婚約破棄されたので、心置きなく殿下×騎士を推します!

パリパリかぷちーの

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「……それで? この『騎士の吐息は甘い罠』という章だが」

「ひっ、やめて! タイトルを読み上げないで!」

場所は変わって、王城内にある宰相執務室。

重厚な執務机を挟んで、私は椅子に座らされていた。

まるで取り調べを受ける犯罪者のように。

対面には、優雅に紅茶を啜るキース閣下。

そして彼の手元には、私の命よりも大事なスケッチブック(兼ネタ帳)が開かれている。

「黙りなさい。尋問中だ」

「尋問の内容が特殊的すぎます!」

私は顔を真っ赤にして抗議した。

裏庭で捕獲された後、私はそのまま「重要参考人」として、ここへ連行されたのだ。

衛兵たちに見られなくて本当によかった。

もし見られていたら、「公爵令嬢、宰相閣下に連行される」という新たなスキャンダルになっていたことだろう。

キース閣下は眼鏡の位置を指で直し、真面目腐った顔で私のノートに視線を落とす。

「ふむ。……この描写。『エリックの耳が赤いのは、怒りではなく羞恥のせいだと、ルーカスだけが知っていた』……か」

「うわぁぁぁぁ! 声に出さないでぇぇぇ!」

私は耳を塞いで机に突っ伏した。

羞恥プレイだ。

これは高度な羞恥プレイだわ。

自分が夜な夜な書き散らした妄想ポエムを、あろうことか「推しの兄」であるイケメン宰相に朗読されるなんて。

どんな拷問よりもキツイ。

「……観察眼は悪くない」

キース閣下がポツリと呟く。

「え?」

「エリックは確かに、図星を突かれると耳が赤くなる癖がある。幼少期からのものだが、最近はうまく隠せていると思っていた。……君は、いつ気づいた?」

私は恐る恐る顔を上げた。

閣下は私を責めている様子はない。

むしろ、純粋な疑問として問いかけているようだ。

「……三年前の、建国記念パーティーです」

私はボソボソと答える。

「殿下がスピーチで噛んだ時、ルーカス様がさりげなく咳払いをしてフォローしました。その時、殿下の耳が真っ赤になっているのを、オペラグラスで確認しました」

「オペラグラスで……?」

「倍率20倍の高性能なやつです」

キース閣下が呆れたように溜息をつく。

「……君という女は、変態なのか、それとも天才なのか」

「紙一重だと言われます」

「褒めていない」

閣下はページをめくる。

ピラリ、という音が執務室に響くたびに、私の寿命が縮む。

「次は……小説形式か。『禁断の果実は騎士の味がする』。……なんだこのふざけたタイトルは」

「ふざけてません! シリアスな純愛モノです!」

「ほう。読んでみよう。『……だめだ、エリック様。これ以上はいけない』『うるさい、命令だ。僕を抱け』……」

「ぎゃぁぁぁぁ! ストップ! ストップ・プリーズ!」

私は椅子から飛び上がって、ノートを奪い返そうとした。

だが、キース閣下はひらりと身をかわし、長い腕で私を制する。

「座れ。……まだ続きがあるだろう。『その夜、王太子の寝室から甘い声が……』」

「あああああ! もうお嫁に行けない! いや、行く気はないけど!」

私は再び椅子に沈没した。

魂が口から抜け出そうだ。

しかし、キース閣下は最後まで読み進め、パタンとノートを閉じた。

そして、意外な一言を放った。

「……文章力は、あるな」

「へ?」

「構成もしっかりしている。起承転結があり、心理描写も細かい。特にこの、身分差に悩む騎士の独白部分は……悪くない」

まさかの高評価。

私はポカンと口を開けた。

「あ、ありがとうございます……?」

「だが、解釈違いだ」

キース閣下の目がキラリと光る。

「え?」

「ルーカスは確かに忠義に厚いが、ここまでウジウジ悩む男ではない。あいつはもっと実利主義だ。もしエリックとどうにかなるなら、悩む前に既成事実を作るタイプだぞ」

「……はぁ!?」

私はガバッと顔を上げた。

作家としての魂に火がついたのだ。

「閣下! それは違います! ルーカス様の実利主義はあくまで任務においてのみ! 恋愛に関しては奥手で不器用、だからこそ尊いのです! 既成事実を作るなんて、そんな野獣のようなルーカス様は解釈違いです!」

「甘いな。君はあいつの『裏の顔』を知らないだけだ。以前、隣国との交渉で見せたあの冷酷な笑顔……あれこそが本性だ。エリック如き、手玉に取るなど造作もない」

「なんですって!? 詳しく! そのエピソード詳しく!」

私は身を乗り出した。

羞恥心などどこへやら。

「推し」の新たな情報(しかも公式設定)が得られるとあっては、食いつかないわけにはいかない。

キース閣下はニヤリと笑った。

「……知りたいか?」

「知りたいです! その『冷酷な笑顔』のルーカス様、想像しただけでご飯五杯はいけます!」

「ならば、取引だ」

「取引?」

キース閣下はノートを机に置き、指先でトントンと叩いた。

「君のこの……異常なまでの観察眼と、些細な情報から物語を構築する『妄想力』。そして何より、ターゲット(エリックたち)に気づかれずに尾行し、情報を収集する隠密スキル」

閣下は身を乗り出し、私の目を覗き込む。

アイスブルーの瞳が、獲物を狙う狩人のように細められる。

「私の下で働け、アイビー・ローズブレイド」

「……は?」

思考が停止した。

働く? 私が?

「宰相補佐官……という名目では目立ちすぎるな。そう、『特別資料整理係』として雇おう」

「ちょ、ちょっと待ってください! 意味がわかりません! 私はただの不審な腐女子ですよ!?」

「自覚があるのは結構だ。だが、君のその能力は諜報員向きだ。人の心理を読み解き(歪んでいるが)、行動を予測し(妄想だが)、誰よりも深く対象を観察している」

キース閣下は真顔で続ける。

「現在、我が国には国内外に火種が多い。だが、正規の諜報員では動きにくい場面もある。……そこで、君だ」

「私にスパイをやれと!?」

「スパイではない。『人間観察』だ。君がいつもやっていることだろう?」

閣下は悪魔の囁きのように言葉を継ぐ。

「報酬は弾む。さらに……特典として、王城内の『立ち入り禁止区域』へのパスを与えよう。もちろん、近衛騎士団の詰め所付近も含む」

「!!」

私の喉がゴクリと鳴った。

近衛騎士団の詰め所。

そこは、男たちの園。

汗と筋肉と友情が飛び交う、私にとっての約束の地(カナン)。

「さらに、私の知る限りの『エリックとルーカスの幼少期エピソード』を提供してもいい。例えば……『雨の日の乗馬レッスンで、二人きりで小屋に避難した話』とかな」

「やります!!!!」

私は食い気味に叫んでいた。

即答だった。

プライド? 貴族の矜持?

そんなもの、この極上のネタの前では紙くず同然だ。

「採用ですね、閣下! 私、馬車馬のように働きます! いえ、犬になります! ワン!」

「……現金な女だ」

キース閣下は呆れつつも、満足げに口角を上げた。

「契約成立だ。……ただし」

彼の視線が、再び私のノートに落ちる。

「今後、執筆した『作品』は全て私に提出すること。検閲を行う」

「ええっ!? 私のプライバシーは!?」

「国家機密に関わる内容が含まれている可能性があるからな。……あと、さっきの『冷酷なルーカス』の解釈を取り入れた改訂版も期待している」

「……閣下」

私はジト目で彼を見た。

「もしかして、面白がってませんか?」

「まさか。これは国のための業務だ」

キース閣下は涼しい顔で紅茶を飲み干した。

だが、私は見逃さなかった。

彼がカップの陰で、楽しそうに目を細めていたことを。

こうして。

悪役令嬢アイビーは、婚約破棄された翌日に、まさかの「宰相閣下の秘密の部下」として再就職することになったのである。

私の波乱万丈な(そしてネタに溢れた)第二の人生が、幕を開けた。
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