婚約破棄されたので、心置きなく殿下×騎士を推します!

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
15 / 28

15

しおりを挟む
「……書類の提出が遅い」

「申し訳ございません、閣下」

「お茶がぬるい。淹れ直せ」

「直ちに」

翌日の宰相執務室は、シベリアのような寒さに包まれていた。

キース閣下は朝から不機嫌モード全開で、私に対して当たりが強い。

昨夜の「修羅場」――エリック殿下のプロポーズを閣下が阻止し、「この女は俺のものだ」と宣言したあの一件。

あれ以来、私たちはまともに会話をしていなかった。

(なんなのよ、もう……)

私は給湯室でポットにお湯を注ぎながら、ため息をついた。

あの後、殿下は閣下に凄まれてすごすごと退散し、私も「頭を冷やせ」と帰宅させられた。

そして今日。

閣下は何事もなかったかのように振る舞っているが、明らかに様子がおかしい。

目が合わないのだ。

私を見ようとせず、用事がある時も書類越しに指示を飛ばしてくるだけ。

(『俺のもの』宣言は、やっぱり弟への牽制だったのね。勢いで言っちゃって、今は後悔してるんだわ)

私は自分の中でそう結論づけた。

期待してはいけない。

傷つくのは自分だ。

私は「鋼のメンタルを持つ腐女子」の仮面を被り直し、冷めきらないお茶を持って執務室に戻った。

「失礼します。お茶をお持ちしました」

「……そこに置け」

閣下は視線を上げずに言った。

その時、ノックの音が響いた。

「入れ」

入ってきたのは、式部官だった。

「宰相閣下。隣国・ドラグーン帝国からの使節団が到着されました。謁見の間へご案内しております」

「分かった。すぐに行く」

閣下は立ち上がり、燕尾服の襟を正した。

そして、チラリと私を見た。

「アイビー。お前も来い」

「え? 私もですか?」

「記録係が必要だ。それに……」

閣下は少し言い淀んでから、そっぽを向いて付け足した。

「……私の目の届く範囲にいろ」

ボソリと言われたその言葉に、胸がトクリと跳ねる。

(またそうやって……! 無自覚タラシめ!)

私は顔が赤くなるのを必死に隠して、「イエッサー!」と敬礼した。



謁見の間。

豪奢な扉が開くと、そこにはすでに国王陛下とエリック殿下、そして護衛のルーカス様が並んでいた。

私たちも末席に控える。

「ドラグーン帝国使節団、入室!」

ファンファーレと共に現れたのは、息を呑むような美貌の二人組だった。

「お初にお目にかかります。ドラグーン帝国第二皇子、カイン・ドラグーンと申します」

先頭に立つのは、燃えるような赤髪と野性的な金色の瞳を持つ青年。

長身で、鍛え上げられた肉体が軍服の上からでも分かる。

「同じく、補佐官のアベルです」

その斜め後ろに控えるのは、対照的な銀髪の青年。

冷ややかな美貌と、どこか憂いを帯びた紫の瞳。

そして特筆すべきは、二人の距離感だ。

カイン皇子が堂々と胸を張って歩くのに対し、アベル補佐官は常に半歩下がって彼に従っている。

だが、その視線は常に皇子の背中に注がれ、皇子が少し躓きそうになった瞬間、アベルの手が素早く伸びて支えたのだ。

「……ッ!」

私の腐女子センサーが、けたたましいアラームを鳴らした。

(な、なにあれ……!)

私は懐からメモ帳を取り出し、速記を開始した。

(赤と銀! 野性×知性! しかも『皇子と従者』ではなく『皇子と補佐官』! 対等なようでいて主従、主従なようでいて……依存関係!?)

私のスランプは、一瞬で消し飛んだ。

乾いた大地に雨が降るように、新たな「萌え」が私の中に染み渡っていく。

「ようこそ、遠路はるばる」

エリック殿下が代表して挨拶に立つ。

「我が国との友好のため、心より歓迎する」

「感謝します、王太子殿下」

カイン皇子がニカッと笑い、握手を求めた。

その豪快な笑顔。

対して、エリック殿下の爽やかな王子様スマイル。

(うわぁ……画面が眩しい……イケメンの飽和状態……)

私がハァハァと荒い息を吐きながら観察していると、横から冷気が漂ってきた。

「……アイビー」

キース閣下だ。

氷点下の視線が、私を見下ろしている。

「お前、鼻の下が伸びているぞ」

「はっ! し、失礼しました。あまりに美しい兄弟愛に見惚れてしまいまして」

「兄弟?」

「ええ。あのお二人、顔立ちは違いますが骨格が似ています。恐らく異母兄弟か、あるいは血の繋がらない義兄弟……後者ならさらに燃えますね」

「……なぜお前は、そうやってすぐに男同士をくっつけたがる」

閣下は不機嫌そうに舌打ちをした。

「私の前で、他の男を品定めするなと言ったはずだが」

「えっ、これは品定めではなく『取材』です。仕事の一環です」

「私の仕事に、BL小説の執筆は含まれていない」

閣下は私の腕を掴み、グイと自分の方へ引き寄せた。

「きゃっ」

「……こっちを見ろ」

耳元で囁かれる。

「あんな野蛮な男たちより、私の方が……」

言いかけて、閣下はハッとしたように口を噤んだ。

そして、パッと私を離した。

「……なんでもない。記録を続けろ」

(え? 今、なんて言おうとしたの?)

『私の方がいい男だ』?

まさか。あのプライドの高い閣下が、そんな子供じみた張り合い方をするはずがない。

(聞き間違いね。きっと『私の方が地位が高い』とか言おうとしたのよ)

私は気を取り直して、再び使節団の方へ向き直った。

カイン皇子とエリック殿下が談笑している。

その背後で、アベル補佐官とルーカス様が視線を交わしていた。

無言の視線。

騎士と補佐官。

互いに「主を守る者」としてのシンパシーを感じているのだろうか。

(このクロスオーバーも美味しいわね……『忠誠』という名の鎖に繋がれた男たちの宴……ふふふ)

妄想が捗る。

その時だった。

私の視界の端で、アベル補佐官が奇妙な動きをした。

彼はエリック殿下の方を一瞬だけ見て、口元を歪めたのだ。

それは、獲物を狙う蛇のような、冷たく粘着質な笑みだった。

(……ん?)

違和感。

ただの友好的な視察団にしては、彼の視線には「熱」以外の何かが混じっている気がする。

『殺気』?

いや、もっとねっとりとした……『欲望』?

その夜。

歓迎の晩餐会が開かれた。

私はキース閣下のパートナーとして(当然のようにドレスアップさせられて)参加していた。

「おいしいですね、このお肉」

「食べ過ぎだ。コルセットが弾けるぞ」

「失礼な。これは余力を残しているんです」

閣下と軽口を叩きながらも、私の目は常にカイン皇子とアベル補佐官を追っていた。

彼らはエリック殿下のテーブルに招かれ、親しげに酒を酌み交わしている。

「エリック殿下は、噂通りの美丈夫でいらっしゃる」

アベル補佐官が、とろけるような声で言った。

「我が国の皇帝も、殿下のような『愛らしい』方を好まれますよ」

「ははは、それは光栄だね」

殿下は気づいていない。

「愛らしい」という言葉の響きに含まれた、不穏なニュアンスに。

(……怪しい)

私は一口サイズのパイを口に放り込みながら、目を細めた。

あの補佐官、完全に殿下を「ロックオン」している。

でも、その視線は政治的なものではなく、もっと個人的な……私の知っているジャンルに近い気がする。

「……閣下」

私は小声でキース閣下に話しかけた。

「あのアベル補佐官、少し変です」

「ほう? お前の『腐った目』にはどう映る?」

「殿下を見る目が、まるで『極上の食材』を見る料理人のようです。……あるいは、『新作のフィギュア』を手に入れたいコレクターの目」

キース閣下の表情から、ふっと笑みが消えた。

彼はグラスを揺らしながら、鋭い視線をアベルに向けた。

「……同感だ。我が国の諜報員からも、ドラグーン帝国の一部で『王族の誘拐』を企てている過激派がいるとの報告がある」

「誘拐……?」

「ああ。美しいものを剥製にして愛でるような、歪んだ趣味を持つ貴族がいるらしい」

ゾクリとした。

「それって、もしかして……」

「エリックが狙われている可能性がある。……アイビー」

閣下は私の手を取り、指先を強く握った。

「今夜は私の部屋に来い」

「へっ!?」

私は素っ頓狂な声を上げた。

周囲の視線が集まる。

「ご、誤解を招く発言はやめてください! なんで私が閣下の寝室に!?」

「作戦会議だ。……それとも、襲われるとでも期待したか?」

閣下は意地悪く笑った。

「ち、違います! 行きますよ! 行けばいいんでしょ!」

顔を真っ赤にして反論する私。

だが、この時の私はまだ知らなかった。

この「作戦会議」が、私の人生最大の危機(貞操的な意味でも、命的な意味でも)への入り口になるとは。

そして、アベル補佐官の魔の手が、予想よりも早く、深く、私たちに忍び寄っていることに――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。 だが彼女は泣かなかった。 なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。 教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。 それは逃避ではない。 男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。 やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。 王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。 一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。 これは、愛を巡る物語ではない。 「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。 白は弱さではない。 白は、均衡を保つ力。 白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

冷徹王子に捨てられた令嬢、今ではその兄王に溺愛されています

ゆっこ
恋愛
 ――「お前のような女に、俺の隣は似合わない」  その言葉を最後に、婚約者であった第二王子レオンハルト殿下は私を冷たく突き放した。  私、クラリス・エルデンは侯爵家の令嬢として、幼い頃から王子の婚約者として育てられた。  しかし、ある日突然彼は平民出の侍女に恋をしたと言い出し、私を「冷酷で打算的な女」だと罵ったのだ。  涙も出なかった。  あまりに理不尽で、あまりに一方的で、怒りも悲しみも通り越して、ただ虚しさだけが残った。

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

処理中です...