婚約破棄されたので、心置きなく殿下×騎士を推します!

パリパリかぷちーの

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「……閣下。どこへ連れて行くのですか?」

「黙ってついてこい」

ある日の午後。

私は目隠しをされ、キース閣下に手を引かれて歩いていた。

足元の感触からして、王城の廊下ではなく、ローズブレイド公爵邸……いや、キース閣下の私邸である「クリフォード公爵邸」のようだ。

「あの、もしかして監禁ですか? 私、ついにヤバい妄想を口走って国家機密に触れました?」

「違う。……だが、ある意味では『囲い込み』かもしれんな」

閣下は意味深なことを言いながら、足を止めた。

カチャリ、と重厚な鍵を開ける音がする。

「……着いたぞ。目隠しを取れ」

言われるままに、布を解く。

眩しい光に目を細め、やがて視界がクリアになると――。

私は息を呑んだ。

「こ、ここは……!?」

そこは、十畳ほどの広さがある一室だった。

だが、ただの部屋ではない。

壁一面には天井まで届く本棚が設えられ、古今東西のあらゆる恋愛小説(と怪しい背表紙の本)がびっしりと並んでいる。

中央には、最高級のマホガニー材で作られた執筆机。

その上には、インク壺、色とりどりの羽ペン、そして山のような羊皮紙が整然と置かれている。

窓には分厚いベルベットのカーテン。遮光性は完璧だ。

そして何より。

部屋の隅には、仮眠用のふかふかなソファと、軽食やお茶を用意できるミニキッチンまで完備されている。

「……夢?」

私は頬をつねった。痛い。

「夢ではない。……私の屋敷の離れを改装した」

キース閣下が、私の背後から腕を回し、耳元で囁く。

「お前のための『執筆室(サンクチュアリ)』だ」

「しっ、執筆室……!?」

「壁には防音魔法を施してある。ここなら、深夜に奇声を上げようが、机を叩いて悶絶しようが、誰にも聞こえない」

「か、完璧すぎます……!」

私は震える足で部屋の中に入った。

机に触れる。滑らかな手触りだ。

椅子に座ってみる。長時間座っても腰が痛くならない、絶妙なクッション性。

「……どうだ?」

「……最高です。ここに住めます」

「住まれては困るが、通うのは許可する」

閣下は机の前に立ち、私を見下ろした。

その瞳は、いつになく真剣だった。

「アイビー。……私は、お前のその『趣味』を否定したくない」

「閣下……」

「最初は理解不能だった。男同士をくっつけて喜ぶなど、狂気の沙汰だと思った」

閣下は苦笑する。

「だが、お前がその妄想をしている時……本当に楽しそうで、生き生きとしているのを見て、考えが変わった」

彼は、私の手の上に自分の手を重ねた。

「お前の笑顔の源泉を奪う権利は、私にはない。……だから、与えることにした」

「……これ、全部私に?」

「ああ。紙もインクも、資料も使い放題だ。……その代わり」

閣下は、一枚の鍵を取り出した。

銀色に輝く、この部屋の鍵だ。

「この鍵は、私とお前しか持っていない。……つまり、ここは二人だけの秘密基地だ」

「二人だけの……」

「私が仕事で疲れた時、ここに逃げ込んでくるかもしれない。その時は……お前が私を癒せ」

閣下はニヤリと笑った。

「お前の妄想話を聞かせろとは言わん。ただ、膝枕くらいは提供しろという意味だ」

(……なにそれ)

胸がギュッとなった。

なんて不器用で、なんて大きな愛なんだろう。

私の「腐女子」としての生態を、矯正するのではなく、環境ごと整えて守ってくれるなんて。

これぞまさに、私が小説の中でしか見たことのない「スパダリ(スーパーダーリン)」の所業ではないか。

「……閣下」

私は立ち上がり、閣下の胸に飛び込んだ。

「好きです。大好きです。……エリック殿下たちへの『萌え』とは違う、リアルな愛で、閣下が大好きです!」

「……知っている」

閣下は私を抱きしめ、髪にキスをした。

「だが、まだ足りないな」

「え?」

閣下は私を離すと、机の引き出しから一冊のノートを取り出した。

「これは……?」

「交換日記だ」

「はぁ!?」

私は素っ頓狂な声を上げた。

天下の宰相閣下が、交換日記?

「お前は口下手ではないが、肝心なところで素直じゃないからな。……日々の業務報告のついでに、私への愛の言葉を綴れ。私も返事を書く」

「め、面倒くさい……いや、恥ずかしいです!」

「命令だ。……毎日提出しろ」

閣下は強引にノートを私に押し付けた。

「それと、もう一つ」

「まだあるんですか?」

「ああ。これが本題だ」

閣下は、私の左手を取った。

そして、薬指に、冷やりとした金属の輪を嵌めた。

シンプルな、しかし最高級の魔石が埋め込まれた指輪。

「……これ」

「婚約指輪だ」

さらりと言われた。

「エリックとの婚約破棄から、まだ日が浅い。正式な発表は少し先になるが……ツバをつけておく」

「ツバって……」

「誰にも渡さん。エリックにも、あの天然娘(ミシェル)にも、騎士(ルーカス)にもだ」

閣下は私の指に口づけ、私を射抜くような瞳で見つめた。

「アイビー・ローズブレイド。……私と結婚しろ。お前の人生の全てを、私が責任を持って『プロデュース』してやる」

プロデュース。

その言葉の響きに、私は陥落した。

私の人生も、私の創作活動も、全て支えてくれるという宣言。

これ以上のプロポーズがあるだろうか。

「……はい、喜んで!」

私は満面の笑みで答えた。

「一生、閣下のネタ……じゃなかった、閣下の愛の檻に閉じ込められます!」

「……言い方には難があるが、まあいい」

閣下は満足げに頷き、私を再び抱きしめた。

「では、契約成立だ。……さっそくだが、アイビー」

「はい?」

「この部屋の『防音効果』を、試してみたくはないか?」

閣下の腕に力がこもる。

その瞳が、妖しく光っている。

「……えっと、それはつまり?」

「言葉通りの意味だ。……大声を出しても構わんぞ」

「きゃぁぁぁぁっ! けだもの! でも嫌いじゃない!」

新しい執筆室のソファは、本来の用途(仮眠)に使われる前に、別の用途で耐久テストが行われることになった。

こうして、キース閣下の「本気」は、私を身も心も、そして趣味の環境までも、完全に掌握してしまったのである。

(……でも、これだけは言わせて)

閣下のキスの合間に、私はぼんやりと思った。

(この部屋、エリック殿下とルーカス様を監禁……じゃなくて、招待してお茶会をするのにも最適よね……ふふふ)

私の腐った野望は、結婚しても決して消えることはないのだった。
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