婚約破棄されたので、心置きなく殿下×騎士を推します!

パリパリかぷちーの

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「……いいか、アイビー。心して聞け」

キース閣下の私室。

重厚なカーテンが引かれ、薄暗いランプの灯りだけが揺れる密室。

私はソファに座らされ、緊張でゴクリと喉を鳴らした。

目の前のローテーブルには、奇妙な水晶玉が置かれている。

「これは『遠見の水晶』の亜種でな。特定の波長を拾って音声を再生する魔道具だ。……現在、隣国の使節団が滞在しているゲストルームに『聴音機』を仕掛けてある」

「盗聴ですか! さすが閣下、手が早い! 汚い!」

「人聞きが悪い。情報収集と言え」

閣下は水晶玉に手をかざした。

ボゥ……と水晶が淡く光り、ノイズ混じりの音声が流れ始めた。

『……警備の配置はどうだ、アベル』

野太い声。カイン皇子だ。

『問題ありません、兄上。……あの宰相、キース・クリフォードは厄介ですが、王太子の方は隙だらけです』

冷ややかな声。アベル補佐官だ。

私は身を乗り出した。

(来たわ! 密室での兄弟会話! これはお宝音源よ!)

閣下が「静かにしろ」と指を立てる。

音声は続く。

『エリック王太子か……。確かに美しい顔をしている。だが、少々温室育ちが過ぎるな』

『ええ。だからこそ、壊し甲斐があるというものです』

(……ん?)

私の耳がピクリと動く。

「壊し甲斐」?

『ふん、お前の悪い癖が出たな。……で、どうするつもりだ? 連れ帰ってから処分するか?』

『いえ。国境を越える前に“味見”をさせていただきたいですね。あの高貴なプライドが、恐怖と快楽で歪む顔を見てみたい』

ブフォッ!!!!

私は盛大に鼻血を噴き出した。

「あ、アイビー!?」

キース閣下がギョッとしてハンカチを差し出す。

だが、私の興奮は止められない。

(聞いた!? 今、聞いた!? 『味見』ですって! 『恐怖と快楽で歪む顔』ですって!)

私の脳内変換フィルターが、フルパワーで稼働する。

これは暗殺や拷問の話ではない。

間違いなく、ハードなR18展開の予告だ!

『鎖は用意してあるのか?』

『抜かりありません。特注の、魔力を封じる手枷と首輪も』

(首輪んんんんんんっ!?)

私はクッションに顔を埋めて悶絶した。

(なんてこと! あのアベル補佐官、まさかのドS鬼畜属性! しかもアイテム使用推奨派! エリック殿下のような『光属性の王子様』を、闇に染めて堕とすつもりなのね!?)

『抵抗するようなら、薬を使っても?』

『構わん。ただし、あまり傷をつけるなよ。商品価値が下がる』

『分かっていますよ。……傷つけず、心だけを折る。それが私の流儀ですから』

(ひぃぃぃっ! 精神的陵辱! 一番エグいやつ!)

私はガタガタと震え出した。

これは事案だ。

間違いなく事案だ。

私の愛する「エリック×ルーカス」の純愛時空に、突如として襲来した「隣国からの黒船(ハードSM)」。

ジャンルが違う!

世界観が崩壊する!

「……アイビー。顔色が悪いぞ」

キース閣下が水晶の通信を切り、険しい顔で私を見た。

「聞こえたな? 奴らの狙いは明確だ。エリックの拉致、そして……」

「はい……! 貞操の危機です!」

私は涙目で叫んだ。

「奴らは殿下を……殿下を『玩具』にするつもりです! 手枷や首輪を使って、あんなことやこんなことをして、殿下のプライドをズタズタにする気です!」

「……玩具?」

閣下が眉をひそめる。

「まあ、人質としての価値だけでなく、個人的な嗜虐心も満たすつもりなのだろう。……腐った連中だ」

「本当ですよ! 許せません! 殿下の初めて(※BL的な意味)は、ルーカス様に捧げられるべきなのに! あんなポッと出のサディスト眼鏡に奪われてたまるもんですか!」

私は立ち上がり、拳を握りしめた。

「閣下! 阻止しましょう! これは国家の存亡……いえ、私の『推しカプ』の尊厳に関わる重大事件です!」

「……お前の動機の不純さはさておき、利害は一致したな」

閣下は立ち上がり、壁にかけてあった剣を取った。

「決行は今夜だと言っていたな。……先手を打つ」

「はい! 私も行きます! 殿下の貞操(お尻)は私が守ります!」

「お前は部屋にいろ。危険だ」

「嫌です! 現場を見届けなければ、私の気が済みません! それに……もし万が一、殿下が襲われてしまった場合、その『あられもない姿』を記録して後世に残す義務が私にはあります!」

「……お前、本当に敵よりタチが悪いな」

閣下は呆れ果てていたが、私の頑固さを知っているのか、短いため息をついた。

「いいか、私の背中から離れるなよ。……死にたくなければな」

「御意!」

私たちは装備を整え(私はメモ帳とペン、そして護身用のハリセン)、深夜の廊下へと飛び出した。




時刻は深夜二時。

城内は静まり返り、廊下の松明だけがパチパチと燃えている。

私たちはエリック殿下の寝室がある西棟へと急いだ。

「……静かすぎる」

閣下が呟く。

「警備の兵がいない。……すでに排除されたか」

廊下の曲がり角で、数人の近衛兵が眠らされているのを発見した。

魔法薬による昏睡だ。

「急ぐぞ!」

私たちは走った。

殿下の寝室の前。

扉が、わずかに開いている。

「!!」

中から、衣擦れの音と、くぐもった声が聞こえる。

『……っ、離せ……!』

『おとなしくしてください、殿下。……暴れると、この美しい肌に痕がつきますよ』

(ギャアアアアッ! 始まってるぅぅぅぅ!)

私は心の中で絶叫した。

キース閣下が音もなく剣を抜き、私に目配せをする。

『突入する』

コクンと頷く私。

閣下は扉に手をかけ、一気に蹴り開けた。

「そこまでだ、賊ども!!」

バンッ!!!

室内の光景が目に飛び込んでくる。

ベッドの上には、拘束されたエリック殿下……ではなく。

なんと、寝間着姿のルーカス様が、アベル補佐官に組み敷かれていた。

「……は?」

時が止まった。

私、閣下、アベル、そしてカイン皇子(窓枠に座って見物していた)。

全員の動きが停止する。

「……ルーカス?」

閣下がポツリと呟く。

組み敷かれていたルーカス様が、苦しげに顔を上げて叫んだ。

「宰相閣下! 殿下は……殿下はクローゼットの中です! 私が身代わりになりました!」

「なんだと?」

アベル補佐官が舌打ちをして、ルーカス様から飛び退いた。

「チッ……影武者か。暗いから分からなかった」

「……待って」

私は震える声で言った。

「それって……」

私の脳内で、新たな方程式が爆誕する。

『攻め様(アベル)』が『受け様(エリック)』を襲おうとしたら、身代わりになった『忠実な騎士(ルーカス)』が代わりに襲われかけていた……?

「……美味しい」

私は鼻血をツーと垂らして、親指を立てた。

「NTR(寝取られ)未遂……! しかも『身代わり愛』……! これはこれで……アリです!!」

「アイビー、黙ってろ!」

キース閣下が私の前に立ちふさがり、剣を構えた。

「ドラグーン帝国の使節殿。……夜這いにしては、いささか強引すぎるのではないか?」

「……バレたか」

窓辺のカイン皇子が、ニヤリと笑って立ち上がった。

その手には、巨大な戦斧が握られている。

「挨拶代わりだ、氷の宰相。……弟の躾がなっていないようだから、俺たちが教育してやろうと思ったんだがな」

「結構だ。我が国の王太子の教育は、私が管理している」

閣下の全身から、凄まじい魔力が立ち上る。

氷の粒が、室内の空気を凍らせていく。

「……人の弟に手を出して、タダで帰れると思うなよ」

(キャーッ! ブラコン発動!)

一触即発。

最強の宰相VS野獣系皇子&ドS補佐官。

そしてベッドの上には、はだけた寝間着のルーカス様と、クローゼットから顔を出して「ルーカス!」と泣き叫ぶエリック殿下。

カオスだ。

最高にカオスで、最高に美味しい修羅場だ。

私はメモ帳を開き、震える手でこの歴史的瞬間を記録し始めた。

『○月×日、深夜。王太子の寝室にて、四つ巴の乱交(戦闘的な意味で)開始。ルーカス様の鎖骨、ごちそうさまです』

「アイビー! 下がれ!」

戦闘のゴングが鳴る。

だが、私は一歩も引かなかった。

ここが特等席だもの。

たとえ流れ弾(魔法)が飛んでこようとも、腐女子の意地にかけて、この結末を見届けてやるわ!
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