婚約破棄されたので、心置きなく殿下×騎士を推します!

パリパリかぷちーの

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「キース・クリフォード宰相閣下、ならびにアイビー・ローズブレイド公爵令嬢、ご入場!」

高らかなファンファーレと共に、重厚な扉が開かれた。

シャンデリアの光が降り注ぐ大広間。

私たちが入場した瞬間、会場の空気が一変したのが肌で感じられた。

「あれは……アイビー様?」

「なんと美しい……あのドレス、どこの工房の作品だ?」

「隣にいらっしゃるのは宰相閣下か。まさか、あの二人が揃うとは……」

ざわめきが波紋のように広がる。

無理もない。

婚約破棄されたばかりの悪役令嬢が、あろうことか元婚約者の兄である「氷の宰相」にエスコートされて現れたのだ。

普通なら針の筵(むしろ)だろう。

だが、今の私にはそんな視線を気にする余裕などない。

(早く! 早く殿下たちを探さなくては!)

私の視線は、獲物を探す猛禽類のごとく会場内を走査していた。

「……腕が痛いぞ、アイビー」

隣から低い声がする。

ハッと見上げると、キース閣下が涼しい顔で微笑んでいた(目は笑っていない)。

私が無意識に、彼の腕を握りしめて爪を立てていたらしい。

「失礼しました閣下。武者震いが出てしまいまして」

「震えるな。……ほら、あそこだ」

閣下が顎で示した先。

会場の中央付近に、人だかりができていた。

その中心に――いた。

「!!」

エリック殿下と、その背後に控えるルーカス様。

殿下は純白の礼服。ルーカス様は漆黒の騎士服。

そして、その胸元には……。

(お、お揃いだぁぁぁぁ!!)

私は声にならない絶叫を上げた。

殿下のポケットチーフは、深いロイヤルブルー。

そしてルーカス様の襟元にも、同じ生地、同じ色のチーフが飾られている。

「……見えるか、アイビー」

「見えます! ハイビジョンで見えます! あれは間違いなく『魂の共有』を象徴する聖遺物です!」

「ただのチーフだ」

「いいえ違います! 殿下が『僕の色を身につけろ』と強要し、ルーカス様が『仕方ないですね』と苦笑しながら受け入れた……その背景にあるストーリーが見えるのです!」

私が興奮して早口でまくし立てていると、音楽が変わった。

ワルツの調べだ。

「……行くぞ」

「へ?」

「ダンスだ。壁の花になりたいと言っていたが、最初の挨拶くらいは付き合え」

キース閣下は私の返事も待たずに、強引にフロアへと連れ出した。

「ちょ、閣下! 心の準備が!」

「黙って足を動かせ」

右手が腰に回され、左手が取られる。

至近距離。

閣下の整いすぎた顔が目の前に迫る。

眼鏡の奥のアイスブルーの瞳が、私だけを映している。

(……っ!)

悔しいけれど、綺麗だと思ってしまった。

エリック殿下が太陽なら、この人は月。

冷たくて、静かで、でもどこか引力のある輝き。

「……意外だな」

踊りながら、閣下がポツリと言った。

「何がですか?」

「お前がまともに踊れることだ。てっきり、ステップの最中に妄想に耽って足を踏んでくるかと思ったが」

「失礼な。これでも公爵令嬢としての基礎教養は叩き込まれています」

「ふん。……悪くない」

閣下の手が、私の背中を滑らせて体勢を直す。

その手つきが妙に優しくて、私は思わずドキリとした。

「ドレスもだ。……やはり、私の見立てに狂いはなかった」

「……はぁ」

「その色は、私の瞳の色と同じだからな」

「!」

耳元で囁かれた言葉に、カッと顔が熱くなる。

(な、なによそれ! 独占欲? マーキング? 私が閣下の色に染まってるって言いたいわけ!?)

心臓がトクリと跳ねる。

これはまずい。

このままでは、私が「乙女ゲーのヒロイン」みたいな反応をしてしまう。

私は必死に平常心を保とうとした。

「そ、そういえば! 殿下たちは踊らないんですか!?」

話題転換。

これに限る。

「エリックか? あいつはミシェル嬢を連れてきていない。パートナー不在だ」

「ですよねー。じゃあ壁の花決定ですね」

「いや、あいつのことだ。……何かやらかすかもしれんぞ」

閣下が意味深に視線を流す。

その先で、信じられない光景が繰り広げられていた。

エリック殿下が、ルーカス様の手を引いてフロアの中央に進み出たのだ。

「なっ……!?」

会場中がざわめく。

「ルーカス。僕のステップの練習相手になってくれ」

「で、殿下! 正気ですか!? ここは公衆の面前です!」

「構わないさ。君となら、どんな相手と踊るより楽しいからね」

殿下は爽やかな笑顔で言い放ち、ルーカス様の腰(!)に手を回した。

「~~~~ッッ!!!」

私はキース閣下の足を踏み抜いた。

「ぐっ……!」

「す、すみません! でも見てください閣下! あれ! 今の見ました!?」

「見ている、痛いから足をどけろ」

「身長差! ルーカス様の方が少し背が高いから、殿下が上目遣いになるアングル! そしてルーカス様のあの『殿下には敵わない』という困り顔! 国宝! あれは国宝です!」

私はダンスどころではなかった。

首が百八十度回転しそうな勢いで、殿下たちを凝視する。

男同士のダンス。

本来なら奇異な目で見られるはずだが、二人のあまりの美しさと、殿下の堂々とした振る舞いに、周囲の貴族たちも「……美しい」と息を呑んでいる。

「……空気を支配したな」

キース閣下が苦笑する。

「エリックの天性のカリスマ性だ。常識をねじ伏せる力がある」

「ええ、ええ! 最高です! 一生ついていきます!」

曲が終わり、殿下たちが優雅に一礼すると、割れんばかりの拍手が巻き起こった。

私も涙を流しながら拍手した。

「ありがとう……神様ありがとう……」

「……大袈裟な奴だ」

私たちのダンスも終わり、キース閣下のエスコートでフロアを離れる。

「さて。私は少し挨拶回りをしてくる。お前はどうする?」

「私は……少し風に当たってきます。興奮しすぎて知恵熱が出そうなので」

「そうか。あまり遠くへ行くなよ」

閣下はそう言い残して、貴族たちの輪の中へと入っていった。

一人になった私は、シャンパングラスを片手に、会場の端にあるテラスへの扉を開けた。

夜風が心地よい。

熱った頬を冷やしながら、私は手帳を取り出して今の感動をメモしようとした。

『○月×日、夜会にて。伝説のダンス。ルーカスの手の位置、殿下の視線……』

カリカリとペンを走らせる。

その時だった。

「……手筈通りにな」

すぐ下の、暗がりの庭園から話し声が聞こえた。

「!?」

私はペンを止めた。

テラスの手すりから、そっと下を覗き込む。

二人の男が密談していた。

一人は、この砦の主である辺境伯。

もう一人は、黒いローブを目深に被った怪しい男だ。

「王太子は今夜、離れのゲストルームに泊まる手筈だ」

辺境伯の声だ。

「警備は?」

「手薄にしてある。近衛騎士のルーカスとかいう男がべったりだが、所詮は一人。我々の『薬』を使えば、眠らせるのは造作もない」

(……は?)

「薬」? 「眠らせる」?

私の脳内センサーが危険信号を発した。

これはBL的な「眠らせて襲っちゃうぞ☆」という展開ではない。

ガチのやつだ。

「決行は深夜二時。王太子を拉致し、国境を越える。……報酬は弾んでくれよ」

「分かっている。隣国の王も、エリック王太子の身柄を待ち望んでいるからな」

ローブの男が低い笑い声を上げた。

誘拐。

国家反逆罪レベルの陰謀だ。

(やばい。これ、聞いちゃいけないやつだ)

私は血の気が引くのを感じた。

早くキース閣下に知らせなきゃ。

そう思って、後ずさりをした瞬間。

ガタッ。

手すりに置いていたシャンパングラスが、私の肘に当たって落ちた。

パリーン!

静寂な夜に、ガラスの割れる音が響き渡る。

「……誰だ!?」

下の男たちが、一斉に見上げ、私と目が合った。

「……見られたか」

辺境伯の顔が、恐怖と殺意で歪む。

「捕まえろ! 逃がすな!」

「ひぃっ!?」

私はドレスの裾を掴み上げ、テラスから全速力で逃げ出した。

「壁の花」どころか、まさかの「追われるヒロイン(物理)」になってしまった私の運命やいかに!
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