婚約破棄されたので、心置きなく殿下×騎士を推します!

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
3 / 28

3

しおりを挟む
「お嬢様、本当に……本当に行かれるのですか?」

「ええ、もちろんよ。この好機を逃す手はないわ」

翌朝。

ローズブレイド公爵邸の裏口にて。

私は侍女のメアリーに見送られながら、頭に被った薄汚れたボンネットの紐をきつく結んだ。

昨夜、帰宅したお父様から言い渡された処分は「当面の間の謹慎」。

世間的に見れば、婚約破棄された傷心の娘を隠すため、あるいは王家への不敬を反省させるための措置だ。

だが、私にとっては「誰にも邪魔されずに趣味に没頭できる黄金週間」以外の何物でもない。

「いい? お父様やお母様には『部屋で泣き暮れていて、食事も喉を通らないようです』と伝えておいて。おやつは部屋の前に置いておいてくれれば、私がこっそり回収するから」

「……お嬢様のそのバイタリティ、少しは他のことに使えないものでしょうか」

メアリーの呆れ声を背に、私は裏口の生垣を慣れた手つきで掻き分けた。

ここは私が幼少期に発見し、長年かけて秘密裏に整備してきた脱出ルート「アイビー・ロード」だ。

ここを抜ければ、使用人たちの目を盗んで街へ出ることができる。

「行ってきます! 夕方には戻るわ!」

私は大きく手を振り、朝の街へと飛び出した。



王都のメインストリートは、今日も多くの馬車や人々で賑わっていた。

華やかなブティックやカフェが立ち並ぶ大通り。

だが、私の目的地はそんな表の世界ではない。

一本、また一本と路地を曲がり、薄暗く、どこかカビ臭い匂いの漂う裏通りへ。

そこに、看板すら出ていない古びた店がある。

知る人ぞ知る古書店、『三日月堂』だ。

カランコロン、と錆びついたドアベルが鳴る。

「いらっしゃい……おや、あんたか」

店番をしていたのは、片眼鏡をかけた白髪の老人だった。

この店の店主、バーナビー爺さんだ。

彼は本の山に埋もれるようにして座り、とある本を熱心に修復していた。

「久しぶりね、爺さん。元気にしてた?」

「フン。わしはいつでも元気じゃよ。それより、あんたこそ大丈夫なのか? 街じゃ『悪役令嬢が捨てられた』って噂で持ちきりだぞ」

さすがは情報通の爺さん。耳が早い。

私は伊達眼鏡の位置を直しながら、ニヤリと笑った。

「ふふん。それがどうしたの? むしろ好都合よ。自由の身になった記念に、今日はパァーッと買い込むつもりなんだから」

「……たくましい嬢ちゃんだ」

爺さんは呆れたように肩を竦めると、カウンターの下から包みを取り出した。

「ほらよ。あんたが好きそうな新作が入ってるぞ。東の国からの輸入品だ」

「キャーッ! さすが爺さん、愛してる!」

私は包みをひったくるように受け取り、中身を確認する。

表紙には、異国の衣装をまとった二人の美丈夫が描かれていた。

一人は武人風、もう一人は学者風。

タイトルは『将軍と参謀の長い夜』。

「素晴らしい……! この体格差! そして知的な参謀が、肉体派の将軍に翻弄される予感がビシビシ伝わってくるわ!」

「あんたの目は節穴か。それは『友情と信頼』を描いた硬派な戦記物だぞ」

「あら、爺さん。男同士の友情と信頼、そこから生まれる『クソデカ感情』こそが、我々にとっての主食なのよ。行間を読むの、行間を!」

パラパラとページをめくる。

挿絵はないが、文字の羅列だけで私の脳内メーカーはフル稼働だ。

「……うん、採用。これいただくわ。あとは、例の『薔薇色の薄い本』の新作はある?」

声を潜めて尋ねると、爺さんはニヤリと笑って店の奥を指差した。

「一番奥の棚、下から二段目だ。昨日、匿名の作家から持ち込みがあった」

「持ち込み!? 新規作家の発掘ね!」

私は宝の山へ向かう探検家のように、埃っぽい通路を突き進んだ。

あった。

地味な装丁でカモフラージュされた、魅惑の薄い本たち。

『騎士団長の秘密のレッスン』

『魔法使いは弟子の愛に気づかない』

『王様と執事の入れ替わり生活』

どれもこれも、タイトルだけでご飯が食べられそうな逸品ばかりだ。

「ふむふむ……この騎士団長モノ、著者のペンネームが『名無しの剣士』? ……もしや現役の騎士団関係者が書いてるんじゃ……」

そんな妄想をするのもまた楽しい。

私はめぼしい数冊をピックアップし、さらに持参した自作の原稿を取り出した。

「ねえ爺さん。これ、委託販売お願いできる?」

カウンターに戻り、昨日書き上げた『その断罪は誰がために』を差し出す。

爺さんは片眼鏡越しにタイトルを一瞥した。

「……ほう。昨日の今日で、もうネタにしたのか。あんた、本当に転んでもタダでは起きないな」

「鉄は熱いうちに打て、萌えは鮮度が命よ。いつもの場所に置いておいて。売上は次の仕入れ資金にするから」

「はいはい。……おや、この描写」

爺さんが原稿の数行を読んで目を細める。

「『彼の瞳に宿る冷ややかな光は、侮蔑ではなく独占欲の裏返しだった』……か。相変わらず、あんたのフィルターは分厚いのう」

「褒め言葉として受け取っておくわ」

代金を支払い、戦利品を鞄に詰め込む。

重たい。

だが、この重みこそが幸せの質量だ。

「ありがとう爺さん! また来るわね!」

「おう。……気をつけなよ、嬢ちゃん。最近、城の周りで『黒い服の男たち』がウロウロしてるって噂だ。あんまり目立つマネはするなよ」

「黒い服の男たち?」

私は首を傾げた。

「何かしら、それ。秘密警察? それとも闇の組織? ……まさか、私のこの高尚な趣味を取り締まる『BL狩り』じゃないでしょうね!?」

「そんなくだらん組織はないわ。……ま、宰相閣下が何か動いてるって話もある。あの方は冷徹で有名だからな。怪しい動きをする奴は即座に排除されるぞ」

「宰相閣下……キース様ね」

エリック殿下の兄君。

王位継承権を放棄し、臣下として国を支える「氷の宰相」。

私も何度か夜会で見かけたことがあるが、常に無表情で、人を射抜くような鋭い眼光をした恐ろしい方だ。

(確かに、あの方に見つかったら面倒ね。私のこの趣味がバレたら、即座に修道院行き……いいえ、国外追放もあり得るわ)

少しだけ背筋が寒くなった。

けれど、今の私には最強の武器がある。

鞄に入った、エリック殿下とルーカス様の新刊(妄想)と、大量の参考文献だ。

「大丈夫よ。私、気配を消すのだけは得意だもの。なんたって、殿下たちのデートを尾行して鍛えたスキルがあるからね!」

「……それは自慢にならんぞ」

爺さんの忠告を軽く受け流し、私は店を後にした。

外に出ると、正午の太陽が眩しい。

さて、家に帰って読書三昧……といきたいところだが。

私の足は、自然と王城の方角へと向いていた。

(せっかく外に出たんだもの。このまま帰るのはもったいないわよね)

鞄の中には、まだ白紙のスケッチブックが一冊ある。

今日は天気がいい。

ということは、近衛騎士団が城の裏庭で訓練を行っている可能性が高い。

(ルーカス様の汗ばんだ肉体美……そして、休憩時間にエリック殿下が差し入れを持ってくるシチュエーション……拝めるかもしれない!)

欲望には勝てない。

私はボンネットを目深に被り直し、王城の裏手、一般人が立ち入れないエリアとの境界線にある「秘密の観測スポット」へと足早に向かった。

爺さんの忠告通り、誰かに見られているような視線を感じた気がしたが、私はそれを「期待による武者震い」だと勘違いして無視した。

それが、私の運命を決定づける失態だったとも知らずに。

茂みの陰、私の背後に忍び寄る「氷」の気配。

悪役令嬢アイビーの平穏な推し活ライフは、ここで唐突に終わりを告げようとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。 だが彼女は泣かなかった。 なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。 教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。 それは逃避ではない。 男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。 やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。 王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。 一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。 これは、愛を巡る物語ではない。 「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。 白は弱さではない。 白は、均衡を保つ力。 白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

冷徹王子に捨てられた令嬢、今ではその兄王に溺愛されています

ゆっこ
恋愛
 ――「お前のような女に、俺の隣は似合わない」  その言葉を最後に、婚約者であった第二王子レオンハルト殿下は私を冷たく突き放した。  私、クラリス・エルデンは侯爵家の令嬢として、幼い頃から王子の婚約者として育てられた。  しかし、ある日突然彼は平民出の侍女に恋をしたと言い出し、私を「冷酷で打算的な女」だと罵ったのだ。  涙も出なかった。  あまりに理不尽で、あまりに一方的で、怒りも悲しみも通り越して、ただ虚しさだけが残った。

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

処理中です...