町へ」

謹慎処分?

そんなもの知ったことではない。

私には、行かなければならない場所があるのだ。

王都の裏路地にある、通な人間しか知らない古書店『三日月堂』。

あそこになら、私のこの新作を正当に評価してくれる「同志」がいるかもしれない。

それに、最新の「薄い本」の入荷状況もチェックしなければ。

「そうと決まれば、変装の準備よ!」

私はクローゼットを漁り始めた。

地味な町娘風のワンピースに、目深に被るボンネット。

そして、伊達眼鏡。

これで完璧だ。

まさか公爵令嬢が、こんな格好で裏通りを徘徊しているとは誰も思うまい。

(待っていてください、私の同志たち! そして新たな萌えの種!)

私は徹夜明けのハイテンションのまま、屋敷を抜け出す計画を練り始めた。

この時の私は、完全に油断していた。

「推し」の兄であり、この国で最も切れ者と呼ばれる男――キース・クリフォード宰相が、すでに私の行動を監視対象に入れていることなど、露ほども知らずに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。 だが彼女は泣かなかった。 なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。 教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。 それは逃避ではない。 男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。 やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。 王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。 一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。 これは、愛を巡る物語ではない。 「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。 白は弱さではない。 白は、均衡を保つ力。 白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

冷徹王子に捨てられた令嬢、今ではその兄王に溺愛されています

ゆっこ
恋愛
 ――「お前のような女に、俺の隣は似合わない」  その言葉を最後に、婚約者であった第二王子レオンハルト殿下は私を冷たく突き放した。  私、クラリス・エルデンは侯爵家の令嬢として、幼い頃から王子の婚約者として育てられた。  しかし、ある日突然彼は平民出の侍女に恋をしたと言い出し、私を「冷酷で打算的な女」だと罵ったのだ。  涙も出なかった。  あまりに理不尽で、あまりに一方的で、怒りも悲しみも通り越して、ただ虚しさだけが残った。

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

処理中です...