婚約破棄されたので、心置きなく殿下×騎士を推します!

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
21 / 28

21

しおりを挟む
「……アイビー」

「待ってください、今いいところなんです」

「……私と、あいつら。どっちが大事なんだ」

「愚問です。ジャンルが違います」

王城の庭園。

休日の午後、私はキース閣下と優雅なティータイム……をしているはずだった。

しかし、私の視線はテーブルの向かいに座る恋人(キース閣下)ではなく、その遥か後方、噴水の縁に座る二人の青年に釘付けだった。

エリック殿下とルーカス様だ。

二人は何やら談笑しながら、鳩に餌をやっている。

平和だ。

絵画のように美しい光景だ。

「……はぁ。ルーカス様が鳩に囲まれて困っている顔、プライスレス……」

私がウットリと呟くと、ガチャンと音を立ててティーカップが置かれた。

「おい」

低い声。

視線を戻すと、キース閣下が氷点下の瞳で私を睨んでいた。

「せっかくの休日だ。二人きりで過ごそうと誘ったのは私だが……お前はここに来てから三十分、一度も私と目を合わせていないぞ」

「見てますよ! さっき『今日の閣下のクラバット、色が素敵ですね』って褒めたじゃないですか!」

「その後すぐに『でもルーカス様の騎士服の襟元も捨てがたい』と付け加えただろうが」

「事実ですから」

私は悪びれずに紅茶を啜った。

「閣下、嫉妬深い男は嫌われますよ?」

「誰のせいだと思っている」

閣下は不機嫌そうに腕を組んだ。

「……恋人になったのだから、少しは私を優先しろ」

そう。

あの日、バルコニーでの熱烈な告白とキスの後、私たちは正式に(極秘裏に)お付き合いを始めた。

私は幸せだ。

閣下は優しいし、顔はいいし、仕事もできるし、私の趣味もある程度理解してくれている(と思っていた)。

だが、一つだけ誤算があった。

この男、独占欲が強すぎるのだ。

「優先してますよ。こうしてデートに来てるじゃないですか」

「心ここにあらず、だろう。……さっきからメモを取るな」

閣下が私の手からメモ帳を取り上げる。

「ああっ! 返してください! 今、殿下がルーカス様の肩についた鳩の羽を取ってあげた瞬間を記録してたんです!」

「くだらん」

閣下はメモ帳をポケットにしまった。

「アイビー。お前にとって私は何だ?」

「え? 恋人ですけど」

「では、エリックたちは?」

「推しです」

「……その違いを説明しろ」

閣下は身を乗り出し、真剣な顔で問い詰めてきた。

「私はお前の『一番』ではないのか?」

面倒くさい。

この国の宰相は、こんなにも面倒くさい男だったのか。

私は深いため息をつき、姿勢を正した。

「いいですか、閣下。よく聞いてください」

「聞こう」

「『恋』と『推し』は、別腹なんです」

「……は?」

閣下が眉をひそめる。

私は人差し指を立てて解説を始めた。

「例えるなら、閣下は『主食』です。私の人生を支え、共に歩み、現実的な幸福を与えてくれる存在。なくてはならないものです」

「ふむ。……悪くない例えだ」

閣下が少し機嫌を直す。

「対して、エリック殿下たちは『極上のデザート』です。なくても死にはしませんが、心の潤いとトキメキを与えてくれる嗜好品。これがあるからこそ、人生は彩り豊かになるのです!」

私は力説した。

「つまり! 私はステーキ(閣下)も食べたいし、食後のケーキ(殿下たち)も食べたいのです! どちらか一つ選べなんて、暴論です! 胃袋が違うのですから!」

「…………」

閣下はポカンとしていた。

完璧な論理展開に、言葉を失っているようだ。

「……つまり、お前は私を愛しているが、それとは別にあの二人を見て興奮したいと?」

「イエス! ご理解いただけて嬉しいです!」

「ふざけるな」

デコピンが飛んできた。

「痛っ!」

「なんだその都合のいい理論は。……私はデザートの分まで腹を満たしてやりたいと思っているんだぞ」

「無理です。閣下を見て『萌え』は摂取できません」

「なぜだ」

「だって……」

私はモジモジと指先を合わせた。

「閣下を見ていると……ドキドキしすぎて、冷静な分析ができないんですもの」

「……!」

閣下の動きが止まった。

私は顔を赤くして俯いた。

「推しを見る時は『尊い……』って拝む感じですけど、閣下を見ると『好き……』ってなって、胸が苦しくなるんです。……種類が違うんです」

これは本音だ。

キース閣下は格好良すぎる。

私に向けられる熱っぽい視線や、ふとした瞬間の優しさに、私の心臓は毎日悲鳴を上げているのだ。

沈黙が流れる。

しまった、少し恥ずかしいことを言いすぎただろうか。

恐る恐る顔を上げると。

キース閣下が、片手で顔を覆って天を仰いでいた。

耳まで真っ赤だ。

「……閣下?」

「……卑怯だぞ、お前は」

閣下は呻くように言った。

「そんなことを言われて、怒れるわけがないだろう」

「えへへ……許してくれます?」

「……今回はな」

閣下は顔から手を離し、私の手を取った。

その瞳は、甘く蕩けていた。

「だが、納得はしていない。……お前のその『別腹』とやらも、私が埋め尽くしてやる」

「へ?」

閣下は私の手の甲に口づけを落とし、ニヤリと笑った。

「お前が『デザートなんかいらない、閣下だけでお腹いっぱい』と言うまで、愛してやるという意味だ」

「えっ、ちょ、意味深! 昼間ですよ!?」

「関係ない。……ほら、行くぞ」

「どこへ!?」

「私の部屋だ。……『主食』のフルコースを味わわせてやる」

「ぎゃぁぁぁぁ! 肉食! 野獣!」

私は閣下に手を引かれ、ズルズルと連行されていった。

背後では、エリック殿下とルーカス様が、そんな私たちに気づいて手を振っている。

「おーい、兄上ー! アイビー! 仲いいねー!」

「……見て見ぬふりをしてくれ、エリック」

ルーカス様が呟くのが聞こえた気がした。




宰相執務室(兼、私の取調室)。

私はソファに押し倒されていた。

「か、閣下! 鍵! 鍵かけました!?」

「かけた。誰も入れない」

閣下が覆いかぶさってくる。

「さて……デザートが入る隙間をなくしてやろうか」

「物理的に無理です! 私の胃袋(脳内)は宇宙なんです!」

「試してみればいい」

閣下のキスが降ってくる。

甘くて、深くて、息ができない。

「んっ……ふ……ッ」

抵抗しようとした手は、いつの間にか閣下の首に回されていた。

(ああ、もう……!)

確かに、こうされている間は、エリック殿下のこともルーカス様のことも考えられない。

頭の中が、目の前の男の色と匂いで塗りつぶされていく。

「……好きだ、アイビー」

耳元で囁かれる愛の言葉。

その響きだけで、体が溶けそうだ。

「……私も、です。キース様」

名前を呼ぶと、閣下は嬉しそうに目を細め、さらに深く口づけてきた。

『推しと恋は別腹』。

その理論は間違っていないはずだ。

けれど、この『主食』があまりにも美味で、濃厚すぎて……しばらくはデザート抜きでも生きていけるかもしれない。

そう思い始めた私の敗北だった。

(……でも、新作のプロットだけは、明日隠れて書こう)

薄れゆく意識の中で、私は腐女子としての最後の砦だけは死守することを誓ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。 だが彼女は泣かなかった。 なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。 教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。 それは逃避ではない。 男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。 やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。 王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。 一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。 これは、愛を巡る物語ではない。 「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。 白は弱さではない。 白は、均衡を保つ力。 白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

冷徹王子に捨てられた令嬢、今ではその兄王に溺愛されています

ゆっこ
恋愛
 ――「お前のような女に、俺の隣は似合わない」  その言葉を最後に、婚約者であった第二王子レオンハルト殿下は私を冷たく突き放した。  私、クラリス・エルデンは侯爵家の令嬢として、幼い頃から王子の婚約者として育てられた。  しかし、ある日突然彼は平民出の侍女に恋をしたと言い出し、私を「冷酷で打算的な女」だと罵ったのだ。  涙も出なかった。  あまりに理不尽で、あまりに一方的で、怒りも悲しみも通り越して、ただ虚しさだけが残った。

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

処理中です...