婚約破棄されたので、心置きなく殿下×騎士を推します!

パリパリかぷちーの

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ガギィィィィンッ!!

金属同士がぶつかり合う轟音が、王太子の寝室に響き渡る。

「ハッ! いい太刀筋だ、宰相!」

「……騒々しい。私の執務時間を返してもらおうか」

カイン皇子の振るう巨大な戦斧を、キース閣下は細身の長剣一本で受け流していた。

火花が散る。

普通なら、重量差で剣が折れるか、腕が砕ける場面だ。

だが、閣下は涼しい顔で、まるで羽毛でも払うかのように戦斧を弾き返している。

(つ、強い……!)

私は部屋の隅にある重厚なソファの影に隠れながら、その光景に目を奪われていた。

「氷の宰相」という二つ名は、性格だけでなく魔法属性と戦闘スタイルにも由来していたらしい。

閣下の足元から冷気が広がり、カイン皇子の動きを僅かに鈍らせているのだ。

一方、ベッドサイドでは。

「殿下! 下がってください!」

「僕だって戦える! ルーカスだけに無理はさせない!」

傷ついたルーカス様(寝間着姿)と、それを庇おうとするエリック殿下(クローゼットから出てきた)が、アベル補佐官と対峙していた。

アベル補佐官は優雅に短剣を弄んでいる。

「美しい兄弟愛ですね。……ですが、邪魔です」

ヒュッ!

アベルが短剣を投擲する。

狙いはエリック殿下だ。

(あぶないッ!)

私が叫ぼうとした、その時。

私の脳裏に、ある「王道パターン」が閃いた。

これはBL小説のクライマックスにおけるお約束。

『攻め(騎士)は、たとえ身が裂けようとも、受け(主君)を傷つけさせない』

私は無意識に、手元のメモ帳に書き殴っていた。

『ルーカス、身を挺して殿下を庇う!』

その直後だった。

「――させないっ!」

ルーカス様が弾かれたように動き、殿下の前に飛び出した。

ザシュッ!

アベルの短剣が、ルーカス様の二の腕を掠める。

「ルーカス!!」

殿下の悲鳴。

(……え?)

私はペンを止めた。

(当たった……?)

いや、偶然だ。

騎士なら主君を守るのは当然の行動。

だが、私の妄想エンジンは止まらない。

次はこうだ。

『傷ついたルーカスを支えようとして、殿下が体勢を崩し……二人は密着する! そして殿下の服が何らかの理由で破け、白肌が露わになる!』

私は猛スピードで書き記した。

すると。

「しっかりしろ、ルーカス!」

エリック殿下がルーカス様の体を支えようと手を伸ばす。

しかし、足元のラグ(戦闘の余波でめくれている)に足を取られ――。

ドサッ!

「わっ!?」

二人はもつれ合うようにベッドへ倒れ込んだ。

さらに、アベルが追撃で放った風の魔法刃が、彼らの頭上を掠め……。

ビリィッ!!

「……っ!」

殿下のシャツの胸元が、無残にも切り裂かれた。

露わになる鎖骨。

白磁のような肌。

そして、その上に覆いかさなる形になったルーカス様。

(キタァァァァァァァァッ!!)

私は声なき絶叫を上げ、ソファをバンバン叩いた。

(予言!? これ予言書!? 私が書いた通りに世界が動いてるわ!)

震えが止まらない。

神だ。

私は今、BLの神と接続している。

この戦場は、私のシナリオ通りに進む「萌えの舞台装置」と化したのだ!

「ふふ……ふふふ……なら、次はこれよ!」

私は狂気じみた笑みを浮かべ、さらなる展開を書き込んだ。

『カイン皇子の猛攻により、キース閣下の眼鏡がズレる! そして普段の冷徹さが消え、雄(オス)の顔が露わになる!』

戦場に視線を戻す。

カイン皇子が咆哮を上げ、戦斧を大上段から振り下ろした。

「らぁぁぁぁっ!!」

「……チッ」

キース閣下がバックステップで回避する。

だが、衝撃波が凄まじい。

爆風が閣下の顔面を襲い――。

カシャッ。

銀縁眼鏡が、ノーズブリッジからずり落ちた。

露わになった素顔。

前髪が乱れ、アイスブルーの瞳が獣のように鋭く光る。

「……鬱陶しいな」

閣下は眼鏡を乱暴に外し、放り投げた。

そして、ニヤリと好戦的に笑ったのだ。

「――少し、本気を出そうか」

(ギャーーーッ! 雄キース! レア度SSR!)

私は鼻血を押さえながらペンを走らせる。

『眼鏡オフの閣下、魔法で敵を圧倒! しかし、敵の卑劣な罠が……』

そこまで書いて、私はハッとした。

敵の卑劣な罠。

BLにおいて、最強の攻め様を追い詰める手段といえば一つしかない。

『人質』だ。

そして、この場において最も手頃で、最も戦闘力のない人質といえば……。

私だ。

「……あ」

気づいた時には遅かった。

アベル補佐官の冷ややかな視線が、ソファの影に隠れていた私を捉えていた。

「……あそこに、もう一匹鼠がいますね」

アベルが指を鳴らす。

「ちょこまかと妙なメモを取っている……目障りな女だ」

「へ?」

ヒュンッ!

アベルの手から、黒い靄(もや)のような魔法弾が放たれた。

標的は、エリック殿下でもルーカス様でもない。

私だ。

「アイビー!!」

キース閣下の叫び声が聞こえた。

しかし、閣下はカイン皇子との交戦中で、すぐには動けない。

(嘘、私!? 私がヒロイン役!? いやいや、キャラじゃないから!)

迫り来る魔法弾。

死ぬ。

ここで死んだら、書きかけの『エリック×ルーカス』の続きはどうなるの?

『その断罪は誰がために』の製本は?

走馬灯のように駆け巡る未練。

私は反射的に、手に持っていたものを盾にした。

それは、先ほどの逃走劇で活躍した「鉄扇」……ではなく。

書きかけの「ネタ帳(予言書)」だった。

『このノートには、尊い魂が宿っている……! 守って、私の推したち!』

ドォォォォォン!!

衝撃が走る。

私は吹き飛ばされ、壁に激突した。

「ぐっ……!」

「アイビー!」

視界が揺れる。

砂煙の向こうから、キース閣下がカイン皇子を蹴り飛ばし、こちらへ駆け寄ってくるのが見えた。

「おい、しっかりしろ! アイビー!」

閣下の腕が私を抱き起こす。

「……か、閣下……?」

「無茶をするな、馬鹿者が!」

閣下の顔が近い。

眼鏡のない、生の瞳が、焦燥と怒りに揺れている。

「……無事、ですか……?」

「私の心配をしている場合か! お前、死ぬところだったんだぞ!」

閣下は私を強く抱きしめた。

痛いほどに。

その温もりに、私はぼんやりと思った。

(あれ……? ノートに『閣下が私を抱きしめる』なんて書いたっけ……?)

書いていない。

これは、私の妄想でもシナリオでもない。

現実だ。

「……アベル、手出し無用だと言ったはずだ」

閣下は私を抱いたまま、アベル補佐官を睨みつけた。

その背中から、今まで見たこともないほど濃密で、禍々しいほどの殺気が溢れ出す。

「私の『お気に入り』に傷をつけた罪……万死に値すると思え」

部屋の気温が、絶対零度まで下がる。

カイン皇子すら、その威圧感に一歩後ずさった。

「……おいおい、アベル。本物の化け物を怒らせちまったみたいだぜ?」

「……計算外ですね。まさか宰相が、あんな地味な女に執着しているとは」

アベルが舌打ちをする。

私は閣下の腕の中で、朦朧とする意識の中、最後にこう思った。

(……この展開、私の書く小説より……ドラマチックじゃない……?)

そして、私の意識はプツリと途切れた。

最後に聞こえたのは、氷が砕けるような轟音と、敵の悲鳴だった。
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