婚約破棄されたので、心置きなく殿下×騎士を推します!

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
7 / 28

7

しおりを挟む
「うわぁぁぁん! アイビーお姉様ぁぁぁ!」

宰相執務室の中心で、ヒロインが泣き叫んでいる。

ミシェル・ローラン男爵令嬢。

亜麻色のふわふわな髪、大きな瞳、小柄で守ってあげたくなるような可憐な少女。

そんな彼女が今、私の腰にしがみつき、鼻水で私の地味な事務服を汚していた。

「ちょ、ちょっとミシェル様! 離れてください! ここは宰相閣下の執務室ですよ!?」

私は困惑して、助けを求めるようにキース閣下を見た。

しかし、閣下はこめかみを指で押さえ、「関わりたくない」というオーラを全身から発して書類に視線を落としている。

酷い! 上司の職務放棄だ!

「ぐすっ……だってぇ……殿下がぁ……」

ミシェル嬢は泣きじゃくりながら、一枚の紙を私に押し付けた。

「私が一生懸命書いた『詩』を読んで、殿下が『なんだこれ、男同士がベタベタして気持ち悪い』って笑ったんですぅ……酷いと思いませんかぁ!?」

「……はい?」

私はピクリと眉を動かした。

男同士がベタベタ?

そのキーワードは聞き捨てならない。

「ちょっと見せてごらんなさい」

私は彼女の手から紙を受け取り、その内容に目を通した。

『白き騎士と黒き騎士の誓い』

(……タイトルからして香ばしいわね)

『背中を預け合う二人の影。剣と剣が交わる時、汗が飛び散り、互いの熱を感じ合う。ああ、君がいなければ僕は立てない。君が盾なら僕は矛になろう。その熱い吐息が、僕の鼓膜を震わせる……』

「…………」

私は無言で顔を上げた。

目の前で、ミシェル嬢がうるうるした瞳で私を見上げている。

「ど、どうですか……? 変ですか……?」

私は深呼吸をして、ガシッと彼女の肩を掴んだ。

「……ミシェル様」

「は、はい」

「貴女、才能あるわよ」

「えっ!?」

ミシェル嬢の顔がぱあっと輝いた。

「本当ですか!? 変じゃないですか!?」

「ええ、変じゃないわ。むしろ天才的よ。特にこの『剣と剣が交わる(隠喩)』の表現と、『熱い吐息』の描写……無意識に官能を滲ませる高度なテクニックだわ!」

「かんのう……?」

ミシェル嬢はきょとんとしている。

どうやらこの子、天然だ。

「男同士の熱い友情」を純粋に描いたつもりが、無自覚に「そっち側」の境界線を反復横跳びしているタイプだ。

ある意味、私のような汚れた腐女子よりもタチが悪い(褒め言葉)。

「殿下にはこの芸術性が理解できなかったのね。嘆くことはないわ、彼はまだお子ちゃまなのよ」

「そうですよね! やっぱりアイビーお姉様は凄いです! 私の理解者です!」

ミシェル嬢が再び抱きついてきた。

まさか、恋敵(になるはずだった相手)とこんな形で意気投合するとは。

「でもぉ……やっぱりショックですぅ。殿下ったら、『ミシェルはもっと僕のことを見てくれ』って怒るんです」

「あら、贅沢な悩みね」

「私、ちゃんと見てます! 殿下のキラキラした金髪とか、青い目とか!」

ミシェル嬢は頬を膨らませる。

私はふっと鼻で笑った。

「甘いわね、ミシェル様」

「え?」

「貴女、殿下のどこが好き?」

「えっと……優しくて、王子様らしくて、格好いいところです!」

「0点よ」

私はビシッと指を立てた。

「ええっ!?」

「いいこと? 『格好いい』なんて誰でも言えるわ。真の愛とは、もっと具体的でフェティッシュなものなのよ」

私は一歩踏み出し、ミシェル嬢を壁際に追いやった(本日二度目の壁ドン、攻守逆転)。

「例えば私ならこう答えるわ。殿下の魅力は、ルーカス様に見せる『甘え上手の猫のような目つき』と、執務中に見せる『無防備なうなじのライン』、そして何より『受け特有の腰つき』にあると!」

「う、うなじ……? こしつき……?」

ミシェル嬢が目を白黒させる。

「そうよ! 殿下単体で見てはダメ。隣にルーカス様という『対』を置いて初めて、殿下の輝きは完成するの! 貴女が見ているのは『王子様』という記号だけ。もっと『エリック』という素材そのものを、そして彼を取り巻く関係性を愛でなさい!」

「は、はいぃぃ……!?」

ミシェル嬢は私の勢いに圧倒され、涙も引っ込んだようだ。

「よく分かりませんけど、アイビーお姉様の愛が重いことは分かりました!」

「分かってくれればいいのよ」

私は満足げに頷いた。

その時。

パン、パン、パン。

乾いた拍手の音が響いた。

振り返ると、キース閣下が能面のような無表情で手を叩いていた。

「……素晴らしい演説だ。感動して涙が出そうだ」

「棒読みはやめてください、閣下」

キース閣下は呆れ顔で立ち上がり、ミシェル嬢に歩み寄った。

「ミシェル。エリックとの喧嘩の理由は分かった。だが、これ以上ここで騒ぐなら、衛兵を呼ぶぞ」

「ひっ……! ご、ごめんなさい義兄様(おにいさま)!」

ミシェル嬢はキース閣下が苦手らしい。

そそくさと私の背後に隠れる。

「……エリックには私から言っておく。『婚約者のポエムを否定するのは男の器が小さい』とな」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

「ただし、その詩集を城内でばら撒くのはやめろ。誤解を招く」

「はーい……」

ミシェル嬢はシュンとして、しかしすぐに明るい顔で私に向き直った。

「アイビーお姉様! 相談に乗ってくれてありがとうございました! 私、お姉様の教えを胸に、もっと殿下を観察してみます!」

「ええ、その意気よ。良いネタ……じゃなかった、発見があったら報告しなさい」

「はい! それでは失礼します!」

ミシェル嬢は嵐のように去っていった。

ドアが閉まり、静寂が戻る。

「……ふぅ」

私は額の汗を拭った。

「どっと疲れましたね」

「誰のせいだ」

キース閣下が冷ややかな視線を送ってくる。

「お前、あんな純真な娘に何を吹き込んでいる。教育に悪い」

「何を仰いますか。彼女には才能があります。私が正しく導いてあげれば、いずれ立派な『同志』になるでしょう」

「……この国の上層部が腐女子だらけになる未来しか見えんのだが」

閣下は頭痛を堪えるように眉間を揉んだ。

「まあいい。……それよりアイビー、仕事だ」

「はいはい、次はどこの領地の陳情書ですか?」

私は席に戻ろうとした。

だが、キース閣下の次の言葉に、私は足を止めた。

「陳情書ではない。……明日、エリックが視察に出る」

「殿下が?」

「ああ。隣国との国境付近にある砦だ。ルーカスも同行する」

「!!」

私の耳がピクリと動く。

視察。遠出。

つまり、お泊まりイベント発生の予感!

「ついていきたい顔をしているな」

「顔どころか全身で表現しています! 閣下、私も同行させてください! 『資料整理係』として!」

「……だろうな」

キース閣下はニヤリと笑った。

「許可する。ただし、条件がある」

「なんでも聞きます! 靴でも舐めます!」

「汚いからやめろ。……条件は、俺も同行する」

「へ?」

私は目を丸くした。

「宰相閣下がわざわざ視察に? そんな暇あるんですか?」

「表向きはな。……だが、裏では不穏な動きがある。隣国の過激派が、エリックを狙っているという情報が入った」

キース閣下の表情から、笑みが消える。

そこにあるのは、冷徹な為政者の顔だった。

「私の目的は、エリックを餌にした『害虫駆除』だ。……お前には、その囮役の補佐をしてもらう」

「囮役の補佐……?」

「簡単に言えば、エリックとルーカスの近くでキャーキャー騒いで、敵の注意を引きつつ、周囲を警戒しろということだ。お前の『気配察知能力』と『観察眼』に期待している」

なるほど。

つまり、公式に「推しカプの最前線」に張り付けるということだ。

しかも、命がけのミッション付きで。

「……望むところです」

私はニヤリと笑い返した。

「私の推したちの平和なイチャイチャを邪魔する不届き者には、鉄槌を下してやりましょう。私の筆(ペン)は剣よりも強いのですから!」

「頼もしいことだ。……では、準備にかかれ。出発は明朝だ」

こうして。

私たちは王都を離れ、波乱含みの「視察旅行」へと旅立つことになった。

それは同時に、私とキース閣下の関係も、少しずつ変化していく旅の始まりでもあったのだが……。

今の私はまだ、明日の妄想(旅先でのとっておきシチュエーション)に胸を膨らませるばかりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。 だが彼女は泣かなかった。 なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。 教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。 それは逃避ではない。 男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。 やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。 王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。 一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。 これは、愛を巡る物語ではない。 「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。 白は弱さではない。 白は、均衡を保つ力。 白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

冷徹王子に捨てられた令嬢、今ではその兄王に溺愛されています

ゆっこ
恋愛
 ――「お前のような女に、俺の隣は似合わない」  その言葉を最後に、婚約者であった第二王子レオンハルト殿下は私を冷たく突き放した。  私、クラリス・エルデンは侯爵家の令嬢として、幼い頃から王子の婚約者として育てられた。  しかし、ある日突然彼は平民出の侍女に恋をしたと言い出し、私を「冷酷で打算的な女」だと罵ったのだ。  涙も出なかった。  あまりに理不尽で、あまりに一方的で、怒りも悲しみも通り越して、ただ虚しさだけが残った。

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

処理中です...