婚約破棄されたので、心置きなく殿下×騎士を推します!

パリパリかぷちーの

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「……閣下。今日はご機嫌が麗しいですね。鼻歌を歌っていませんか?」

「気のせいだ。……しかし、この陳情書の裏に隠された真意は、相手が中央政府との関係強化を望んでいる、と」

「ええ、その『ツンデレ求愛』の件ですね。さすがは閣下、解釈一致です」

宰相執務室。

あれから一週間。私の体調はすっかり回復し、公私ともにキース閣下と蜜月の日々を送っていた。

私はすっかり閣下の溺愛に骨抜きにされ、仕事の効率は落ちたものの、顔には「リア充」特有のオーラが満ちている(とメアリーに言われた)。

閣下も私に対しては甘く、デコピンの頻度が三割減、キスが増加した。

そんな平和な昼下がり。

ドカッ!

乱暴な音を立てて、執務室のドアが開けられた。

「アイビー!」

「ひぃっ!?」

現れたのは、息を切らしたエリック殿下だ。

その背後には、いかにも不本意といった顔のルーカス様が控えている。

「殿下、アポなしで入ってこないでください! ここは職務中の!」

「いいんだ、アイビー。……聞きたいことがある」

エリック殿下は、私のデスクに手を突き、真剣な眼差しで私を見つめた。

「僕はね、考えたんだ。ミシェルは可愛い。ルーカスとの絆も大事だ」

「は、はい」

「でも、どうも何かが違うんだ。ミシェルといると、僕が『王子様』じゃなきゃいけない気がして息苦しい。ルーカスといると、甘えすぎてしまう」

殿下は、私とキース閣下(私と密着していた)の間にある書類を乱暴に払い除けた。

「君なんだよ、アイビー」

「……え?」

「君こそが、僕の隣にいるべき人間だと、僕は改めて確信した!」

殿下はキラキラとした笑顔で、公然と爆弾を投下した。

「アイビー。僕ともう一度、やり直してくれないか? やはり君は、他の誰よりも、面白くて刺激的な女性だ!」

「はぁぁぁぁぁぁ!?」

私は素っ頓狂な声を上げた。

そして、チラリとルーカス様を見る。

ルーカス様は静かに俯いているが、その手が剣の柄を握りしめているのが見えた。

(……きたわ。嫉妬イベント! 殿下が私に構うせいで、ルーカス様が拗ねているパターン!)

私は即座に、殿下の誘いを断ろうとした。

「恐れながら殿下、それは御冗談では……」

「冗談じゃない! 今度こそ、君を大切にするよ! もう悪役令嬢になんてさせない!」

殿下が私の手を掴もうとした、その時。

「待ってください、殿下!」

第三の介入者が現れた。

ドアから駆け込んできたのは、ミシェル嬢だ。

彼女は息を切らしながら、私の前に立ち塞がった。

「ダメです! アイビーお姉様は、殿下には渡しません!」

「ミシェル!? 君まで何を言い出すんだ?」

殿下が戸惑う。

ミシェル嬢は、私の手を両手で包み込んだ。

「お姉様は、私にとって『最高の文学の師』です! お姉様ほど、私の詩の『深み』を理解してくれる人はいません!」

「し、師匠……」

「そう! 私は、お姉様と二人で、新しい『熱い騎士道物語』の同人誌を作る約束をしたんです! だから、お姉様を王子様(つまらない男)になんか取られません!」

ミシェル嬢は殿下を「つまらない男」呼ばわりし、私を奪い去ろうとする。

(うそでしょ。三角関係じゃなくて、四角関係? しかも二人からは『愛』ではなく『ネタ』と『文学』の枠で求められている……!?)

混沌。

そして、事態はさらに最悪の展開を迎える。

「……喧しい」

低い声が、背後から発せられた。

室内の気温が、マイナス二十度まで急降下した。

キース閣下だ。

彼は立ち上がり、冷徹な視線で、私を取り囲む三人を順に見つめた。

「エリック。貴様、私が一週間前に言ったことをもう忘れたのか?」

「あ、兄上……これはその、誤解で……」

「ミシェル嬢。私の部下を『同人誌の師匠』呼ばわりするのは、業務妨害だ。今すぐ退去しろ」

「ひっ!」

ミシェル嬢は、閣下の殺気に怯えて固まった。

そして、ルーカス様。

「ルーカス。貴様の主は、今、目の前で自分の婚約者を振り回し、私の部下に手を伸ばそうとしている。……貴様は、それを見て何をしている」

「…………」

ルーカス様は無言で剣の柄を握りしめ、殿下を睨みつけた。

「ち、違うよルーカス! 兄上に言われた通り、僕はアイビーに相談を……」

「相談とプロポーズを履き違えるな、エリック」

キース閣下は私を背後に隠すように庇い、弟に向き直った。

「この女は、貴様が思っているような『良妻賢母』ではない」

「分かっているさ! だからこそ、刺激的なんだ!」

「甘いな」

キース閣下は、フッと冷たく笑った。

そして、私にしか聞こえない声で囁いた。

「この女の頭の中は、貴様とルーカスが絡み合っている妄想でいっぱいだ。私以外で、この『腐った才能』を許容し、国の益に繋げられる男がいると思うか?」

閣下は、皆に聞こえる声で宣言した。

「アイビーは渡さない。……この女の異常なまでの観察眼と、その裏にある『性癖』を理解し、愛せる(※業務に使える)のは、世界で私だけだ」

その言葉は、私への究極の告白であり、同時に強烈な独占欲の表明だった。

「……っ」

エリック殿下が悔しそうに歯を食いしばる。

ミシェル嬢は私のことを『愛』ではなく『性癖』で語られたことに、混乱している。

そして、ルーカス様は複雑な表情で、エリック殿下を見ている。

(……やだ、このカオス、最高に萌えるわ!)

私は閣下の背中に隠れながら、興奮で体を震わせた。

ライバルたちを蹴散らす閣下。

そして、私という女の『業』を全て受け入れてくれる(と信じさせてくれる)愛。

「さあ、帰った、帰った」

キース閣下は、手で払うように彼らを追い払った。

「エリックはミシェル嬢を連れて、私室で大人しく反省会だ。ルーカスは殿下から離れるな。……そしてミシェル嬢、貴様の同人誌の師匠は、業務時間中は私のものでな」

「う、うぅ……」

三人はすごすごと退室していった。

静寂が戻る。

私は閣下の背中から顔を出す。

「……閣下。素晴らしい演説でした。特に『性癖を理解できるのは私だけ』というフレーズ、いただきました」

「勝手にネタにするな」

閣下は振り返り、私の顔を両手で包み込んだ。

「お前は、本当に私を困らせる」

「……殿下たちにモテて、すみません」

「ふん」

閣下は私の額にキスを落とした。

「だが、お前が誰のものか、分からせてやる必要があるな。……今日の業務は終わりだ。作戦会議と称して、昼食にしよう」

「昼食、ですか?」

「ああ。もちろん、私の部屋で二人きりだ」

閣下は私の耳元で囁いた。

「お前の『主食』が、他に目移りできないほど最高に美味いことを、徹底的に教えてやる」

その夜。

宰相執務室には、終日「私用」の札がかけられたままになったという。

そしてアイビーは、しばらく新作の執筆をサボることになるのだった。
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